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入れ替わりの王子  作者: りんご
4章 入れ替わる立場
17/32

-16-

「違う! そうではない! だから僕こそが本物の王子だと言っている!」


 ジブリールは、王宮の手前に構える、高くそびえ立つ巨大な門の前で叫んでいた。王宮は、周囲をぐるりと高い塀に囲まれており、この巨大な門だけが王宮に通じる唯一の出入り口だった。門には常時2名の門番が置かれており、出入りする人間を検める役割を担っている。角ばった顔に顎髭をたくわえた門番が品定めするようにジブリールの顔をジロリと見たあと言った。


「お前が王子様なら、俺は王様さ」


 隣の小太りの男はそれを聞いて大いに笑い、顔をしわくちゃにしながら「ならば俺は……そうだな。バルムーク伯爵なんてのはどうだい?」と言った。


 まともに取り合わない門番の2人に対し、ジブリールは顔を真っ赤にさせ叫んだ。


「いつまでふざけている! 僕の命に逆らうつもりか! 僕は、第42代バルバレア=ミッドランドが世子ジブリール=ミッドランドであるぞ!」


 こう言い終ったあと、ジブリールは、今までにないぐらい大きく目を見開いた。この台詞を聞いて、震えあがらない者などミッドランド家の王宮いるはずがないと思ったからである。だが、角ばった顔の男は、とろけそうなくらい甘い顔を作り、両腕を広げてジブリールに言った。


「おお~、抱きしめたいな我が息子よ~」

 そう言ったあとに、やはり2人は腹を抱えて大笑いした。ジブリールは決め台詞を言ったつもりだったが、この2人には全く効果が無かったようだ。ジブリールはゆっくり目をつぶった。目蓋が怒りで痙攣していた。今すぐこの2人を縛り首にしてやりたかった。






 ジブリールは、ザグゼインの死を聞き、居ても立ってもいられなくなり、遂に王宮に戻る決意を固め、王宮の門の前まで来ていた。ジブリールの手にはあの号外が握りしめられていた。最初ジブリールはどうしてもザグゼインの死を信じる事ができず、方々に聞き回った。すると、死んだ事は確かである、ということが徐々に分かってきた。となると、次に確かめなければならないことは、号外に書いてある内容が真実か否かということであった。号外にはキティグがザグゼインの処刑を命じたとあった。だが、それが真実とはジブリールにはどうしても思えなかった。ただの代理の王子がそんなことまでするのだろうか? なぜそうしたのか? もしかして知らない間にザグゼインとひと悶着あったのかもしれない。そのあたりのことがまるで分からなかった。


 だから、一体何があったのかキティグに直接問いただすつもりだった。

 しかし、ジブリールは意外な所で阻まれていた。王宮の手前にそびえ立つ巨大な門である。ジブリールは、こんなところなどいつも素通りしていたので、ここに門があることすら忘れていたのだが、巨大な門を守る門番がどうしてもジブリールをここから先に通してくれないのだ。


 ジブリールは、自分こそがジブリール=ミッドランドであると何度も訴えた。だが、不敬にもこの門番共はただ笑うだけで一向に話が進まないのだ。そして、最終的に言われた台詞がこれだった。


『貴様、それ以上殿下の名を語るなら不敬罪にて処罰してもいいのだぞ』


 自分が自分の名前を語っただけで不敬罪になるとは、ジブリールには思いもよらぬことだった。こうまで脅されてはもう引き下がるしかない。

「お前達の顔覚えておくぞ」と捨て台詞を残し、ジブリールはその場を去り帰路についた。その道の途中で思った。これは、自分が考えているより遥かに深刻な問題なのでは、と。


 ――僕は、間違いなくこの国の王子だ。なのに、僕が僕であると証明できない限り、僕はジブリール=ミッドランドではない、ということになるのか?


 訳が分からなかった。頭が痛かった。とりあえず自分の家で一旦横になって眠りたかった。だから少々早歩きで道を歩いた。すると、自分の家の前に3人ほどの男女がたむろしている様が見えた。ジブリールは不審に思いつつも、それを無視するように家に入ろうとした。すると、たむろしていた3人は、ジブリールを阻むように前に並び、ペコリとお辞儀をした。その中に見覚えのある顔があった。赤い髪の毛に、そばかすのついた頬。既に一ヶ月も経ったが見間違う筈が無かった。


「ミス・バークリーか?」


 ミス・バークリーと呼ばれた赤毛の女性は申し訳なさそうな顔をして、もう一度深々と頭を下げた。すると、3人の中の目の下にクマがある男が一歩前に出て言った。


「ジブリール殿下、お話があります。我らにとってもあなた様にとっても大事なお話です」


 ジブリールの眉がピクリと動いた。大事な話、という言葉に引っかかったのではない。引っかかったのはその前の言葉。ジブリール殿下、という言葉だった。

 何故自分の素性を知る者がここにいるのだ? と思った。一気にジブリールの警戒心が強くなった。ちらりとミス・バークリーを見た。特段表情に変化はなかった。全然状況が分からなかった。一歩後ずさりするジブリールを見て、目の下にクマのある男が小さく両手をあげた。


「警戒させてしまい申し訳ありません。何故殿下の素性を我等が知っているか、という点につきましては家の中で話をさせてください。立ち話では……ちょっと……」と言い、男は通りに目をやった。つられるようにジブリールも通りを見回した。荷車を運ぶ馬と人や、何の目的で走っているのか分からない人まで、とにかくクレントン通りは人通りが激しかった。彼等の言い分も一理ある、と思った。次にジブリールは注意深く彼等を見た。彼等の身なりは汚く、そして顔もどこかやつれた表情(かお)をしていた。それに、3人が3人とも太ったり、極端にやせていたり、女だったりと、まったくジブリールの脅威になりそうもない連中に思えた。


 ――いざという時はとっくみあいになっても勝てるか。


 ジブリールはそんなことを思い、彼等を家の中に案内した。ドアが閉まると同時にジブリールは質問した。


「なぜ僕の素性を知っている? 君達は何者だ?」


 目の下にクマを作った男がこれに即座に返答した。どうやらこの男が3人のリーダー格らしい。

「我等は間者としてザグゼイン様に仕えていた者です」

 ジブリールは、一拍遅れてつぶやいた。


「ザグゼインの間者?」


「はい殿下。我等は元々この王都の貧民街で食うや食わずの生活を続けていた者で、そこでザグゼイン様に拾われました。以来、ザグゼイン様個人に仕える間者として今日まで生きてまいりました……。今回も、いろいろお手伝いさせてもらっています。キティグを見つけてきたのも、殿下の動向を見守りザグゼイン様に逐一報告するのも我等の役目でした」

「僕を見張っていたのか?」

「はい殿下。ザグゼイン様は殿下の身を案じ、我らに殿下を常に見守らせていたのです。いざという時は、何かしらの手段をもって助けよ、とも言い含められていました。だから我等は殿下の御身分を知っているのでございます」


 ジブリールは二三度瞬きをした。そうだったのか、と思った。目の下にクマのある男は続けた。

「だが、今回ザグゼイン様がキティグによって処刑されたと聞き、我等は焦っています」

「ちょっと待て」と、ジブリールは言った。「キティグにザグゼインが処刑されたというのは本当のことなのか? 号外は偽りではないのか?」

 目の下にクマのある男は首を横に振った。

「我等もあらゆる情報を耳にしましたが、内容にほぼ誤りはないようです。ザグゼイン様は叔父であるアハト様を毒殺したあとに、偽王子に不敬罪と反逆罪を言い渡され、その場で処刑されたとのことです」


 ジブリールは男の言葉を遮るように声を出した。


「待ってくれ……。ザグゼインが、叔父のアハト=ガードを殺した? それこそ何かの間違いではないのか?」


 目の下にクマのある男はまたも首を横に振った。つまり、彼に言わせるとこれも事実らしい。ジブリールは全くもって訳が分からなかった。なぜザグゼインが自分の叔父を殺さなければならないのか、なぜ川睨みの最中に殺す必要があったのか。ジブリールはまた一瞬だけミス・バークリーの姿をみた。そもそもミス・バークリーがザグゼインの間者という時点で頭がこんがらがりそうになっているのに、もはやこの展開に頭がついていかなかった。すると、目の下にクマのある男が言った。


「ここからが大事な話です」


 ここでジブリールは、まだ彼等が話の本題に入ってすらいなかったことに気付いた。男は続けた。


「よいですか殿下。我等だけなのです。王宮にいる王子が偽物の王子だと知っているのは、この場にいる我等だけなのです。この意味がお分かりになるでしょうか?」


 意味が分からなかった。何も分からないのに分かるわけがない、とすら思った。目の下にクマのある男はジブリールに尋ねた。

「なぜザグゼイン様は殺されたとお思いですか?」

「そんなこと僕に分かるわけがないだろう!」


 すると、間者の3人は互いに顔を見合わせた。こんなことすら分からないのか? という表情をしていた。だから、ジブリールは声を荒げた。


「なんだそんな顔をして! お前達だってキティグから直接話を聞いたわけじゃないだろう? なら、理由なんて分かるわけがないだろう」


 ここではじめてミス・バークリーが口をあけた。


「殿下。本当にお分かりにならないのですか?」

「当たり前だ!」

「この王都に住む者で王家の人間を羨まない者などおりません。特に私達はその日一日を生き延びることだけでも精一杯な者ばかりでしたので、あの金貸しの気持など手に取るようにわかります」


 ミス・バークリーの痛い程の視線がジブリールに浴びせられた。そして、ミス・バークリーは身分を忘れ、一か月前の口調でジブリールに言った。


「本当にわからないのジブリール? 皆、王様や王子様のようになりたいの。豊かな暮らしがしてみたいし、豪華な料理も食べてみたい。それに豪邸にだって住んでみたい。そういうものなの。あの金貸しは偶然にもあなたの代理として王宮での生活を営んだ。それをあの者が簡単に手放すと思ったの? 間違いなく王子という身分を手放すことが惜しくなる筈よ。絶対にそうにきまっとる。じゃけん、きっとこう思うたんじゃ。『自分が偽の王子であると知っている者を全員殺せば、自分はきっと本物の王子になり代われるだろう』って」


 ミス・バークリーの言葉につられるように家の中の埃が舞いあがり、それがジブリールの周りを漂った。空気が急にねっとりと重く感じられた。ジブリールの耳の奥に、今のミス・バークリーの言葉が何度も反芻された。

 急に窓から見える景色が色を失ったように思えた。一度も出会った事のない悪意をもった新たな考えがハンマーで自分の頭を殴りつけてきた気がした。


 それはまさしくとんでもない衝撃だった。

 そんな可能性、頭をかすめた事すらなかった、とジブリールは思った。

 鏡の前に並んで立った時のキティグの笑顔を思い出した。きらびやかな自分の姿に目を輝かせているように見えた。とても善良な人間の笑顔に見えた。


「いや、でも」と、ジブリールは言いかけた。だが、そのあと言葉が続かなかった。まだ衝撃が尾を引いていた。

 だから思った。たったそれだけの為に、と。

 窓から射す光が巻きあがる埃をうつしだし、その一つ一つがおぼろげな影を作りながらゆっくりと動いていた。


 ――たったそれだけの為に。


 それは〈持てる者〉だからこそ生まれる問いであった。〈持たざる者〉にとって、命とは短いものであり、容易に失われるものであった。持たざる者にとっての世界は、もっと残酷であり、野蛮な物であった。ジブリールはそこに気付くことに一歩遅れた。だからだろう。ジブリールは今更思った。どうして、この家に帰ってきてしまったのか、と。

 もしも、本当にこのザグゼインの間者達が言っていることが事実なのであれば、キティグはすでに自分を偽王子と知る者を殺す決断を下したということではないだろうか?

 キティグを偽王子と知る者。


 ――その中には当然僕も含まれる。


 背筋に悪寒が走る。動悸が激しくなり、にわかに現実が歪んで見えた。

 ならば、キティグが自分を殺す為に待ち構える可能性がある場所など一つしかない。ジブリールはキティグの手紙を思い出す。


『小さい家ですが、不自由なく暮らせる最低限の家具を備えてあります。もう一人の王子より』


 ――この家こそが最も危険な場所なのだ。


 その時である。窓から射すはずの光が人影によって遮られ、急に部屋が暗くなった。間者の3人は特に気にせず話を続けたが、予感めいたものを感じたジブリールは何かに導かれるように窓を見た。その窓の外から無言で中を覗くキツネ目の男がいた。


 その男と目があった。ゆっくりと流れる時間の中で男の口が動きはじめる様子がハッキリと見えた。それがなんであるか、ジブリールはハッキリと認識したわけではない。彼等は窓の外から部屋を覗いているだけかもしれない。その際に興奮のあまり口をあけただけなのかもしれない。だが、ジブリールの本能はアレを見ただけで、全身の毛が逆立った。だからなのかもしれない。突然ジブリールは猛獣のように飛びあがり、壁にたてかけられたレイピアに手を伸ばした。

 窓の外の男の口から短く声が発せられた。


「突入!」


 それは、ジブリールの運命の歯車が軋む音をたて回り始めた合図だった。


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