11 剣士ミツルギは買われる
更新が遅れました。申し訳ありません。
ラミに、勇者パーティへの参加を断られた翌日。
ミツルギは、『都市エステカ』の領主、リースマン卿の城前にいた。
はっきりと拒絶されながらも、ミツルギは諦められなかった。ラミの言う通りかもしれない。だが、ミツルギにも信じたい道がある。
ここにいれば、ラミに、運がよければ勇者にも会えるかもしれない。会えたなら、改めてパーティへの参加を許してもらいたい。
朝早くから、もう数時間待っている。門番に怪訝な視線を送られている。すでに不審者扱いだ。
このままでは、門番に追い払われてしまうかもしれない。それでも、ミツルギは道にかじりついてでも、離れる気はなかった。
まだかまだか、とじっと待つ。朝が過ぎ、昼に差し掛かろうとしたところで、ついに門番が動き出した。
「おい、そこのお前! 朝からずっと何をしている。ひっ捕らえるぞ!」
門番が詰め寄って来た。ミツルギは答えず、
「不審者め。おい、こいつを捕まえるぞ!」
それで、警備隊が、ミツルギを取り囲んだ。
争いごとにはしたくないが、ミツルギとて必死だ。何人相手でも、引き下がるわけにはいかない。
警備隊が剣を抜こうとする。対するミツルギは素手のまま、
「おーい、何してんだー?」
緊張が戦闘に変わろうとした時に、その空気を破る声がした。
聞き覚えがある、少女の声。ミツルギは警備隊の囲いを跳び越えて、声の主のところまで走った。
「きっ、貴様!」
警備隊の声を背中で聞きながら、ミツルギは勇者と思しき少女の前に立とうとし、
「はいはい、焦らない焦らない」
横から出てきた黒い人影に、組み伏せられた。
――!?
完全に取り押さえられた。体を動かすことも出来ずに、地面に倒れ込む。
息が詰まり、その後に痛みがきた。うつぶせに押さえられ、背に人間の重みを感じる。
「勇者様、魔法使い殿! ご無事ですか!?」
「おーう、無事無事。うちのマックスは強いからなー」
何とか頭だけ上げると、勇者はひらひらと手を振っていた。全く動じた様子がなく、警備の兵たちに安心するよう言っていた。
「……うぐぐっ」
「いくらなんでもいきなりすぎます。このような態度だと、刺客と思われ、斬られても文句は言えませんよ」
男の声が、上から来た。ミツルギを組み伏せた相手だろう。
「……お願い。離し、て」
痛みをこらえながら、許しを請う。このままでは、警備隊に捕まって牢屋行きだ。そうなると、勇者の仲間にしてもらうどころではなくなる。
「それはあなた次第ですね。……ああ、警備の皆さん、ここは私たちが預かりますので」
「魔法使い殿、ですが……」
「大丈夫ですよ。質問、尋問、拷問、どれも得意なので」
「は、はあ……」
男の声も、気楽そうだった。ラミの話を思い出す。レベル50を超える魔法使い。まさか、魔法も無しに捕まるとは思わなかった。
「さて」
「……うぐっ」
強引に立たされ、腕に軋むような痛みが走る。
目の前には、勇者、青いワンピース姿の少女が見える。後ろを振り返れば、黒衣の魔法使いが苦労する様子も見せずに腕をつかんでいる。
「ミツルギ……」
「……ラミ?」
再び前を向くと、勇者の後ろにラミがいた。その顔には、驚きと戸惑いを半々にしたような、複雑さが浮かんでいる。
「へえ、お前がラミと組んでた奴か。正面から見ると、くっらい顔してんなあ」
からかうような口調だった。その姿に勇者の威厳などは感じられず、おもちゃを見た子供のようにニマニマと笑っている。
しかし、それは今は関係ない。勇者の人物像よりも優先すべきことがある。
「……勇者、様、お願い。オレを……」
「ういうい。その話は、わたしの知ったことじゃない。マックス、とりあえず、牢屋」
「了解ですよ。一名様、ご案内ということで」
「……話、だけでも!」
ミツルギの話を一言も聞こうとせず、勇者たちはミツルギを牢屋のある地下まで連行していく。
「……ラミ!」
最後の頼みの綱、ラミも口をきいてくれなかった。断られたのに押しかければ、当然か。
――ここまで、か……?
自分はこのまま捕まり、罪人として裁かれるのだろうか。考えすぎと思いつつも、相手は勇者だ。王国の最重要人物には、何をされても文句は言えない。
城の地下は暗く、嫌な湿気を帯びていた。ミツルギはそんな地下の牢屋に、有無を言わさず放り込まれた。
すぐさま、鉄格子に飛びついた。去り際の勇者と、魔法使いに、
「……話、を! お願いだから!」
「話はそこのラミとしてくれ。ほんじゃなー」
ミツルギの言葉は届かず、勇者はすぐにいなくなった。
残されたミツルギは、ひざから崩れ落ちた。鉄格子にすがるようによりかかり、うつむくしかなかった。
硬く拳を握りしめても、手が痛むだけ。そのまま床を殴りつけたくなったが、その衝動は必死に堪えた。
そんな様子をどう思ってか、ラミはしばらく無言だった。しかし、
「まさか、乗り込んでくるなんて思わなかったわよ。まったくもう」
子を叱る親のように、仕方なさそうに口を開いた。
「これじゃ、どんな話をしても、お説教になるじゃない。もうちょっと考えてから来なさいよ」
「……ごめん」
「まあいいわ。どうせこっちからギルドに行く予定だったんだし。手間がはぶけたって思ってあげる」
ギルドに何の用事があったのだろう。
ミツルギが顔を上げると、ラミは困ったように頬をかいていた。今から罪人を裁くという雰囲気ではない。
ラミは、石造りの壁に背を寄せて、気が乗らない風に話しかけてきた。
「昨日、一応、話してみたわ。あなたが仲間になりたがってるって」
「……え?」
はっきりと断られたのに、どういうことか。
「そうしたら、マクシミリアン様が、条件を出してくれた。あなたを仲間にする、っていうか、あなたをパーティに加える条件をね」
「……ホント!?」
諦めかけ、しぼんでいた希望が、膨れ上がった。先ほどとは違う意味で、鉄格子を掴む。
「ただ、この条件を飲めば、本当にあなたは、ミツルギは勇者様を裏切れなくなるわ。裏切ったら殺す、って言われたから」
「……パーティに入れてくれるなら、絶対に裏切らない」
「待ちなさいって。そんなにすぐに飲める条件じゃないんだから」
もったいぶったよう、というよりは、話しにくそうな雰囲気をラミは抱えていた。
よほど、厳しい条件なのだろう。ミツルギは口をつぐみ、ラミの言う条件を待つ。
「ミツルギは、借金を返したいからパーティに入りたいのよね?」
「……うん」
「お金のために、戦うのよね?」
「…………うん」
昨日の繰り返しのように、ラミは尋ねてくる。
「マクシミリアン様の仰った条件なら、ミツルギは借金を返さなくて、いえ、あなたの借金がなくなるわ」
「……え? どういう……」
「その代わりに、あなたは一生、勇者様を守り続けなきゃいけない。本当に、一生よ? あなたが死ぬまで」
「……うん」
元より、一生をかけてかけて返すつもりだった借金だ。冒険者として生きるならば、死の危険はいつでもある。そんなミツルギに、
「あなたの借金、全額、勇者様が肩代わりしてくれる。その代わりに、あなたは一生、勇者様に忠誠を誓いなさい」
「…………え?」
耳を、疑った。
――肩代わり……?
そして、
――勇者に一生、忠誠を誓う?
とんでもない条件だ。
確かに、それならばミツルギはもう借金に困らなくなるだろう。催促に悩む必要はなくなり、冒険者としてクエストボードに張り付く日々も終わる。
その引き換えとして、ミツルギは、
「奴隷、じゃないけど、そんな感じ。裏切れない。裏切ったり、逃げようとしたり、そんなことをしたら、マクシミリアン様が、あなたを殺すわ」
自分の一生を、捧げることになる。
悩む。が、
「……それは、できない」
「どうして? もうお金に困る必要はなくなるのに?」
「……でも、それだと」
家族との絆を、捨てることになる。借金は、ミツルギ自身が背負っているもの。それを誰かに肩代わりなどさせたら、今まで頑張ってきたものが、否定されるような感じがする。
「……借金は、オレの手で返したい。誰かに代わってもらうものじゃ、なくて」
「こだわるのね」
「……うん」
ラミとしては、勇者パーティとしては、それが唯一の条件だったのだろう。
ラミは口を閉じ、ミツルギの背には、沈黙が重くのしかかる。
「それでは、考えをもっと単純にしましょう」
場違いとも思える、明るい声が消えてきたのは扉の方から。
「マクシミリアン様!?」
入って来た、というよりも戻ってきたのは、先ほどミツルギを取り押さえた魔法使いだ。
「お金の借入先を、勇者さまに変更すればいいだけのことです。そうしたら、あなたは借金を抱えたまま、勇者パーティに入れますよ」
――え? え?
「まあ、その代わりに利子は高くつきますけどね。報酬から直接引くので、手元に入るお金は雀の涙。食事は出るかもしれませんが、それに見合った激務をこなしてもらいます」
「……うぐっ」
「これなら、話は単純なままです。そしてこれが、最後の条件提示です。これを断るなら、また普通の冒険者に戻ってください。ああ、その前に、勇者さまを襲おうとした罰は受けてもらいますが」
魔法使いの声は明るくとも、言葉に容赦はなかった。見れば、ラミも困惑している。
借金を抱えたまま勇者パーティに入る。そのために、自分を縛り付ける。他人から見れば、ラミが示してくれた条件の方が軽いように見えるが、
「……時間が、欲しい」
「ダメです」
考える時間すら貰えなかった。
「そもそも、今のあなたは犯罪者待遇ですから。今すぐに首をはねられても文句は言えない立場ですから」
「……うぐぐっ」
もうこの場で決めねばならない。
「……分か、った」
答えは、もはや残されているようにも思えない。
「ミツルギ……?」
「……その条件で、いい。じゃなくて、その条件で、お願い、します」
ラミの吐息が聞こえた。呆れ、あきらめたような深呼吸だった。
「では、借入先と、借金全額を洗いざらい吐いてもらいましょうか。契約は、それからで」
言われ、また扉から出ていく魔法使いの背を見送って、ミツルギも息を吐く。
「マクシミリアン様も、結構、無茶だなあ」
ラミのそんな言葉を聞きながら、ミツルギは目を閉じ、
――これから、どうなるだろう……?
これから変わっていくであろう自分の将来に、いっぱいの不安を抱えた。
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