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祓魔寿司 めふぃすと  作者: 岡村なぎぼ
弱肉強食!フィッシュ・マーケット

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22/32

弱肉強食!フィッシュ・マーケット ◆ 1 ◆

  ◇  ◇  ◇



 スシ・マスターの朝は早い。


 L.E.に彗星のごとく現れた新進気鋭のスシ・レストラン〝寿司処めふぃすと〟。その若き店主エレナ・メランヒトン氏の一日は、陽も昇らない時間にはじまる。ラフな恰好で自宅を出た彼女は、街灯に照らされた暗い道を行く。彼女の目はここではないどこかを見据えているようだった。



  ◇  ◇  ◇



 向かった先は、厳かながら賑わいを見せる魚市場《フィッシュ・マーケット》。方々に並んだ魚の鱗や貝、甲殻類が鈍い光を放つ。それらを吟味するマスター・エレナの目は真剣そのものだ。彼女の目利きの腕は知れ渡っており、闊歩する姿は注目を集め、マーケット内にほのかな緊張が走る。


 気心知れた問屋と話しこむマスター・エレナ。



「コイツはちょっと焼きを入れた方が味がキマっていいですよ、マスター」



 白髪まじりの問屋が、今日卸したカツオの具合を説明する横で、彼女はまぶたを閉じてゆっくりと頷いた。


 ドン、と台車にケースを積み終えたマスター・エレナは問屋と固い握手を交わす。台車を引いてマーケットを後にする彼女を見送る人の群。



  ◇  ◇  ◇



 行きつけのコーヒースタンドでアイスコーヒーとサンドイッチを受け取ったマスター・エレナは、ストローを唇で挟みながら呟いた。



「夏のこの時期は浅煎りが好きでね……」



  ◇  ◇  ◇



 店に戻った彼女はカウンターに腰かけ、朝食がてら経済新聞をチェックする。下積み時代から愛用しているというラジカセが、傍らでニュース番組を流していた。



「これでも経営者なんでね。時事にも明るくないとお客さんの前で恥かいちゃいますし」



 自虐的な笑みを浮かべるその仕草は、可憐な外見に反し、歴戦のマスターであることを感じさせた。



  ◇  ◇  ◇



 オープンキッチンとは別の裏手の厨房。腕を組み険しい顔をしているマスター・エレナの視線の先には、書き込まれた黒板があった。今日のメニューを思案しているのだ。さらに眼光を強めた彼女は、すばやくチョークを手に取ると、空いているスペースにカツカツと記していく。



「仕入れに合わせて、お客さんに毎日違った驚きを届けられるように、頭を悩ませますね。〝めふぃすと〟では一期一会を心がけています」



  ◇  ◇  ◇



 スシ・レストランにおいて最も重要な仕事――仕込み。


 ぴかぴかに研がれた包丁が舞う。マスター・エレナは魚たちをすばやい判断で、華麗にそれぞれさばき、シメ、漬けていった。



「自分がどうしたいか、ではなく魚の声を聞けばわかるんです」



 パタン、と冷蔵ケースの戸を閉め、彼女は背中で語った。



  ◇  ◇  ◇



 ひと仕事終えた彼女の姿は今、街の喧騒から外れたヨガスタジオにあった。インストラクターとのマンツーマンレッスンで、マスター・エレナはやっと年相応の笑顔を見せる。



「適度な運動は心がけてますね。体が資本なんで。アンビエントを聞きながら瞑想すると、夜の開店に向けてパワーを回復できる気がします」



 額の汗を拭いたマスター・エレナは、アールデコ調の装飾がほどこされたボトルに口をつけ、ごくりと水を飲んだ。



  ◇  ◇  ◇



 遅めの昼食兼夕食をとったマスター・エレナは、店に戻りついにシャリを切りだす。



「これで今日一日が決まりますから。祈るように丁寧に……」



  ◇  ◇  ◇



 17時。夕闇の中〝寿司処めふぃすと〟に明かりがともる。


 ガラス張りのテナントを檜(ヒノキ)の目隠しが包む外観。引戸の奥は、海の向こうの和の国から取り寄せたという調度品が並ぶスペースが広がり、厳かな雰囲気を放つ。しかし暖簾をくぐると、あたたかく居心地のよいオープンキッチンダイニングが目に飛び込んでくる。わずか6席のカウンターは今日も賑わっていた。


 マスター・エレナは、談笑を挟みながら美しい指先でスシを握り、客の目を楽しませる。



「彼女のスシはまさしくアートだよ」



 そう唸るのは、8ヶ月前に予約したと言う初老の男性客だ。江戸前(エドマエ)とアヴァンギャルドを行き来するマスター・エレナのスタイルは、スシ界に新たな風を吹き込んでいる。


 カウンターの真ん中に座る二人連れの若い女性客は、とある出版社の重鎮のアシスタントらしく、激務の合間を縫っての来店だと言う。



「仕事を残して〝めふぃすと〟に来たこと、絶対後悔しないわ。彼女がパーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれるのも時間の問題ね」



 夜が更けていく。



  ◇  ◇  ◇



 22時。閉店を迎えた〝めふぃすと〟。


 オレンジ色に明かりを絞った店内。すっかり片付いたカウンターで、マスター・エレナは折り鶴を折っている。〝めふぃすと〟の箸置きに使われているものだ。



〈Q.あなたにとってスシとは?〉



 鶴の羽を広げた彼女は、伏し目がちにはにかんだ。



「自分にとってスシとは――」



 ブツッ。ブラウン管が消える音と共に暗闇が訪れた。



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