8 スケルトン・フェルナンドは転がる
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「ゲオルギーネ様が、戦死なさいました」
「なんとぉーっ!?」
執務室で悶々としていたフェルナンドは、ヘルタの報告に文字通り転げ落ちた。
魔王・ユーディトが姿をくらませてから一週間。どこに行ったものかと方々手を尽くしていたところに、いきなりの訃報。
伝えてくるヘルタも戸惑っているらしく、いつもは冷静な顔に、冷や汗が流れていた。
「ゲオルギーネ様の戦死と共に、軍は撤退。損害は軽微ですが、ゲオルギーネ様を失ったのは……」
痛手どころの話ではない。死四天が三人になったと思ったら、もう二人になってしまった。
兵士の数百ならばともかく、精鋭中の精鋭を欠いては、軍もまともに動かない。力とカリスマの二つを同時に備えているものは少ないのだ。
「ぐ、むぅ。ぐぐぐ……」
「戻って来た兵の中には、戦意を完全に失った者もおります。兵が言うには、人族の一撃でゲオルギーネ様は敗れたそうで……」
「一撃!? たった一撃でか!? あのゲオルギーネが!?」
「はい。間近で見た者、いえ、お方が仰っておりますので、間違いないかと」
「誰だ? 誰の報告だ!?」
「……」
ヘルタが、言いよどむ。どんな悲劇でも読み上げる首無族の侍女が口ごもる相手とは、一体誰か。
「フェルナンド!」
詳細を訪ねようとしたところで、執務室の扉が荒々しく開かれた。
入って来たのは、赤いドレスをまとう少女。それは探していたはずの、
「魔王様!?」
ユーディトだった。
「フェルナンド様、ゲオルギーネ様の最期を見届けたのは、魔王様でございまして……」
「はあっ!? なんで魔王様がゲオルギーネを……」
「現場に居合わせた、とのお話です」
ユーディトとヘルタを交互に見て、フェルナンドは頭を抱えた。
事態を理解できない。ゲオルギーネを向かわせたのは、人族の砦だったはず。なぜそこに行方不明だった魔王がいたのか。
――は、話が見えん!
「フェルナンド、何をしているの? 急ぎの話がありますの。メイド、少し外に出ていなさい」
「かしこまりました」
ヘルタが下がる。なんとなく、安心した、と言いたそうだった。
「ま、魔王様、いったい、今まで何を……」
とりあえず、まずはユーディトの話を聞くことが先決だ。場合によっては、叱らねばならない。
しかし、ユーディトはフェルナンドの全てを無視した。その上で、
「欲しいものがありますの」
「は、はいっ!?」
執務机を叩き、小さい体を乗り上げて、ユーディトはフェルナンドに詰め寄った。
どんな金銀財宝を見ても喜ばない魔王が、いきなり何を欲しがっているのか。フェルナンドには何も思いつかない。
「な、何をご用意すればいいのでしょうか?」
こう尋ねるのが精いっぱいだ。
もっと他に聞くべきことがあるはずなのだが、ユーディトの鬼気迫る表情を見ては、さすがのフェルナンドも腰が引ける。
発した声も、尻すぼみ。それを聞いたか無視したか、ユーディトはフェルナンドの眼前五センチまで来て、
「人族を一人、飼いたいの」
「はあっ? 人族? な、なぜそのようなものを……」
「欲しいからです」
「いえ、だからなぜ欲しいのか……」
「面白いからです」
「えぇ……」
理由を言われてもさっぱりだった。ただ、何もかもに消極的なユーディトには、珍しいことでもある。
人族と何があったのだろうか。ゲオルギーネの最期を見たというのも謎であるし、そもそも何をしに何日も出掛けたのか。
「魔王様、とにかく落ち着いてくだされ。このジジイめには、何が仰りたいのか分かりませぬ」
自分も自分で慌てていたが、爛々(らんらん)と燃える炎が見えるような瞳に、訴えかけた。
「説明しろと? わたくしに?」
「そ、そうです。いきなりお出かけになったと思ったら、突然、人族を飼いたいなどと……」
「……分かりました。話しますわ」
フェルナンドの苦労を察した様子もなく、ユーディトは机の上に立ち上がる。いつもならばはしたないと叱る場面だが、今は下手に口を挟んだら、粉々にされそうだ。
ユーディトはフェルナンドを見下ろすと、平らな胸をめいいっぱいそらして言った。
「人族の中に、とっても面白そうなのを見つけたの。それを飼いたいのですわ。すぐに欲しいのです」
頼みというよりも、ほぼ命令に近い風である。
「は、はあ……。でしたら、兵に手近な人族の村を襲わせて、何匹か……」
「違いますわ」
「へぇっ?」
「そーさらーが欲しいの」
「魔法使い、ですか。ああ、でしたら少し手間がかかりますな。村ではなく、街を……」
「そういう話ではありません!」
では、どういう話なのだろうか。
「わたくし、勇者とかいうのの近くにいたそーさらーが欲しいのです。どんな人族でもいいわけではありません」
「勇者の近く、ですか? それはおそらく、パーティという集団の一匹でしょうが……」
「ぱーてぃ? ……そんなことは、どうでもいいの。とにかく、あの黒いそーさらーが欲しいのです」
「と、言われましても……」
勇者パーティの中にいる魔法使いというのは、もしかしてシュルケを倒した者のことだろうか。
フェルナンドには面白いかどうかは分からないが、興味深い存在ではある。しかし、以前ユーディトに説明した時は、どうでもいいと言っていたはずだが。
今のユーディトは、先日とは反対にやる気に満ち溢れている様子だ。魔力のこもった髪が、業火のごとく激しく揺らいでいる。
――魔王様に、一体なにがあったというのだ!?
殺す、というのなら分かる。勇者も、その仲間である魔法使いも、魔族の敵だ。魔王自らというのは過分だが、始末すれば戦況は一気に優位になる。
それが、飼うと言われると、話の流れが全く分からなくなる。おそらくは魔法使いに、ユーディトは会ったのだろうが。
「この前、勇者とそーさらーに会いました」
「は、はい」
「勇者はちんちくりんな小娘でしたけど、そーさらーは違ったわ」
「はあ……」
「わたくしを相手にしても恐れることなく果敢に戦い、一歩も退きませんでした。何か特別な力もあったみたいですし、ペットとして飼ったら、きっと楽しいわ!」
「そ、そうですか……」
「ただ、この前は邪魔が入りました。せっかくそーさらーと遊んでいたのに、下級魔族がいきなり出てきたの。興ざめでした……」
「魔族が、邪魔をですか」
「えぇ」
ユーディトはよほど腹が立ったのか、頬を膨らませた。
「獣っぽい種族でしたけど、そーさらーに一発でやられるような脆弱さでした。あんな魔族、うちにいたかしら……?」
獣、と言われてフェルナンドは思いついた。
「ま、魔王様、そのやられた魔族というのは、ゲオルギーネという名前ではありませんでしたか?」
「名前……? ああ、そういえば雑兵たちが、そう呼んでいたような気がしますわ。でも、それはどうでもいいの」
どうでもよくない。きっと、ゲオルギーネは魔王をかばって魔法使いの一撃を受けたのだ。
当人からすればかばったつもりでも、ユーディトはただの邪魔だとしか思っていない。これでは、ゲオルギーネは死に損ではないか。
頭が痛くなってきた。中身のない頭骨を、叩き割られるかのような痛みだ。
「あの人族の姿……。雄々しく、乱暴で、命に価値を見出していないかのような残酷さ。思いだすだけで、ゾクゾクします」
今日ばかりは、さすがにフェルナンドにもユーディトの胸中が分からない。
「あんな人族、きっと他にはいません。人族のことはよく知りませんけれど、きっとあの一匹だけに違いありません!」
「そ、それで、欲しいと……?」
「えぇ! 安心なさい。ちゃんとわたくしが世話をしますわ。いえ、他の誰にも触らせません! だから、いいでしょう?」
――魔王様に何があったー!?
「一緒に寝ますし、お風呂にも入ります。人族の食事は、何を与えたらいいのか分かりませんけれど、できうる限り、最高のものを用意しましょう! ああ、考えるだけで、胸が高鳴りますわ!」
――このジジイめは、頭が爆発しそうです……。
「遊んでもあげます。この前の続きが見たいですわ。一体、どんな力を持っているのかしら? きっと、もっと、強力な力を隠しているに違いありません。もしかしたら、わたくしに傷をつけられるかも」
――そんな人族がいたら、我が軍はすぐに壊滅しますぞ……。
魔王軍、死四天、などと名前を付けてはいるが、やはり魔王の力はどんな魔族でも敵わぬ絶対的なものだ。魔王に傷をつけるなど、魔王軍全部をもってしても不可能だろう。
しかもそれが、唯一魔王を倒せるという勇者ではなく、その供でしかない魔法使いとは。死四天の残り二人をぶつけても倒せるか怪しくなってきた。
「そ、それで、ワシは何をしたらよいのですかな? その魔法使いを捕まえるのに、また別に軍を組織して……」
魔王と対等に戦える相手を捕まえられるかは分からないが。生け捕りにできるとは思いづらい。
どんな無理難題を突き付けられるかと、フェルナンドは覚悟する。いざとなれば、フェルナンド自身が兵を率いて、
「何もしなくていいです。わたくしは、別にあなたの力を借りに来たわけではありません」
「……は? で、では何をなにをしにここへ……?」
「人族を飼うと、一応伝えておくためです。あらかじめ言っておかないと、また小言を言ってくるでしょう? あれはわたくしが捕まえます。雑兵などいても、また邪魔にしかなりませんわ」
あごの骨が落ちた。
「それでは、わたくしはまた人族の国に行ってきます。城のことは任せましたわよ」
「ふがっ、はがーっ!?」
出ていこうとするユーディトの肩を掴み、あごの骨をはめ直して、フェルナンドはもはや懇願する勢いで、
「お、お許しくだされーっ! なんとか考え直してくだされーっ!」
城全域に警報を出して、魔王・ユーディトを止めにかかった。
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