冒険者
光り輝く門を抜けると――そこには、見渡す限りの広大な草原があった。ヴレインディアの世界に来た……という実感は将一にはまだなかった。
VR技術によって、サーバー上の電子空間に作られたヴレインディアの世界。ブレオンでは、このヴレインディア大陸を舞台に冒険者として生活していくことがゲームの目的となっている。
ヴレインディア大陸は、従来のVRMMORPGと同じく全てがシームレスに繋がったオープンフィールドとして構築されている。エリアごとに区切られた構造ではなく、しかも飛行用の乗用アイテムはプレイヤーに解放されておらず、一気に距離を稼ぐ移動は、街などに設置された転送門の間をリプレースに頼るしかない。フィールドを自由に探索するには自らの足で進むか、飛行は出来ないが馬車や乗用動物による移動しか方法が無い。
また、運営元であるトライアングルウェッジ社のアナウンスによると、ヴレインディア大陸は現実のユーラシア大陸とほぼ同等の面積を誇るといわれている。
そんな中で、いまだ大陸を横断して走破した者は無く、大陸の端から端までの移動にかかる日数はいまだにどれほどなのか判別していない。
「ここが…VRMMORPGの世界……か?」
将一は目を慣れさせながら辺りを見回す。門を潜ったその先は、ちょうど草原でできた緩い丘陵の頂上であった。
「すげぇ……風も、匂いも感じる……どうなってんだ」
将一は乾いた草の匂いや、頬を撫でるような風の感覚があるのに驚いていた。
VR技術の進歩によって、ほぼ現実と変わらない感覚をプレイヤーに与える事ができる、現在のVRMMORPGはまさに「究極の異世界体験」の場としてもってこいであった。
将一は、自身が今立っている大地の感触を十分に実感しながら、門を潜る前にレミリアから一通りのチュートリアルを受けていたのを思い出した。
(まずは街を探せって言ってたっけ)
ブレオンではキャラメイク時にクラスも併せて選ぶことはできない。皆、最初は「ノービス」という、いわば見習い職からスタートすることになる。
ブレオンは他のVRMMORPGに見られない、厳格な「ロール制」を採用している稀なゲームである。
ロール制とは、いわゆる「タンク」、「ヒーラー」、「DPS(※)」とよばれるロールにすべてのクラスを分類するものである。
※かつては「Caster(遠隔魔法)」「Melee(近接物理)」と呼ばれていた主にダメージを与えるクラス。「Damage Per Second」の略で、「単位時間当たりの火力」を指す略語がそのままダメージクラスの総称となった。
これは半世紀を超えるMMORPGの歴史の中でずっと守られ続けたゲームシステムであったが、ワールドシミュレーターライクな傾向にあるVRMMORPGではあまり採り入れられることが無かったシステムだった。しかし、それをブレオンはあえて採用したのである。
多くのVRMMOPGでは、クラスにとらわれず“スキルツリー”により任意にスキルを取得して構築するキャラビルドが一般化しており、その中でもユニークスキルという存在により、プレイヤー自身が他者との差別化を図る事が出来た。
しかし、それではバトルコンテンツにおける調整の難しさや、クラス間の使用率の平均化がとれないなど(どうしても参加できないクラスや、このクラスだけがいればいいという問題が生まれる)の問題のため、バトルコンテンツの自由度を優先し、その代わりキャラクターの過度な自由度を制限することでバトルコンテンツの面白さを追求することをトライアングルウェッジ社は選んだのである。
いや、トライアングルウェッジ社というよりは、このブレオンの開発責任者である「ガリオット・アダムセン」が、であった。
彼の思惑は当たり、ブレオンは「バトルコンテンツ、とりわけボスレイドバトルは他のVRMMORPGを凌駕している」とまで云われる様になったのである。
将一は降り立った場所からすぐ近くに街道があるのを見つけた。街道があるという事は、その先に何かあるに違いない。この辺はゲーマーである将一にとっても勘が働くところだった。
「あれか……、まだ結構距離があるな」
15分ほど街道から外れず歩いて行くと、遠目に街らしきものが見えてきた。
このVR空間において「歩く」という行為は非常に不思議な物であった。そもそもVR空間のなかでは当たり前だが疲れることが無い。なのでその気になればどこまででも歩いていける。
ならば、歩くという行為が一見無駄にも思えるが、その踏みしめる足には地面の感覚が伝わってくる。
それが非現実でありながら現実としての実体感を与えているのである。風の肌触りや匂い、暖かささや冷たさといった温度の感覚も同様の作用をもたらす。
ちょうど丘陵から流れる街道を降りた盆地にその街はあった。卵型にぐるっと石でできた城壁のようなものが囲んでおり、城壁からは何本かの尖塔らしきものが突き出ている。そして、その城壁の周りを街道が交差していた。
おそらく街道の接点に作られた街なのだろう、城壁の1カ所に頑丈に鉄で囲われた大構えの門があった。その両脇には人らしき物が見える。
将一はともかくその門へ近づいてみることにした。
「おぅ、ノービスの冒険者か!よくグライユの街に辿りついたな。冒険者ギルドは門を潜って大通りの右手側にあるぞ」
全身に甲冑を纏ったさも屈強そうなNPCである門番が、NPCとしてお決まりの台詞を将一に投げかけた。
──グライユの街──
門番がいうには、ここはグライユの街というらしい。あの門を潜った冒険者は皆この街に来るという事か……と、将一は納得した。
将一は門番に言われるままに冒険者ギルドを目指した。門から伸び城壁の中にある街を二分する大通りらしき道を進み、右手側にあるというギルドの建物を探す……。
と、将一はあることに気付く。街の中の雰囲気は完全にいわゆる「ファンタジー」のそれであるが、NPCであろう人物以外に、頭の上に何やらマークがついた人を見かけるのだ。その頭上にマークがついた人達のいで立ちは、明らかにNPCそれとは違って見える。
(あ、あれって他のプレイヤーキャラなのか?多分そうだよな……なんか着てる服が違うし)
辺りをキョロキョロ見回しながら歩いて行くと、やがて冒険者ギルドらしい建物が見えた。
「何もないところから地図が出て来るのか…違和感あるけど、その辺はゲームだしな」
さすがに「鞄から地図を取り出す」というところまでは再現されておらず、空間に表示されるアイコンから欲しいアイテムをタッチする、するとそのアイテムが実体化されて目の前に現れるという仕組みだ。
「ここだな」
やや二等辺三角形じみた屋根をもつ大きな屋敷を前に、将一は意を決してドアを開く。
「この間のダンジョンで2回もワイプだぜ!外れヒーラー引いちゃったよ」
「つーか、なかなか出ねーんだよな目当ての装備が…」
「チックショー!離籍してたらマッチングおわってるじゃねか!」
「この任務どうかなぁ…こっちの方が効率いい?」
「よし揃ったな!じゃあ行くぞぉ」
冒険者ギルド内のあまりの喧騒に将一は入ってすぐ面食らった。
吹き抜けの一階の広間にざっと見渡しただけでも、バスケットコートが2面取れるほどの大きさの広間に100人以上の冒険者がひしめいていた。
並べられたテーブルを囲んで談笑する者、壁際のカウンターへ腰かけ隣通しに話しかける者、おそらくほとんどが冒険者といわれるプレイヤーであろう事は行きかう声の内容でわかった。
冒険者ギルドとは、その名の通り冒険者としてのプレイヤーの為の施設であり、ここで経験値やお金を得ることのできるクエストを受注したり、また冒険者の財産管理……つまりは荷物倉庫の利用を行えるのである。
その為、プレイヤーが絶えることは無く、また利便性から自然にプレイヤーが集まってくるのであった。
「街へ帰るとまず冒険者ギルドに寄る……」が、プレイヤーの間では習慣になっている。
将一はプレイヤーの喧騒をよそに広間の奥にある、両側のカウンターとは明らかにつくりの違う豪奢なカウンターを目指した。
カウンター越しに立つ受付らしい女性に声を掛けようとした将一だったが──
「あら……ノービスかい、じゃあまずはこの依頼をこなして貰おうかしらねぇ……」
先にその女性の方から声を掛けられてしまった。女性が将一の方へ何やら手渡す仕草をする。受け取ると丸められた羊皮紙のような書簡が画面に現れる。それを手に取り開くと、画面にウィンドウが開き、先ほど言っていた依頼の内容が書かれていた。
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ノービスの試練
討伐依頼
推奨レベル 1
この頃、城壁の外にある畑でラットが増えて困ってるんだ。
農民の申し出でラットの討伐依頼が来ている。
城壁の外にある畑を荒らすラットを10匹ほど退治してほしい。
経験値 400
報酬 300ゴルダ
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「なるほど、最初はお決まりのモンスター退治ね……」
将一は依頼の内容を確認すると、ウィンドウを閉じ目の前にいる女性に質問を投げかけた。
「ノービスから違うクラスへなるにはどうしたらいいんだ?」
「こうやって依頼をこなせば資格ありとみなされ、クラスの解放が認められるよ。それまではノービスで下積みを頑張るんだね」
「なるほど、依頼をこなせばいいのか、ありがとう」
「頑張るんだよ!」
女性は将一に声援を送りつつ、すぐに他のプレイヤーへ顔を向けなにやら話し始めた。
それを横目に将一は冒険者ギルドを後にする。まずは最初の依頼をこなすのが先決だと考え、将一は自分のステータス、装備を確認し武器や防具がきちんと装備されているか、戦闘に必要なスキルがセットされているかを怠らなかった。
いよいよ、ヴレインディア来て最初の戦闘を始めなければならない。将一は自分の中に興奮と恐怖が同時に存在しているのを認識していた。




