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反魂とすべての末路

 足の、全身の感覚が薄れていく。

 それでも俺は走った。

 背中が軋み、大剣が俺を押し潰そうしている。

 まるで竜族の血を吸い、重さを増しているかのように。


「はっ、はっ、はぁ、はっ!」


 苦しいが足は止めない。

 走り続け、森に入る。

 新しい足跡が幾つも見えた。

 俺はそれを追う。

 空に、竜族達の姿は見えない。

 やはり結城さん達を追ったのか、それともネコネ族を標的にしているのか。

 どちらにしても急がなければならない。

 青臭いにおいが鼻に届く。

 草木に構わず、ひたすらに走った。

 足跡の間隔が短くなっていく。走っていない?

 いや、走れなくなっているのか。

 近い。

 そう思った時、一際大きな音が聞こえた。


 悲鳴だ。


 音の下へ急ぐ。

 殺させはしない。守ると決めたのだ。

 無数の樹木を避けて、ようやく視界が広がる。

 広場に出た。そこには結城さん達がいた。

 立ち尽くしている人、逃げ惑う人、腰が抜けて地面に座っている人。

 その誰もが、顔を青ざめさせている。

 頭上には飛竜が四体。数は少ないが、緑の竜族の格上であると、俺は直感した。

 体躯は人三人分。その大柄な身体で空を飛翔する生物。怖気を禁じ得ない。

 地面には死体が――ない。

 誰も死んではいないようだった。

 だが、それも時間の問題。

 結城さんが対峙してなんとかしようとしているが、相手は強敵。

 その上、空を飛んでいるため、対処できていない。

 傷を負っている人達も少なくない。

 莉依ちゃんが怪我人を治しているが、飛竜以外にも、緑色の竜族も集まっている。

 逃げ場はなくなり、広場に戻るしかなかった。


「ひぃぃぃっ!」

「に、にげ、逃げろッ!」


 阿鼻叫喚の図。

 その中に、俺は躊躇いなく突っ込んだ。

 俺は大剣を抜き、飛竜を視線で射抜く。

 普通に攻撃しては届かない。

 ならば、丁度いい。

 俺は飛竜を凝視しつつ、スキルを発動する。

 昇断剣。

 大剣は、俺の意識外の動きをする。

 俺の腕は瞬時に右後方へと移る。姿勢は低く、右方に体躯が傾く。

 湾曲した線を描き、その姿勢から跳ねるように剣が上昇する。

 振り上げられた大剣に引っ張られ、俺の身体も空へ持ち上がる。

 轟音と共に、大剣は飛竜の翼を切り裂いた。

 跳躍は三メートル程度。

 常人の脚力ではない。スキルを使わなければこれほどの高さを維持はできない。


「グギャアアアアア!」


 悲痛な声を張り上げる飛竜は、片翼を地上へ落とし、己も墜落する。

 地面に落ちた飛竜に向け、俺も落下する。

 同時に、刀身を下方に向け、飛竜を串刺しにした。

 一度だけ大きく跳ねたが、すぐに動かなくなる。

 倒せたらしい。

 静寂が訪れる。

 あれほど聞こえていた悲鳴も、敵の気勢も何もかも、その時は聞こえなかった。

 全員が目をひん剥いて俺を見ている。

 まるで。

 化け物を見るかのように。

 それは結城さんも、ミーティアも同じだった。

 俺を見て、怯え、そしてわなわなと身体を震わせている。

 俺は血に濡れている。


 赤黒い異形の存在。


 大剣を振るい、化け物を殺す人間。


 それがどう見えるのか、俺にはその時までわからなかった。

 恐怖で集団をまとめるしかなかった。だが、その恐怖が過ぎればどうなるのか。

 俺は考えていなかった。

 俺は頭を振る。今、そんなことを考えても仕方がない。

 戦わなくては。倒さなくては。何があっても抗わなくては。

 そうでなければ生き抜けないのだから。

 俺は飛竜に対峙する。

 グルゥと唸る飛竜は、俺を警戒し、距離を保ったままだ。

 むしろ、先ほどよりも離れて飛んでいる。

 遠い。これでは攻撃が届かない、か。

 昇断剣でもまだ足りない。

 飛竜以外も、緑の竜族達も集結している。

 多すぎる。

 戦うにしても守り切れるのか。


「も、もう、おしまいだ」

「ひ、ひひ、こ、ここで、死ぬ、死ぬんだ」


 見せび泣き、抗いもせずにいる人達ばかりだった。

 彼等は命を放棄しつつある。

 結城さんと莉依ちゃんだけはまだ抗うつもりらしい。

 だが、彼女達の力では……。

 それに。

 俺の身体も限界が近い。

 体力も枯渇しつつある。

 だが、それがどうした。

 限界は己で決めるものじゃない。見定めても意味はない。

 諦めれば死ぬのだ。限界は、すべてが終わった時に知るだけの指標に過ぎない。

 ならば。

 俺は腕に力を込めた。

 諦めてたまるか。

 奥歯を噛みしめ、俺は唸る。

 殺す。殺す。殺しつくして、俺が死ぬまで殺して、それでも殺して、殲滅する。

 絶望的な状況が、より俺に強固な意思を植え付ける。

 後方で悲鳴が聞こえた。

 その人間は、竜族を見ているのではない。俺を見て悲鳴を上げたのだ。

 俺は今、どんな顔をしているのか。

 知ったことではない。

 他事はどうでもいい。

 奴らを殺す。

 殺すこと以外は、今はどうでもいい。


「聞けッ! 貴様らの仲間を殺したのは俺だ! 三十以上の貴様らの同胞を殺した!

 この血が、この傷がその証だ! おまえ達も同じように、殺してやる!」


 竜族達が呻く。恐怖と、そして憎悪の。

 奴らは俺に視線を集めた。

 それでいい。


「かかって来い! 竜族っていうのは、ただ遠くから吠えるだけか?」


 俺の挑発を受けた竜族達は、俺に向かい、一斉に襲い掛かる。

 数十体。

 死を覚悟しつつも、諦観はない。

 俺は大剣を構える。

 最初の頃よりも重量が増している気がする。

 それは俺がどれほど疲労しているかの表れでもあった。

 爪牙が俺に向かう。

 逃げ場はない。そこには絶望しかなかった。

 先陣を切った竜族の牙が俺の眼前にあった。

 が。

 カチッと小気味いい音が聞こえた瞬間、俺は横方向に回転する。

 ブースト。

 加速により、大剣を瞬時に振ったのだ。

 一度目とは違い、トリガーを引いている時間は短くした。

 そのため、回転は一度で止まる。

 結果。

 大円を描いた軌道を生んだ。

 周辺の竜族達は、一太刀で寸断され、地面に落ち、血飛沫を生み出す。

 赤い雨が俺に降り注ぐ。

 目の前の惨劇に竜達はたじろいだ。

 だがそれは全員ではなかった。

 飛竜の一体が、逡巡せず、俺へと迫っていたのだ。

 俺は回転の反動から身動きがとれない。

 気づいた時には、飛竜の足爪が目の前にあった。

 そして。


「あ」


 誰かが小さく漏らした声。

 同時に俺の首には、飛竜の爪が突き刺さった。

 時間が、一瞬だけ制止した。

 そして、俺の首から鮮血が溢れだす。

 激痛を感じる暇もなく、全身の感覚が奪われる。

 脱力し、俺は地面に倒れた。


「く、日下部、くん」


 結城さんの声が聞こえた。

 死ぬ。これでは助からない。

 視線の先には、ミーティアの怯えた顔があった。

 あれは、俺が死ぬことへの恐怖と、俺自体への恐怖、そして竜族への恐怖が入り交じっている。

 もう大丈夫。ミーティアは、俺に親近感を抱いていたようだが、これでもうその気持ちはなくなっただろう。

 何を考えているのか。

 俺は死ぬんだ。だったら、そんなことを心配してもしょうがない。

 莉依ちゃん。

 遠く、集団の後列で怪我人を治していた莉依ちゃんは、俺を見ていた。

 無言。無表情だった。

 だが、俺が死ぬ瞬間、確かに見えたのだ。

 彼女は口を開いて、何かを言おうとしていた。

 何かを。

 彼女は俺へ向かい走ってこようとしていた。

 だが、俺は闇に魅入られていた。

 そして。

 死んだ。

 

 ――――無だ。

 そこには意思しかない。

 俺以外には何もなく、何も感じない。

 意識はある。思考は働いている。

 だけどそれ以外には何もない。

 こういう感覚は以前もあった。

 そのためか、俺には動揺がなかった。

 死んだのだろう。

 だが、生き返る様子はない。

 どうなったんだ。

 俺は死んだままなのか。 

 魂返しのスキルは、生き返るということではなかったのだろうか。

 そう思った瞬間、何かの感触が首に生まれた。

 徐々に感覚は強くなり、やがて熱に変わる。

 痛みに変わり、じわじわと首から胸、顔、全身を侵食する。

 痛覚は単純な触覚へと変化する。

 五感を生み出し、視覚は明瞭になる。

 再び痛みは熱に戻り、視界は湯気のようなもので埋められる。


「ギャアアッ!」


 獣の悲鳴が目の前で上がる。

 飛竜が、俺の身体が生まれる煙を浴びて、悶えている様子だった。

 煙?

 湯気?

 なんだこれは?

 それは俺の傷口、首から生まれ、溢れていた。

 俺は首を噛まれて死んだはずだ。

 だが、傷口からは湯気が溢れているだけだ。

 痛みはある。だがそれは徐々に収まりつつあった。

 俺は無意識の内に、首を触った。

 傷はあるが、明らかに治癒されている。

 莉依ちゃんのおかげ?

 いや違う。彼女は遥か後方にいる。

 それに、死んだ人間を生き返らせることは、莉依ちゃんにはできない。

 ならば、これは俺の力。 

 十の魂返しの力なのか。

 そうか。

 リスポーンとは違い、死んだら別の場所で生き返るという能力ではないのだ。

 これは死んだ瞬間、生き返り、傷が再生されるという能力。

 リスポーンとは似て非なる能力だ。

 気づけば、俺の傷は治っている。

 首だけでなく、全身に走っていた傷も完治している。

 なるほど、これが魂返し。

 死ねば傷も治り。

 そして。

 体力も戻る、ってことか。

 全身に力がみなぎっている。

 あれほど辛かった身体が快調になっていた。

 これならば勝てる。

 そう思った瞬間、後方から聞こえた。


「ば、化け物」


 その言葉は俺に向けたものだと、すぐには気づかなかった。

 だが、肩口に振り返ると、みんな俺を見ていたのだ。

 怯えていた。さっきとは比にならないくらいに。

 化け物。

 その言葉通り、みんな、俺を見て怖気を抱いている。

 竜族を見ている人間はほとんどいなかった。

 俺を、俺に対して怯えている。

 そうか。

 そうなる、のか。

 目の前で、異能を見せつけられたら、例え対象が人間でも、助けてくれる存在でも、受け入れがたいと思う。

 その心情までは考えていなかった。

 ああ、そうか。

 そうなのだ。

 表異世界では、俺の力を見ても、ハイアス和国の人達は拒絶しなかった。

 もちろん、俺を恐れていた人も一部いただろう。

 だが受け入れてくれた。

 その理由を、俺は勘違いしていたのだ。

 味方だから、助けてくれたから、だから受け入れたのだと思っていた。

 だが、違う。

 そうじゃない。

 俺が異世界人だったからだ。

 俺が異世界人で、表異世界では俺という存在が異質であるという前提があったからだ。

 この世界では、異世界人という存在は共通認識ではない。

 俺は彼等と同じ、現地人だと思われている。

 同じ人間だと思っていたのに、過剰な力を持っている。

 そんな人を、普通の人間は受け入れられない。


 それに、だ。

 この場にいる彼等には何の覚悟もないのだ。

 ハイアス和国の人達は、己の意思で街に残り、生き抜こうとした人達だった。

 だから協力的で、俺へも好意的だったのだ。

 同じ目的を持つ仲間だったから。

 だが、恐怖で縛っているこの集団では、そうはいかない。

 俺は外様で、厄介者だ。

 元々、恐れていた上に、化け物じみた姿を見せてしまった。

 そうすればどうなるか。

 俺に降り注ぐ、畏怖の視線がそれを物語っている。

 俺はやり方を間違ったのかもしれない。

 だが他に、やりようがあったとも思えない。

 ならば後悔してもしょうがない。

 これからどうなっても、今は、戦うしかないのだ。

 剣を構えると、先ほどとは打って変わり軽く感じた。

 こんな力があれば怯えるに決まっている。

 表異世界とは違う。ここは、ここにいる人達は、俺が知っている人とは違うのだ。

 だが、それでも、俺は守ると決めたのだ。

 だから。

 戦う。

 俺は目の前に転がっている飛竜にトドメを刺した。

 そして、竜族達を睥睨する。


「さっさとかかって来い」


 竜族達にも意地があるのか。

 明らかに、怯えているのに、奴らは俺に襲い掛かる。

 態度からして、人間を侮って、格下に見ている。

 その人間にコケにされて、プライドが傷ついた、というところか。

 だがそれは悪手だ。逃げて体勢を整えるべきだった。

 剣を振る。

 重い、角度が悪い。予備動作がぎこちない。

 剣を振る。

 連続する所作のタイミングが悪い。踏み出しから振り降ろしまでの間隔を忘れるな。

 剣を振る。

 スキル使用の感覚を覚えろ。スキルは連続して使えないようだ。使用に体力をかなり消耗する。

 剣を振る。

 異臭の中、血だまりを作り、足の踏み場もない程に、竜族の死体が転がっている。

 広場は短時間で地獄の溜まりと化した。

 剣を振るごとに、速度が増す。的確な動きがわかり、動きが円滑になっていく。

 効率化、最適化。

 一つ一つの所作を記憶し、改良を重ねる。

 やがて。

 そんな実験的な一幕は終わりを告げる。

 蘇りから一撃も受けずに、俺は竜族達を殲滅した。


「終わった、か」


 息切れもほとんどない。

 全快した状態から、できるだけ体力を使わず、上手く身体を扱え始めていたおかげだ。

 最初、大剣を振るう練度が低すぎて体力を無駄に使ってしまった。

 だが、今は多少なりとも練度が上がっている。

 それに一度死に、体力が回復したようだった。

 そのおかげか余力は十分だった。

 次からはもっとマシに戦えるだろう。

 地面には数十の竜族の死体。

 敵は、掃討した。

 俺は振り返る。


「終わったぞ」


 誰も返答しなかった。

 返ってきたのは無言と、引きつった表情だけだった。

 その時、耳の後ろに電流が走る。

 この感覚。

 俺はようやくその時に気づいた。


「囲まれてるぞ!」


 俺が叫ぶと、誰しもが慌ててきょろきょろと視線を動かす。

 だが、もう遅い。

 ガサガサと草木が揺れ始め、誰かが姿を見せた。

 日陰になっていて、全貌は明らかではない。

 ただ身軽さを優先させているためか、部分的に鎧を身に着けている。

 腰には剣。明らかに戦いに臨む風貌。

 女であることは間違いなかった。


「動くな。人間」


 厳とした口調。

 剣呑とした空気を漂わせ、隙のない動きでこちらへ歩み寄る。

 周囲には弓を構えた人影が無数に見えた。

 何があっても対処できるように木陰に隠れているようだ。

 相当な手練れ達であることは明白だ。

 一人が、こちらへ歩み寄って来る。

 先ほど一声を挙げた女のようだ。

 低い女の声。

 だがまだ幼さを感じる高い声音。

 だが聞いたことがない。いや、あるのかもしれないが、思い当たらない。

 なぜか俺の心臓は早鐘を打ち始めていた。

 その女の姿が見えた時、その理由に気づいた。

 女というよりは少女という表現が的確だろう。

 俺は言葉を失った。

 俺は知っている。

 深く関わりのあった少女。

 それは。

 ネコネ族のニースだった。

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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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