Fight It Out!
──でかい…でかすぎる!──
将一の率直な感想だった。薄々感じてはいたが、この世界「ヴレインディア」の生き物はどれも、現実世界の似たような生物よりひと回り……いやふた回りはでかかった。
「ラットでこれかよ……」
冒険者ギルドで受けた最初の依頼、畑を荒らすラット討伐。地図に示されたクエストマーカーを頼りに目標の畑に着いてみれば、大型犬ほどもあろうかというラット……いわゆるネズミが畑を荒らしていた。
将一はラットに挑みかかる前に自分が現在使えるスキルを再度確認した。
◆ソニックラッシュ……敵への攻撃
◆パリィ……回避発動時、反撃する
◆ヒーリング……自身のHPを回復する
ノービスではこの3つのスキルしか使用できない。あとは敵をターゲットした場合に、自動で繰り出されるオートアタックがダメージソースとなる。このうちパリィは自動スキルなので、要はノービスの間はほぼ同じスキルを連打することになる。なお特定のスキルには「CT」というものが設定されており、おおむね「2秒」ごとにスキルを使えるようになっている。
VRMMMORPGであっても他のVR系ゲームと同じく、身体への同期は自動で補正してくれるようになっている。その為、いかなる状況下であろうと現実と同じように動くことが出来、尚且つプレイしているゲームに合わせた補正を行ってくれる。
この機能は他社が開発した画期的なシステムではあるがVRゲームには欠かせない物となっており、このシステムへの使用料を支払い自社のVRゲームへ搭載するのは当たり前になっていた。
「よし、行くか……」
将一は討伐目標であるラットをターゲットする。するとラットを中心に円形のターゲットサークルが現れた。その状態で将一は真っすぐ飛びかかりラットに斬りかかる。
ソニックラッシュ!
将一が唯一のアクティブスキルであるソニックラッシュを使用して、ラットにダメージを与えてゆく。ターゲットさえすれば余程のことが無い限り攻撃が外れることは無い。
あとはCTの合間にオートアタックが削ってくれる。
ものの2発ほどソニックラッシュを当てたところで、1匹目のラットは倒すことができた。
「なんだ……案外簡単なもんだな。スキルさえ使えば、オートアタックも自動でやってくれるし」
見た目とは裏腹に、初戦はあっけなく終わった事に将一は物足りなさを感じていた。だが対象であるラットはあと9匹、そんな事を考えていては依頼が終わらない。
将一はすかさず次のラットにターゲットを向けた。
ソニックラッシュ……ソニックラッシュ……ソニックラッシュ……
CTごとにソニックラッシュを当てていくだけでラットは次々と倒せていった。目標である10匹目を倒した直後、派手なファンファーレと共に目の前に依頼達成のアナウンスが表示された。
地図を開いてみると、元のグライユの街へ戻り達成報告をするようマーカーが表示されていた。
(至れり尽くせりだな……迷う事が無い)
将一は半分呆れつつグライユの街へ戻ることにした。
「あら、お帰り。どうだった?ラット退治は上手くできたかい?……まぁ帰って来たという事は依頼は達成したんだろうね」
冒険者ギルドの受付は将一を見て当然のように答える。そして依頼達成の報酬を渡す素振りをする。すると、目の前で所持金と経験値の数値が増えていった。
「おぉ?」
将一はびっくりしたが、これがこのゲームにおける依頼達成のプロセスらしい。
「次の依頼があるんだけど、お前さんどうする?」
受付の女性がすかさず問いかけてきたが、将一はしばらく考えて答えた。
「また今度にするよ、もう今日は終わりにしときたいんでね」
──そうかい、じゃあまたね──
という受付の声を後に将一は冒険者ギルドを後にした。
(今日はここまでにしとくか、キャラメイクまでのつもりだったけど結構やり込んでしまったな)
将一はメニューアイコンからログアウトのアイコンを選びログアウトした。
目の前が暗くなり現実に五感が引き戻された。
被っていたヘッドセットを外し、辺りを見回す……。
見慣れた自分の部屋が映る。
「戻ってきたか……」
将一はぼそりと呟き、そのまま床に寝転がった。
──数時間後──
「うぉ!」
飛び起きた途端将一は目覚まし時計を掴み文字盤を凝視する。目覚まし時計の針は午前6時50分を指しており、薄明りの陽がカーテンの隙間から差しこんでいた。
「あのまま寝ちゃってたか……」
まさに寝落ちしていた将一は、まだバイトまでの時間があるのを確認すると、もう一度寝ることにした。
「オハヨーゴザイマース!」
バイト先のコンビニに甲高いが耳障りではない声が響く、中村美玖が出勤してきた合図である。中村美玖は出勤するなり将一のところへ駆け寄ってきた。
「蒼馬さん、昨日ちゃんとブレオンプレイしました?」
小声で話しかけて来る中村に将一は
「やった、ちゃんとやったよ。キャラクリだけじゃなく最初の依頼まで進めたって!」
「わぉ、そこまでやったんですねー、じゃあインしてたらフレンド飛ばしちゃおっかな」
「じゃ、あとでキャラ名教えてくださいねー。LINEでもいいし」
「フレンドねぇ……」
将一はそう言いつつ、てきぱきとレジ作業をこなす中村美玖を見つめていた。
バイトが終わるとすぐにアパートへ帰り、VRヘッドセットを被りブレオンへとダイブする。バイト中もブレオンの事を忘れることは無く、ここまでハマるとは将一としても意外であった。
前にログオフしたままの状態で再びヴレインディアの世界へ。将一はもう一度、自身の分身であるヒュース男性の我が身を観察した。まだ始めたばかりのノービスであるため、装備はいまだに最初に支給されたものしか着ていない。
半袖の薄いベージュ色のチュニックの上に左胸だけを守る革の胸当て、足は薄緑色の“トラウザー”とよばれるズボンに、膝前面を覆うだけの簡素な膝当てだけである。
そうこうしていると、甲高い、しかし耳障りではない声が聞こえてきた。聞いたことがある声だ。
「ハローハロー?聞こえますかソーマさん?」
声の主は将一を「ソーマ」と呼んだ。ソーマとは将一が操作しているキャラの名前である。あらかじめキャラ名を中村美玖に伝えておいたのだ。
「あれ?美玖ちゃん?なんでインしてるってわかったの?」
将一は不思議そうに、声の主である中村美玖に問いかけた。
「プレイヤーサーチですよ。名前さえわかればインしてるかどうかサーチすればわかるんです!えっへん!」
美玖はすかさずプレイヤーサーチでソーマの居場所を確認する。
「ふむふむ、まだグライユの街なんですね。じゃそっち行きますねー」
「え、すぐ来れるの?今冒険者ギルドの前にいるけど……」
「リプレースという便利な魔法があって、街へならすぐに移動できるんです、えいっ」
将一は自分が緊張しているのに今頃気が付いた。いつもバイト先で一緒に仕事をしている仲ではあるが、ブレオンの中で会うのは初めてなのだ。そう思うと余計に緊張していた。VR空間の中ではあるが手に汗がにじむ錯覚を覚える。
(落ち着け……いつも見慣れてる相手じゃないか……)
将一はそう言い聞かせた。そうするうちに、自分の元へ一直線に走ってくるプレイヤーらしき人物に気付く。中村美玖である。こちらに近づくにつれ、ブレオン内での美玖の分身であるアバターキャラがはっきりする。
“ミルディ”……ヴレインディアにおける五大種族のうちのひとつ。猫にも似た外見を持ち、その頭部には大きな耳が天を向いて立っている。尻にはくねくねと動く尻尾が伸びており、体毛こそ無いものの、そのシルエットはまさに「立ち上がった猫」そのものであった。
美玖のミルディは将一のヒュースより頭二つ分くらい背丈が低く、将一を見上げるように見つめながら話しかける
「初めまして!ミク・レンディアです。こちらでもミクでいいですよっ!」
有り体にいって非常に可愛い……。将一はそれ以上の感想が持てなかった。
「あ……あ、よろしくお願いします。ソーマ・ディオレスです……」
たどたどしく将一も挨拶する。
それを見た美玖……いやミルディのミクは少し後ろを向き
「ぷぷ……ぷ……あははははははは!」
と、大声を出して笑いだした。その唐突な笑い声に将一がびっくりしつつも静観しているのを横目に、美玖は笑いを堪えつつ答える。
「すいません、思ってた以上にキャラが蒼馬さんまんまだったもんで……いや、まさかヒュース選ぶとは思ってませんでしたぁ」
将一はキャラの見た目が自分に似ている為に笑われたのかと思い、少しむっとしたが……美玖が言うには――
「でも割とカッコイイですよ、こっちのソーマさんも」
という事らしい。将一はそれならと……機嫌を戻し、これまでの進歩を美玖に話した。美玖は将一からの今現在の進み具合を聞いて将一にアドバイスする。そのやり取りが続いた後、ミクの方から話を持ちかけた。
「とりあえずメインクエストを進めましょう。レベルをカンストさせるんです。色んなことはそれからですね!」
「カンスト?このゲームってレベルいくつまで上げれるの?」
「今のところ“50”までです。50まで上げればメインクラス全てのスキル覚えますし、エンドコンテンツにも挑戦できます」
「エンドコンテンツ?」
将一が聞き慣れない言葉に興味を示すのを、美玖は見逃さなかった。
「エンドコンテンツっていうのは、いわば高難易度コンテンツの事です。そこらのお使いクエストなんかよりもーっと、全然難しいクエストだったりするんです。カンストしてるのが条件ですからね!」
「はぁー、そんなのまだまだ先だなぁ……」
将一がため息をつきながら遠くの方を見つめる素振りをすると、美玖が将一の分身であるソーマの肩を叩きながら
「大丈夫です、ブレオンはレベルが上がりやすい設計になってますから、メインクエストを追っていけば早ければ一ヶ月……いえ、3週間もあれば一つのクラスはカンストさせることが出来ますよ」
美玖は得意そうに将一に答える。実際そうであったからだ、美玖自身もブレオンをプレイしてまだ1年半ほどであったが、すでにバトルクラスは3つほどカンストしており、今は4つめのクラスを育てている最中だった。
将一は美玖から貰ったアドバイスを聞き逃すことなくインベントリから取り出した無地の羊皮紙のようなメモ帳に書き写し、当面はメインクエストを進めレベルをカンストさせることにした。
(色々なことはそれから……か、先は長いが明確な目標ができた。他の事は考えずにメインクエストを終わらせよう)
将一は美玖と別れると再び冒険者ギルドの門を開け、メインクエストを進めることにした――