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戦いの後 3

「だあああああっ!」


 新総合事務局特別執務室。

 大きめの机の上に羽ペンとインク、無数の書類が積み上がっている。

 部屋の端には本棚が敷き詰められている。

 国内外における国政関連の書類が大半だ

 国民の生活に必要な資材、食材、建築材、家屋数や馬車などの運搬道具、すべての情報が記載されている。

 国法をまとめた法規定概要、正史作成なども並列しておこなっている。

 俺一人では不可能なので、専門の係を作って任せているが、確認をするのは俺だ。

 確認作業だけでも大変なので、時間がいくらあっても足りない。

 だが、今はそんなことを考えている余裕が俺にはなかった。

 俺は椅子に座り、頭を抱えて机に突っ伏した。


「あああ……やばい」


 何がやばいって、勢いで夜に莉依ちゃんと会う約束をしたことだ。

 それ自体はいい。というか喜ばしい。というか会いたいし、話したい。

 もっと莉依ちゃんの顔を見たいし、触れたいし、何より誤解を解きたい。

 問題は、だ。

 なんで夜とか言ったんだ、俺は。

 しかも部屋に来い、とか。


「あああああ……」


 もう、完全に下心がありますって言ってるよな、これ。

 違うんです。

 そういうことじゃないんです。

 俺にそういう気持ちはないんです。

 俺達はピュアな関係なんだ。

 いや、そりゃそういう行為も必要だとは思うけど。

 まだ早いっていうか。

 じゃあ、いつならいいのか、と言われても困るけど。

 とにかく言ってしまったものは仕方がない。

 取り消しはできないし、この機会に話さないと、関係がこじれそうだ。

 早く元通りの関係になりたい。

 だったら、もう腹をくくるしかない。

 そうだ。

 今までの戦いを思い出せ。

 俺はどんな苦難も乗り越えたはずだ。

 どんな強敵も倒してきたはずだ。

 何度も死んだ、何度も勝ってきた。

 そうだ、俺はやればできる男!

 だったら、もう覚悟を決めるしかない。

 もう逃げない!


「よし、やるぞ!」

「ええ、早くやってください」


 隣で立っているハミルが半眼で俺を睨んでいた。


「色々と悩んでいる様子ですが、それはそれとして仕事をしてください」

「……ごめんなさい」


 また怒られてしまった。

 執務室にはハミルの机もある。

 以前は俺だけの部屋だったのに、俺があまりにサボるからついに二人部屋になってしまった。

 最悪だ。

 サボれない。

 サボりにくい。

 視線を横に流すと、こんもりと積まれた書類が目に入る。

 これ、全部目を通さないといけないとか、拷問だろ。

 王様の仕事って結構地味で、報告書の確認と要望の承認が主なんだよな。

 もちろん施策の草案を考えたり、実行したり、色んな法案を考えたりもするけど。

 それは毎回じゃないんだよな。

 どちらかというと、日々の何々が足りない、こういう問題があった、こういう風に改善して欲しいみたいなものが多い。

 俺が承認しないと行動に移せない部分は結構ある。

 そこらへんも整理していかないといけないわけだが。

 俺はちらっとハミルを見た。

 めっちゃこっち見てる。

 夜まで仕事をして、休憩なしで、莉依ちゃんと会うというのは精神的に余力がない。

 できれば気分転換したいところだ。

 今日まで遠征で移動ばかりだったし、一日くらい休みたいのだが。

 外出中、溜まっていた仕事があるから、休めない。

 つまりだ。

 サボるしかない。


「あー。ちょっと身体が痛いな。ちょっと身体を動かそうかな。外で」

「それは大事なことですね。その場でどうぞ」


 あくまで部屋から出す気はないらしい。

 これはしょうがないな。

 俺は扉を一瞥した。

 口笛を吹いて。

 そして。

 突如として、駆ける。

 迫る扉。

 僅か一秒。

 俺はノブに手をかけて、開けた。

 壁があった。


「和王。さすがに同じ手は通じませんよ」


 すぐ後ろにハミルが立っていた。

 ハミルは俺の肩を掴み、ぐっと握った。

 正面、扉の外には壁と錯覚するほどに、大柄な男が立っていた。

 俺を見下ろして、ニッと笑った。


「警備も兼ねて配属させました。サボり予防が主な仕事です」

「そこまでする!? そこに国費使っちゃうの!?」


 ハミルは歪んだ笑みを浮かべて、俺の肩を強く握る。


「そこまでしないといけない状態なんですよ」


 状況は逼迫しているらしい。

 わかっている。

 仕事が溜まっているということは。

 だが、ぶっ続けで仕事をしても効率が悪いとは思わないだろうか。

 人間の集中力ってものはそう長くは続かない。

 休憩って大事だと思うわけ。

 ということで。

 前後からの圧力をものともせず、俺は踵を返した。


「和王!」


 瞬間的に窓を開き、華麗に飛び越えた。

 ここは三階である。

 だが慣れている。

 地面が近づいてくる。 

 風音の中、俺は全身を脱力させ、衝撃に備える。

 足裏が触れた瞬間、下半身の関節を順々に曲げて緩衝する。

 前転して、受け身をとるとそのままの勢いで走った。


「王おおおおぉぉっ! また逃げたなああああっ!」

「ハミル、すまん! 少ししたら帰るから!」


 機敏に去る中、背後からはいつまでもハミルの絶叫が響いていた。


   ●□●□


「あ、王様だー!」

「王様ー!」


 街を歩いていると国民から声をかけられる。

 特に子供が近づいてくることが多かった。

 大人も話しかけてはくれるが、子供ほどではない。

 というか、なぜか俺は子供になつかれるのだ。

 あれか。

 同レベルだと思われているのか。


「今日も元気だな。どうだ、最近困ったこととかないか?」

「ないよー! あー、でも遊ぶ場所が欲しいかなー!」


 満面の笑みを浮かべる女の子が無邪気に言った。

 ハイアス和国は発展途上で、常に移住者が多い。

 そのため家屋の建築が優先されている。

 おかげで娯楽施設の類の建設は遅れており、店舗数は最低限だ。

 当然、遊び場になるような空地も街中にはないし、かといって街を出ると魔物が出て危険なので、子供はあまり外出できない。

 国民の幸福度も重要だ。

 子供達だけでなく、大人もゆっくりできる、公園のような場所を造るべきだろう。


「そうかそうか。王様が何とかしてやるから、もう少し待っていてくれ」

「うん! ありがとう!」


 俺は女の子の頭を撫でる。

 すると、女の子は嬉しそうに目を細めた。

 ふふ、可愛いじゃないか。

 俺もつられて顔を緩めていると、周辺から突き刺すような視線を感じた。

 ひそひそ話をしている国民達が俺を横目で見ているのだ。


「王様、まさかあれくらいの子供でも……」

「莉依様だけでなく他の女の子まで」

「ディッツ警備局長の妹さんにも手を出そうとしているとか」

「可哀想に、あの娘もハーレム要員に」


 もっと聞こえないように話そうね?

 全部聞こえているからね?

 俺は女の子の頭を撫でた姿勢のまま固まった。

 そしてゆっくりと手を放すと、笑顔のままに手を上げる。


「じゃあ、またな」

「うん! またね王様!」


 純真無垢な女の子の背後では、邪推した大人達の姿が見える。

 くっ! これが社会の汚さか。

 大人は酷い! 汚い! 

 すぐ仕事させようとかするし!

 俺はこんなに純粋なのに!

 とにかくこの場から逃げよう。ハミルも追ってきているし。

 足早に俺は移動した。

 逃げたわけじゃないからな!

 港に足を延ばした。

 石畳の道を進むと、桟橋が幾つも延びた湾岸が見える。

 港付近にある漁師達の家屋。

 周辺では漁師達が忙しなく仕事をしているところだった。


「お? なんだ王様じゃねぇか」

「ラカ」


 漁師達の代表、ラカだ。

 亜人嫌いだったはずが、世界の変革時から彼も変わった。

 亜人への強い偏見は、聖神の影響があったためだったらしく、現在ではラカの態度は軟化した。

 亜人を受け入れる姿勢になり、性格も丸くなっている。


「どうだ、漁は」

「順調だ。魚だけで全住民の食料を賄えるくらいにはな。ただ、そろそろ厳しいな。

 人がかなり増えてきているからな」

「並行して農耕と狩猟部分にも力を入れているから、問題ないはずだ。

 それと、外海探索はどうだ?」

「ああ、それなんだけどよ。途中幾つかの島を見つけた。

 以前は嵐が酷くて無理だったところも渡航が可能になったからな。

 まったく、何があったんだか」

「神様の気まぐれって奴だろう」


 実際は、神の力を借りて、不自然的災害を取り除いたわけだが。

 俺が聖神を殺した時、突然に嵐は収まった。

 それはつまり、奴がその元凶だったということではないだろうか。

 外海に及んでいて不自然的な災害は聖神の仕業だった。

 なぜそんなことをしていたのかまでは、俺にはわからない。

 ただ、もしかしたら、神自身が造った世界でも、神自身の手が及ばない部分のあるのかもしれない。

 創造神でも、創造物を一瞬にして消すようなことはできない。

 それは、聖神戦争や実際に対峙したことで、理解している。

 グリュシュナ内海部分だけではハイアス和国の経済効果は薄い。

 もちろん内海部分の漁だけでもそれなりの収穫はある。

 ただ、湾岸都市ならば、外界部分にも足を延ばし、何かしらの資源や土地を得ることができれば、より発展するのではないかと考えた。

 六国間会議でのハイアス和国独立合議の条文として『ハイアス和国の領地は現在の領地を維持し、広げない』というものがある。

 それは各国も同じで、領地拡大には軋轢を間違いなく生むので、禁止するべきとなった。

 特にハイアス和国の領地は、都市部分と周辺地域、とネコネ族の集落があった森辺りまでなので、それほど広くはない。

 エシュト皇国の領地と比べれば、大体三十分の一程度だ。

 他国に対抗するつもりはないが、今後を考えれば土地が少なすぎる。


 そのための外海への進出である。

 外海は土地として扱われていない。

 つまり外海探索し、島を領地としても、厳密には条文に違反したことにはならないということだ。

 なぜなら、領地拡大にはどうしても、他国の土地を侵攻しなくてはならないという前提があったため、各国共通の条文が記載された、という経緯があるからだ。

 一応、各国の王には確認をしてある。

 自国に害を及ぼさないのであれば構わないということだった。

 ハイアス和国は事実上、五国の監視下に置かれているわけだから、多少の経済発展があっても問題はないし、むしろ利益が増えると考えているらしかった。

 偏った保守派がいなくてよかった。

 さて、話を戻そう。

 この世界にはまだ海を埋め立てするような技術はないので、現存の土地を探すしかない。

 どうやらその目論見は奏功しそうな雰囲気だ。


「とにかく、一応は人が住めそうな島は見つけた。多少遠いけどな。

 小さいが鉱山もあるし、粘土も獲れるらしい。あと、動物もそれなりにいる。

 魔物はいねぇみたいだな」


 かなり好条件の島らしい。

 これはかなり都合がいい。


「一先ず、島に開拓使を送ろう。それなりの人間が住めるようにしないといけない。

 それに資源の採集も重要だ。採集班の編成も必要だな。

 徐々に人を増やして、ハイアスと行き来して物資を移動させる」

「そこんとこはよくわかんねぇ。とりあえず、漁師を何人か置くか?」

「ああ、頼む。海の詳しい人間がいないと話にならないからな」

「よし、それじゃこっちで適任そうな奴は見繕っとくぜ。

 亜人と人間半々くらいにするか」


 抵抗なく、ラカの口から亜人という言葉が出たことに、俺は妙な感慨を抱いた。

 変わったのだ。

 きっといい方向に。


「む? 和王か」


 そこにいたのはカンツだった。

 ライコ族の長。

 亜人奴隷として人を憎んでいたはずのカンツは、人間の漁師達と軽く挨拶しながら、俺達に近づいてきた。

 彼の後ろにはイヌット族やトリドル族の連中もいた。

 ふと思った。

 聖神の影響がなくなり、亜人や人間と互いへの偏見はなくなったのだと思っていたが、本当にそうなのか、と。

 もしかしたら、彼等は心の底では、互いと手を取り合いたいという思いがあったのではないか。

 そういう思いを持っていた人間が、より顕著に関係性を良好にしたのではないか。

 想像と創造の力で、聖神の記憶は世界中の人間からなくなった。

 だが、他の記憶までこう都合よく変えられるものだろうか。

 きっと、双方は歩み寄る切っかけを求めていたのではないか。

 全員ではない。悪感情もある。

 けれど、そうであって欲しいと、俺は身勝手に考えていた。


「カンツ、どうしたよ?」


 ラカは亜人であるカンツに、友人のように語りかけた。

 彼等は異人種でありながら、かなり仲がいい。

 二人で朝まで飲み明かすことも多いらしい。

 ひょっとして、協力して海賊と戦った過去が影響しているんだろうか。


「ああ。家屋の修繕と、荷物運びの協力の要請があったのでな」

「なるほど、そういやそうだったな。助かるぜ」

「なに、漁師達にはいつも世話になっている。これくらいは当然のことだ」


 ニッと笑い合う二人を見て、俺は心が温かくなった。

 いがみ合うより、笑い合う方がいい。


「そうだ、和王。ネコネ族の長が探していたぞ」

「ババ様が? 何の用だ?」

「さあな。あれの考えはよくわからん」


 ネコネ族自体、つかみどころがないというか、自由奔放だからな。

 ニースと一年近く暮らしていたが、それでも何がしたいのか、何が言いたいのかわからない時が多々あった。

 ニース、か。


「とりあえず会いに行ってくることにする。それじゃな」

「ああ、そういえば、ハミルも探してい――」

「あーあー! い、急がないと!」


 俺はカンツが言い終わる前に、そそくさとその場を立ち去った。

 俺は何も聞かなかった。そういうことだ。

 徒歩から足早になり、駆け足から走りに変わる。

 港から移動して、住宅街にあるババ様の家に到着。

 亜人と人間の共存を謳っているハイアス和国では、差別はない。

 区別はあるが、互いに不利益を被らない範囲内の話だ。

 できるだけ平等を目指している。

 しかしやりすぎてはいけない。

 差別と区別、平等と不平等はまったく別物なのに、混同する人が多い。

 生まれ、環境、人種、個性、性格、能力、容姿、色々なものがそれぞれに与えられ、まったく同じということは決してない。

 その中で、不可能な平等を押し付ければ、それは不平等となり差別に変わる。

 個々を尊重しつつも、特別扱いはしないことが大切だ。

 平等というものは線引きが難しく、永遠の課題になりそうだ。

 俺は玄関の扉を叩いた。


「ババ様、いるか?」

「にゃにゃ、今開けるにゃじゃ」


 いつも通りの声が聞こえると、すぐに扉が開かれた。

 俺の腰よりも下、程度の身長。

 猫を人化させたらこんな感じだろうな、という印象の姿。

 ネコネ族の長、ババ様だ。


「クサカベにゃんにゃ。入るにゃじゃ」

「ああ、お邪魔するな」


 ハイアス和国内でよくある家屋そのまま。

 木造で簡素な構造だ。

 住まいとしてはまったく問題はないが、面白味は薄い。

 まずは数を造らないといけないので、現状ではこれが限界だ。

 天幕を使っている人達のためにも、家をもっと建てないといけないからな。

 中に入ると、居間に通された。

 椅子に座ると紅茶を出してくれた。


「ありがとう」


 カップを傾ける。

 ババ様が正面に座ると、目を細めた。


「それで、何の用にゃ?」

「いや、俺はカンツから、ババ様が俺を探しているって聞いてきたんだけど」

「む? そう言えば、そんなことを……言ったかにゃ?

 言ったような気がするにゃじゃ。

 でも内容は忘れちゃったにゃじゃ!」

「適当過ぎるだろ!」


 やはりネコネ族。

 こいつらは本当にこういう飄々と、というか適当なのだ。

 まあ、それはそれで気が楽な時もあるんだけど。

 大事な約束とか忘れることもあるし、何とも言いにくいな。


「あ、思い出したにゃじゃ」

「そっすか……」


 俺は脱力した。

 上げて落とすみたいな、落差があって、いつも疲れるんだ、これ。

 まあ、いいけどさ。


「最近、特にやることがなくてにゃじゃ、暇だから占ってみたんにゃじゃ」

「暇って、渉外局長でしょうが」

「儂らは色々とやろうとするにゃが、ハミルがてきぱきやるから、やることないにゃじゃ。

 でも、農業やら狩猟やらはやってるにゃじゃ? 儂、以外の同胞達がにゃ!」

「そっすか……」


 そりゃ、ネコネ族に任せてたら色々と大変だろうからな。

 ついにハミルが重い腰を上げたか。

 まあ、ネコネ族は存在が重要だから。

 色々と癒しになってるから、うん。


「で? 誰を占ったんだ?」

「クサカベにゃんにゃ」

「……俺、ババ様に占われたの、集落での一回だけだと思うけど。

 占いって目の前にいないとできないんじゃ」

「にゃ。近くにいないと占えないにゃ。けど、相手が認識している必要はないにゃ。

 暇だったから、総合事務局に潜入して、こっそり占ってみたにゃ。

 あそこの警備はゆるゆるにゃ? もっと厳重にするにゃ」

「何やってんすか、あんたは」


 ババ様は首を傾げて、顎の下に手を置き、ふむぅ、と呻いた。

 そして、ハッと目を見開き、手を叩いた。


「暇つぶし!」

「仕事して!」


 だめだこのネコネ族。

 ババ様だけじゃなく、他のネコネ族も適当だからな。

 ただ農業と狩猟関係ではかなり尽力してくれているから、もう十分なんだけどな。


「話を戻すにゃ? もう、すぐクサカベにゃんは脱線するから、困ったもんにゃじゃ」


 あんたに言われたくないわ!

 と叫びたかったが我慢した。

 話が進まないからだ。

 俺は、ぐぬぬっ、となんとか耐えて深呼吸した。


「……で、内容は?」

「簡単に言うとにゃじゃ。これから大変な目にあうらしいにゃじゃ」

「大変な目?」

「そうにゃじゃ。だから気を付けるにゃじゃ、と言いたかったのにゃ」

「すごい曖昧な表現だな。具体的には何かないのか?」

「以前は真っ黒で何も見えなかったのに、今回は見えたにゃ。

 けれどそれだけで、やっぱり他は真っ黒にゃ。不思議なもんにゃ。

 とにかく、気を付けるといいにゃ。それとこれを」


 ババ様は懐から何かを取り出した。

 現れたのは『テレホスフィアを首飾りにしたもの』だった。

 頑丈な紐の先にテレホスフィアを通してある。

 ババ様の小さな手には二つ、握られていた。


「テレホスフィアの改良版か?」

「にゃじゃ。アーガイルにゃんに貰ったにゃじゃ。

 つい先日、クサカベにゃんが遠征中に、通話可能になったらしいにゃじゃ。

 アーガイルにゃんは研究所に籠っているから、渡しておいて欲しいと言われたにゃじゃ」

「そうか、やってくれたな」


 今までは色だけ、信号だけ、模様だけと続き、ついに音声での連絡が可能になったらしい。


「ずっと身に着けておくにゃじゃ。丁度二つあるし、莉依にゃんにも渡すにゃじゃ。

 何があってもいいように、すぐに渡すにゃじゃ? こういう繋がりは大事にゃじゃ。

 ついでに仲直りするといいにゃじゃ」

「ババ様もか」


 ハミルも、俺と莉依ちゃんのことに気づいていた。

 やっぱり目立つんだろうか。


「にゃにゃ。儂だけじゃなくて、誰もが言っているにゃ。

 ニースも心配してたにゃじゃ?」

「ニースも?」

「にゃじゃ。クサカベにゃんと莉依にゃんが喧嘩してるにゃ!

 仲直りして欲しいにゃ! って言ってたにゃじゃ」

「そうか」


 ハイアス和国の人達は、神に殺されてから一年間の記憶はない。

 当たり前だ、死んでいたんだから。

 だが俺とニースには、共に暮らしていたという記憶が残っている。

 その起因は曖昧だ。

 俺とニース、亡くなってしまった人達とでは互いに時間の差異があるのだから。

 けれど俺や莉依ちゃん、異世界人の多くは記憶に欠如はほとんどない。

 記憶の齟齬。不明瞭な時間。

 それが埋まらず、曖昧な理由で共に過ごしたことになっている。

 深く聞いたことはない。

 知るべきことではないし、触れれば何かが壊れそうな気がしたからだ。

 造られた記憶、改ざんされた過去。

 それは不自然なもので、いつか瓦解するのではないかという思いが俺にはあった。

 けれど今のところ、その前兆はない。

 とにかく、俺とニースは共に暮らし、二人だけの時間を過ごしていたという事実は残っている。

 その期間で、育まれたものも確かにあったはずだ。

 だが莉依ちゃん達は帰ってきた。

 ニースが俺にどういう思いを抱いてくれていたのか、俺は何となく理解している。

 だが、ニースは何も言わず、ただただ再会を喜んだ。

 『死別ではなく、遠い場所に、離れ離れになっていたみんなと再会した』と勘違いして。

 彼女は何も言わなかった。

 再会後、いつも通りのニースに戻ったのだ。

 思い過ごしか、自意識過剰かもしれない。 

 いや、あの状況での謙遜は、ニースを傷つけるだけだろう。

 互いに好意はあった。ただ、その俺とニースの好意は別のものだった、それだけだ。

 俺は何も言わない。謝らない。過去を掘り返さない。

 それがニースに対する唯一の誠意で、俺が背負うべき痛みだと思ったからだ。


「クサカベにゃん? どうしたにゃじゃ?」

「……なんでもない。ありがとう、ババ様。ありがたく貰うよ。

 莉依ちゃんにも渡すことにする」

「そうするにゃじゃ。まあ、儂の占いは」

「的中率は六割だろ?」

「そういうことにゃ。あんまり気を揉んでも仕方ないにゃじゃ!」


 適当だ。でも俺を心配してくれていることは伝わる。

 俺は再度礼を言い、世間話に花を咲かせた。


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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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