エレナと逆さま博士 ◆ 19 ◆
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着替えるのも億劫でカーディガンだけ羽織ってアパートを出たエレナは、しばらく歩かされた先の路地の一角に怪訝な顔で立っていた。住宅と隠れ家的な商店がバランスよく並ぶ中、エレナの目の前の物件はシートで覆われている。ファウストはうきうきと鼻歌を歌いながらシートに手をかけた。
「ちょうどいいテナントがあったので」
言うなり、バサッとシートを剥がすファウスト。ガラス張りのテナントに掲げられた看板の文字を、エレナは無意識に読みあげた。
「す、〝寿司処めふぃすと〟……?」
「何もアカデミーに行くだけがマスターの道ではないでしょう」
ふふん、と得意げに口角をあげるファウスト。エレナは頬を紅潮させてあわあわ口を開いた。
「あ、あたしのスシ・レストラン!? どうして……? あんなに帰れ帰れ言ってたのに」
「コホン……ほんの気まぐれですが、ドクター・ファウストの天才的頭脳を無駄づかいしてみたところ、とあることに気が付いたのです」
ファウストは後ろ手に手を組んだ。
「混沌を好むメフィストフェレスなら愛する娘を継承戦争の火種にしてもおかしくないと思い込んでいました」
また始まりそうな難しい話モードにエレナは人知れず身構えた。
「が、貴女と会って考えを改めたのです。柔軟なところも私の美点なんですよ」
ファウストは看板近くの雨よけ部分にどかっと腰を下ろした。もちろん逆さまに。エレナと顔を突き合わせるのにちょうどいいポジションだ。
「私を護衛に送り込んだのは、人間界アレルギーうんぬんの話ではなく、お父上と因縁のある私が貴女と衝突することを見越してだったのでしょう」
エレナの脳内をタコ騒動中の嫌な記憶がよぎる。
「貴女が根を上げて魔界に帰ってくるのを彼は待っています。目的はわかりかねますが、ただの親心……ではなさそうですね」
バキッ。突然ファウストは看板の〝め〟の部分に靴のかかとでヒビをいれた。エレナは一瞬だけ「あたしのお店が!」と思った。
「この私を操った気になっているあの男には、これから全部の歯が粉々になるまで歯ぎしりさせてやります」
発言に反して、ニコ、とピュアな微笑みを浮かべるファウスト。
「貴女だって思い通りになるのは癪でしょう」




