ボスバトル
ソーマたちパーティは要塞内部をマップ通りに進んでいく。雑魚として沸いてくる帝国兵の排除や、要塞内の仕掛けを解きつつ、ついに上層へ上がるエレベーターホールへ到達した。
そのエリアは大きな円形のホールになっており、上を見上げても薄暗く天井が見えず、壁には何本ものパイプが樹木のように張り巡らされており、この要塞特有の雰囲気を出していた。
そしてホールの奥にはエレベータとその操作盤が見え、エレベーターを動かしそこから上層へ上がる仕組みになっているようだった。
ソーマはそのエレベーターホールへ入る前に足を止めた。入り口にはソーマの胸まで達する赤い半透明な仕切りが、ホールの入り口を塞ぐようにゆらゆらと漂っていた。ソーマはこれが何なのか知っている、これまでも幾度となく見てきたものだ。
その仕切りの先にはボスが出現するということを示すマーカーである。
「行きますね」
一旦深呼吸をし、ソーマは意を決してそのマーカーを跨ぐ。他のメンバーもソーマに続く。
すると……
「ここまで来たか、冒険者風情がよくも……。ガルドラス様が留守であれば陥とせるとでも思ったか!甘いわッ!」
ホールの真ん中に、赤く刺々しい帝国軍制式鎧を着た人影が見えた。ソーマたちと背丈は変わらない、モンスターではなくれっきとした人間であるのが分かった。
このアーレデインの、いわゆる「ラスボス」と呼ばれる帝国軍上級将校ダハール大佐である。すらすらと口上を述べ、そして口上が終わると同時にソーマたちに襲い掛かってきた。
向かってくるボスへソーマはこれまで通りにタウントスキルを発動し当てる。
ボスを固定するとすかさずボスをマップで言えば北、画面上へ向ける。こうすればボスが放つ扇状に広がる前方範囲攻撃や、ボスが一番ヘイトを抱いているプレイヤー(この場合はソーマになる)中心にダメージ範囲が広がる攻撃により、他のパーティメンバーへダメージが及ぶことは無く、余計なヒール作業を心配することは無い。
ソーマの剣が、ダハールの剣がお互いを斬りつける。MTはボスと一番近い位置、尚且つボスと相対するために、より一層敵の攻撃や自分に向けられる敵意がはっきりとわかるのだ。
いくらVR空間であっても敵の攻撃により自身が傷つき、痛みや血が噴き出したり、体に傷口が出来るような過度なゴア表現があるわけでは無いが、それでも敵から攻撃されるという事には抵抗を覚える。
定期的に繰り出されるダハールの攻撃スキルを防御し、ソーマはダハールのヘイトを維持しつつ自分も攻撃を加えていく。ブレオンでは敵のヘイトが可視化されており、ヘイトが誰に一番向けられているかパーティ内でゲージとして表され、そのゲージの貯まり具合で誰がヘイトトップであるか順序としてわかるようになっている。
定期的に繰り出されるダハールのスキルに耐えつつ、定期的にタウントスキルを打ち込んでゆく。ソーマはヘイトを維持するのを一番に意識していた。なぜならばヘイトゲージの存在である。パーティメンバーそれぞれのヘイトゲージを確認できるため、誰がどの程度ヘイトを稼いでいるかわかるのだ。
無論、現在パーティで一番ヘイトを稼いでいるのはソーマである。
しかし、そのソーマに迫るかのようにボルフントのヘイトゲージのバーがオレンジ色になっていた。ヘイトゲージは一番ヘイトを稼いでいるプレイヤーが「赤」、その次にヘイトを稼いでいるプレイヤーが「オレンジ」、そして「黄色」「緑」と続く……。
ソーマは焦っていた。
(クソッ、これだけタウントスキル入れてるってのに!……なんでDPSに迫られてるんだよッ!)
「ボルフント、ヘイトに注意しろ!ミクもだ」
「お?…とっとと、そうだった」
「あちゃー、いつものクセが出ちゃった」
クラウスに注意され、ボルフントとミクは二人して攻撃の手を緩める。目に見えて攻撃の手数が減ったボルフントとミク、そのお蔭かヘイトゲージはみるみる減っていきゲージはオレンジから黄色になっていた。
ソーマは安堵した、これでヘイトが剥がれることは無い。しかし油断はできなかった。
「かくなるうえは……、これで消し去ってくれる!『ブレイドルダイヴ』!!!」
そう叫ぶとダハールは浮き上がり、体から青白い光を放ち天井高く舞う。そしてそのまま地面へ急降下するとその直後にフィールド全体へ攻撃が及ぶ大技を繰り出した。
ソーマ以外の7人はすかさずホールの中央へ固まり、メリアディが薄緑色のドーム状のバリア「女神の抱擁」を出現させパーティ全員を守る。それを見たソーマもその薄緑色のドームの下へ走る。着弾と同時に目の前が揺れ衝撃波が走る……と、同時に全員にダメージが及ぶが、女神の抱擁のバリア効果で大した痛さではなかった。パーティはブレイドルダイヴを凌ぎ切り、あとは残ったダハールのHPを削りきるだけである。
「くぅうう……ブレイドルダイヴを躱されるとは……最早これまでか」
ダハールの悲痛な叫びがホールに木霊する。ソーマたちはあとはHPを削るだけになったダハールに容赦なく攻撃を加えてゆく。ダハールも負けじと攻撃スキルを繰り出し応酬する、その度にソーマのHPは半分近くまで削られるがドワイトのインスタントヒールで全快近くまでHPを戻される。これを何度か繰り返すうちに、とうとうダハールのHPを削りきる事に成功した。ダハールのHPがゼロになった瞬間、体から黒い霧のようなものが天井へ立ち昇っていった。
「ガルドラス様……申しわけ……」
ダハールは最期に声にならない声を振り絞った後、そのままその場に倒れ込んだ。
派手なファンファーレと共に目の前に文字が浮かび上がる。
<<Congratulations!>>
「やった…」
満身創痍のソーマはそう呟いた。最も他の7人はこの魔導要塞アーレデインを何度もクリアしているため、初クリアのソーマだけがクリアできた感動を噛みしめていた……。
「ここまで35分程か……おめでとう!ソーマさん」
「やったね!ソーマさん」
「おーおー、これであとは最後のメインクエだけだなぁ」
「おめでとぅ~。みんなでクリアするってやっぱいいわねぇ」
「おめでとうございます。いやはや……なかなか手応えがありましたな」
「おっつー、結構早かった方じゃね?」
皆がソーマを祝福する。ソーマはそれが照れくさかったが嬉しかった。自分の為に手伝ってくれる人間がいる、一人では無理だが皆が集まれば可能になる。これがMMORPGであると、ソーマ……蒼馬将一はレイドを攻略する楽しさに気づき始めていた……。
「アリス、ソーマさんの動きはどうだった?同じタンクだし、思うところはあるだろう」
そう言ってクラウスはアリスの方を向き問いかける。
当のアリスは急に振られたため、恥ずかしくなったのか下を向きながら……
「どうって……、もっと、防御スキルを……敵の痛い攻撃に合わせる……くらいかな……」
そう言ってアリスは続ける……。
「位置取り……あと、タウントスキルと攻撃スキルの割合はまぁまぁだった……と思う……」
アリスはこれまで見てきたソーマのタンクとしての評価を述べる。
「ほぅ、なかなか上出来のようだね」
クラウスはアリスの意外な感想に何かを感じ取っていた。
「ソーマさん、あとはあのエレベーターで上層へ行けばイベントムービーが始まってクリアですよ!」
そう言いながら、ミクがソーマの背中を押す。ソーマはミクに押されながらエレベーターの操作盤の前に進む。
操作盤に触れると同時にエレベーターが動き出し、立っている床ごとソーマを上の階層へ送り出す。
「ありがとうございます!みんな……ありがとう!」
ソーマが手を振りながら上層へと昇っていく。それを7人は見送った。
「よし……では我々も出るとするか、みんなお疲れ様!」
クラウスの解散宣言に7人はインスタンスからの退出処理を行う。そうすると一瞬にして各々がインスタンスへ入る前の場所に戻される。
「みんなー、ありがとでした」
ミクが皆に礼をいう。元々はソーマの為にミクが企画したものだったからだ。
そこへ、クエストクリア後のイベントを終えた将一からミクへ直接会話が届く。
「ミクちゃん、今日はありがとう。なんとか8人のインスタンスレイドはクリアで来たよ」
「ソーマさんもお疲れ様。よかったですねクリアできて」
「うーん、8人で行くコンテンツがこんなに難しいとは思わなくてね、結構焦ったよ。特にタンクが2人いると役割も変わるんだなぁ……と」
将一はコンテンツでタンクが2人になることが初めてであった為、それまで自動的にMTを務めていたが、状況によっては自身もSTを務める事がある……という事を改めて認識した。
無論、将一がメインクラスとしているアークナイトは前述したとおりST向けである為、アークナイトでのコンテンツ参加ではSTを務めることが多くなる、その為一刻も早いST経験を積むことが将一には必要であった。
「その辺はわたしはよくわかんないですけど、タンクやったことないし……あ、でもアリスちゃんならメインがシールドガードだしよくわかるも!」
「アリスって……今日手伝ってくれてたタンクの人か……」
「ソーマさん、アリスちゃんに弟子入りすれば?」
「えぇ……、それはどうかなぁ」
ミクの急な提案に将一は戸惑いながらも、その提案に乗ってみるのも悪くないな……。と思い始めていた。
同じタンク同士、アリスの方がプレイ経験は上である為教わることは山ほどある筈である。
無論、アリスが教えてくれればの話ではあるが……。
将一はミクにログアウトすることを告げると、そのままログアウト処理を行った。目の前が真っ暗になりVRヘッドセットを外す。将一はすぐに頭を上げ部屋の時計を見る。時間は丁度、午前0時になっていた。ゲーム内でも実時間を確認することは出来るが、集中してくるとやはり時間を忘れてしまう。
その為、いつもログアウトした後に時計を見るクセがついてしまっていた。
明日は昼勤のシフトになっている。今から寝ても十分睡眠時間はとれる。将一は寝る準備をし、そそくさとベットに横たわった……。