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再始動

 深く、深く沈んでいく。

 身体も意識も暗い海底に落ちていく。

 光は失われ、身体の感覚も薄れていく。

 前後不覚の状態で、あるのは自我だけ。

 ――何が起こっているんだ?

 五感は鈍麻し、やがて消えうせる。

 必死で目を凝らし、状況を確認しようとするが、上手くいかない。

 何かが聞こえた気がした。

 懐かしい、知っている声。

 違う。

 これはそんな縁遠い声音ではない。

 ノイズが酷く、明瞭さに欠けている。

 瞼は重く、目を開けてもまったく見えない。

 だが、感じる。

 『彼女の気配』だけは。


「――っ!」


 声。声だ。

 その悲痛な叫びに俺の意識は覚醒しようとする。

 だが、頭に靄がかかっているかのように、上手く機能しない。

 もどかしい。だが諦めない。

 俺は必死で声の主を探した。


「――ですかっ!?」


 声が遠くで聞こえる。

 ああ、間違いない。

 これは。

 『莉依ちゃんの声』だ。


「大丈夫ですかっ!?」


 通る声だったが、俺の耳は彼女の声をまともに拾わない。

 なんとか言葉の内容はわかるが、声は歪んでいる。

 それでも莉依ちゃんの声だとわかる。

 気のせいか。

 この光景。

 この状況。

 覚えがある気がするが、脳が思考を拒絶している。

 いつだったか。

 こんなことがあった気がする。

 そう、確か。

 昔。

 こんなことが。

 そう、この後、莉依ちゃんは俺のために助けを呼んだはずだった。

 俺の名を呼んだはずだった。

 だが。


「だ、誰かっ! 『この人達を』助けてください!」


 莉依ちゃんは、俺を見て、そう言った。

 いや、俺だけじゃない。

 周辺の人間にも視線を向けている。

 その時、ようやく気づいた。

 ここは『飛行機の中』だと。

 焦げたような臭いが鼻腔に届いた。

 途端に、意識が目覚め始める。

 これは。

 何が、起こっている?

 身体中を這う痛痒。

 痛い、痛い。痛すぎて、まともに考えられない。

 だが、これだけの激痛ならば経験が何度もある。

 意識を逸らせば、耐えられる。

 鈍重で、ひたすらに痛みを訴える肉体を無視した。

 その代わりに現実感が乏しくなる。

 状況把握には向かない思考方法だった。

 機内では、悲鳴がそこかしこにあがっているようだ。

 その中で、莉依ちゃんが、他の人間に助けを求めていた。

 だが、すりガラスのように曇った視界でも、わかった。

 ほとんどの人間は動いていない。

 動いていても、その場で僅かに身動ぎするだけだった。

 それがどういう意味を表すのか。

 動けないということは……。


 これは夢なのか。


 この光景は、現実ではないのではないか。

 俺は自分の頭を疑う。

 だが、非現実な現実は続く。

 拷問とも思える痛覚の刺激を続けて、耳朶には彼女の悲鳴を張りつけて。

 ああ、見えない。

 聞こえない。

 意識が、遠のく。

 もう、考えていられない。

 この感覚を、俺は覚えている。

 死ぬ寸前の。

 慣れた感覚。

 恐怖も感じない。

 落ちるような感覚。


「ここにいちゃダメ! こっちに!」


 誰かが叫んだ。

 莉依ちゃんの手を引き、機内から脱出していった。

 確か、あれは結城さんだったはずだ。

 間違いない。

 見たことがある光景だ。

 ならばやはりここは『過去』なのか。

 それとも、夢現なのか。

 それとも、別の世界なのか。

 わからない。

 わからないが、俺は限界に近づいていた。

 限界を超えて、意識を保つこともできるだろうが、それは意味を成さない。

 考える気力はない。

 この身体はもうダメだ。

 そう思った瞬間、全身が脱力した。

 指先さえも動かせずにいる。

 そして。

 何が起こっているのかわからないままに。

 意識を失った。


   ●□●□


 目を覚ますと、そこは変わらずに機内のままだった。

 俺はシートに座り天井を見上げている。

 時刻は昼か。

 飛行機の機体後部に俺はいた。

 半分に折れた飛行機の前部はそこにはなく、正面は森と土の地面で埋まっている。

 この光景。

 やはり、転移した時と同じ。

 どうしてこんなところに。

 俺はどうしてしまったんだ?

 疑問は止めどなく溢れるが、答えは一つとして返ってこない。

 しかし、理解の及ばない状況に身を置く経験は何度もしてきた。 

 そのため、俺には大きな動揺はなかった。

 まずは、すべきこと考えよう。

 俺は自分の状態を確かめた。

 痛みはなかったが、感覚は鈍いままだ。


「な……にが、起こっ……た……」


 わからないが、考えても仕方のないことだということはわかる。

 とにかくここから出ないといけない。

 俺は身体を起こそうとしたが、思うように動かない。

 身体能力もあの時のように弱体しているのか?

 だが、それにしては動けないほどではないし、座っているだけで死ぬようなことはない。

 以前、現代から異世界に転移した時よりはマシらしい。

 視界は不明瞭。

 近くの情景さえ、まともに見えない。

 だが、座席の上にあるものはわかる。

 死体だらけだ。

 だが、違和感があった。

 俺の五感が鈍っていることは間違いないが、それでも多少は見える。

 『俺の隣に死体があった』のだ。

 そこは莉依ちゃんが座っていたはずの場所だ。

 俺の記憶が確かならば、最初に転移した時、そこは空席だった。

 それに、だ。

 その死体は『白骨化していた』。

 どういうことだ?

 転移してすぐに俺は死んだ。

 その時は、当然ながら乗客達は死んで間もなかったはずだ。

 気温や環境にもよるが、白骨には数ヶ月から数年以上はかかると聞いた気がする。

 となれば、俺は数ヶ月は死んでいた、ということか?

 自分の身体を見下ろすと、制服姿だった。

 至る所が破れており、血の跡もあるが、すでに乾いている。

 制服姿。ということは、やはり過去なのか。

 しかし、俺自身が過去に戻ったのならば、制服姿であるはずがない。


「……これ、は」


 胸元に光るものに気づき、俺は視線だけを下に向ける。

 『テレホスフィアの首飾り』だった。

 それは意識を失う寸前で、莉依ちゃんに渡したものと同じ。

 どういうことだ。

 首飾りは持っているのに、制服姿になっている。

 これでは過去に戻っているのに、首飾りだけ着けているということになる。

 俺の意識か魂だけが過去に戻った、のか?

 でもそれでは辻褄が合わない。

 状況は僅かに違っている。

 莉依ちゃんの言葉も、目が覚めた時の状況も。

 俺が知っている過去とは違っている。

 どういうことなのか、わからない。 

 だが、この場でじっともしていられない。

 俺は歯を食いしばって立ち上がろうとした。


「くっ……!」


 ところが思うようにいかず、体力を使い果たしてしまった。

 やはり過去と同じような状況だ。

 俺は、テレホスフィアに口を寄せて、呼びかける。


「莉依、ちゃん……聞こえ……る、か?」


 返答はない。

 何度呼びかけても同じだった。

 テレホスフィアは僅かに明滅しているが、それだけだった。

 機能していないのか。

 俺は自室での出来事を思い出した。

 最後の瞬間、莉依ちゃんは悲しげに叫んでいた。

 また悲しませてしまった。

 早く、彼女の下へ帰らないと。

 もう、傷つけないように。

 だが、気持ちだけで焦っても進展しない。

 冷静にならなくては。

 どうする。

 これからどうすれば。

 いや、その前にすべきことがあるだろう。

 そう、ステータスの確認だ。

 何をしていたんだ、俺は。

 最初に、確認すべき点を失念していた。

 あまりの異常な状況に、平静さを失っていたらしい。

 とにかくアナライズすることにする。

 そして俺は驚愕した。


「……これは、どういう、こと、だ?」


 視界に移った数値の羅列に、俺は呆然とした。



・■前:日■部■■

・■号:■■者


・L■:??????????

・H■:??????????/??????????

・■P:??????????/??????????

・■■:??????????/??????????

・■■:??????????/??????????


・■■R:??????????

・■I■:??????????

・D■■:??????????

・A■■:??????????

・M■D:??????????

・■■T:??????????

・L■C:??????????


・■■値:???????????


●ア■■■■■■■

 ・アナ■■ズ

   …対■のス■■タス■■■。

 ・リ■ポー■■ーブ

   …リスポ■■■点を新■■記憶■せる。


●■■■ブ■■ル 

 ・リス■■■ 

   …戦■■能に■った■■、■■■■に■■■■現す■。

    五■■■がある。それを■■■■真の死■■■■。新■■■■で表■■れ■。

 ・セ■ブ■■

   …■■■ーン地■■設定■■こ■も可■に■る。


●バッ■■テー■ス

 ・契■の■■

   …■■の鎖に■って、■界■■まる■■■■きる。■■■効■は■■だけ。

    この■を■いて■まった■■■、■■、■ず■■■堕ち■。

 ・■人■■動

   …初■て■■■した■■証。■■に対して■■感■薄■■しまう。

 ・冥■の呪■

   …■■を彷徨い■■に戻■■■■■存在の■。

     死■■■ず、■に■入■■■■■に、■■の王に■■■られ■しまう。

 ・不■の■■

   …様々■■幸■■■た■の■。神■■え■■■どの■■は■■ない。



「なん、だ……これ、は?」


 表示がバグっている。

 何が起こっているんだ?

 アナライズがまともに機能していないなんて。

 この場所に移動したことが原因だとしか思えない。

 くそ、何がなんだかわからない。

 しかし、見た感じ、アナライズやリスポーン能力は残っているようだ。

 ただ、バグがあることは間違いない。

 アナライズも異常な状態だ。

 ならば、通常通りにリスポーンできるとは限らないか。

 慎重にならなくては。

 死んで、生き返らずに、死んだままなんてなったら、どうしようもない。

 とにかく、いつも通りの状態ならば、レベルが上がるはずだ。

 現在のレベルが、以前の状態なのかはわからないが、この肉体の様子だと、かなり下がっているんじゃないだろうか。

 ならば、すべきことは決まっている。

 レベル上げた。

 ……いつもレベル上げているな、俺は。

 しかし、レベルは重要だ。

 レベルを上げて、ステータスを向上させれば、多少のことは問題じゃなくなる。


 問題はその方法だが。

 思うように動かない身体となれば、転移当時と同じような方法しかないだろう。

 幸いにも、すぐに死ぬような状況ではないらしい。

 以前は呼吸をしているだけで死んでいったからな。

 あれはあれで辛い。

 とにかく多少動けるようになって、外に出て魔物に殺されよう。

 そうすればまたレベルが上がる。

 一度クリアしたRPGを新たに最初から始めた時と同じような感覚に陥った。

 ルート構築している時と同じだな。

 いや、待て待て。

 殺されたら、生き返らないかもしれないんだぞ。

 ステータスやスキルが機能しているとは限らないんだ。

 ならば、やはり堅実にレベルを上げて、死なないように立ち回らないといけない。 

 面倒だが、仕方がない。

 そも、俺は死に慣れ過ぎている。

 もっと命を大事にしないと。

 俺はふと思い出し、設定画面を開いた。

 久しぶりの表示だ。

 設定画面にある、レベルアップ時の音声ボリュームを上げた。

 そして身体を何度も動かす。

 手や足、首を動かすような単純な行動だ。

 そして。

 テレテッテー! ファサッ!

 と懐かしい、軽快なSEが聞こえた。


「……レベ、ル……が、上がった……」


 画面を見ても、表示がおかしいので変化がわからない。

 どっちにしても、まともに動けるまでは同じことを繰り返すだけだ。

 俺は無心の状態を維持し、ひたすらに身体を動かした。


 テレテッテー! ファサッ!

 テレテッテー! ファサッ!

 テレテッテー! ファサッ!

 テレテッテー! ファサッ!

 テレテッテー! ファサッ!

 テレテッテー! ファサッ!


「……………………」


 俺は無言で、音声を消した。

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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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