いざ!ブレオンの世界へ!
──「ありがとうございましたー。またのお越しをー」
コンビニのレジに立ち、感情がこもってないのが丸わかりな声で挨拶をする男がいた。
男の名前は蒼馬将一、年は34歳。将一はこのコンビニでバイトしているありふれた……いわゆる「コンビニバイトのおっさん」である。
「はぁ……」
客が途切れたのを見計らい大きくため息をつく…。肩に何か見えない大きなモノを担いでいるかのように背は丸まり、その姿は見た人間が誰しも落ち込み、気を落としている……と思うほどであった。
「仕事探さねぇとなぁ……、かと言ってハロワ行ってもなかなかいい仕事なんてねぇし……」
蒼馬将一はつい3ヶ月前に前の職場を辞めている。求職中であってもやはり金は稼がないといけないので、コンビニのバイトをとりあえず職が見つかるまでは……とコンビニでのバイトを続けていた。
そんな彼が商品の陳列を行っていると、同僚である中村美玖が将一のそばへサッと寄ってきた。
中村美玖は同じバイト仲間であり、まだ大学1年生であったが将一よりも職場での経験は長く、将一は中村美玖を先輩として、彼女に色々教わっていた。
首筋までに整えられ、頬を隠すような栗色のボブヘア、小柄な背丈で整った顔立ちの彼女は将一の印象では、ズバリ「猫」であった。
中村美玖は近付いてくるなり将一に
「蒼馬さん、この間言ってたやつ、インストールしました?」
と、かねてより約束していたゲームの話題を持ち出す。
「あー、ブレオンってやつか……まだクライアントのパッケージも開けてないや」
「えー、週末にはインストールしてプレイするって言ってたじゃないですか!せっかく招待コードもあるのに!」
店内に響くほどの声でまくしたてる、その様子に客の視線が将一たちに向けられる。
「あー、わかったわかった、明日休みだし、今夜インストールしてキャラ作成までやっとくよ、それでいいだろ?」
この場を取り繕うために適当な返事をする……しかし将一は──
(あ、ちょっとマズい約束したかな……)
と、咄嗟に後悔した。
「絶対ですよ!」
中村美玖は強い覇気で念を押した──
バイト中にあぁ言った手前、将一はブレオンをインストールしてとっととキャラ作成までやってしまおう、と自分の中でやる気を出していた。なにより中村美玖が可愛い……そんな子とVRMMORPGを一緒にできるのだ、男としては下心が出てしまうのも仕方がない。
将一は元来ゲーム好きであった。そのため、色んなジャンルのゲームをプレイしてはいたが……事、MMORPGには手を出していなかった。理由があったワケではないが、巡りあわせが無かったのだ。
そんな将一がバイト先の同僚から勧められたとはいえMMORPG、それもVRMMMORPGをプレイすることになったのである。
インストール作業はすぐに終わった。この時代容量に関係する速度は無いに等しく、クライアントの容量がどれほどだろうとインストールにかかる時間はものの数分で終わる。
普及当初よりはだいぶスリムになったVRヘッドセットを被る。被った瞬間にヘッドセットは反応し、内部のストレージへインストールされたブレオンのクライアントが起動する。そして、VRヘッドセットの神経接続により、五感……全身すべての感覚を持ってブレオンのスタート画面へ転送されていた。
「相変わらず、VR空間へダイブした瞬間の感覚は慣れないな……」
将一はそうつぶやくと、青白い霧が立ち込める空間に人の気配がするのに気が付く。将一はすでに全身の感覚を掌握し、自由に動かせるまでになっていた。
「ようこそ、Brave Dust Onlineの世界へ。わたくしは新たな冒険者様をヴレインディアへと導くレミリアと申します──」
非常にゆったりとした、心地良い声色で声をかけられる。
(なるほど、チュートリアルNPCか……)
将一はその声に反応し、辺りを見回す。VRMMORPGであるため、機械的なユーザーインターフェースで選択肢が表示されるのではなく、NPCとの対話形式でゲームが進んで行く。辺りを見回す将一の前に人影が現れた。
ブレオン内の案内役だと名乗り、将一の前に現れたレミリアと名乗る女性──3DCGで描画されているはずなのだが、もはや現実の人間と区別がつかない程にリアルであった──は、一目でわかるファンタジックな衣装を纏い、いわゆる「癒し系」なローブ姿であった。
また、その腰まで伸びた青い髪や、髪の間から覗く長い耳などはいやがおうにも、今まさに自分がブレオンの世界に片足を突っ込んでいるのだ……という期待や違和感を抱かせた。
レミリアの指示に従い、自分がプレイするDCと、その中にある複数のサーバーの選択を行っていく。
(美玖ちゃんも同じサーバーを選べ、って言ってたな)
サーバーが違うと普段は会えず、DC単位でのコンテンツしか遊べなくなる為に、あらかじめ美玖が自分のプレイしているサーバーを伝えていた。そこまで選択を終えるとレミリアが──
「あなたのこの世界での現世となるお姿をお決めください。あとで変更も出来ますが……最初のうちは変更がききませんので慎重に……」
そう釘を刺されたからには慎重に決めなくては……と、将一はキャラの外観を作るというゲームのシステムにおいて一番苦手な作業を行っていく。
(キャラメイクって苦手なんだよなぁ、どのゲームでも……)
ブレオンでは、プレイヤーキャラとしてあらかじめ用意された5つの種族から選択できる。その5つの種族とは以下のとおりである。
◆ヒュース……最も人間に近い種族。ヴレインディアでは一番人口分布が広く、どの地域でもこのヒュースに出会う事ができる。体格は現実の人間とほぼ同じであり、ステータス特性は平均的な数値になっている。そのため、どのような職業にも就くことができ、どのようなクラスでも平均的な能力を発揮することができる。
◆ガドドル……非常に大きな体格を持ち、その体には体毛がびっしりと生えており、体毛の色によって赤い体毛の「ヴォーン・ガドドル」と青黒い体毛の「ドーア・ガドドル」に分けられる。体格を生かした肉弾戦が得意であり、ステータス特性もそれに準じた傾向にある。反面魔法への適性はほとんど無いといってよく、そのためこの種族を選んだ場合、盾クラスや近接物理クラスへ就く場合が多い。ちなみにキャラメイクではガドドル男性しか選択することができない。
◆エレシン……非常に華奢な体に長く尖った耳をもつ種族、いわゆる“エルフ”である。ヴレインディアでは過去に隆盛を誇った古代種族という設定を持つが、ステータス特性が魔法に寄ったものである為に、非常に扱いづらい種族となっている。その為、テクニカルな遠隔魔法や回復クラスにしか就くことができず、プレイヤーキャラとして選ぶ者は少ない。ヴレインディアの世界観通り「希少種族」となっている。ただし男性のエレシンは一部の女性プレイヤーに非常に人気がある……らしい。
◆ミルディ……外見は猫に似た獣人種族。猫のように体毛が全身を覆っているワケではないが、頭部には大型の耳が突き出ており、尻には尻尾が生えている。まさに人型をした猫といった感じである。ステータス特性も敏捷性に重きを置いており、近接物理クラスを選ぶプレイヤーが多い。またヒュースほどでないが、敏捷性以外のステータスもほぼ横ばいなので遠隔魔法クラスに就くこともできる。なによりその外見が可愛いため非常にプレイヤー人気が高い。
◆アデント……ヒュース族の子供ほどの背丈しかない種族。子供のような体格であっても成人しており、それ以上成長することは無い。手先が器用とされていて生産職に向いたステータス特性を持つ。戦闘ではその器用さを生かしウェポンマスターやレンジャーなどの遠隔物理クラスを選ぶプレイヤーが多い。魔法にも明るいのでエレシンほどではないにせよ、遠隔魔法クラスに就くこともできる。
将一はそれらの種族の説明を一通り確認した後、長い時間考え込んだのちにレミリアの眼前にプリセット状態で立つ5種族の中のひとつを指さした。
「これだ、この種族でいく!」
それは最も平均的で最も没個性的な種族ヒュースであった ──
種族を選び終えると、次はアバターの細部をメイキングしていく。将一はなるべく自分に似るように目、鼻、口……といったフェイスの各パーツを選択し、自らの分身となるアバターのキャラメイキングを進めてゆく。
「こんなもんか……」
「キャラメイクもお済みのようですね。では、あちらに見えます門を潜ればヴレインディアの地へと降り立つことができます……」
そう言うとレミリアは左手を伸ばしその“門”の方へ向ける。左手が向けられた方向には、まばゆい白い光で象られた文字通り、門らしきものが見えた。
将一は意を決してその門へ足を進めた。それを見守りながらレミリアは──
「冒険者様の行く道に光あらんことを……レ・グリアリーズ・レンヴァース・ジ・トゥワス・ワーズ」
と唱えた。
「え?」
最後の言葉は将一にははっきりと聞き取れなかった。門を潜る丁度その時だったからか、それとも聞きなれない言葉だったからか……。
ともかく、蒼馬将一の冒険はここから始まった─