6 魔王ユーディトは欲しがる
魔王様は気まぐれです。
爆煙の中から黒衣の魔法使いが飛び出してきた時、ユーディトは軽く驚いた。
今の魔法ならば、人族を百匹は殺せるはずだ。なのに、魔法使いは死ぬどころか反撃までしてきた。
黒い炎が、何十、何百とユーディトを襲う。威力、弾速共に、上級魔族並み。連続してくらえば、ユーディトの髪の毛一本くらいは燃やせるかもしれない。
――生きのいい人族ですわね。
ユーディトが人族とまともに会うのは、今回が初めて。フェルナンド老からは散々に酷評されている人族に、大した期待などしていなかった。
先ほどの会話も、ちょっとした好奇心からだった。圧倒的強者を前にして、人族がどう慌てふためくのか見て見たかったのだが、
――わたくしの魔法で死ななかったことだけは褒めてもいいかもしれませんわね。
不愉快なわりに、しぶとい。魔法使いというのは、みんなこうなのだろうか。
――こんなのがたくさんいたら、フェルナンドも驚くかしら?
魔法使いの攻撃を腕の一振りでかき消し、指先から特大の火球を放つ。上級魔族でも、かすっただけで灰になる魔法だ。
相手には、慌てる様子もなかった。それどころか、避けようともしない。
――諦めたわけではなさそうだけれど?
と、そこで見たのは、魔法使いの背後。先ほどノック代わりに魔法をぶつけた、人族の城だ。
――守るつもりかしら?
よければ、間違いなく城は崩壊する。それをまさか、この人族は防ごうというのか。
空中に魔法陣が展開される。魔族ならば必要のない儀式だ。そんな児戯を必要とする時点でユーディトの相手にはならない。
天を覆うかのような魔法陣は、一瞬で消えた。それと同時に、ユーディトの魔法が軌道を変えた。
「えっ」
思わず声が出た。魔法使いを燃やし、城を飲み込むはずの火球が、急に真上へと方向を変えたのである。
「へぇ……」
火球は、天に昇って爆散した。音と衝撃が、辺り一帯を震わせる。先ほど、ユーディトが突いた城壁が何か所か崩落した。
だが、それだけだ。城は形を保っている。魔法使いも健在。
黒衣の人族は、右腕を振りぬいたかのように突き上げていた。
――まさか、殴って方向を変えた?
魔法に魔法で返すのではなく、まさか物理技で挑むとは。
一瞬展開された魔法陣は、自分の体を強化するものだったのだろう。拳で魔法を弾かれたのは、ユーディトにとって初めてだった。
礼儀を知らないだけかと思えば、それなりに実力はあるようだ。
少し、楽しくなってきた。もう一度、次は一帯を焦土にするくらいの魔法を放ってやろう。
ユーディトの細指が、再び人族を捉える。炎はすぐさま膨れ上がり、先ほどの倍になろうかというところで、
「っざってえな、どチビ」
雑音と共に、炎が霧散した。
まるで、最初から何もなかったかのように、消えた。代わりに目の前には黒衣の人族がおり、拳を構えている。
拳は、空気を裂くかのごとくやってきた。ユーディトの顔面狙い。反応は一瞬遅れたが、片手で受け止める。
それだけでは終わらない。魔法使いは魔法ではなく、肉弾戦を挑んできた。拳が受け止められたら蹴りを。蹴りを避けられたならば、動きを殺さぬように拳を。
どれも、上級魔族すら一撃で飛び散りそうな威力があった。もちろん、ユーディトには羽虫が止まった程度にも感じない。それでも心に湧き上がるものがある。
――面白い!
連撃をあしらいつつ、人族の気配をうかがう。
会話した時とは一変した荒々しい態度に驚く。
一撃放つたびに膨れ上がる魔力に驚く。
そして何よりも、明確な殺意に驚き、笑う。
どんな魔族でも敵わない魔王に、恐れのかけらも抱かずに挑んでくる人族。こんな珍しい生き物がいるとは、フェルナンド老は教えてくれなかった。
右の拳がやってきたので、左手で受け止め、掴む。アゴを狙う左の蹴りを髪一本程度の距離で避けて、ユーディトは面白い生き物に顔を近づけた。
「ねえ、あなた、私のペットになりなさいよ!」
答えは、顔面を狙う左拳だった。指先一つで外へと弾き、
「いいでしょう? 殺さない。ずっと一緒にいてあげる。死ぬまでキチンと面倒を見てあげるから!」
今まで献上された物品よりも、ずっと心が躍る代物だ。
「何が欲しい? 何をしてもらいたい? あなたが私のものになるなら、なんでも聞いてあげる。だから、ねえ!」
本気だった。今まで人族どころか魔族にも大した興味を抱いたことがない。そんなユーディトが、心の底から欲しくなった。
「うるせぇよ。誰かテメェのペットになんざなるか」
こちらを全く恐れぬ答え。それどころか、迷う様子もなく攻撃を続けてくる。
掴んでいた右手が振りほどかれた。
「あ……」
それだけで、逃げられる寂しさを感じる。心に湧くのは、
――絶対に、欲しい!
圧倒的な、独占欲だった。
距離を取ろうという動きが見えたので、すぐに追いかける。
「チッ」
「お願い、行かないで!」
「メンドクセェなあ、オイ!」
左手が付きだされたので、受け止めた。そのまま自分の胸に押し当てて、想いを伝えるように、大事に抱く。
「漆黒爆炎嵐!」
至近距離で放たれた魔法、黒い炎がユーディトを包む。
それは肌を撫で、髪をすいて、何事も無かったかのように消え去った。ドレスは燃えたが、今はどうでもよかった。
手を離さない。心臓の鼓動をも響かせるように、強く握りしめた。
「ねえ、お願いだから……」
一糸まとわぬ姿を惜しみなくさらしながら、ユーディトは訴えかける。
「……本気で言ってのか?」
「本気よ!」
「俺様を飼いたいって?」
「えぇ!」
「そうかい……」
話を聞く気になってくれたのか、魔法使いは大人しくなった。それでも変わらぬ殺意をぶつけてくるのが、愛おしくさえ感じる。
「んじゃあ、仕方ない」
肩を落としながら、
「消えろ。漆黒終焉嵐」
低く呟かれた瞬間、黒い闇が、ユーディトを包んだ。
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