表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/183

抗う準備

 数十分後、準備を整えた全員が広場に揃った。

 基本的に調達は結城さんと莉依ちゃんだけでやっていたからか、地下洞窟内に物資は少ない。

 日々、回数を分けて全員分の物資を調達していたため、十分な量を確保できていなかったようだ。

 大半の人間は中型の鞄を背負っており、それで事足りている。 

 俺は余っていた衣服や保存食量を貰い、腰から下げるタイプの鞄に入れている。

 鬱々とした空気を振り払うべく、俺は適度な大きさの声音を出した。


「準備はいいか? もうここには戻って来れない。忘れ物があっても取りに戻らないぞ」


 ただの確認だったが、全員に緊張が走った。

 これから何が起こるのか、全員が理解している。

 もう戻れないのだ。

 リーンガムを出る。それはつまり、死地へ赴くということ。

 竜族相手に戦うには戦力が圧倒的に足りない。必然、逃亡を図るしかない。

 これは俺の独断ではなく、全員が合意したことだ。

 誰しも、それ以外に方法はないと理解していた。

 だから反対はなかったのだと思う。

 俺に対して反論できなかったのかもしれないけど。

 俺の後方には鞄を背負った結城さんと莉依ちゃんが佇んでいる。

 何も言わない。いや、言えないのだ。

 結城さんも莉依ちゃんも、理由は別だが、言葉を発することができない。

 俺は全員の顔を見渡す。

 俺達を含めて、総勢三十三人。

 内、男性が七人。

 女性が十人。

 子供が五人。

 老人が八人。

 全体的に年齢層は高く、子供も最年少が七歳だ。

 比較的、集団行動はやりやすいとは言えるだろう。

 準備を終えたか確認をし、反応がなかったので、俺は結城さんに振り返った。


「じゃあ、結城さん先頭で」

「……え? あ、あたしが先頭なの?」


 わかりやすく動揺する結城さんに、俺は即座に頷いた。


「行先はわかるだろ? それに街中の物資がどこにあるのか俺にはわからない。

 君が先頭を担当するには何ら問題はないと思うけど?」

「それは、そう、なのかな……。

 え、と、ここから西にある森、だっけ。何となく場所はわかるけど」


 リーンガムから西にある森だ。

 もちろん森といっても、一所ではないが、おおまかな場所は伝えてある。

 リーンガムから移動する場合、目的地は限られる。

 人家に行くか、それとも自然区域に行くか、だ。

 都市、村、街に行くとすれば、選択肢は少ない。

 ここから北にあるオーガス国へ向かえば、国境にはレメアルという都市がある。

 だが、そこは結城さん達が竜族から逃げてきた場所だ。

 竜族の侵攻が激しく、危険である可能性は高いらしい。

 エインツェル村は荒廃しているし、何より物資が残っていない。

 では更に西のエシュト皇国皇都はどうか。

 危険に決まっている。首都は、間違いなく竜族の手の内にあるからだ。

 実際に見た人間はこの場にはいないが、噂では各国の主要都市は竜族が占拠しているらしい。

 国土侵攻しているのだから、それも当然の行動だ。

 戦争の基本は、主要都市を落とし、補給路を断ち、戦力を削ることだからだ。

 近隣の都市に移動可能な場所はない。

 そこで俺が考えついた場所は一つ。


 『ネコネ族の集落』。


 この世界にも亜人はいる。魔物はいないらしいが、亜人達は健在らしい。

 ならばネコネ族もいるのではないか?

 人里離れ、人目を避け生活しているネコネ族ならば、この状況でも生存しているかもしれない。

 ネコネ族は温和で、あまり人を忌避していない。

 もしかしたら、助けてくれるかもしれない。 

 ただ、もしかしたら同じ場所にはいないかもしれない。

 それに結界があるため、外からは見えない。

 確か、入らないように先導するような作用もあると聞いた。

 そこは根気強く探すしかないが。


「ねぇ、その森に本当に亜人の隠れ集落みたいなのがあるの?」

「ある」


 多分な。

 可能性は高い。

 なぜならエインツェル村もリーンガムも、飛行機の墜落場所も表異世界と同じ場所にあったからだ。

 それにオーガスや皇都の場所も、聞いた限りでは同じだ。

 つまり、施設や家屋の場所に大きな変化はないと考えるのが妥当。

 もちろん、移動しているかもしれない。

 だが、それ以外に選択肢は浮かばなかった。

 もしネコネ族がいなくても、西側に行くか、ララノア山やエインツェル村の裏にある森へ行き、隠れ住むという手段もある。

 飛行機周辺は荒らされていなかったので、恐らくは竜族達に見つかっていない。

 ならば自然の中に潜むという手段もなくはない。

 そういう理由からまずはネコネ族の集落を探すべきだと思ったのだ。

 ネコネ族の集落があるにしてもないにしても、リーダーが曖昧な言葉を吐いてはいけない。

 絶対的な自信を見せつけなければ、皆が不安になるからだ。

 俺が即答したことで安心したのか、結城さんはわかったと頷いた。

 ちなみに、どういう経緯で知ったのかは、記憶にないと言っている。

 戦いのせいで、記憶が欠如しているという風に結城さんは思っているので、とりあえずは誤魔化せた。

 自分が先頭でいいのかという疑問は残っていたらしく、何度か俺に振り返りながら移動していった。

 結城さんが入口に移動したので、何人かが戸惑っている様子だった。

 それはそうだ。

 リーダーの俺が先導するのが普通だと思うだろうからな。

 だが俺は殿だ。

 俺は莉依ちゃんに振り返った。


「君も、結城さんと一緒にいるといい」


 言うと、莉依ちゃんは俺をじっと見て、しばらくすると結城さんの隣に移動した。

 一応は、俺の指示を聞いてくれるらしい。

 無表情だから、どういう心情なのかはわからないが。

 まあいい。

 ゴミでも見るような目を向けられているわけじゃない。

 だから大丈夫。

 俺はまだ大丈夫。

 人知れず、胸中で気合いを入れた。


「よし、移動開始だ。まずは街中で物資を集めてから街を出る。

 竜族がいる可能性がある。慎重に、声を出したり、物音を出したりするな。

 自分が足を引っ張れば全員を巻き込む。絶対に、安易な行動をとるな。

 わかったか?」

「は、はい」

「わ、わかりました」


 全員が明らかに怯えながら話している。

 これから死地を通るのだ。いつ襲われても不思議はない。

 今まで、安穏と暮らしていた奴らには丁度いい。

 ここがどういう場所か、改めて、実感して貰うしかない。

 でなければ覚悟は持てないのだから。

 何をしても、必死で生き抜くという覚悟が。

 結城さんを見ながら頷くと、首肯を返してくれた。

 そして、彼女は扉を出た。

 総勢三十三人。

 生死を懸けた移動が始まる。


   ●□●□


 入口を通り、階段を登ってハッチを開けると奴隷販売店の倉庫に出た。

 そこから這い出ると見慣れた光景が広がる。

 どうやら構造も、表異世界の奴隷販売店と変わらない。

 結城さんの先導で店内を通る。

 大人達は顔が強張っている。

 大人達の態度を見て、子供にも緊張が走る。

 子供達は比較的に大人しく賢い。

 そのため騒いだりはしなかった。

 むしろ大人達の方が厄介なのではないだろうか。

 無駄に知識やら力やらを手に入れている身勝手な連中だからな。

 子供の方が純真で、他人を慮っているんじゃないだろうか。

 店を出ると、裏通りが左右に延びている。

 陰鬱な、あるいは無駄に華美な装飾を施された歓楽街が見える。

 情操教育を気にするような環境じゃないためか、子供達に配慮はない。

 現代と違って卑猥な画像があるわけでもないから、問題はないが。

 集団は比較的、円滑に進んで行く。

 さすが結城さんだ。慣れたもので、周囲を警戒しつつ進行を続けている。


 裏通りから進み、職人通りへ抜ける。

 まずは物資の確保と各自、武器を所持することを目的に定めたからだ。

 幾つかの店に入り、食料や物資を確保していった。

 思ったよりも、まだ量は残っていた。

 少なくとも全員には行き渡るし、一週間程度は持ちそうだ。

 だが、それだけで余分にはなさそうだった。

 他の店には寄らなかったのは、それ以外の場所には残っていないということらしい。

 結城さんは言わなかったが、もしかしたら街中の物資はここ以外ではほとんど残っていなかったのかもしれない。

 しかし大人達は訝しげに結城さんを見ていた。

 まだこれだけ残っていたのに、日々の食事は少なかったのか、と言いたげだ。

 結城さんの苦労も、考えも理解はできないだろう。

 それに、二人と三十三人でできることは圧倒的に違う。

 二人なら運搬を十六往復しなくてはいけないが、三十三人ならば一往復で終わる。

 敢えてここで言うつもりはないが、その内わかるようにはするつもりだ。

 これから彼等は安穏とした生活を送れないのだから。


 一通り、鞄に食料を収納させる。

 力がありそうな男に調理器具や調味料を持たせる。

 イヤな顔をしたが、一睨みすると目を逸らした。

 次に移動した場所は武器屋だ。

 途中で少しだけ進行が遅れた。

 普段、立ち寄る場所ではないからか、迷ったらしい。

 彼女の能力的に武器を扱わない方がいいからだろう。

 結城さんは近くにある量販店らしく大型の店舗に入った。

 中には安物から比較的高価な剣や槍、斧などが棚に並び、樽に入っている。

 全員が悩みつつも、汎用性の高い、長剣か短剣を手にとっていた。

 これも俺が指示したことだ。

 常に俺が守れるとは限らない。

 自分の身は自分で守れ、と釘を刺しておいたのだ。

 だから、まず武器を所持するように言っておいた。

 子供も、だ。

 この時代、この世界では子供も大人も関係ない。

 戦わなければ死ぬのだから。


 子供達は親や大人に、小さめの短剣を持たせて貰っていたが、一人ぽつんと立っている女の子がいた。

 誰も彼女には声をかけない。いや、自分達のことで精一杯なのだろう。

 どうやら、彼女には親も友人もいないようだ。

 おろおろとして、周囲を見渡しているだけだった。

 結城さんや莉依ちゃんは気づいていない。

 多分、緊張から周囲が見えていないのだろう。

 正直、立場的に、あまり一人の人間に親切にすべきではないんだが。

 仕方がない。というか、見てられない。可哀想になってしまう。

 ロリコンだからじゃない。うん、違う。

 女の子の後ろ姿から見て、多分それなりに可愛いとか考えてないから。

 勘違いしないで欲しい。

 俺はできるだけ気配を隠しながら、女の子に近づいた。

 すると女の子は俺に気づき、ビクッと震えた。

 色白で、かなり気弱そうだった。かなり委縮している。

 目が合った。泣きそうな顔をしていた。

 女の子は明らかに怯えているが、構わずに近くの陳列棚に視線を滑らせる。

 そこにあった軽量の短剣を手に取り、女の子の目の前に移動させる。

 眉を持ち上げ、これでいいか、と視線で投げかける。

 すると、女の子は俺と短剣を交互に見て、察したらしく、コクコクと何度も頷いた。

 俺は鞘に入った短剣をベルトに装着させて、女の子の腰に着けてあげた。

 作業を終えると、女の子は何度も頭を下げていた。

 俺は手を振り再び入り口付近に戻る。

 店内を一通り見渡したが、俺が欲しいような大剣はない。

 創作の世界だと大剣は普及しているように思えるが、実はそうでもないようだ。

 かなり扱いづらく、体格がよくないと扱えないからだろう。

 しかし他の奴らにはこの店で扱っている武器が丁度いいだろう。

 俺だけのために別の店に寄れば時間がかかる。

 俺は結城さんに近づき、耳打ちした。


「少し、外の店に行く。準備が終わってもここにいてくれ」

「う、うん、わかった」


 結城さんと莉依ちゃんは武器を持っていない。

 二人は武器を扱うより、素手の方がいいからだろう。

 少なくとも一般に普及している武器ならば持たない方がいいはずだ。

 俺は店を出る。

 一人で通りに出ると、閑散としており不気味だった。

 俺が知っているリーンガム、いやハイアス和国の通りは人で賑わっていた。

 もっと活気があった。

 オーガス軍が侵攻してくるという時も、これほど静かではなかった。

 寂寞感を抱きつつ、俺は目的の場所へ向かった。


 『アーガイルの店』。


 そう、あのアーガイルの店だ。

 やはりあった。いるのか、彼は。

 僅かな喜びと安堵、そして不安が胸をよぎる。

 俺は店内に足を踏み入れた。

 中は、ほとんど俺が知っている内観と変わらない。

 用途のわからない道具が雑然と置かれている。

 技巧武器は、ないようだ。

 悪いとは思いつつも奥に入った。

 そこにあるのは、やはり武器ではなく道具の類ばかりだった。

 俺が彼に開発資金を渡さなかった世界だから、技巧武器を造らなかったのか?

 屋内を探し回ったが、アーガイルはいなかった。

 彼は、もう殺されてしまったんだろうか。

 俺は他のみんなのことも思い出し、一瞬だけ思考を停止させてしまう。

 ダメだ。考えては。

 やるべきことを見失ってはいけない。

 助けられる人達がいるのだから。

 しかし、この場所にはやはり武器はないようだ。

 そう思い、俺は店を出ようとした。

 その時、視界の隅に何かが見えた。

 俺は気になり近づいてみる。


「なんだ、これ」


 思わず声に出た。呟くような声だったため、目立ちはしないだろう。

 無造作に、壁に立てかけられていたのは大剣だった。

 ツーハンデットソード。

 不気味に光を反射している鈍色で、重厚感が威圧となって俺を襲う。

 俺の身長は百七十センチ程度。

 大剣の刃渡りは百五十センチ程度。柄まで入れると身長と同程度ある。

 幅は三十センチ程度。

 厚みもある。

 重量が相当であることは明白だった。

 それだけでも異常なのに、余計に目立った部分があった。

 その大剣は片刃だったのだ。

 刃のない方には定間隔で四角形のおうとつがある。

 その先端には円形の穴が開いており、中は空洞になっているようだった。

 おかしな形状をしている。

 俺は無意識の内に大剣を手に取った。

 ずっしりとした重みが腕にかかるが、持てなくはない。

 むしろ予想よりも軽かった。

 これは、もしかしたらスキルのおかげなのかもしれない。

 武器スキルがあるのに、持てもしないのなら意味はないからな。

 武器を使った経験はほとんどないためか、違和感があった。

 ただ、なぜか手には馴染んだ。

 構えると肩や腰、腕に重量がかかる。

 振れなくはない、か。

 ずっと振ってるとかなり鍛えられそうだな。

 レベルはないが、普通に鍛えればステータスは上昇するだろう。

 無駄ではないはずだ。

 そう信じたい。


 俺は刀身を軽く叩いてみた。綺麗な音叉のような音が広がった。

 重低音ではなかったことに少し驚きつつ、眺める。

 柄に金属製の輪が施されている。

 どうやら指で引くようだ。

 何かあるのだろうか。

 しかしここだと狭いし何かあったら困る。

 さすがに、大きな音を出しては、俺の立場も危ういし。

 とにかく気に入った。

 これを貰おう。

 アーガイルには悪いが、お金はない。

 非常事態なので、今回は許して欲しい。

 エインツェル村でも勝手に持ち出したし、安全が確保できたらまた戻ってくる。

 近くの棚に鞘があった。肩から下げるタイプのようだ。

 どうやって抜刀、納刀するのかと思ったが、観察すれば合点がいった。

 鞘の、刀身根元部分が削られている。

 腕を上げて、外側に剣を倒すと鞘を支点にし、持ち上げて抜ける仕組みだ。

 コツはいるし、肩の関節が硬いと厳しそうだが、まあ大丈夫だろう。

 試しに納刀と抜刀を繰り返してみたが、ぎこちなくはあるが問題はなかった。

 その内に慣れるだろう。

 力加減を間違うと、肩が抜けそうだけど。

 背負うと、重いが悪くはない。

 そうだ。大剣のスキルを見てなかったな。



 ●武器スキル【9】

  ▼大剣【1】

   ▽パッシブスキル

    ・大剣攻撃力上昇【派生:???】 □□□

     …大剣の装備時、攻撃力が10%上がる。

    ・筋力上昇1【派生:筋力上昇2】 □□

     …筋力が10上昇する。

    ・振り速度上昇1【派生:振り速度上昇2】 □□

     …振り速度が僅かに上昇する。


   ▽アクティブスキル

    ・昇断剣『威力:80』【派生:大昇断剣、???、???】 ■

     …轟音と共に昇る大剣。小型の敵は寸断し、大型の敵は打ち上げる。

      ★大昇断剣『威力:150』【派生:炎大昇断剣、???】 □□□

       …轟音と共に昇り、落ちる大剣。上下の二段攻撃。

    ・波衝斬『威力:40』【派生:???、???】 □□□□

     …剣閃を飛ばす。有効範囲は十メートル程度。



 なるほど。わかりやすいスキルだ。

 まだスキルポイントがないので、できることは少ないが、これから考えていけばいいだろう。

 まずは大剣の扱いに慣れなければ。

 さて結構時間が経ってしまった。

 そろそろ戻るか。

 俺は店を出て、振り返る。

 アーガイル。ここでも助けてくれるんだな。

 ありがとう。もし生きているなら、どうか死なないでくれ。

 俺は仲間達の顔を思い浮かべつつも、結城さん達が待つ武器屋へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同時連載中。下のタイトルをクリックで作品ページに飛べます。
『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ