1話
どうして言葉はこうも簡単に人を傷つけるのか。
私の声は誰かを傷つけてしまうのだろうか。
セレフィアは窓辺から見える星降りの湖に独り言を呟いた。
「今日もまた、怒らせちゃった。」
小さな溜め息を漏らす。
「どうしていつもこうなんだろう……」
湖を見つめるセレフィアの脳裏に昼間の少年の言葉が蘇る。
セレフィアは村にある小さな市場に来て夕食の食材を探していた。
市場に着くと子供たちの笑い声、大人達の談笑、遠くからは酔っぱらいの喧嘩の声も聞こえる。
いつもより少し賑やかだなぁ。
そう思っているセレフィアの耳に聞き馴染みのある声が届く。
「セレフィア、今日も新鮮な野菜が揃ってるよ!」
八百屋の店主の声に思わず笑みがこぼれた。
「わぁ、美味しそうな人参!これ頂戴!」
店主は慣れた手つきで野菜を選び袋に詰めてくれた。
「はいよ、今日のは特別甘いぞー」
お金を手渡すと店主は満足そうに笑った。
「また買いにきてくれよ!」
「うん!」
嬉しそうに手を振り見送ってくれた店主に手を振り返し、美味しそうな人参も手に入ったし、今日はカレーにしようかなぁ、と嬉しさでセレフィアの足取りは軽くなっていた。
ふと、一人の少年が目に留まった。
周囲が笑い声に包まれる中で少年はひとり、浮かない顔をしていた。
「どうしたの?」
セレフィアの問いかけに少年は驚いたようにこちらを見たがすぐに表情を戻して言った。
「別に。」
冷たく言い放つ少年にセレフィアは困惑した。
−でも、放っておけない。
そう思ったセレフィアは少し息を吸って、少年に手を伸ばす。
「ルン・セイル」
そう囁くように唱えると少年の周りに光が集まりはじめ、ゆっくりとその光が青色へと変化した。
その光を見つめてセレフィアは言った。
「…寂しいんだね。」
その言葉を聞いた少年の顔が引きつっていく。
恐怖と軽蔑。
「バケモノ!勝手に人の心を覗くな!」
そう言うと少年は走って喧騒の中に姿を消した。
伸ばした手をどうすることも出来ず立ち尽くす。
「力になりたかっただけなのに……」
その声は誰にも届かずに周囲の笑い声の中に消えていった。
セレフィアはゆっくりと歩き出す。
市場の喧騒、子供たちの笑い声、店主の心配する声。
それら全てを掻き消すように少年の“バケモノ”という言葉が頭を埋め尽くしていく。
気が付けばセレフィアは走り出していた。
市場を抜け出し、森を抜け、星降りの湖の水面に自宅が映る。
見慣れた景色に安堵の涙が溢れそうなったとき、湖のほとりに人影を見つけた。
心臓がドクンと跳ねる。
また怒らせてしまったらどうしよう……
セレフィアは恐る恐るその人影に近づく。
そこに居たのは銀色の髪を持つ一人の少年だった。
「うちに何か用、ですか?」
セレフィアの声に少年は振り向くと
「ここは星が綺麗だから。」
そう言うと少年はまだ少し明るい空を見上げた。
「星、好きなの?」
セレフィアの問いに、少年は少し間を空けて言った。
「星は何も言わないから。」
予想外の回答にセレフィアは少し言葉を詰まらせた。
何も言わない、その言葉にセレフィアは思わず家に逃げ込んだ。
「また、怒らせてしまうかもしれない……」
そんな気持ちを隠すようにセレフィアは夕飯の支度を始めた。
包丁を握り食材を切り始めキッチンにはトントントンと小気味よい音が響き、そして止まる。
母が遺したネックレスを、そっと握った。
それでも心のざわめきは収まらない。
−星は何も言わないから。
その言葉だけがセレフィアの心を支配した。
「私も、何も言わなければ誰かを怒らせる事も無いのかな。」
静かな部屋にセレフィアの声だけが響いた。
ぼんやりとする頭で夕食を作り終えたが食欲がない。
「明日食べようかな……」
出来上がったものを冷蔵庫にしまうとセレフィアは自室に向かう。
部屋に入り、扉を閉めると少しだけ守られている気がした。
それからセレフィアは窓辺に腰掛け空を見上げた。
「…私も星になりたい。」




