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あのスタバの死神の姪が、おじさんのヨレヨレのコートを羽織って二代目探偵になる  作者: ルツ


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大須のジャンク・オーダー

名古屋駅のきらびやかな高層ビル群を、初秋の冷たい雨が灰色に濡らしていた。 

JRゲートタワー15階。日本で一番高い場所にあるスターバックスのフロアは、夕方の心地よいBGMと、香ばしいエスプレッソの香りで満たされている。 

俺は――いや、私は、そのフロアの窓際の一番端にある、薄暗い『定位置』に座っていた。

「……う。やっぱり、苦いな」 

私は卓上に置かれたベンティサイズのドリップコーヒーに口をつけ、眉間に深い皺を寄せて顔をしかめた。 

おじさんの真似をしてブラックで頼んではみたものの、その舌が焼けるような泥水の苦みは、大学に通い始めたばかりの私の舌にはまだ早すぎる、大人の味だった。

こっそりポケットから取り出したスティックシュガーを3本放り込みたくなるのを、私は必死に堪える。

左神さがみ りん

十八歳。 

私はもう、あの破れた高校の制服を着てはいなかった。少し大人びた私服の上から、おじさんが遺していった、ヨレヨレで少しタバコ臭い古いトレンチコートを、肩幅を不器用に合わせて羽織っている。 

数ヶ月前、この世界の果てである上海の地で、自分の全人生のすべてを賭けて、あの『童顔の怪物』を炎の中に逃がし切った不器用な探偵――私の叔父、左神豊。 

世間的にはビル爆破の最悪のテロリストとして処理されたおじさんだったが、私はおじさんが最後に残した『左神豊探偵事務所』の二代目に就任することを決意していた。

おじさんが命がけで守ろうとしたこの街の日常を、今度は私が、このトレンチコートを着て引き継ぐために。

「ハハハ! 見ろよキョウコさん、凛ちゃんまで豊の奴と同じように、そんな不味そうな泥水を啜るようになっちまった。草葉の陰であいつが呆れてるぜ」 

すぐ横の通路から、荷物カバンを片手に持った、頭の禿げ上がった中年の男が歩み寄ってきた。個人タクシー運転手のユタカだ。

彼はあの日、四日市港でおじさんと最後の別れを交わした後、おじさんと同じ「ユタカ」という名前の絆を引き継ぐようにして、今度は私の移動用の運転手兼アドバイザーとして、こうして私の後ろに控えてくれている。

「いいじゃない、形から入るのが探偵ハードボイルドでしょ」 

カウンターの向こう側から、誇らしげなブラックエプロンを纏ったベテラン店員――キョウコさんが、品のある笑みを浮かべた。彼女はおじさんの時代から、スタバのカウンターの裏で数々の事件の「シグナル」を繋いできた、街の重要な協力者だった。 

キョウコさんは、私のトレイの上にドリップコーヒーを置く際、周囲の客に気付かれないよう、その裏面に一枚の『別のレシート』を滑り込ませた。

「凛ちゃん。……これ、さっきまでそこに座っていた、ちょっと様子のおかしい女の子が残していった注文票よ。マニュアルにはない、妙なカスタマイズが施されているわ」 

私の瞳が、その瞬間、おじさんにそっくりな鋭い「探偵の目」へと反転した。 

トレイからレシートを取り、そこに印字された文字列を凝視する。『フラペチーノ。チョコチップ追加×3、キャラメルソース増量、ただし、ストローは「プラスチック」で』 

環境配慮で紙ストローが当たり前になったこの時代に、あえてプラストローを指定する不自然な文字列。そして、そのトッピングの数量とコードの不自然な配列。 ネットの海を監視する警察の最新鋭の捜査網が決して引っかけることのできない、スタバのシステムを利用した、新たな事件の「注文オーダー」のシグナルだった。

「大須の半グレの残党が、また女子高生を巻き込んで怪しい大麻の密売ルートを動かしてるネ。……豊のおじさんから受け継いだ『お節介』の出番アル」 

私の耳に仕込んだインカムから、ざらついた独特の日本語の音声が飛び込んできた。

上海から密航船で日本へと渡り、今や大須のジャンク街を遊び場にして私の「前線のバディ」として居着いている、あの破天荒な野生児――メイリン(梅鈴)の声だった。

彼女は日本のアニメ文化にすっかり染まりながらも、その桁外れの怪力を、今度は私の探偵業のアシストのために使うと決めていたのだ。

「豊の手帳を開きな、凛ちゃん。大須のそのコード、豊の奴が昔、誰に焼いたお節介か、そこに答えが載ってるはずだ」 

ユタカがタバコを咥えながら言った。 

私はトレンチコートのポケットから、おじさんが遺したボトボトのシステム手帳を開いた。

そこには、おじさんが生前、名古屋の各エリアで解決した「報酬をもらえなかった泥臭いお節介の記録(連絡先)」が、スタバの古いレシートと共にびっしりと書き残されていた。 

ページを捲ると、大須の欄に、一つの名前が記されていた。『大須赤門通・ジャンク屋のシン。半導体の詐欺トラブル解決。報酬:缶コーヒー1缶』

「……シンさん。おじさんが残してくれた『絆』、今ここで使わせてもらうよ」 

私は卓上のコーヒーを置き去りにして立ち上がった。 ふにゃふにゃの紙ストローを噛み締めながら泥水を啜っていた新米探偵の、これが最初で、最高の反撃の始まりだった。 

私はおじさんのコートの襟をバッと立てると、ユタカを引き連れて、雨のゲートタワーのガラスドアを力強く押し開けて、大須の混沌の街へと飛び出していった。

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