弱肉強食!フィッシュ・マーケット ◆ 1 ◆
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スシ・マスターの朝は早い。
L.E.に彗星のごとく現れた新進気鋭のスシ・レストラン〝寿司処めふぃすと〟。その若き店主エレナ・メランヒトン氏の一日は、陽も昇らない時間にはじまる。ラフな恰好で自宅を出た彼女は、街灯に照らされた暗い道を行く。彼女の目はここではないどこかを見据えているようだった。
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向かった先は、厳かながら賑わいを見せる魚市場。方々に並んだ魚の鱗や貝、甲殻類が鈍い光を放つ。それらを吟味するマスター・エレナの目は真剣そのものだ。彼女の目利きの腕は知れ渡っており、闊歩する姿は注目を集め、マーケット内にほのかな緊張が走る。
気心知れた問屋と話しこむマスター・エレナ。
「コイツはちょっと焼きを入れた方が味がキマっていいですよ、マスター」
白髪まじりの問屋が、今日卸したカツオの具合を説明する横で、彼女はまぶたを閉じてゆっくりと頷いた。
ドン、と台車にケースを積み終えたマスター・エレナは問屋と固い握手を交わす。台車を引いてマーケットを後にする彼女を見送る人の群。
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行きつけのコーヒースタンドでアイスコーヒーとサンドイッチを受け取ったマスター・エレナは、ストローを唇で挟みながら呟いた。
「夏のこの時期は浅煎りが好きでね……」
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店に戻った彼女はカウンターに腰かけ、朝食がてら経済新聞をチェックする。下積み時代から愛用しているというラジカセが、傍らでニュース番組を流していた。
「これでも経営者なんでね。時事にも明るくないとお客さんの前で恥かいちゃいますし」
自虐的な笑みを浮かべるその仕草は、可憐な外見に反し、歴戦のマスターであることを感じさせた。
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オープンキッチンとは別の裏手の厨房。腕を組み険しい顔をしているマスター・エレナの視線の先には、書き込まれた黒板があった。今日のメニューを思案しているのだ。さらに眼光を強めた彼女は、すばやくチョークを手に取ると、空いているスペースにカツカツと記していく。
「仕入れに合わせて、お客さんに毎日違った驚きを届けられるように、頭を悩ませますね。〝めふぃすと〟では一期一会を心がけています」
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スシ・レストランにおいて最も重要な仕事――仕込み。
ぴかぴかに研がれた包丁が舞う。マスター・エレナは魚たちをすばやい判断で、華麗にそれぞれさばき、シメ、漬けていった。
「自分がどうしたいか、ではなく魚の声を聞けばわかるんです」
パタン、と冷蔵ケースの戸を閉め、彼女は背中で語った。
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ひと仕事終えた彼女の姿は今、街の喧騒から外れたヨガスタジオにあった。インストラクターとのマンツーマンレッスンで、マスター・エレナはやっと年相応の笑顔を見せる。
「適度な運動は心がけてますね。体が資本なんで。アンビエントを聞きながら瞑想すると、夜の開店に向けてパワーを回復できる気がします」
額の汗を拭いたマスター・エレナは、アールデコ調の装飾がほどこされたボトルに口をつけ、ごくりと水を飲んだ。
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遅めの昼食兼夕食をとったマスター・エレナは、店に戻りついにシャリを切りだす。
「これで今日一日が決まりますから。祈るように丁寧に……」
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17時。夕闇の中〝寿司処めふぃすと〟に明かりがともる。
ガラス張りのテナントを檜の目隠しが包む外観。引戸の奥は、海の向こうの和の国から取り寄せたという調度品が並ぶスペースが広がり、厳かな雰囲気を放つ。しかし暖簾をくぐると、あたたかく居心地のよいオープンキッチンダイニングが目に飛び込んでくる。わずか6席のカウンターは今日も賑わっていた。
マスター・エレナは、談笑を挟みながら美しい指先でスシを握り、客の目を楽しませる。
「彼女のスシはまさしくアートだよ」
そう唸るのは、8ヶ月前に予約したと言う初老の男性客だ。江戸前とアヴァンギャルドを行き来するマスター・エレナのスタイルは、スシ界に新たな風を吹き込んでいる。
カウンターの真ん中に座る二人連れの若い女性客は、とある出版社の重鎮のアシスタントらしく、激務の合間を縫っての来店だと言う。
「仕事を残して〝めふぃすと〟に来たこと、絶対後悔しないわ。彼女がパーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれるのも時間の問題ね」
夜が更けていく。
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22時。閉店を迎えた〝めふぃすと〟。
オレンジ色に明かりを絞った店内。すっかり片付いたカウンターで、マスター・エレナは折り鶴を折っている。〝めふぃすと〟の箸置きに使われているものだ。
〈Q.あなたにとってスシとは?〉
鶴の羽を広げた彼女は、伏し目がちにはにかんだ。
「自分にとってスシとは――」
ブツッ。ブラウン管が消える音と共に暗闇が訪れた。




