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始まり

 総合事務局に隣接している寄宿舎にて。

 現状、ハイアス和国は発展途上で家屋の数も少ない。

 そのため、公務に従事する人間向けの、男女別の寄宿舎を建設している。

 俺やハミル、莉依ちゃんのような地位の高い人間も寄宿舎に住んでいるというわけだ。

 さすがに体裁があるので、俺だけはそれなりの部屋に住んでいる。

 場所は寄宿舎の最奥だ。

 部屋の広さは十畳程度。

 王の部屋としては広くないが、他の部屋と比較すればそれなりだ。

 部屋の奥にはベッド。隣にタンスと本棚と机。

 殺風景で、ただ住むだけの部屋という感じだった。

 しかし、さすがに莉依ちゃんを迎えるのに、飾り気がないのはどうかと思った。

 ということで花瓶を用意したり、香り付きの蝋燭を立てたりした。

 ランプだけの明かりだと薄暗いが、蝋燭も併用するとかなり視界が確保できる。

 現代の電灯ほどではないけど。


「よし、これでいいだろ」


 俺はベッドの皺を伸ばして整える。

 掃除も終わった。中々綺麗になったんじゃないか。

 見た目もマシになっただろう。

 これでいつ、莉依ちゃんが来ても大丈夫だろう。

 大丈夫?

 え? 何が?


「………………俺、なにをしてるんだ?」


 前後不覚になっていた。

 これでは、異性を部屋に迎える男の行動そのものじゃないか。

 いや、間違ってはいないけど。

 ただ、なんだろう。

 ほら、何かを期待しているような。

 え? なに? 

 想定してるの?

 そういうことになるって思ってるのか、俺は?

 確かに、少しはそういうことを考えなくもない。

 だが気づけば、むしろそういう方向にしかならないと思えるような行動をしていた。

 いかん、これでは莉依ちゃんに警戒される。

 警戒されたら困るというわけじゃない。そうじゃない。

 ああ、だめだ。

 自分で何を考えているのかわからなくなっている。

 動揺しているんだ。

 昼間のこともあって、莉依ちゃんときちんと話せるのか不安でもあった。

 着慣れた、やや高級素材を使用した洋服。

 中世を思わせる衣服の懐から、ネックレスを取り出した。

 テレホスフィアの首飾り。

 これをつければ、互いにいつでも連絡ができる。

 特別な関係がより特別になるはずだ。

 莉依ちゃんを蔑ろにしているという自覚はある。

 もっと、しっかりしなければならない。

 莉依ちゃんに、想いを伝えるんだ。

 心臓が内側から、何度も胸を叩いている。

 俺は深呼吸をし、動悸を抑えようと必死になった。

 コンコン。

 控えめなノックが聞こえた。


「は、はい」


 どもってしまったが、慌てて扉を開いた。


「こ、こんばんは」


 莉依ちゃんだ。

 いつもは簡素なデザインの、ワンピースのような格好だが、今日はどこか大人びている。

 部分的にレースが施されたドレス調の服だ。

 華美ではなく、落ち着いた色合いだった。

 髪の左右を編んでいて、余計に大人っぽく見える。


「あ、ああ、こんばんは、よく来てくれたね。どうぞ」


 俺はぎこちない所作で、莉依ちゃんを部屋へ迎える。

 莉依ちゃんが俺の部屋に来るのは初めてだ。

 部屋に入った莉依ちゃんはきょろきょろと見回して、恥ずかしそうに俯いた。


「ど、どうかした?」

「い、いえ、その、何でもないです」


 莉依ちゃんはちらっと、ベッドを見ていた。

 何か変だったのだろうか。

 そう思ったが、ふと気づく。

 『ベッドが綺麗すぎる』。

 普通に敷いただけならばもっと皺があったりするのに、あまりに入念に整えたので、まっさらの状態だ。

 これでは、ベッド周りに色々と手を加えたと言っているみたいなものだ。

 自分の行動に気づくと、全身が熱くなっていく。

 二人とも俯いて、顔を赤くしてしまっていた。

 ああ、もう、なんだ、この気恥ずかしい感じは。

 しかも座る場所がベッドしかないのだ、この部屋は。

 もう色々と、間違った方向に進んでいる気がする。

 だが、仕方がない。


「と、とにかく座ろうか」

「は、はい」


 おずおずとベッドに座る莉依ちゃん。

 俺も隣に座った。

 二人の間には微妙な間隔が空いている。

 そして無言。

 心臓の音と、衣擦れの音だけが響いている。

 緊張しすぎて吐きそうだった。

 横目で莉依ちゃんを覗き見た。

 俯いて、睫毛を震わせている。

 彼女も緊張しているらしい。

 形のいい唇に視線が奪われてしまった。

 いかんいかん、何を考えているんだ、俺は。

 何のために莉依ちゃんを呼んだのか忘れるな。

 とにかく、このままだと莉依ちゃんに申し訳ない。

 せっかく来てくれたんだ。

 話をしないと。

 俺は意を決して口を開いた。


「あ、あの、さ」

「は、はいっ」

「話が、あるんだけど」


 不安そうに俺を見上げる莉依ちゃん。


「は、話、ですか」

「あ、ああ、大事な」


 莉依ちゃんの表情が硬くなった気がした。

 緊張しているのだろうか。

 俺は意を決して口を開いた。


「実は」

「あ、あの!」


 話し始めようとした時、莉依ちゃんが強引に言葉を挟んできた。

 俺は驚きながらも莉依ちゃんを見つめる。

 莉依ちゃんは笑顔を浮かべていた。


「ど、どうですか? この服、と、虎次さんに見せようと思って、取っておいたんです。

 か、可愛いと思って」

「え? あ、う、うん、可愛いよ。よく似合ってるし」

「そ、そうですか、よかったです」


 えへへ、と笑う莉依ちゃんを前に、俺は僅かな違和感を覚えた。

 莉依ちゃんが、こんな風な笑みを浮かべることは、あまりないからだ。

 莉依ちゃんは年齢よりも大人びている。

 だから、子供っぽい行動はしても、歯止めを利かせている。

 こんな笑い方を普段はしない。

 何かあったのかと思ったが、俺は話を続けた。


「で、その、話の続きを」

「そ、それでですね、こ、今度は、虎次さんに選んでほしいなって」

「もちろん、いいけど、今は別の話を」

「ず、ずっと忙しかったから、少し休みを貰って、二人でゆっくりしたりとか。

 いいと思いませんか?」


 莉依ちゃんの笑顔は少しずつ歪になっていく。

 頬が引きつり、瞳が揺れていた。

 いつもの彼女ではない。


「莉依ちゃん……?」

「ふ、二人が、イヤなら、何人でも、大丈夫ですから」


 もしかして莉依ちゃんは何か勘違いしているのだろうか。

 それならば早く誤解を解かないといけない。

 俺は慌てて首を横に振った。


「そんな、イヤなんて思うはずがないよ。莉依ちゃん、俺はね、実は」

「き、聞きたくないです!」


 莉依ちゃんは突然、俺に抱きついてきた。

 必死でしがみついて、俺の服を強く掴んでいる。

 俺は咄嗟のことで頭がついていかない。

 莉依ちゃんの肩に触れようとした時、気づいた。

 震えていた。


「わ、私のダメなところがあるなら、直しますからっ!

 だ、だから恋人のままでいさせてください。

 私は、虎次さんじゃないと、あなたじゃないとダメなんです……。

 だ、だから、お願い。お願いです――」


 莉依ちゃんは俺を見上げる。

 頬を濡らしていた。

 泣いていたのだ。

 肩を震わせて、必死で俺に縋っている。


「――捨てないで」


 その言葉に、俺は強い罪悪感を抱いた。

 俺がここまで、莉依ちゃんを追い詰めていたのだ。

 自分の、青臭い感情に振り回されて、莉依ちゃんのことを傷つけていた。

 知りながらも、逃げて自分を守った。

 そのせいで、大事な人をこんな状態にしたのだ。

 俺は衝動的に、莉依ちゃんを抱きしめた。


「捨てるなんて、そんなことするわけがない!

 俺は莉依ちゃんだけ、莉依ちゃんだけが好きなんだ。

 だから、そんなことを言わないでくれ」

「で、でも……最近、ずっと避けてた……」

「そ、それは俺が――」


 俺は事情を話した。

 内容はハミルに話したものと同じだ。

 莉依ちゃんと離れた期間、想いが募り、恋をしていたということ。

 あまりに情けない事情だったが、莉依ちゃんは笑わずに聞いてくれた。


「ごめん、全面的に俺が悪い。本当にごめん」

「じゃ、じゃあ、私は、嫌われていたわけじゃ」

「そんなわけがない。俺が莉依ちゃんを嫌いになるわけがない。

 俺は、莉依ちゃんが好きすぎてどうしていいかわからなかっただけ……だから」


 言って、なんとも情けなく、恥ずかしい台詞だと改めて思った。

 しかし説明しなければ莉依ちゃんを安心させられない。

 そう思ったのだが。

 莉依ちゃんの表情はまだ曇ったままだ。


「虎次さんは……本当に、私のことが好き、なんですか?」

「もちろんだ。それだけは胸を張って言える。だからこれを」


 俺は懐からテレホスフィアの首飾りを取り出した。

 宝石を思わせる球体が施されており、ネックレスとしても見目はいい。


「これで、いつでも話すことができる。遠くに離れていても」

「……嬉しい」


 莉依ちゃんは、大切そうにネックレスを抱く。

 自分で着けようとしたので、俺は彼女の後ろに回って着けてあげた。

 俺のネックレスは莉依ちゃんが着けてくれた。

 互いに同じアクセサリーを首から下げている。

 莉依ちゃんは嬉しそうに頬を緩めて、ネックレスを眺めていた。

 これで少しは、莉依ちゃんの不安を取り除けただろうか。

 しかし、ふと莉依ちゃんの表情が強張る。


「莉依ちゃん……?」

「それだけじゃ、ないんです」

「それだけ、って?」

「最近、虎次さんが私を避けていたこと。

 それだけで、こんなに不安になったわけじゃないんです」

「どういうこと?」


 莉依ちゃんは唇を引き絞り、何かに耐えている様子だった。

 しかし彼女の心情がわからない俺にはかける言葉がなかった。

 俺は莉依ちゃんが話し始めるまでじっと待った。

 そして、やがて莉依ちゃんは小振りな口を開いた。


「そ、その……き……キス……しか、し、してくれない、から」


 衝撃的な言葉に、俺の頭は真っ白になった。

 今、莉依ちゃんは何を言った?

 キス?

 しか?

 して?

 くれない?

 キスしかしてくれない?

 しかって、それはつまり、その先をしろと、そういうことですか?


「……そ、それは、その、もしかして」


 莉依ちゃんは顔中を真っ赤にして、コクリと頷いた。

 キスの先っていったら、色々あるとは思うけど、行き着く先は一つだろう。

 一つ。

 え? 莉依ちゃん?

 そういうこと考えてたの?

 あの可憐で大人しくて慎ましやかで可愛くて天使で清楚で純粋な莉依ちゃんが?

 嘘でしょ?

 莉依ちゃんは熱のこもった瞳を俺に向ける。

 こんなに近くで莉依ちゃんの顔を見たのは久しぶりだ。

 これほどに魅力的で、蠱惑的な娘だっただろうか。

 彼女の纏う空気は、間違いなく異性のもので、男を惑わす色香が充満している。

 それが俺だけに向けられている。

 その事実がどうしようもなく嬉しく、どうしようもなく狼狽した。

 心臓がうるさい。鼓膜の中に心臓があるのではないかと思えるくらいの音量だ。

 莉依ちゃんがゆっくりと俺の胸に顔をうずめた。

 そして、強い力で押された。

 俺のステータスと莉依ちゃんのステータスを見れば、彼女の方が上だ。

 力を込めるだけで肉体が破壊されるようなことはないが、それでも莉依ちゃんが俺を押し倒すことくらいは簡単にできる。

 肉体の差、年齢の差は、この場では逆転していた。

 ベッドに倒れた俺の上に、莉依ちゃんは跨った。

 そしてそのまま、俺の胸にゆっくりと身体を預けた。


「虎次さん……お、お願いします」


 莉依ちゃんは瞳を濡らし、頬を染め、吐息を漏らしている。

 煽情的だった。

 俺は彼女を見上げ、必死で情動を抑える。

 気を抜けば、莉依ちゃんを襲ってしまいそうだった。


「虎次さんが、わ、私を大切に思ってくれている、ことはわかって、ます……。

 ね、年齢とか、た、体格とか、他にも色々、あるのも……で、でも。

 でも、私は……もっと、あなたに近づきたい。ふ、触れあいたいんです。

 だ、だから……」


 莉依ちゃんは懇願するように俺を見つめる。


「だから証を下さい」


 俺は半身を起こして莉依ちゃんの唇に、自分の唇を重ねた。

 柔からな感触が唇から伝わり、脳へ伝達される。

 そのあまりの気持ちよさに、衝動が生まれる。

 俺は莉依ちゃんを抱きしめつつ、キスを続けた。

 数分以上経過した後、ようやく俺は身を離す。


「と、虎次、さん……っ」

「莉依ちゃん、好きだよ」

「わ、私も、せ、世界で一番、虎次さんが、す、好きです」


 俺以上に、莉依ちゃんは緊張している。

 身体も声も震えている。

 なのに、それでも必死に俺へ近づこうとしてくれているのだ。

 俺が、その想いに応えなくてどうする。

 こんなに健気に想われて、まだ怯えて立ち止まることなんてできるはずがない。

 もう、莉依ちゃんを傷つけない。

 どんなことがあっても。

 決して離しはしない。

 俺は優しく莉依ちゃんをベッドに横たわらせた。

 俺を見上げる莉依ちゃんは、少女ではなく女性だった。


「や、優しくしなくて、いいですから……と、虎次さんを、感じさせてください」


 いつでも、いつまでも莉依ちゃんは自分のことよりも、俺のことを考えている。

 俺の喜ぶこと、望むことをしようとしてくれている。

 もっと頼って欲しい。そう言っていた莉依ちゃんの気持ちも、結局は俺のため。

 そんな一途な彼女のためにできることがあるのならば。

 もう迷う必要はない。


「俺も、もっと莉依ちゃんを近くに感じたい」

「虎次、さん……好き、好き、好きです……すきぃ……」


 何度も縋るように、好きと呟く莉依ちゃん。

 俺は彼女の頬に触れた。

 莉依ちゃんは俺の手に、自分の手を重ねる。

 誘うような視線を受け、俺は莉依ちゃんへと顔を近づけた。

 が。

 瞬間。


『た……て………い』


 また声が聞こえた。

 こんな時に、何なんだ。

 俺は苛立ちと共に顔を顰める。


「虎次、さん?」


 莉依ちゃんの顔に、また不安が浮かび上がる。

 ダメだ。

 せっかく莉依ちゃんを安心させることができたのに。

 また傷つけてしまう。

 

『おね……だ…ら』


 うるさい。

 今は、黙っていてくれ。

 俺は耳を抑えて声を聞かないように努める。

 だが声量は小さくならない。

 脳内に直接響いている。

 それが耳鳴りに変わり、頭痛へと変化していく。

 なんだ、これは。

 何が起こっている?

 俺は動揺の中、必死で目を開く。

 いつの間にか、俺は地面に倒れてしまっていたらしい。


「と、虎次さん! どうしたんですか!?

 だ、大丈夫、す、すぐに治しますから!」


 莉依ちゃんが俺を抱きかかえて、回復スキルを使ってくれたが効果はなかった。

 通常の痛みとは違う、異質な痛痒。

 俺はその中で、莉依ちゃんの叫びと、不可思議な声を聞き続けた。


「ぐあああっ!」


『お願い』


 何を言っている。

 誰だ?

 おまえは一体、誰なんだ?


『お願いだから……っ』


 何を、何を望んでいる?

 何がしたいんだ、おまえは。


『お願いだから、助けて……っ! 誰か、助けてっ……!』


 悲痛な叫びを聞いた。

 言葉はわかるが、声質は不安定だった。

 女性だということはわかったが、年齢層まではわからない。

 明瞭な言葉の後、俺の意識は遥か彼方へと弾き飛ばされた。

 最後に残った、莉依ちゃんの温もりだけを忘れないように、俺は必死で意識の残滓を繋ぎ止めた。

 そして。

 俺の意識は完全に断たれた。


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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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