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苦難の道筋

 武器屋を出て、全員で街の西門へ移動した。

 全員、武器を携えているが、似合っていない。

 この中に、武器を扱える人間はいないのだから、当然だ。

 結城さんや、集団の一部が、俺の武器を見て驚いたが、特に何も言われなかった。

 凄いだろこれ、的な心情で大剣を選んだわけじゃないからいいんだけど。

 その、何こいつ、みたいな顔は止めて欲しい。

 本当に扱えるのか、俺自身もちょっと不安なんだからな。

 巨大な木製の門は、高くそびえ立っているが、すでに破壊されてしまっている。

 扉の役割を保っていない門、破壊された箇所からは外が見えた。

 舗装された道。周囲は草原が広がり、見渡しがいい。

 街から出れば、隠れる場所が少なくなり、必然的に竜族に見つかりやすくなる。

 速力はあっちの方が断然上らしい。

 見つかれば逃げられないのだ。

 それがわかっているから、全員が緊張を高めていた。

 中には震えている人間もいる。

 先頭の結城さんが、本当に出ていいのか、と俺に表情で訪ねてきた。

 俺は迷いなく頷いた。

 選択肢はないのだ。

 戦うしかない。

 逃げて、生き抜くために、抗うのだ。

 それが、この苦難に満ちた三年間で俺が学んだことだった。

 半壊している扉の隙間から外に出た。

 全員が戸惑いながらも、少しずつ進んで行く。

 時折、振り返ってリーンガムを見ている人もいた。

 その誰もが、恐怖を顔に滲ませていた。

 俺達はリーンガムから進み続けた。

 舗装された街道を進み続ける。

 緑に満たされた光景の中、誰もが周辺を気にしている。

 数時間歩いたが、状況はほとんど変わらなかった。

 ほんの僅かだけ緊張がほぐれたようだが、それも微細なもの。

 疲労の色が全員の顔に浮かび始めている。

 たった数時間でも歩きづめの上、常に緊張しているから、疲労が激しいのだ。

 先頭の結城さんまでは見えないが、列の途中までは見えた。

 このままだと長くは持たないだろう。


 それに、みんな無言だ。

 だが、これほどに警戒していては身が持たないだろう。

 それに街中とは違い、見晴らしがいいということは、俺達にも死角が少ないうことでもある。

 見つかりやすいが、遠目でも視認できる。

 それはつまり、街中と比べて、音に気を付ける必要はないということだ。

 だが皆、顔をこわばらせて無言のまま足を動かしている。

 ネコネ族の村まで馬車で半日程度。

 徒歩ならば二、三日はかかる。

 道中、野営が必要で、その際に話したりすれば危険だが、まだ空は明るい。

 今の内から気を張っていては疲労が蓄積するだろう。

 俺はふと、後列にいる人間を見た。

 そいつは俺に踏みつけられた、あの男だった。

 俺の視線に気づいたのか、不意に肩口に振り向いて、慌てて正面に向き直った。

 こいつ、俺が殿にいるから、安全だと思って後方に移動したな。

 中々にひどい仕打ちをしたつもりだ。

 俺の傍にはいたくないはずなのに、それよりも自身の安全をとったのか。

 感情よりも、実利をとる性格のようだ。

 ここまで来ると、あっぱれだな。

 俺は嘆息し、男に言った。


「おい、おまえ」

「……え? お、俺ですか?」

「ああ、おまえだ」


 卑屈な笑顔を俺に向けて来た。

 だが目の奥には俺への憎しみが残っている。

 この類の人間は、保身のために何でもするが、プライドはそれなりにある、

 心の中で相手を蔑みながらも、表面上は従った振りをしたりする。

 よくいるタイプだ。


「な、なんでしょう?」

「おまえ、先頭の彼女に伝令しろ。そろそろ休憩にしようってな」

「え? お、俺がですか?」

「ああ、おまえが、だ」


 男はきょろきょろと別の人間を見渡す。

 誰も目を合わせない。

 それはそうだろう。

 三十人程度の集団が縦に並んで移動している。 

 全長は大したことはないが、それでも往復するとなれば面倒だ。

 それに一度、伝令を受ければ、今後もその役を担うことになる。

 調達係を忌避し、できるだけ労力を費やさない立場にいようとした人間が、率先して仕事を受けるはずがない。

 男は、面倒臭いな、と顔をしかめた。

 俺は男を半眼で睨む。


「何か、問題が?」

「い、いえ、あ、ありません」

「だったら、さっさと行け」


 男は、俺の威圧感に後退りした。

 しかし、男が仕方ない、とわかりやすく肩を落とした時、甲高い声が聞こえた。


「あ、あの!」


 男と俺の間から聞こえた。

 視線を下ろすと、そこには少女が立っていた。

 武器屋で、短剣を着けてあげた娘だ。

 ぱっちりとした瞳を俺に向けている。


「なんだ? 何か問題か?」

「う、ううん、何もないよ。じゃなくて、その、わたしがそれしたいなって」

「それ? 伝令のことか?」

「そう! その伝令! わたしがしたいの!」


 少女はそれそれ! と言いつつ、人差し指を何度も振った。

 俺と男は顔を見合わせた。

 なぜか男は、にへらと歪んだ笑みを浮かべたので、イラッとした。


「この娘はおまえの知り合いなのか?」

「い、いえ、違います」

「じゃあ、なんでお前の代わりに仕事を受けようとしてるんだ?」

「あ、あの! だから、やりたいから! そこのおじさんは関係ないよ!」

「お、おじさん……」


 男は傷ついたのか、頬をひくつかせた。

 どう見ても四十代、若くても三十代だが、もしかしたらもっと若かったのかもしれない。

 俺は少女を観察した。  

 誰かに強要されているようには見えない。

 この男とも関連はなさそうだ。

 単純に仕事をしたい、ということだろうか。

 これはもしかして、懐かれたか?

 うーん、ちょっと親切にしただけで懐くものだろうか。

 状況はよくわからないが、これだけやる気がある人間がいるのに無視するわけにもいかない。

 それに伝令なんて言っているが、大層なものじゃない。

 ただ、何かあれば結城さんに伝言を頼むだけだ。

 回数が多くなるだろうし、面倒な仕事には違いないが。 

 少女は、んっ! んっ! と手を挙げて、自己アピールが凄まじい。

 しょうがない、か。


「わかった。君に任せよう。この、おじさんよりも頼りになりそうだしな」

「おお! さすがリーダー!」


 少女は、よしっ! と両拳を握っている。

 もっと気弱な娘かと思っていたが、案外、快活なのか。

 さっきは寂しげで、気弱そうに見えたんだが。

 横で、男がなぜか悲しそうに笑っていた。

 俺達は男を無視して、話を続ける。


「名前は?」

「ミーティアだよ!」


 ミーティアが満面の笑みで名乗った。

 その姿を、なぜか、どこかで見たような気がした。

 うーん、こんな色白で、線が細いけど、元気なタイプの娘に知り合いがいただろうか。

 会っていたとしたら表異世界だろうけど。

 ……だめだ、浮かばない。

 まあ、いいだろう。

 どうせ、この裏世界では会ったことがないのだ。


「よし。じゃあ、ミーティア。先頭の結城さんに、休憩をするように伝えて欲しいんだ」

「うん、わかった!」

「ああ、それともう一つ。障害物がない場所ではもう少し、話してもいいから、と」

「了解です、リーダー!」


 拳をグッと握り、ミーティアは勢いよく頷いた。

 そして風のように、その場から走り去り、結城さんのところまで行くとすぐに戻ってきた。


「ただいま!」

「ああ、早かったな」


 簡単な伝言だったから、時間もかからないか。

 そう思った時、ミーティアは言った。


「伝言なんだっけ?」


 絶句した。

 おい、さっき言っただろ。

 数秒前、しかも短い内容。

 了解です、リーダーとか言ってたよな?

 どうなってんの?

 俺の胸中とは裏腹に、ミーティアはえへへ、と後頭部を掻いているだけだった。

 おい、何、そのやっちゃった、てへっ、みたいな感じは。

 可愛いから許すけど、俺がロリコンじゃなかったら怒ってたよ?

 ったく、大丈夫か、この娘は。

 言葉が長すぎたのだろうか。

 もっと端的に説明するしかないか。

 俺は気を取り直して、冷静に話すように努めた。


「休憩をする。もっと話していいぞ。これだけ伝えてくれ。わかったか?」

「うん! 了解です、リーダー!」


 その了解です、リーダーという言葉が不安になってきたんですが。

 ミーティアは再び元気よく頷いた。

 そして、先頭を歩く結城さんに何やら話して戻ってきた。

 今度こそ、上手くいっただろうか。


「リーダー!」


 不安が一層高まった。

 ミーティアは満面の笑みで俺を見上げる。

 そして言った。


「伝えてきたよ」


 俺は、ほっと胸を撫でおろした。

 どうやら今度は上手くいったらしい。

 やれやれ、やきもきさせるじゃないか。

 俺はよくやったと言おうとしたが、少女の言葉で、その機会は失われた。


「話して! って言ったら、え? 何を? って言われたんだけど。

 これでよかったんだよね?」


 俺は頭を抱えた。

 オーケー。わかった。

 俺が悪かった。

 二つだけ事付けを頼んだら、一つしか伝えられなかった。

 しかも、曲解して『話していい』を『話して』に脳内で変更したようだ。

 言葉が足りなかったのは、俺の落ち度だ。

 でもさ。

 もう滅茶苦茶だよ。

 なんだよ、こいつ。

 えへへとか笑って、可愛くなかったら怒ってるぞ。

 ああ、あれだ。

 こいつ。

 ミーティアはバカだ。

 それも相当な。

 悪い娘ではないようだが、バカだ。

 可愛いが、バカだ。

 ショートパンツから覗く足が艶めかしいが、バカなのだ。

 恐ろしい。

 なんという恐ろしい娘だ。


 その時、俺はようやく気づいた。

 その太腿で気づいたのだ。 

 この娘。

 ローキッズの一人だ。

 俺の脛を執拗に狙い、常にローキックをしてきた、あのキッズ共の一人。

 唯一の女の子で、可愛いけど、ちょっとイッちゃってるという残念な娘。

 表異世界では褐色肌だったが、こっちでは色白だった。

 だからか、気づかなかった。

 くっ! いつも太腿ばかり見ていたから!

 いや、それはいい。

 とにかく、現状、俺の脛を狙っている様子はない。

 ということは単純に厚意で仕事を手伝おうとしているのだろうか。

 問題は、相当なバカなことだ。

 どうする。

 やっぱり男に頼むか?

 いや、それではミーティアを傷つけてしまうだろう。

 役立たずって言っているようなものだし。

 どうするか、と悩んでいたら、列の歩みが止まった。

 何事かと顔をあげると、結城さんが後方まで近づいてきた。


「あの、日下部君。さっき、その子から、なんかよくわからないこと言われたんだけど」

「あ、ああ、ごめん。言伝を頼んだんだけど。そろそろ休憩しようかと思ったんだ。

 昼食も済ませてしまおう。さっきの伝言は忘れてくれ」

「そ、そう。じゃあ休憩しようか。みんなに言ってくるね」


 結城さんは戸惑いつつも、状況を理解したらしく表情を取り繕って戻って行った。

 俺はミーティアに向き直った。 

 そこでなぜ笑顔を返す。

 そこはもっと、申し訳なさそうにするところでしょうよ。

 俺は嘆息し、ポンッと、ミーティアの頭を軽く叩いた。


「次はちゃんと伝言してくれ」

「うん! 頑張る!」


 元気だけはいいんだ。元気だけは。

 俺は深い溜息を漏らし、それでも仕方ない奴だという思いを抱いた。

 表異世界でも散々振り回されたし、大して問題じゃない。

 まあ、かなりバカだけど。

 表異世界の方はもっとマシだった気がするんだが。

 あっちはあっちで変人だけど。

 思わぬ知り合い? との出会いに、俺は相好を崩した。


「なあ、おまえ、一人なのか? 親とか、友達とかは?」


 ローキッズは三人いた。他の奴らは無事なのだろうか。

 こんな状況だ。何があってもおかしくはないが。

 俺が聞くと、ミーティアは困ったように笑った。


「誰もいないよ。みんな死んじゃったから。

 それに、わたしがリーンガムに来たのは、最近だから」

「……そうか」


 だから、所在なさそうにしていたのだろうか。

 一人で、この地まで逃げて来たのか。

 少女が。子供が一人で。

 どれだけの苦難を乗り越えたのか。 

 俺には想像しかできず、そしてそれ以上、聞く気にはなれなかった。

 他の奴らは死んだの、だろうか。

 それとも元々、この世界で、ミーティアとあいつらは友人ではなかったのか。

 できれば後者であって欲しいけど。

 全員が道から移動し、近場の広場で休憩を始めた。

 俺とミーティアもそれに倣い、地面に座り、身体を休める。


「ねぇ、その剣、重くないの?」


 大剣を肩から下ろしている最中に、ミーティアが不思議そうに首を傾げた。

 腹の底に響くような重低音を鳴らしつつ、大剣は地面に横たわる。


「重いに決まってるだろ」


 正直、腰に来る。

 今まで、色々な経験を積み、鍛えたからか、我慢できるが、滅茶苦茶重い。

 ただ異世界に来て、歩いたり、身体を動かすことが多かったので、そんなに苦ではない。

 現代のみんなにも常日頃から歩くことをお勧めする。

 いつか異世界に来たときのためにな。ないか。


「だよね。ねねっ、持って見ていい?」


 ミーティアは興味深そうに大剣を眺めている。

 鈍色に不気味に光る大剣には、ミーティアの整った顔が反射して歪んで見える。


「構わないけど、気をつけろよ。触れば切れるし、重いからな」


 ミーティアは、うんっ、と頷くと、大剣を触っていた。

 感触に驚きつつ、柄を握って持ち上げようとしていたが、ビクともしない。


「お、おっも……何これ、よくこんなの持てるね……」

「人間、頑張れば色々とできるもんだ」


 よくわからない持論を伝えると、ミーティアはなるほどっ! と手を叩いた。

 わたしも鍛えれば持てるのかな? と言うので、筋肉ムキムキの姿を連想してしまった。

 好きな人は好きなんだろうが、俺はちょっと、そういうのは……。

 とにかく、俺達はほとんど間隔を空けずに会話を続けた。

 話している側としては、これほど気持ちいい相手はいない。

 相槌はきちんと打ってくれるし、素直だからだ。

 俺達が会話をしているからか、他の連中もぽつぽつと話し始めていた。

 これはこれでよかったのかもしれないな。

 そうして、ほんの少しの憩いの時を、味気ない食事で過ごした。

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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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