突然の訪問者 1
戦場の異常を察知した俺は、瞬時にその場から移動した。
『あ、クサカベ!』
リーシュの声が鼓膜に残響する中、俺は港へ降り立った。
「な、なんだ!?」
「空から人間が!?」
「お、王様!?」
「どうしてここへ」
味方も敵も、驚愕し手を止めていた。
俺を注視している連中に向かい叫ぶ。
「剣を納めろ!
これ以上、暴挙を続けると言うならば、ハイアス和国和王の俺が容赦しない」
カンツもラカも目を見開き俺を見ていたが、やがて顔を引き締める。
沈黙が訪れたが、その数秒後に、高らかに笑う何者かがいた。
「馬鹿が! ここまで来てやめるわけがねぇだろうがよぉ!」
海賊の頭領、のようだ。
偉そうにふんぞり返り、男は俺の前に立った。
俺よりも大柄で、明確な体格差があった。
「従うつもりはないんだな?」
「あったりまえだろうが、降伏するならまだしも、剣を納めろ? 容赦しない?
馬鹿にすんじゃねぇよ、てめぇみたいな優男、片手で」
男が言い切る前に、俺は腕を振った。
それだけで、海が二つに割れる。
左右に別れた水面が戻ると同時に津波を促し、港上の人間の足元を濡らした。
俺以外の全員が、水に足をとられ転倒するか、バランスを崩していた。
今度は俺が全員を見下ろす。
沈黙が訪れる。
その中で、俺は再び口を開く。
「最後通告だ。次はない。さっさと失せなければ、殺す」
抑揚のない俺の声音を受け、頭領達は一瞬で身震いし、顔を見合わせた。
そして。
「お、覚えてろよ!」
小物じみた捨て台詞と共に船へと乗り込み逃げて行った。
俺はカンツとラカに振り返る。
「……今更、のこのこ現れてどうしたってんだ」
「何か、あったのか?」
「少し問題がな。おまえ達はここの片づけをしてくれ。
死者は出ていないはずだけど、傷の手当は莉依ちゃんのところへ」
「あ、ああ、わかってっけど」
「わかっている、任せておけ」
「頼んだぞ」
俺は地を蹴り、再び西門前に戻った。
空中でリーシュが俺の近くに出現する。
『君にも感じたんだね』
「ああ、あれは……」
言葉にすることは難しい。
直感的なもの。
あの三つの影。その中の二つには見覚えがあった。
だが中央にいた人物。
見たことがない人間だったが。
他の二人よりも異常な程に気になった。
リーシュの姿は誰にも見えない。
リーシュは俺に追従し続けた。
そして俺は風と共に西門前に着地した。
港の状況と同様に、全員が俺を注視する。
違った部分は一つ。
山賊の頭領らしき男が、俺へ視線が集まった瞬間、逃亡した。
「ひゃあああああ! 逃げっぞ、逃げっぞおおおっ!」
何人かの山賊と共に走り始めた。
なんということか、逃げ足が異常に速い。
「に、逃げたぞ!」
ディッツが叫んだ。
戦争は勝利で終わる間際だった。
だが頭領である男を逃がせば、完全な勝利とは言えない。
「追わなくていい」
しかし、俺はディッツ達を制止した。
「なぜだ? もうすぐで終わるはずだったのに、また襲ってくるかもしれねぇ」
「そんな暇はなくなった」
「それは、どういう」
俺の視線の先には三つの影。
ディッツ達も気づいていたはずだ。
だが、どういう存在かは理解していないだろう。
俺も正確にはわからない。
だが、確信している。
「全員、防壁内へ入れ! 怪我人は医療局のところへ。遺体の回収は後にしろ!」
「ふ、ふざけんな! 突然やってきて、今更偉そうに」
ケインが食って掛かってきた。
親友を殺し気が立っているらしい。
いや、俺に対して、元々悪感情を抱いていたのだ。
しかしそんな幼稚な感情に付き合う暇はない。
「下がれ」
温和な声音ではなかった。
俺は厳とした声でケインを睥睨する。
ケインは後ずさりし、グッと拳を握ったが、身体は震えていた。
「おい、下がるぞ。王の命令だ」
「くっ、わ、わかりましたよ」
ディッツと共にケインと、自軍の連中は正門を通り防壁内へと戻って行った。
残ったのは俺と、リーシュだけだ。
『感じるかい? この気配』
「ああ……これは」
『うん、間違いない』
俺とリーシュの正面にそいつらは徐々に近づいてきた。
三人。
一人は小倉凛奈。オーガス勇国勇者の一人で、俺と一緒に異世界へ転移した女生徒。
一人はカタリナ。オーガス勇国勇者と共に俺と戦った一人。
そして、その間にいる男。
ディッツと同じくらいの巨躯で、鍛え上げられた肉体は筋肉で隆起している。
自信満々と言った感じで薄く笑っている。
和風に近い服で、身軽な軽装。
装飾品の類はなく、雰囲気も違和感はない。
ただの男にも見える。
だが、俺には分かった。
あれは。
普通の人間ではない。
男達が俺の目の前に移動し、止まった。
「やあ」
「……ああ」
戦場だった場所で爽快な笑顔を浮かべる男は、手を上げて軽い調子で挨拶をした。
足元には死体や血の跡があるのに、だ。
俺は左右の女達を見たが、彼女達は地面に視線を落としたままだった。
「カタリナとリンナ、知っているんだろ?」
「ああ、知ってる」
「うんうん、聞いてる。君と戦ったんだってね。こちらの完敗だったみたいだけど」
「あんたは……?」
「俺? オーガス勇国勇王、ロメル・オーガス」
「勇王、だと?」
オーガスの王。オーガスの統治者、絶対的権力者。
確かに男の醸し出す空気はまともではなかった。
この場に誰かいようものならば、立っていられないだろう程に。
俺は咄嗟に、いつも通りアナライズを使用した。
が。
――見えない?
今までこんなことはなかった。
邪神であるリーシュでさえ、ステータスが現れたのに。
この男のステータスが出てこない。
表示自体がないのだ。
俺は動揺を表に出さないようにしながら、必死で平静を保とうとした。
こいつはなんなんだ。
『どうやら本物みたいだけど』
リーシュが俺の耳打ちする。
「そう、本物さ」
そしてロメルが相槌を打った。
そう、リーシュの言葉に、反応したのだ。
俺とリーシュは同時に驚き、顔に感情を出してしまう。
虚を突かれたせいだったが、ロメルはくくく、と楽しげに笑った。
「何、おかしなことじゃないさ」
「どういうことだ?」
「ま、いいじゃない、それはさ。で、気になるんだろ? 俺達がなぜここにいるのか」
ロメルは俺の心を読んだかのように、余裕のある態度で言った。
気に入らない。
まるで何でもわかるといったような態度が。
だが、実際気にもなっていた。
俺が沈黙したことを、肯定だと受け取ったようでロメルは話を続ける。
「聞いたよ、先日、ケセルと同盟を組んだらしいね。
それを小耳に挟んでね、俺達も訪問したってわけさ」
「それとオーガスの王が訪れることに関係があるのか?」
「便乗しようってんじゃないんだ。
ただ、ケセルの王が訪れたんだなら、俺達にも権利はあるんじゃないかと思ってね。
俺は君に興味があるんだ。
一人でオーガス軍5000と勇者一行を退けた君にね。
驚きだ。人間業じゃない。勇者でも無理だ、普通の勇者なら」
何かを知っている。そういう口調だった。
「何が言いたい?」
「逃げ帰ってきた兵士は皆殺しにしたよ」
事もなげに言い放った。簡単に自国の人間を殺したと言い放った。
あまりに淡々としていたので、俺は何の話か理解出来なかったほどだ。
だが、ロメルの言葉を反芻するとようやく受け入れられる。
この男。
イカれている。
「勇者はさ、希少だし。まあ、チョウフ君が死んじゃったからさ。
今回は許してあげたんだ。断腸の思いでね。
けれどさ、サリは一人で逃げちゃってさ。
別にお仕置きをするつもりはなかったんだけど。
許されるかどうかって前に姿を消したんだ。
もしかしたら復讐のために君の下へ行っているかと思ったんだけど。
来てないみたいだね」
「それが、おまえがここにいる理由にはならないように思えるんだけどな。
それとも江古田を追ってきたのか?」
「まさか。あんな女一人のために俺が動くわけがないじゃない。関係ないよ。
一応の報告さ。教えてあげただけ。気にはなるでしょ?
自分が殺した相手の仲間達がどういう状況になっているのかさ」
下卑た考えに、俺は吐き気を催す。
これがオーガスの勇王なのか。
まるで人間の心がない。
こんな王の下で生きているオーガス国民は一体、どういう思いなのか。
「さて、それはいいんだ。俺はね、君に会いに来た」
「俺に?」
「そう。君にね。俺は勇王って名前通り、勇敢な男が好きだ。
強い男が好きだ。自分が一番強いとは思っているよ。
けれど、強すぎるが故に、誰も俺とまともに戦えないんだ。
だからさ、戦ってくれないかな。俺と、さ」
「それは、お互いの国を賭けてってことか」
「え? ああ、そっか。うん、それでいいよ。勝った方が国を譲る。
うん、いいね。その方が面白そうだ。それでいこう」
――なんだこの男。簡単に、自国を賭けるだと?
何を考えている? 何も考えていないのか?
だがこの状況、俺には選択肢がないようだ。
もし断っても、勇王の行動一つで俺は対応を迫られる。
俺以外では、この男を倒せないだろう。
「オーガスは強い者が王になるんだ。簡単な構造でね。
残念ながら俺よりも強い人間はいなかった。だから俺が勇王。
わかりやすくていいけど、つまらなくてね。
国内中で強者を集めてもすぐに殺しちゃうんだ。
他国から集めても、驚くほどに弱くてね。もう本当、弱すぎ。退屈でしょうがないんだ。
そこで君の話を聞いた。興奮したよ。今も興奮してしょうがないんだ」
「……その二人は?」
「付き添いというか、君が死ぬところを見たいんだって」
小倉とカタリナは俺を半眼で見ていた。
感情が薄い。
なんだ、この気持ち悪さは。
「さて、話はもういいよね。我慢も限界なんだ。やろうよ」
ロメルが構えた。
皮肉にも、ロメルも俺と同じように拳を扱うらしい。
武器を持たず手甲だけ。
俺も、油断なく構え、姿勢を低くする。
左右の二人はロメルから離れた。
遥か彼方、米粒ほどになるまで距離をとったのだ。
この男、それほどの力量があるらしい。
「一回でも死んだ方が負け、いいね」
「……おまえ、知って」
「さあ、行くよ」
突然の開戦、心の準備ができているとは思えなかったがそれでも背後には守るべきものがある。
逃げるつもりはない。
俺はグッと拳を握る。
いつでもこい。
そう思った瞬間、ロメルは疾走した。




