トッテルミシュア合国防衛戦 2
兵士達の波に紛れた俺達は正門から真っ直ぐ突き進んだ。
兵士達は隊列を組みつつ進行している。
俺達は別枠だが、数ヶ月の間に隊列を維持することには長けている。
俺を先頭にし、ネコネ族達が続き、後方にはニース達が配置している。
五列で、互いの距離は一メートルほど空けている。
それぞれ班を組み、状況に合わせて移動する戦法をとっている。
「結城さんは第一、ニースは第二、ディーネは第三小隊を率いてくれ!
俺は遊撃を行う! 出過ぎるなよ!」
「わかった!」
「ああ、任せろ!」
「ばっちこいですにゃ!」
「健闘を祈る! 散開!」
俺の号令に合わせて、三隊が別行動を始める。
俺が一人の理由は簡単。
武器が大剣だからということと、俺が一人で戦い、敵を倒す方が効率がいいからだ。
もう少し人数が増えれば共に行動した方がいいだろうが、現状ではこの戦い方が最も適している。
俺は走りながら状況を確認する。
感知型の大剣を機能させれば周囲の状況を詳細に知ることができる。
更に個人のスキルで多少の聴力の向上ができている。
まだ敵との距離はあるが、ある程度は把握できる。
まず正門から百メートルほどまでは平地が続き、そこから馬防柵が並んでいる。
先端を尖らせた丸太を立てかけているため、容易には飛び越えられない。
それが断続的に続き、途中で見張り台がいくつも建っている。
上には弓兵が立っており、すでに防衛の準備はできているようだ。
ここから数キロ。
見晴らしのいい平原を過ぎると、丘から竜族達が迫っている姿が見える。
数はまだ明確ではないが、横に広がり走っている。
現在見えるだけでも千は超えているだろう。
下級小型竜が多いが、獲物は剣と槍、弓矢と多種だ。
飛龍もいる。空中からの攻撃はかなり苦労するだろう。
中型の竜も見えた。
人型で大剣を手に持ち、獰猛な瞳をこちらに向けている。
腹から下が蛇のような形をしている竜族もいる。
蛇竜といったところか。
下級大型竜の姿も見えた。
それに……更に巨大な竜族の姿も。
俺が以前倒した大型の竜は、下級だとラクシーンが言っていた。
つまり上位の大型竜がいることは明白だったが、遠くで見るそれに俺は驚きを隠せなかった。
下級大型竜は精々が五、六メートル。
それよりも巨体の竜が見えたのだ。
十メートルに至っているそれは生物を枠を超え、建造物に類しているかのようだった。
「ちゅ、中級大型竜だ! 攻城兵器をその場で準備しろ!」
カタパルトやらバリスタやらを運んでいた兵士達が急ぎその場で準備を始めた。
まだ距離はあるが、早い内から撃退しなければ危険だ。
俺は速度を上げる。
大剣を背負いながらも、加速した俺は、他の兵士達を置き去りにした。
「おい貴様! 出すぎだ! お、抑えろ!」
先頭の兵士が慌てて叫ぶ。
俺は構わず速度をさらに上昇させる。
自己顕示欲や過剰な自信からの行動ではない。
俺は死んでも蘇るからだ。
先んじてできるだけ敵を殺せばそれだけこちらの被害は収まる。
俺の役目は遊撃で、できるだけ敵を減らすことだ。
そして、早めに敵将を討ち取る。
青い塊達が俺達へ迫る。
防柵と見張り塔が立ち並ぶ中、俺は進む。
やがて。
先頭の竜族の姿が近づく。
百メートル。
五十メートル。
大剣を肩に担いだ。
十メートル。
地を強く蹴る。
三メートル。
俺は跳躍した。
一メートル。
先頭の竜族に対して、大剣を振り下ろした。
一瞬にして払われた鉄塊が竜族の身体を寸断する。
「ギャヒィッ!」
悲鳴と共に血を飛ばす。
三体は屠った。
しかしこれくらいでは竜達の歩みは止まらない。
後方の敵達が速度を保ったまま俺へと迫る。
俺はその場に跳躍。
そして中型の竜族に大剣を突き刺した。
これで四体。
とどまることはなく、俺は周辺の竜族を切り払う。
体勢を低くし、一回転。
周辺の竜族達の上半身と下半身がわかれる。
これで十体。
俺は動きを止めず、走りなが昇断剣を発動。
斬り上げ、真っ二つにした。
回転を維持し、剣をひたすらに振るう。
「な、なんて奴だ」
「ひ、人の技とは思えん」
周囲の兵士達が俺を見て、声を震わせた。
戦いの最中に人の戦いを見ている余裕があるのかと思ったが、俺も同じこと。
他人に構っている暇はない。
俺は無心になった。
集中しろ。
殺せ。
竜族を殺せ。
殺せば殺すほど、誰かを助けることができる。
俺は息つく暇なく斬り続けた。
久々の感覚だ。
ひりつくような、冷たい感覚。
気を抜けばすべてが終わるという恐怖と戦いの興奮。
相乗し、心臓は早鐘を打つ。
視界が揺らぐ。
剣が、俺自身が世界を切り裂く。
怒号、轟音、砂煙、血飛沫。
一瞬だけ我に返る。
場はすでに戦で満ちている。
剣戟と慟哭が響いている。
気づけば、そこかしこで竜族と兵士達が戦っている。
ニース達は、大丈夫無事だ。
彼女達は大丈夫。
自分達だけでどうにかできる力量がある。
だから任せたのだ。
俺は俺の戦いをすればいい。
次の瞬間、地を揺らすような音が伝播した。
「グオオオオォッ!」
大型竜が叫びつつ、身体を傾ける。
奴の胸には砂煙が上がっている。
投石が直撃したらしい。
あれは攻城兵器を扱う兵に任せればいいだろう。
俺は竜族の数を減らしつつ……そうだ、将を探さないと。
すでにかなりの数を減らしたと思う。
周囲には死体がかなり倒れている。
後方を見ると、正門に向かって竜族の死体がずらっと並んでいた。
大半は俺が倒した奴らだろう。
三百くらいか。
全体を見れば、まだ一部。
総数は数千、いや一万……二万ほどいるかもしれない。
それでもそれなりの数が減ったということは間違いない。
かなり息が弾んでいる。
どれくらいの時間が経過したのかわからない。
そろそろ敵将を探してもいいかもしれない。
総大将は姿が見えない。
だが、恐らくは何かしらの敵将はいるだろう。
こういう時のため、感知型は役に立つ。
襲いかかる竜族をいなしつつ、俺は辺りを調べる。
…………何体かそれっぽい奴がいるな。
俺は一直線に目的の敵へと向かった。
「ヒルムナ! コロセ! ニンゲンヲクチクシロ!」
中型の竜族が怒号を放っている。
鎧を着ており、明らかに将らしい。
奴は迫る俺に気づくと、慌てて剣を抜き、部下たちに命令した。
「アノテキヲコロセ! チ、チカヅカセルナ!」
個人の能力は低いタイプか。
竜族にもそういうのがあるのだろうか。
俺は疑問を心の奥底に押さえつけて、大剣をグッと握った。
数体の竜族が立ちはだかる。
中々の腕利きらしい。
俺は剣を斜に構えつつ走った。
奴らが剣を振り下ろす。
交錯。
額に当たる寸前で身体を傾ける。
大剣の柄を竜族の腹に打ち付けた。
「グギャ!」
鳩尾に直撃を受けた竜族はその場にくずおれる。
俺は回し蹴りで竜族を吹き飛ばし、次の竜族に大剣を叩きつける。
斬ったのではない。刀身の腹で殴ったのだ。
竜族は空中に吹き飛ぶと、もんどりを撃って、吹き飛んだ。
加速をそのままに、俺は敵将の目の前に移動する。
「ヤ」
何か言う前に首を切り離した。
骨の感覚もないほどに、綺麗な寸断。
血が溢れることさえ遅れ、立ち尽くした身体は、首を失っている。
しばらくしてようやく血が噴き出し、身体は地面に伏した。
「はぁはぁ、敵将……討ち取ったぞ……」
息が荒い。動きっぱなしでさすがに体力がかなり削られた。
周囲の竜族達に動揺が広がった。
やはり竜族も人と同じで、将が殺されれば士気に関わるらしい。
なるほど、指揮を握る相手を殺した方が効率は良さそうだ。
竜族達が狼狽えている間に、俺は別の敵将の下へ移動した。
周囲に味方はいない。
俺だけだ。
前線から更に進んでしまっている。
だがそれでいい。
他の人間を巻き込まないで済む。
能力的に、俺は単独行動が向いている。
次の敵将が見えた。
敵はまだ俺に気づいていない。
俺は跳躍する。
大剣を後ろに振りかぶる。
敵将が見上げて、俺の存在に気づいた。
「テキ」
敵将はその先を言うことはなかった。
俺の剣が奴の身体を貫いたのだ。
周囲の竜族達が慌てて俺に斬りかかる。
だが俺は回転斬りをして、周囲の敵を切り裂いた。
満月型の剣閃は竜族の身体を断ち切る。
「はぁはぁっ! 次……ッ!」
俺は間髪入れずに走った。
次の敵将へ。
倒すとまた次の敵将へ。
そうして。
俺は十体の敵将を討った。
恐らく小隊長を三、四体。
中隊の敵将を六、七体殺したはずだ。
敵の動きが乱れている。
大型竜も攻城兵器で落ちた。
いつに間にか、兵士達が討伐してくれたらしい。
兵士達も善戦している。
だが。
それだけだ。
圧倒的に俺達は数で劣っていた。
竜族達の数はまだ七割は残っている。
対してこちらは恐らく五千程度まで減っている。
もともと八千程度の数しかいなかった。
それがコルの兵の総数なのか、それとも余力を残しているのか。
後者であってほしいが、援軍が来る様子はない。
感知型で大まかにわかる程度なので、正確な数はわからないが。
このままではじり貧だ。
竜族の援軍がくる可能性も否定できない。
この状態で戦い続けても終わりは来ない。
ならばやはり敵将を殺すべきだろう。
そうすれば敵軍の士気は下がり、戦力も半減するはずだ。
問題は敵がどこにいるのか。
総大将が危険地帯にいるとは思えない。
セオリーならば指揮が届き、且つ危険が少ない場所。
戦場からあまり遠くなく、敵兵からは遠い場所。
つまり大隊の後方。
見える範囲にはいない。
しかし正門から離れた場所は丘があり、コルを見下ろすことができる。
その先は今の位置からは見えない。
……行くしかないか。
俺は悲鳴を上げている肺を無視して、足を動かした。
邪魔な竜族を斬りながら、丘を越える。
と、見えた。
「……ひねりが、ないな」
「ナ、ナニモノダ! ヘイタチハ、ナニヲシテイル!」
将軍らしき豪華な鎧を着た竜族が慌てふためき叫んだ。
高をくくっていたのだろう。
敵がここまでくるはずがない。
あるいは来ても、まだ時間がある。
状況を確認してからでも遅くはない。
そうだろう。
なんせ数で圧倒的に勝っているのだから。
だがそれは過ちだった。
後方から竜族達が迫っているが、数にも限界がある。
敵将の護衛らしき竜族が俺に迫る。
俺は大剣を二度振るった。
それだけで数体の護衛は命を刈り取られる。
そこらの下級小型竜よりは強い。
だが俺の敵ではない。
ラクシーンレベルの竜族は早々いないようだ。
俺は一歩、一歩総大将へと近づく。
奴は震えた身体を何とか動かし、腰から剣を抜いた。
そのあまりにお粗末な所作に、俺は嘆息する。
他の将の中にもいたが、実力の伴わない竜族もいるようだ。
「ク、クルナ!」
俺は歩みを止めず竜族に近づくと、少し悩んだ。
このまま殺してしまっていいものか。
捕虜にした方が色々と便利なのではないか。
そう思ったが、考えを変えた。
竜族が交渉に応じるとは思えない。
ラクシーンのような竜族は珍しい。
他の竜族は残忍で利己的で、動物的。
それに人を見下している。
人間同士のような交渉は不可能だろう。
ならば。
俺は迷いなく、大剣を振った。
一閃。
総大将である竜族の首は地面に落ちた。
「ショ、ショウグンガ、ヤラレタ!」
「コロサレタ! ショウグンガコロサレタ!」
後方にいた竜族達は、俺に襲いかかることもせず、叫びながら仲間達を見ていた。
狼狽えている竜族達に、情けなく斬りつける。
「ヒイィ!」
竜族達が恐怖している。
人を蹂躙する存在が、人を恐れている。
同胞を殺されても、怒りよりも恐怖が打ち勝っているらしい。
以前戦った竜族よりも、動揺が激しい。
訓練を積んでいない?
いや違う。
恐らくはここが戦場だからだ。
戦場では指揮系統が必要だ。
将が中心となり、隊の行動を決める。
それが機能しなくなり、どうしたらいいかわからなくなったのだろう。
必然。
奴らは俺から逃げるように丘を越えて逃げていった。
敵前逃亡だ。
まだ数は相手の方が上回っている。
しかし戦争に勝ったのは俺達だ。
将を失った竜族達は徐々に戦場を脱出していく。
戦いに没頭し、状況を理解していなかった竜族達は取り囲まれて殺される。
奴らにとって不幸だったのは、抜きん出て強い同胞がいなかったことだ。
そのため、仲間を率いる存在もおらず、士気も上がらず、隊列は崩れ、多くの竜族は戦線を離脱した。
俺は丘に登り、辺りを見回した。
結城さん達は無事らしい。
俺が手を上げると、こちらに気づいたらしく結城さん達も手を上げた。
ほとんどの竜族は散らばっているため、もう危険はないだろう。
「逃げていくぞ! 残党を殲滅しろ! だが追いすぎるな!」
先頭に立っていた男が叫んだ。
俺が最初に追い抜いた、大男だ。
どうやら彼が合国軍の将軍らしい。
……あまりその雰囲気はないが。
普通の大男のように見える。
兵士達は逃げる竜族達を追い始めた。
防衛から殲滅に作戦は移行した。
これから負けることは、とりあえずはないだろう。
髭面の男は、俺に近づいてきた。
近くで見ると、なるほど鎧は上物だし、外套にはトッテルミシュアの国章が描かれている。
今まで出会った大物に比べるとどうしても見劣りするが、俺の思い過ごしだろうか。
「見事な戦いぶりだった。かなりの竜族を殺したな。
相手の将軍も討ち取ったか。貴殿の顔を見た記憶はないが」
「今日、こちらに着いたので」
「なるほど。合点がいった。このような状況だ。貴殿のような剣士がいれば心強い。
私はウルク。合国の現将軍だ。心から歓迎しよう。ようこそ、コルへ」
男が手を差し出したので、俺は男の手を握った。