電子特別展:聖導院いまむかし①
宗教であり文化であり、聖王国の精神的基盤のひとつでもある聖導院。愛と慈しみを旨とし節制と清貧を尊び、私たち聖導院は日々、ひとびとのより善い明日のために、邁進してまいりました。
現代日本から見ても、聖導院は現代世界の、カトリック等とある程度相通ずるものを感じる方は多いと思います。
事実として、聖都サンクタポリスの聖導院の歴史の中でも、現代世界のカトリックと同姓同名の人物の酷似した奇跡や業績が複数見つかっております。
なろうで各種作品をお楽しみの皆様におかれましては、このサイトにてなじみのある表現として、「並行世界で現代世界と違う歴史を辿ったカトリック」という説明が最も端的な聖導院の説明と言えるでしょう。
聖導院の始まりは、シモン・マグス※¹との戦いで心身ともに深く傷つき、その身体のほとんどを岩へと変えられてしまったペトロ※²を、町の住民と信奉者たちが介抱し、生活を助けるために作った共同体です。
共同体として活動するうちに、活動のための拠点ができ、そこは祈りの場所となり、やがては心身の修練の場所として発展していきました。
ペトロ亡きあと、知恵と人格に優れた者が教導師※³として村や町の問題解決をも担うようになり、ある時、教導師クレトゥスがサンクタポリスにおける長年の水源争いを調停したことを期に、クレトゥスは大教導師と呼ばれるようになりました。
水源に関する正式な文書を調印した日を、聖導院では正式な発足の日としております。
以後、聖導院は大教導師をすべての信徒の直接の長として戴き、聖導院は各地での対立の仲裁や、地方での問題解決もまた重要な使命であるとされました。
聖導院公式の見解とは違いますが、司法の場として機能することを指して「すべての諸侯の直接の盟主」※⁴と呼ばれる場合があります。
聖王国という名を持ちながらも聖都サンクタポリスにいわゆる王様や王家はおらず、天の国の主に人々を導けと命ぜられたことを、そのはたらきを仮に王と名付けています。
聖王国は実際には諸侯の合議でもって成立しており、その合議を国として内外に示し、かつ聖王国の代表となるのが聖導院と大教導師の役割と言えます。
※¹シモン・マグス。現代世界の聖書にも記述のある人物で、聖王国では最も有名な魔族。聖王国にとっては神の敵であり、ペトロとの戦いの後、シモン・マグスが建国した魔王国は神に仇なす者であると信じられ、両国は長らく敵対関係だった。
※²ペトロ。現代世界の聖書にも記述のある人物。サンクタポリス郊外の最初の聖導院には、今もシモン・マグスとの戦いで石化したペトロの手の一部が最奥に安置され、聖導院の聖域として普段は公開されていない。
※³現代世界で言うと「聖職者」と「公務員」のちょうど中間のような存在。聖職者としては教えを広め、また守り、公務員としては行政執行者として町をささえる大切な役職である。
※⁴すべての諸侯の直接の盟主。聖導院を指して言うときによく用いられる表現。聖導院そのものが領主どうしの争いの調停を繰り返してきた歴史を持ち、司法のあるじとしての性格を帯びることから、古代の皇帝になぞらえてこう呼ぶ。立場によっては聖導院に批判的、挑戦的な意味を持つため、聖導院は公にはこの文言を認めてはいない。




