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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
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コミック二巻発売記念 仲間の徒労 後編

 部室に向かう足取りが重い。翌日、授業を終えたオレはのろのろとサークル棟へ向かっていた。


 この任務きっついなぁ……。


 隊長が冴草を狙っている! と決めてかかっている吉岡先輩は、ギャルゲー好きの魔法少女オタクで全財産を二次元女子に捧げていると言っても過言ではない人なのだ。だから隊長の懸念は無用な心配な気がしてならない。


 部室の前に辿りついて、がらりと部室の扉を開けると先輩がスマホ片手に何やら集中している所だった。スマホからは「プレゼントありがとう!」と美少女ボイスが聞こえてくる……。今日も順調に貢いでいるようだ。


 いっそ先輩がここにいなければ「会えなかったから」と隊長に言い訳も出来たのに……。

 天は隊長の味方をしているようだ。


 オレが近づいても気付く様子がない先輩に「ちわっす」と声を掛けると先輩は顔を上げずに答えた。


「仲島か、今いい所だからちょっと待て」

「はい……」

 欲望に忠実な所はオタクとして長所と言えよう。オレは先輩の缶バッチだらけの鞄を横目に椅子に座った。リュックから『天アタ』の最新刊を出して読んでいるとゲームが一段落した先輩につんつんと頬を人差し指で指された。


「お待たせ♡」

 と待ち合わせに遅れた彼女ぶる先輩にオレは無言で眉を顰めた。


「え~何、その反応。これ結構女子にはウケがいいんだけど」

 こんなウザい先輩だが、漫研に相応しくないことに顔がいい。ダークブラウンに染めた髪に優し気な顔立ちで美形度としては隊長には及ばないが一般的に整った顔立ちだろう。だからこそふざけたマネをしても女子達に許されている。


「先輩はその顔に生んでくれた両親に感謝するべきですよ」

「え、何々褒めてくれてんの! ありがとな、仲島」

「褒めてません」

「仲島はツンデレだなぁ。そんなとこ、嫌いじゃないぞ☆」

 金欠で困ってると零したらバイトを紹介してくれたし、悪い人ではないんだけど……この絡み方、正直言って苦手だったりする。さっさと要件だけ済ませて部室から立ち去りたい。


「そ、そういうのは先輩の彼女とかに言って下さいよ。ハハハ……」

 先輩に恋人がいれば隊長の心配も払拭されるかもしれない。オレは根性を振り絞って先輩のからかいに応えた。


「え~俺のミコトちゃんは照れ屋だからなぁ」

 ミコトちゃんとは先輩の好きな漫画の推しキャラだ。黒髪眼鏡のミコトちゃんを思い浮かべて先輩はにやにやと笑っている。ある意味予想を裏切らない答えだが痺れを切らしたオレは単刀直入に聞いた。


「リアルにはいないんすか!」

「何だ、仲島。俺に興味津々だな。俺に彼女がいるかそんなに知りたいのか?」

 イラッとする聞き方だ。でもこうなったらもう開きなおるしかない。


「はい……」

「今はフリーだよ。気になるコはいるけど。お前もTS転生してくれたらイイ線いってるんだけどなぁ。ごめんな、仲島」


「何でオレがフラれる形になってるんすか!! 冗談も程ほどにして下さい!」

「あ、そうなの? いや、お前が真剣に聞いてくるから真面目に答えた方がいいと思って」

 さっきのあれで真面目なつもりだったのか……。


「つーか、今の感じだと仲島自身が俺の彼女の有無を知りたい訳じゃないんだよな? 誰かに聞いてこいって言われたのか」

 先輩の鋭い指摘にぎくりとする。その相手が冴草の兄貴だとは言えない。質問に答えられず戸惑うオレに先輩は顔に喜びを滲ませた。


 ――何故に? と疑問に思っていると、


「もしかしてその相手ってさ……冴草さんだったりする?」

 先輩が期待を滲ませた声で尋ねてきた。


 兄貴の方じゃなくて、そっちかぁー!!


「俺に彼女がいるのか知りたいなんて、普通に考えれば相手は女子で、仲島と一番親しい女子は冴草さんだ。お前は冴草さんと付き合ってないって言ってたしな。冴草さんに俺のこと、相談されたんじゃないか? いい推理だろ」

 にやっと得意げに自意識過剰な推理を披露する先輩にオレは気の毒過ぎて思わず目を逸らしてしまった。


「もうわかってるだろうけどさっき言ってた気になるコって冴草さんのことなんだよ。仲島協力してくんない?」

 最悪な展開だ……。

 まさか隊長の予想が的中した上に隊長に頼まれたことと真逆のことを先輩にお願いされるとは。


「せ、先輩、冴草のことはやめといた方がいいと思いますよ」

 何てったって冴草の前にはラスボスクラスの最強のボディーガードが待ち構えている。


「協力出来ないって……やっぱりお前、本当は冴草さんのことが好きなんじゃないか?」

「オレはマジでそういう気はないんで! それにほら、先輩なら余裕でもっと可愛い女子捕まえられますし!」

「ん? 冴草さんって普通に可愛いじゃん、胸デカいし。ちょっと泣かせたくなる感じが俺、めっちゃタイプ」


 うわぁ、どこかの大魔神が聞いたら怒り出すこと間違い無しなゲス発言が飛び出してきたぞ……。

 これは本気で警戒すべき人物だ。万が一、TS転生したとしても絶対に近づきたくない。


 今こそ隊長から送られてきた最強兵器の出番だろう。先輩に例のラブラブ写真を見せつけて諦めて貰おう。

 そうしてオレがスマホをポケットから取り出した瞬間、部室の扉が開いた。


「こんちはー! 一番乗りかと思ったら先輩と仲島もう来とったんですね」

 元気よく扉を開けたのは同級生の部員の安藤で、その隣に冴草が立っていた。

 流石に冴草の前であの写真を先輩には見せられず、オレは咄嗟にスマホを引っ込めた。


「さ、冴草さん、今の話聞いてた?」

 先輩が恐る恐る冴草の顔を窺いながら尋ねている。確かにさっきの発言を本人に聞かれたら先輩的にはかなりの痛手だろう。


「今の話ですか? すみません、さっき何か私に話掛けてくれてましたか?」

「いや、聞こえなかったらいいんだ」

 先輩はほっとした顔で隣の椅子を引いた。「ありがとうございます!」とそこに安藤がにこりと笑って座り、オレと安藤が先輩を挟んで座る形になる。


 本当は冴草に隣に座って欲しかったんだろうけど……先輩はめげずに冴草に声を掛けた。


「実はさっき、来週に俺と仲島と安藤さんと冴草さんの四人でどっかに出掛けたいなぁって仲島と話してて、ちょうど二人が来たから驚いてたんだよ」


 そんなの一言も話してねー!!


 この人、無理矢理オレも巻き込んでダブルデートっぽい流れに持っていくつもりだ!

 誰がその話に乗ってやるものか。


 オレがすぐさま反論しようとすると先に冴草が口を開いた。


「来週は、安藤さんとオンリーに行くので……」

「それって日曜日だろ? なら土曜日に行こう」

 粘る先輩に対して、安藤が話に割って入る。


「先輩、翌日にオンリーを控える私達に無茶言わんといて下さいよ」

「じゃあ今週行こっか、暖かくなってきたし海とか良くない? 俺さ、この前灯台と夕日が綺麗に見える絶好のスポットを見付けたんだよね」

 灯台、と聞いた瞬間、脳裏に一枚の画像が浮かんだ。もしや……と思っていると冴草がスマホを出して先輩に白亜の灯台とオレンジ色の夕日が映った写真を見せた。


「もしかして、ここじゃないですか?」

「そうそう! って冴草さん行ったことあるんだ」

「あ、はい、先月に行ったばかりで。幸せの鐘も鳴らしてきました」

 と少し顔を赤くして答える冴草にオレは察した。

 隊長と行ったんだな……と。


「あぁ、あの鐘、カンカン鳴ってたね! 俺はバイクでイベント帰りにそこを通ったんだけど思いの他カップルだらけで驚いたよ。あの空気は居たたまれなかったなぁ」

「そ、そうですね。私も居たたまれない思いをしました」

 隊長から送られてきた写真は顔だけじゃなく全身が映ってたから他人に頼んで撮って貰ったのだろう。だとしたら隊長に抱き着かれた冴草は周囲から注目を浴びて居たたまれない思いをしたに違いない。


「そっか、もう行ったことあるなら別の場所がいっか。スイーツバイキングとかどう?」

 いかにも女子受けしそうな場所だ。冴草が先輩の口車に乗せられる前に断ってやると意気込んでいると安藤が冴草に話しかけた。


「でも悠子ちゃん今度、京桜ホテルのスイーツバイキングに行くって言っとったよね?」

 安藤の言葉に冴草が頷く。安藤、ナイスフォローだ!


「うん、二ヶ月前に予約入れてくれててやっと行けるんだ。しかも抹茶フェア! 全種類制覇するよ。行ったら安藤さんにも写真見せるね」

 嬉しそうな顔をする冴草に先輩もこれ以上強く出れず悔しそうにしている。


 冴草の好きな抹茶フェアを狙ってそんな前から予約する人間って……隊長しかいないだろ。

 先輩を近づかせる隙を与えない隊長の手腕に感心していたら冴草のスマホがピピピと鳴った。


 冴草が電話に出ると「え、和泉さん、今日でしたっけ!?」と驚嘆している。

 どこかから見張ってるんじゃと思うようなタイミングの電話にオレは息を呑む。

 どういう勘をしてるんだ、あの人は。


「帰国の予定が早まったって……そのメッセージ私まだ見てないです。急いで帰りますね! い、いいです、仕事で疲れてますよね? 迎えには来なくていいですから!」

 冴草は通話を切ると鞄を肩に掛けて「お父さんを空港まで出迎えに行くから今日はもう帰るね」と腕時計を見て椅子から立ち上がった。

 どこかで見たことのある腕時計だと思えば、昨日隊長がつけてたのより一回り小さいが同じデザインの物だった。冴草に腕時計をプレゼントするとか、隊長の心が透けて見える。


「うん、また明日ね~、悠子ちゃん」

「慌てて帰って転ぶなよ」

「気をつけてね、冴草さん」

 安藤とオレと先輩が手を振って見送ると冴草も小さく手を振って部室を出て行った。






 そして、扉が閉まって数秒の沈黙が流れた後、先輩は項垂れた。 


「……ちょっとは二人とも協力してくれても良くない?」

「先輩、諦めも肝心ですよ」

「私も仲島に一票。どの口が言ってるんですか。悠子ちゃんに『胸デカいし』とか聞かれとったら先輩の無神経な言葉のせいで悠子ちゃんが部活来るのやめちゃう可能性だってあったんですよ! 田舎から出てきて友達に飢えてる私の癒やしの悠子ちゃんを……もしそうなったら恨みますよ、先輩」

 さりげなく安藤も援護射撃してくれてると思ったら安藤は先輩の失言を聞いていたらしい。


「冴草さん、ガード固いから味方が欲しかったのにケチ!」

 オレと安藤相手じゃまったく効き目がないというのにご自慢の顔を武器に可愛いこぶるとは、懲りない人だ。


「はぁ……でも気になるなぁ。さっき冴草さんに電話くれたイズミさんって親戚のお姉さんとかかな。迎えに来るならちょっと見てみたかったって思ったの俺だけ?」

 お姉さんと言われてオレはブッと吹き出した。名前だけなら女性と勘違いされてもおかしくないのだが、その正体を知っているオレには耐えられなかった。


 ちらりと安藤を見てみれば安藤も肩を震わして俯いている。安藤も「イズミさん」が誰か知っているようだ。


「見るも何もオレはその人と会ったことありますしね」

「私は悠子ちゃんに写真を見せて貰いました。すっごい美人さんですよ!」

「え、二人共ズルくない?」

 先輩は美人のイズミさんに会ってみたい素振りを見せるが、自分の身が可愛いならやめた方がいいだろう。オレは、被害を最小限にとどめておけるように一言忠告しておくことにした。


「先輩は会わない方がいいと思います。後悔しますから」

「会ったら後悔するレベルって……! どれだけ破壊力のある美人なんだよ」

「先輩なら――物理的に打ちのめされるレベルですね」

 オレの答えに安藤がとうとう笑い声を上げた。

 冴草を口説こうとする先輩が隊長に蹴散らされる姿が容易に想像できてしまう。




 ――如何(いかん)せん、先輩は惚れた相手が悪かった。

 相手が普通の女子なら勝率は高かっただろうが冴草に挑むには高すぎるハードルを越えなければならない。隊長がシスコンなのは言わずもがなだが、冴草もなんだかんだでブラコンなのだ。


 しょっちゅう隊長と二人で出掛けてるし、二人で旅行も行く位だ。フラバタの聖地で冴草と隊長に会った時はマジでびっくりした。目的地が聖地でもリア充の兄貴に誘われたら普通断るだろ……。


 極めつけには堂々と揃いの腕時計をしてる始末。同じ時を過ごしたいって二人で宣言しているようなものだ。

 そこに誰が割り込めると……?


 ――まったくもってとんだ茶番である。

 

 結局、オレは散々振り回されて挙句、こうして自分の必死の努力が徒労に過ぎないのだと思い知るのだ。


「でもまぁ、今回は結果オーライか」

 冴草から先輩を遠ざけたことには変わりはない。任務放棄とは見なされない筈だ。隊長にはそれで満足して貰おう。


「おい、何も良くないぞ。仲島」

「しつこい男は嫌われますよ、先輩」

 安藤の指摘に先輩は「大丈夫だ、脈はあるから!」と根拠のない自信を漲らせている。


 冴草は厄介な男に好かれるなぁ……何か引き寄せるものでもあるのだろうか。


 オレは冴草に同情しつつ、机に置いた新刊に再び手を伸ばすのだった。



















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