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入れ替わりの王子  作者: りんご
5章 王子ジブリールの変化
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-18-

 王都の貧民街の一角にある小さな藁葺きの家の中に二人の男がいた。汚いコートを深く羽織った男は、対面に座る坊主頭の男に銭の入った袋を渡した。


「へへへっ。これが親父タリスマンにおさめる分ですね」と坊主頭の男ジーンは袋の底を撫でまわしながら言った。「兄貴のおかげでオイラも随分潤ってますよ。じゃあオイラの分もお願いしまさぁ」


 この言葉に反応するように、汚いコートを羽織った男はコートの中からもう一つ銭の入った袋を取り出すと、それを坊主頭のジーンに渡した。ジーンは袋の紐をほどき、中を覗くと、奇怪な笑い声を発した。


「くひひひひ。本当に兄貴って気前よくなりましたね。前はオイラが少し金を盗んだだけで顔の形が変形するぐらい殴ったのに。ねぇキティグの兄貴」


 汚いコートを深く被っていた男キティグは、その言葉に対し何も言わず「その金頼んだぞ」と、だけ言い、その場から立ち上がった。すると、ジーンは思い出したように言葉を発した。


「そうそう、親父(タリスマン)が、ですね。最近兄貴のこと疑ってるんですよ」


 出口に向け一歩足を進めようとしたキティグの足が止まった。ジーンは続ける。


「いや。ほら兄貴は最近組織の人間ではオイラとしか会ってないじゃないですか。金の受け渡しもオイラを通して親父(タリスマン)に納めてる。そのことを親父(タリスマン)が不自然だぞって思い始めたんでさぁ。で、オイラの前でポロポロいうんですよ。アイツちゃんと金貸しの仕事やってるんだろうか、って。オイラはちゃんと言っておきましたよ。兄貴はちゃんと仕事してるから金を納めることが出来てるんじゃないですか、てね。でもほら、親父(タリスマン)は勘がするどいから、いつ気付くか分からねぇ。オイラが知ってるのは、兄貴はある日からオイラ達の寝床に帰って来ないってことと、それから急に金回りが良くなったってことぐらいですが、兄貴がおいしい思いをしてるって事だけはこんなオイラでも分かりまさぁ」


 キティグは溜息をついた。


「それで、何を言いたいジーン」

「兄貴ならオイラの言いたいことぐらい分かるでしょ?」

「“口止め料”を増やせ、か?」

「へへへ、流石兄貴。心を読む達人でらっしゃる」

「ジーン! あんまり舐めてると」

「おっと、兄貴こそ親父(タリスマン)に知られてもいいんですかい? オイラはよく分からりませんが、もしも金貸しの仕事もサボってるってんなら、半端ない“お仕置き”がありますよ」


 キティグは吐き捨てる様にいった。

「“お仕置き”ね」

「何もオイラは兄貴を脅そうってんじゃないですよ。ただ、もうちょっと仲介料がほしいってだけでさぁ」

 キティグはもう一度溜息をつくと「次の金の受け渡しの時に色はつけてやってもいい」と言った。これを聞いたジーンはまたも奇怪な笑い声を発した。

「くひひひひ、流石兄貴、話が早い。じゃあ来月を楽しみにしてまさぁ」


 坊主頭のジーンはそう言い終えると、丸い背中を一段と丸くさせ、小さな藁葺きの家から疾風のように走り去っていった。


 その様子を見届けたキティグは汚いコートを深く羽織り、同じく藁葺きの家をあとにした。

 そうなのだ。キティグは、毎月一度、こうやって街の様子を観察するとバルバレアに偽り、弟分のジーンにタリスマンに納める分の金を渡していたのだ。

 タリスマンなど放っておこうか、とキティグは何度も考えた。だが、あのタリスマンのことだ。金が納められなければ、徹底的にキティグの行方を追うに違いない。まぁ、追ってくるからどうだというのだ、とキティグは思わなくもないが、入れ換わりを知られる最悪のケースに発展することも考えられた為、とりあえず金を渡し、現状に対する保留をしていた。


 キティグはあらかじめ泊まっていた旅館に戻ると、素早く元の服装に着替えた。街をうろつく一般庶民の服装だ。ウールの上着に、薄いコート。それに着替え終わったところで、王宮から街を見回る為にキティグに随行してきたお付きの者が宿屋に帰ってきた。お付きの者は、キティグの姿を見るなり叫んだ。


「ジブリール殿下! 今までどこにおられたのですか。ずいぶん探したのですよ」

「ははは、少しカウンズ市場まで足を伸ばしてみたのだ」

「どこかに出かける場合は我々と一緒でないと危険だと、あれほど言ったではないですか」

「まぁ固い事をいうな。ほれ、この通り安全だ」


 キティグは万歳をし、それをお付きの者に見せつけた。お付きの者は深い溜息をついた。


「我々は殿下の身の安全を保証する為に、お傍近くにいるのです。もっと我々を信頼してください。ねぇ隊長」


 お付きの者が振り返り言った先には、一般人の格好をした王子直属部隊のキツネ目の男がいた。キツネ目の男は「その通りです殿下」と言った。

 まったく、王子という身分で面倒臭いのはこういう所だ、などと思ったキティグは「今度から気をつけるさ」と言い、さっさと王宮に帰る為の帰り支度を始めた。今日は王都を視察する全2日の日程の最終日だった。帰り支度をし始めたキティグにつられるようにキツネ目の男とお付きの者も帰り支度をはじめた。荷物をまとめた一行は、早々と宿屋に別れを告げ、そこから飛び出した。

「殿下、お持ちしましょう」とキツネ目の男がキティグに声をかけてきた。キティグは「うむ」と返事をし、持っていた重い手荷物をキツネ目の男にあずけた。

 すると、ふいに思いだした。

 そうだ、この男にジブリールを殺せと命じてから既に一ヶ月の時間が経過していたのだ、と。キティグの中の苦い記憶が蘇る。


 最初ジブリールの暗殺に失敗したと聞いた時は、何かの間違いかと思った。こちらは4人がかりで襲ったはずなのだ。なのに、ジブリールを無傷で取り逃がしてしまったらしい。怒りに駆られたキティグはすぐに街中にジブリールを手配しようとした。だが、寸前で思いとどまった。そんなことをしたら自分の首を締めあげるだけではないかと思ったからだ。


《ジブリール殿下は自分にそっくりな男を探しているらしい》


 こんな噂でも立てば、自分の正体を見抜く者が現れるかもしれない。だが、ではどうすればいいというのだ? キティグは自分の頭を何度もかいた。だが、考えても考えつくしても“これ”という方法が浮かばなかった。キティグは叫び声をあげ、自分の部屋のあらゆる装飾品を壊した。そして、そのあと、深く、深く、深呼吸をした。


 一旦、ジブリールのことは忘れようと思った。


 ジブリールがこの先どんな手を使おうとしてもアイツは一般人なのだ。自分が王子であると方々にうそぶいても、それこそ誰にも相手になどされないだろう、とキティグは思った。


 つまり、これも現状に対する保留だった。


 まぁそれでも良かったのかもしれない。おかげでここ一ヶ月は何事もなく平穏に暮らしている。イリーナ姫との仲も悪くない、とキティグが思ったところで突然大声が耳に飛び込んできた。


「おい! 止まれええええ!」


 王宮の門の中に入ろうとするキティグ達を門番が止めた声だった。


「ここは貴様等のような貧民が出入りしてよい場所でない。帰れ帰れ」と門番が言うと、キツネ目の男が王家の紋章のついた札を門番にかざした。それを見た門番はうわずった声で「し、し、失礼をいたしましたぁああああ」と精一杯頭を下げた。

 キティグは一言「よい」と言うと、振り返りもせず王宮に入る為の巨大な門をくぐりぬけた。


 帰ってきた、とキティグは思った。

 門の先には、とてつもない大きさの庭が広がり、王宮の入口までの道に等間隔に配置された木々が赤く色づいていた。少し肌寒い風に立ち止まり、見上げると、沢山の窓と所々に精巧な彫刻をほどこし、天高くそびえ立つ王宮の姿がそこにはあった。ちょうど日が高くなり、石の細かな粒子が光り、その壮大な姿を更に美しく際立たせていた。


「この太陽に照らされた王宮は壮大という他ないな」とキティグは洩らした。

「殿下でもそう思うのですね」とキツネ目の男はこちらの顔を見ながら言った。

「なんだ、何か不思議か?」

「いえ、生まれた時からここに住んでらっしゃる殿下もそう思うのだな、と思ったものでして」

 その言葉に対し、キティグはただ笑って受け流した。そして、目線は相変わらず王宮に釘づけのまま思った。

 バルバレアには、かつて男子が二人いた。ラメロウとジブリール。だが、長子ラメロウは既にこの世になく、この壮大な遺産を受け継ぐ男子はただ一人だけとなった。


 ――ジブリール……、つまり、この俺だけ。


 キティグはひっそりとほくそえんだ。だが、その笑みをキティグは一瞬で打ち消した。

 誰にも心の内側を覗かせてはならない。たとえ誰であろうとも。

 キティグは顔を作り直し「さぁ王宮に戻るか」と言って王宮の入口に足を進めた。二人もキティグに続く。キティグはゆっくりと自分の心に言い聞かす。


 ――自制心こそが重要だ。焦らずじっくり、ゆっくりと。


 こうしてキティグは王子ジブリールとして王宮での生活を続ける。そして、そんな偽王子をまわりは誰ひとり気付く事も無く、ジブリール王子として支えるのだ。


 そう、キティグの王宮での生活は順調そのものであった。


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