9 剣士ミツルギは事情を話す
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「パーティに入りたいの?」
単刀直入に言うと、ラミは怪訝な顔をした。当然か、勇者のパーティに入れるのは、認められたごく少数の強者のみ。
ただの冒険者という肩書きしかないミツルギでは、どれだけ望んでも入れない。よほどの功績と推薦者がいなければどうしようもない。
「理由は?」
と、尋ねられても、ミツルギには大層な名目がない。単に、
「……金が欲しい」
「お金?」
「……うん」
ラミの表情が険しくなった。そして返答もやはり、
「そんな理由じゃ、アタシが頼んだって入れないわよ?」
当然の答えだろう。しかし、ミツルギは本気でパーティに加わりたいと思っている。
「……待って。話はもっとある」
「ふうん? どんな?」
少しばかりラミの態度に棘が混じっている。正直に真実を語らなければ、棘は抜けないだろう。
「……オレは、貴族の娘だったんだ」
話すのは、思いだすのも辛い、痛みの伴う過去の話。
「……オレの家は、貴族でも下の方。領地も小さくて、金がなかった」
ぽつりぽつりと、こぼすように言う。
「……なのに、魔族の領地にも近くて、大変だった。王国の援助はあったけど。でも、弱かった」
「……」
「……そんな貴族が、まともに生きてくのは、無理だった。今は、もう領地は魔族に取られてる。お父さんは戦ったけど、敵わなかった。家族のみんなは、殺されるかさらわれるかのどっちかだった」
自分でも、表情が硬くなるのが分かる。
「……オレだけが、なんとか逃げ延びた。それは、もう何年も前の話。逃げたオレも、すぐに死にそうだった。でも、そこで師匠に拾われて、助かった」
「師匠?」
「……そう。オレに、戦い方とか、生き方とか教えてくれた人。もういないけど」
「……亡くなったの?」
「……うん。魔族の大軍に襲われた時、オレを守って。それもかなり前の話」
師匠は、厳しくも気さくな人物だった。身寄りのないミツルギを引き取って、冒険者のいろはを叩き込んでくれた。
まだまだ子供であるミツルギが生きていけたのは、この師匠のおかげだ。この人がいなければ、ミツルギも家族と同じ運命をたどっていただろう。
ミツルギという名前も、師匠が与えてくれたものだ。悲しい過去を忘れ、前向きに生きていけるように、と。
名前を貰った時、ミツルギは戸惑った。過去を忘れるというのは難しい。生来の名前も、大切に思っていた。父母が付けてくれたものだから。
自分のことを、オレ、というのはミツルギという名前を貰った後。それまでは貴族の娘らしく振舞っていたが、師匠との生活の中で、礼儀作法や貴族としての生き方を忘れていった。
しかし、
「……貴族だった時、お父さんは領地を、領民を守るために、色んなところからお金を借りてた」
貴族だったころの、しがらみはミツルギを逃がさなかった。
どこから聞きつけたのか、もうとうに滅びた一族相手にも容赦なかった。借金を返せと、多額を請求してくる。
「……逃げたかったけど、逃げられなかった。その金は、お父さんが必死に頼んで借りた金だったから。それを捨てたりしたら、本当に家族のことを忘れなきゃいけないような気がして」
貴族としての地位に、今更こだわりはない。それでも、ミツルギは家族を忘れられない。もうどうしようもないから、と忘れきることもできない。
「……師匠は、オレのことを心配してた。前向きに生きろって言ってくれてたけど、オレはどうしても家族を忘れられなかったから」
家族は、ミツルギが短い人生で最も大切にしていたものだ。前を向けと言われても、振り返らずにはいられない。
「……最後の最後まで、オレを心配してくれた。そんな師匠は大事。でも」
家族は、師匠と同じ、いや、それ以上に、やはり大切だった。
借金を返し終わってこそ、ミツルギは本当の意味で前を向けると思う。父が遺した、家族との最後の絆であるような気がする。過去を克服するには、それしかないと思っている。
「……金は大事。たくさん欲しい。でもそれは」
「ご家族との、最後の繋がりだから?」
「……うん。変な話かもしれないけど。普通の人には、分かってもらえないと思うけど」
「だからお金、ね」
「……うん」
どう取り繕っても、仕方がないとは思っている。最終目的は借金の返済。金が欲しい、という理由は誤魔化せない。
ラミも、事情を聞いてもあまり納得していないようだった。
やがて、食事が運ばれてきた。それに、二人は手を付けない。
「正直、無理だと思うわ。アタシが勇者パーティに入ったのは、部族の推薦があったからだから。ミツルギが貴族だったとしても、それだけじゃ」
ラミの言うことは正しい。元貴族という肩書なぞ、何の役にも立つまい。
「勇者様と一緒に行くのは、本当に命がけ。この前だって、上級魔族と正面から戦うことにもなったし」
「……腕前には、それなりに自信ある」
「知ってるわ。レベルも、それなりにあるんでしょ?」
「……この前、ギルドで計ってもらった時は26だった」
「アタシは、今、32。それでも、力不足だと思ってる。一緒に戦ってくださるマクシミリアン様。えっと、魔法使いの方なんて、50や60でも足りないくらいにお強いの」
「……そんなに?」
「そう。でも、そんな方でも苦戦することがあるような任務ばかりよ。それに……」
「……それに?」
「ううん、なんでもない」
ラミは言葉を濁したが、
「とにかく、ダメ。アタシが推薦しても、意味がないわ。勇者パーティは、国王直属の親衛隊よりも強さが求められる。ホントに、命がいくつあっても足りないくらい」
「……覚悟はしてる」
「命を懸ける、なんて覚悟だけじゃ足りないわ。ミツルギは、誰かのために死ぬ覚悟はある?」
「……誰かの?」
「そう。誰かのため。家族とか、国とか、そんなレベルじゃなくて、本当に名前も知らないどこかの誰かのために」
「……よく分からない」
だよね、とラミは少し寂し気に呟く。
「ミツルギの事情は分かった。でも、お金のため、っていう理由じゃ誰も納得しないわ」
「……うぐっ」
ラミは、言い切ると、やっと食事に手をつけた。逆にミツルギからは食欲が消えている。
――どうしようも、ないのか?
確かに、金のため、では理由が貧弱かもしれない。しかし、そこには上っ面以上の理由がある。
大切な思い出のために。家族との、最後の絆を守るために。
ミツルギは、本心を語った。今まで、師匠にしか胸に内を聞かせたことはない。それを語り、
――それでもダメなら、どうしたらいいんだろう?
借金は、冒険者を続けていれば、そのうち返せるのかもしれない。今までも、なんとかやりくりして、少しでも多く、と返済してきた。
遊びなど知らず、美味いものを食うわけでもなく、ひたすらに。
ラミは、ミツルギの思いを否定したわけではない。覚悟、という話でいえば、むしろミツルギを気遣っていたようにも思える。
おそらく、どんな美辞麗句を並べても、ラミは首を縦には振らないだろう。
レベルを上げれば、という問題でもない。
気持ち、覚悟の在り方の問題か。
――誰かのため。どこかの誰かの。
ラミが言った言葉を考える。
――分からない。オレは、家族のためにしか、頑張ったことがない。
自分を鍛え上げたのも、クエストに励んでいるのも、こうしてラミに頼み込んでいるのも、全ては家族のためだ。
それは、今更曲げられない。
「アタシはね、この前、家族みたいに大切だと思っていた人を亡くしたの」
「……えっ?」
うつむくことしかできなかったミツルギに、ラミは改めて声をかけてきた。
「色々理由があって、アタシも完全に納得してるわけじゃないけど。でもね、大切な人でも簡単に亡くしてしまうの」
「……」
「戦ってるだけでいいわけじゃない。勇者様には、それ以外の事情がたくさんあるわ。マクシミリアン様は、そんな勇者様をずっと守ってる。比喩ではなく、寝る間も惜しんでね」
「……」
「アタシには、そんなに大した目的はない。部族から推薦されたのはあるけど、でも、アタシなりに戦う意味を見つけてる」
「……オレ、だって」
反論しようとすると、ラミは、じゃあ、と言い、
「今すぐ借金を返済できるだけのお金を用意する。そんな提案があったらどうするの?」
「……え?」
「勇者パーティに入れたとしても、目的分のお金が貯まったらどうする? はいおしまい、なんて言ってパーティを抜けることはできないわよ?」
「……うぐっ」
「ミツルギが、戦い終わった、なんて感じても、勇者パーティはあなたを逃がさない。どこかの誰かのために死ぬまで戦わせるわ」
――死ぬまで、戦わせる?
ラミの表現が大げさだとは思えない。実際戦って、大切な人を亡くしても戦い続けているのだから。
今回、ラミがクエストを受けたのだって、自分を鍛えるためだという。ミツルギのように、金が貰えるならなんでもいい、というわけではない。
それに、
――借金を返したら、オレは、どうする?
ミツルギが戦う理由、それが消えた後のことなど、考えていない。冒険者を続けるか、どこかの村か街で働くか、そんな漠然とした考えすらない。
今度こそ、何も反論できなくなった。それを見届けたのか、ラミは席を立ち、
「それじゃあね」
と、代金を置いて、ミツルギを置き去りにした。
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