戦いの後 2
ハイアス和国へと到着した。
急造の正門は、石材を大雑把に積み、木材で固定するような形状だ。
国と言っても、まだなんとか形になった村に近い。
前ハイアス和国ではかなりの規模の防壁と、家屋数を誇っていたが、現在ではかなり見劣りする。
それも当然、一度全壊した都市だ。
一から街を作る、となればかなりの労力を要する。
亜人達の協力もあり、かなり進捗速度は大きいが、それでも一年足らずで数百人分の家屋や施設を建築するのは難しかった。
だから新たな移住者には天幕、つまりテントのような住居を提供するようになっている。
それでも、最初期の国民分の家屋は完成しているのだから、かなり手際が良い方だろう。
景観は乏しく、防壁の高さも然程ない。
防壁上の塔を作ることもできず、門衛が数人いるだけ。
哨戒兵もいくらかいるが、現在、警備兵達の数は少ない。
正門を通る直前、俺は門衛の前で馬車のカーテンを開けた。
するとまだ若い門衛は、はっとした顔になり、緊張した様子で敬礼した。
「ご無事で何よりです! 和王様!」
「ああ、変わりはないか?」
「はい! 移住者たちは今日も多いですが、問題ありません!」
「そうか。いつもご苦労様。引き続き、頼むな」
「も、もったいないお言葉! 尽力いたします!」
かなり、所作がぎこちない。
そんなに緊張しなくてもいいのに、と俺は苦笑したが、それ以上は何も言わない。
肩の力を抜けと言って、できるものでもないし、むしろ余計に緊張するだろうからな。
馬車を進ませた。
俺の遠征に伴い、護衛兵もいくらかついてきている。
俺の馬車の前後にぴったりと並走している。
「和王のお通りだ。道を空けなさい」
厳とした言葉ではあるが、居丈高ではない。
警備主任である男が国民達に声をかけ、通路から離れるように指示をしていた。
ハイアス和国では国に仕える人間でも、高慢な態度にならないように教育を施している。
立場的に著しい上下関係を築けば、必ず問題が生まれる。
もちろん、警備という性質上、相手を威圧する必要はある
しかし立場を利用した、無意味な言動は罰則対象になっている。
時と場合にもよるので、あくまで姿勢の問題だが。
俺は視線を横に向ける。
窓からは街中の様子が広がっている。
国と言えるほどの見目ではない。
だが、人々の表情は明るく、亜人と人間の共存の兆しが見えている。
異人種同士で談笑し、時には熱く語り合う。
軋轢はまだある。
だが、それでも前に進んでいると実感出来た。
ふと、見知った顔が視界をよぎった。
あれは確か、皇都で会った女性。
荒くれ者に絡まれているところを俺が助けた人だ。
ふと、俺と目が合ったが、彼女は恐縮した様子で頭を垂れて、その姿勢から動かなくなった。
覚えてはいないらしい。
それでいいのだろう。
彼女はハイアス和国を出て、辛い日々を送っていたはずだ。
ならばその過去が失くなったのなら、彼女にとっては幸福なはずだ。
馬車が通ると、国民の一部はその場で足を止めて、跪いていた。
大名行列じゃあるまいし、俺が乗っている馬車が通る時はお辞儀をしろ、みたいな制度はない。
ただ国民には、王という立場に対して慇懃になるきらいはある。
それは仕方のないことで、必要でもある。
あまり好ましくはないが……。
慣れなくてはならないんだろうな。
俺は人々の様子を見ながら、別のことを考えた。
そして、小さくため息を漏らす。
「何か、悩み事でも?」
そう言ったのは、御者台に乗っていたハミルだった。
彼は御者の隣に座り、周囲を警戒している。
車内と御者台の間にある壁にはのぞき窓があり、そこからハミルは横顔を見せていた。
馬車内は俺一人だ。
一応、王様だからな。
「ああ、ちょっとな」
「そうですか」
会話は終わった。
終わるなよ、おい。
そこは、もっと突っ込んで聞くのがコミュニケーションでしょうが。
それが会話ってもんでしょうが。
しかしハミルはそんな俺の感情の機微なんて知らないとばかりに、正面に向き直ってしまった。
なので、俺はこれみよがしに嘆息した。
「はあ……」
大きめにした。
でも無視された。
そうか、あれだな。
車輪と馬の蹄の音がうるさくて聞こえなかったんだな。
よしよし、仕方ない奴だ。
「はーーーーーっ」
これでも駄目か。
だったら。
「はああああああああああっ!」
あ、なんか、漫画の主人公が力を込める時の掛け声みたいになってしまった。
しかし奏功したのか、ハミルが後方を一瞥した。
「なんですか?」
「……いや、ちょっとな」
「そうですか」
またしても正面に向き直ろうとしやがったので、俺は思わず矢継ぎ早に言う。
「いやいや、そこはもっと聞けよ。何があったんですか? 大丈夫ですか? とかさ」
今度はハミルが溜息を洩らした。
何だよ、その呆れたような顔は。
むしろ、蔑んでいるような目は。
「では聞きます。何かあったのですか?」
ハミルが仕方ないといった顔で言った。
俺もそう言われては仕方がないとばかりに、憂いを含んだ表情のままに小さく嘆息した。
「実は俺、今、恋してるんだ」
「そうですか、それは大変ですね」
会話は終わった。
ハミルは無言。
俺は思わず聞き返した。
「……それだけ?」
「それ以上、何を言えと?」
「いや、ほら、相手のこととか、事情を聞くとか」
ハミルは馬車の車輪の音も、馬の蹄の音も吹き飛ばすほどに、大きなため息を漏らした。
そして目を細めて、俺を見据える。
「莉依様のことでしょう?」
「え? あ、うん、そうです。ご存じだったんですね」
なぜか俺の方が敬語になってしまった。
だって、声が怒っているんですもの。
「それはそうです。和王が話す異性の話題は、ほとんどが莉依様関連です。
それに、ここ最近のあなたの行動を鑑みれば何となく察することができます。
莉依様の立場を考えれば、妃候補として国政に参加してもおかしくありません。
であるというのに、です。最近、莉依様と話してもいないですね」
「……うん、そうですね」
「それで、恋をしていると?」
「は、はい」
「莉依様とは相思相愛でしょう。誰が見てもそう思いますが」
呆れてはいるが、一応話は聞いてくれるらしい。
「は、話しても?」
「埒があかないので、聞くしかありませんし」
「え、えとだな、ほら、俺と莉依ちゃんって、その、お互いを意識して、思いを打ち明け合って、相思相愛になって、まあ、つまり、なんというか恋人関係になったんだけど。
それから数ヶ月は、色々あって一緒の時間があまり取れなくて」
ハミルは覚えていないが、ハイアス和国建国からの数ヶ月のことだ。
俺は王の仕事で忙しかったし、莉依ちゃんも医療の仕事で時間がなかった。
互いに会おうとしたりはしたが、なんというか、気恥ずかしさもあって、より距離を近づけることもできなかった。
年齢差もあるし、色々と問題があったという理由もある。
グリュシュナの世界的な倫理観としてはもう問題ないらしいけど。
俺は二十歳になるし、莉依ちゃんはもうすぐ十二歳だ。
俺と莉依ちゃんでは、一年の年齢差が加算されている。
みんなが殺されてしまってから一年分、空白があるからだ。
現代だと法的にも倫理的にも問題だらけだが、グリュシュナでは十二歳以上になれば婚姻関係は結べる。
だからといって、なら、いいよね! と簡単に考えられないけど。
転移してから約三年経っているわけだ。
かなり時間が経過してるんだな。
「で、それから一年以上、離れる期間があったわけだ。
……もう会えないと思っていたけど、それでも莉依ちゃんのことが忘れられなかった」
「詳しい事情は知りませんが、確か亡くなったのだと思っていたのでしたね」
ハミルの記憶には、俺達と過ごした日々はない。
だから、自分が死んでいたことも莉依ちゃんが死んでいたことも覚えていない。
「ああ。だけど俺は莉依ちゃんのことを忘れられなかった。
恋人らしいこともできず、突然離れ離れになって、想いだけは募った。
恋をしていたはずが、孤独になって愛情に変わったんだと思う」
それは執着とも言う。
恐らくは、恋を育む時間がぽっかり空いたことで、愛に到達してしまった。
離れた時間が長く、想いが強かった分、そうなってしまったんだと思う。
「けれど再会できた。ずっと会いたかったから色んな思いがくすぶってたんだろうな。
最初は嬉しくてしょうがなかったんだけどさ。落ち着いてきたら」
「好意が強すぎて、どうしていいかわからなくなった、と?」
「はい……」
「共に過ごすことが当たり前だったという思いは愛情に近い感情でしょうな。
それが、死別したと思っていた期間との落差から、異性として強く意識してしまった。
つまり、恋をして、恋が熟す前に愛に変わり、再会して再び恋をしている、と」
「そ、そう。すごいな、ハミル。よくわかったな」
「こう見えて、それなりの経験はしておりますので。ただ、稀有な例ではありますな。
初恋相手と再会して再び燃え上がる、という一過性のものに近しくはありますが。
王と莉依様との関係性はかなり純粋で一途ですし」
ハミルはうんうん、と何度もうなずいた。
「もしかして、褒めてる?」
「いえ、ぶっ飛ばしたいです」
真顔で言うものだから、余計に怖い。
「あれほど健気で優しい女性はいないでしょう。
見た目も可憐です。やや幼いままですが、むしろそこは和王にとっては利点でしょう」
それはバッドステータスがあるからしょうがない。
そう、しょうがないんだ。
神がいなくなっても、俺達の能力は元の世界で得た、或いは俺たち自身が持っていたモノだ。
なくなることはない、はずだ。
俺、個人としてはその部分は、なくならないで欲しいね。
あ、でも、莉依ちゃんがイヤならなくなって欲しいけどな。
莉依ちゃんがどんな姿でも、俺の愛情は変わらないからな。
愛情とか自分で言うと、なんか頭を掻きむしりたくなるな。
「彼女に執心する信者もいるくらいですし」
「うん、俺も信徒だし」
「知ってます。知りたくなかったですが」
あっけからんと言った俺に対し、ハミルは頭を抱えた。
何が問題なのかわからない。
当たり前のことだろうに。
好きな相手のことを敬愛することは当然の感情だと思うんだけど、違うんだろうか。
「とにかく、あれだけ素敵な女性です。
さっさと結婚して、さっさと子宝に恵まれて、幸せな家庭を築いて、その上で国を運営して、国民も幸福に導いて下さい。以上」
ハミルはぴしゃりと言ったが、首肯はできなかった。
「いや、だから、その、恋をしてるって言ったよな?」
「はあ、だからなんですか?」
「ほら、なんか、恥ずかしいじゃないか。面と向かって話すのが」
「思春期の少年ですか、あなたは」
俺は、何も言い返せなかった。
「あなた、ずっと莉依様と話していたんでしょう。むしろイチャイチャしてたんでしょう」
「言うな! 思い返すと恥ずかしくなってくる!」
「……だから今回の遠征も、普段も、あまり莉依様と会わないわけですか」
「避けているわけじゃなくて、ものすごく緊張するんだよ。
すごく好きな娘を相手にすると、普通にできないというか。
だから話も早めに打ち切ってしまうというか、逃げてしまうというか」
「……ああ、これが我が国の王なんて思いたくない」
ハミルは嘆いた。むしろ慟哭しそうな勢いだったが、何とか思いとどまったらしい。
俺も情けないとは思う。
けどさ、ずっと離れ離れでいて、心の底から好きだって自覚したらこうなってたんだ。
多分、俺は怖いんだ。
みんなが死んで、莉依ちゃんと離れて、もう会えないと思った。
実際、ずっと離れていた。
その時間があまりに辛かったから、また失うんじゃないかと思ってしまう。
それなら一緒に時間を過ごせばいいと思うんだけど。
加えて、好きという感情が強すぎて、まともに対応できないんだろう。
子供だということは理解してる。
けど、本当に好きなんだ。
だから、平静を保てない。
俺は恋をしてる。
今、莉依ちゃんに、本当の意味で恋をしているんだと思う。
今までは家族に近いような愛情だったと思う。
もちろん、異性として見てもいた。
けど、純粋な感情ではなかったのかもしれない。
結局は言い訳で、莉依ちゃんに不愉快な思いをさせているのかもしれない。
「降りてください」
突拍子もなく、ハミルが言った。
俺は首を傾げる。
「は?」
「今すぐ降りて。ほら、早く」
おいおい、いくらなんでもそれはないんじゃないの?
俺は一応王様よ?
この国のトップ。キング。わかる?
なのに、そんなぞんざいな扱いして良いと思ってる?
俺はさすがにこれは説教しなくてはならないと思い、前傾姿勢になった。
「早くしてください」
冷淡な声音だった。
有無を言わさない圧力があった。
確かに、俺はハミルに負担をかけてきた。
頻繁に仕事をサボったり、指示を適当にしたり、面倒な時はハミルに聞いて、ハミルに言ってと責任を転嫁した。
ごめんね!
だが、俺には王としての威厳を保つ義務がある。
ここはゆずれない!
「…………はい、すみません」
まあ、ゆずるよね。
後が怖いからね。
ハミルがいないと、仕事回らないからね。
むしろ多分、国が潰れるから。
ここは素直に従おうね、うん。
俺は渋々、馬車から降りた。
「あ」
「あ」
と、目の前にいた少女と目が合った。
腰まで伸ばした黒髪は艶があり、手入れが行き届いている。
ぷっくりと膨らんだ頬は僅かに桜色に染まっている。
小柄で華奢。
しかし女性独特の丸みを帯びた部位もあり、少女から女性への成長の片りんが見える。
整った顔、長い睫毛、透き通った瞳、柔らかそうな唇。
俺を見ながら、何度も瞬きする仕草。
そのどれもが愛おしい。
遠枝莉依。俺の恋人だ。
「り、莉依ちゃん」
「虎次さん」
ニコッと嬉しそうに笑う莉依ちゃん。
その顔を見るだけで、俺の心臓は跳ね上がる。
なんだこれ。
なんでこんなに動悸が激しくなるんだ。
頭が沸騰してまともな思考ができない。
死線を乗り越えた時も、転移した時も、どんな時でも、これほどに動揺したことはない。
俺は目を泳がせてしまった。
おかげで気まずい空気が漂い始める。
莉依ちゃんも、戸惑っている様子だった。
何か話すべきだとは思うのに、うまく言葉が浮かばない。
本当、何してるんだ俺は。
ハミルの言う通り、思春期の男そのものだ。
俺のせいで、莉依ちゃんを傷つけている。
そう思ってしまい、余計に焦って頭が真っ白になる。
「あの、六国間会議はどうでしたか?」
「え? あ、ああ、うん、滞りなく終わったよ。後で国民の皆にも知らせる」
「そうですか、よかった……これで、やっと安心できますね」
「そうだね」
会話終了である。
せっかく莉依ちゃんが話題を振ってくれたのに、俺がまともに返答できていない。
「あ、あの、虎次さん」
「な、なにかな?」
莉依ちゃんは視線を落としながら呟くように言った。
「私、何かしたんでしょうか……?」
「え?」
俺は言葉の意味がわからず、咄嗟に聞き返してしまう。
「最近、虎次さん、私を避けているみたいに思ったので……何かしちゃったのかな、って」
「そ、そんなことないよ。莉依ちゃんには非はないから。微塵もないから!」
「じゃあ……その、どうして今までみたいに話してくれないんですか?
私……もっと、虎次さんと話したいのに。一緒に、いたいのに……」
莉依ちゃんの素直な言葉に、胸が痛んだ。
俺は、俺だけのことを考えて、身勝手な行動をしていた。
最低だ、俺は。
こんなに莉依ちゃんを追い詰めていたなんて。
否定しても理由を話さないといけない。
でも、ハミルに話したように話して、莉依ちゃんは納得してくれるんだろうか。
呆れられないだろうか。
いや、莉依ちゃんはそんな娘じゃない。
受け入れてくれる。
そう思い、俺は口を開こうとした。
「ん? クサカベじゃねぇか」
「あ! 王様と莉依ちゃん!」
声に振り向くと、そこにいたのはディッツと妹のリアラちゃんだった。
ディッツは、現ハイアス和国の警備局長だ。
本来なら、俺の遠征に警備局長であるディッツが同行することは普通だ。
だが、全国王の不在を狙う可能性もあったため、ディッツには国に残って警備の主導を頼んだわけだ。
どうしてもハミルは俺と同行して会議に出席しないといけなかったため、国の留守を任せた。
遠征中、結構な警備兵が同行してくれたのでこちらも問題はなかった。
ディッツは相変わらずの大斧に重鎧姿で無骨で厳めしい顔つき。
しかし、妹と一緒だからかいつもよりも表情が穏やかだった。
ディッツの隣ではリアラちゃんが嬉しそうに笑っていた。
色白で莉依ちゃんよりも華奢だが、莉依ちゃんとは違ってリアラちゃんは成長している。
莉依ちゃんと同じくらいの身長だったのが、この一年で成長していた。
「会議はどうだったんだ?」
「ああ、問題なく終わった」
「そうか。そりゃよかった。
ま、正式な調停は今回だったけどよ、事実上、締結していたみたいなもんだしな」
その理由もあって、比較的緩い体制だったというわけだ。
ただ、他国はかなり警戒していたが。
俺の場合、ほぼ死なないからな……。
またみんなを失いたくないという思いから、自国の警備を優先して貰ったという理由もある。
「リアラちゃん、こんにちは」
「こんにちは、王様」
「具合はいいのかな?」
「はい、最近は調子が良くて。外を歩くくらいなら大丈夫です」
「そうか、それはよかった」
ニコニコと笑うリアラちゃんは年相応に可愛げがある。
莉依ちゃんとは違って幼い印象が強い。
莉依ちゃんは、かなりしっかりしているし、時折俺よりも年上に思えるくらいだ。
そんな彼女に甘えてばかりではいけない、そう思っていたが、莉依ちゃんは頼って欲しいと思っているらしかった。
今は……そういう状況でもないのだけど。
俺はちらっと莉依ちゃんを横目で見た。
大事な会話の最中に、二人と遭遇したのだが、莉依ちゃんはそんな様子をおくびにも出していない。
「で? 王様と、次期王妃様が何してんだ、こんなところで」
「お、王妃様……」
莉依ちゃんが顔を真っ赤にして俯いてしまう。
おい、なぜ今、そういうことを言うんだこいつは。
言葉に出せず、俺はディッツを睨みつける。
しかし、状況がわからないディッツは眉根を寄せるだけだった。
誰が悪いわけでもない。悪いのが誰なのかと言えば、俺だけだ。
だから何も言えず、俺は感情を抑制した。
「ちょっと莉依ちゃんと話をしてただけだ」
「ふーん、まあ、恋人同士ならそれくらい当然か」
そうだけど! そうだけど、今はそういうことは言わないでくれ!
事実だが、恋人という言葉を受けて、莉依ちゃんは耳まで赤くした。
たまにこういうことを言われることもあったが、莉依ちゃんに慣れる様子はない。
俺は、最近までは平気だったんだけどな、意識し始めてからは莉依ちゃんと同じような心情になっている。
かなり恥ずかしい。
「二人とも、どうしたんだ? 顔が赤いぞ」
ディッツ! 空気読めよ!
状況わからなくても、なんとなく気まずいな、とか察しろよ!
そんな時、リアラちゃんがディッツの腕を引っ張った。
「なんだ?」
「お兄ちゃん、私達はそろそろ行こ?」
無神経な兄とは違い、妹は機微を察することできたらしい。
「ん? なんでだ?」
「いいから! 早く! 王様、莉依ちゃん、またね」
「そ、そうか。じゃあ、悪いな、またな」
「あ、ああ、また」
リアラちゃんにグイグイと手を引っ張られるディッツ。
俺と莉依ちゃんはそんな二人の背中を見つめることしかできなかった。
再び、二人。
周囲は活気で賑わっている。
行き交う人達の中、時折、俺と莉依ちゃんの存在に気づく人がいる。
だが、空気を察してか素通りしていく。
俺と莉依ちゃんは見つめ合った。
なぜか、その時は気恥ずかしさはなかった。
莉依ちゃんの澄んだ瞳に、吸い込まれそうになる。
俺は自然と、口を開いた。
「今日の夜、時間あるかな?」
「よ、夜、ですか」
莉依ちゃんはなぜか過剰な程に動揺している。
「うん、だめかな」
「い、い、いい、いつでも大丈夫です。と、虎次さんとの約束なら」
喉の奥がきゅっと締まるような感覚が生まれた。
こんな言葉を言われて、嬉しくならないはずがない。
俺は平静さを保とう必死になる。
やがて。
「それじゃ、俺の部屋に」
「……はい。ぜ、絶対に行きます」
そう言葉を交わして。
「じゃあ」
「また後で」
簡単な別れの挨拶を最後に、俺達は別れた。




