1 マックスは戦っている
また短編のような章です。
今日も今日とて、私と勇者さま、ラミは魔族を相手に戦っています。
国王からの任務。王都から離れて数日。先日も訪れた『都市エステカ』でのお仕事です。
相手は小鬼族の大軍。数だけが取り柄の連中だが、集まればやはり厄介だ。
今日は珍しく、他にも冒険者の協力があった。私たちとは別方面から、強襲をかけている。
戦法の提案は、また先日『都市エステカ』を訪ねた際に良くしてくれたリースマン卿からである。さすが武人の立てた作戦だけあって、かなり理にかなっている。
唯一、私たちがお願いしたのは、冒険者と勇者さまたちを一緒にしないこと。他の冒険者がいると、勇者さまのレベル事情が怪しまれてしまう。
そのため、私たち勇者パーティは、戦場の一角で奮戦していた。受け持ち分が多いので、三人、実質二人だと負担が大きい。
もっとも、負担が大きいとはいえ、私がいるのだから問題はない。ラミと協力すれば、小鬼族の百や二百はたやすいものだ。
しかも、今回の私たちは攻める側。守るべき荷物や拠点は無いので、好きなだけ暴れられる。
「いけー! マックス、やれー!」
「はいはいー、お仕事お仕事」
という勇者さまの鼓舞もあって、小鬼族たちは確実に数を減らしていった。
――後、三十分もすれば終わりますかねー。
大きな吐息を使えないもどかしさはあるものの、敵を倒すというのは気分がいい。蹂躙という言葉は好きだ。
ラミも着実に強くなっているので、心配はない。ちょくちょくソロでクエストを受けては、無事に戻ってくる。そのたびに強くなっていくのだから、ラミはパーティメンバーとして心強かった。
問題は強くなれない勇者さまだが、こちらは私が二人分働けばいいだけのこと。戦っているフリをしてくれれば、それでいい。
やけっぱちになった小鬼族たちは、逃げられないことを悟ると哀れにも小剣、棍棒を持って向かってきた。
前から来る奴に漆黒灯(ダークネスファイア。後ろから不意を突こうという奴には、漆黒炎剣。固まっている所には、漆黒炸裂玉。
並みの冒険者ならば、数に圧されて返り討ちにあっていたかもしれない数も、カカシのごとく簡単に蹴散らせる。
「マクシミリアン様、こちらはお任せください!」
ラミの声には、少しばかり疲れが感じられた。それを上回るだけの覇気も。
手伝う必要はなさそうだ。なので、私は安心して、近くの敵に集中できる。
小鬼族はさしたる脅威ではない。かといって、放っておくと数を増やして都市や村に被害が出る。
私はためらいなく、小鬼族を焼く。一匹見えたら百匹はいると思え。一匹たりとも見逃すな。
魔族に種類はいくつもあれど、下級だからといって侮ってはならない。数を増やされると厄介なのだ。
ここで全滅させておけば、向こう半年は小鬼族の被害に悩むまい。大軍でなければ、ギルドに雇われた冒険者で事足りる。
――さてさて、そろそろ終わりも見えてきました。
小鬼族たちの悲鳴の向こう側から、人の声が聞こえてきた。共闘している冒険者たちだろう。
私は吐息の効果範囲を狭める。一匹一匹を漏らさないように仕留め、戦い方をひそめていく。
冒険者の前で、無暗やたらに力を見せるわけにはいかない。どこの誰が、私の力に気づくか分からない。
私はあくまでも魔法使い。勇者さまのお供という立場なのだ。
手柄は勇者さまとラミに譲り、私は目立たぬようにする。このことは事前にラミに伝えておいた。事情を知っているので、ラミも二つ返事で了解してくれた。
ラミの火の精霊が、文字通りに火を吹いている。小鬼族たちは、もう全滅寸前だ。後は冒険者たちに全て任せてもいい頃合いだ。
「ラミ」
「あ、はいっ!」
私の呼びかけで、ラミも精霊を収める。代わりに響いてきたのは、剣で、槍で、弓で、その他もろもろで小鬼族たちを倒す冒険者の戦いぶり。
――ギルドもリースマン卿からの依頼ということで、奮発したんですねえ。
数も質も良さそうな冒険者が活躍している。その中の何人かが私たち勇者パーティに気づき、声をかけてきた。
「勇者様たちはの方はいかがですか!?」
一番に声をかけてきたのは、二十代くらいの若い冒険者だった。
「こちらはほぼ終わりです。後はお任せしてもいいでしょうか?」
「えぇ、任せてください!」
怯えて戦意をなくした小鬼族など、冒険者にとってはレベル稼ぎのエサみたいなものだ。
出来高制というのもあって、戦意は充分。おそらく、任せずとも果敢に戦ってくれていただろう。
――撤収してもいい頃合いでしょうか。
私は何気なく、冒険者たちの戦いっぷりを見る。
剣士、戦士、魔法使いに聖職者。たくさんの冒険者たちがいるが、その中で一番目立つのは先陣を切って戦う剣士だった。
まだ若い、少女だった。で、ありながら、二本の剣を振るって、先へ先へと進んでいる。
女性の冒険者というのは珍しくない。とはいえ、見たところ勇者さまとそう大して変わらない年頃の少女が戦うというのはあまりない。
それでいて、戦いなれている感じがする。小鬼族たちの姿にも数にも恐れることなく向かっている。
あの様子からすると、レベルも高そうだ。腕の良い少女剣士。なんとなく気になるので、ギルドに詳細を聞くのもいいかもしれない。
「こちらはもう終わりでしょうか?」
額に汗を流しながら、ラミが尋ねてくる。
私はうなずき、
「後は冒険者の方々にお任せしましょう」
「はいっ、分かりました!」
ラミが了解するのに合わせて、勇者さまと、
「なんだなんだー、小鬼族は相手にならないなあ」
「勇者さまは見ていただけでしょうが」
「なにおう?」
いつものやり取り。
「味方の数が多いと楽ですね。私たちだけでは、打ち漏らしが出たでしょうし」
「そうですね……。味方の数は、やっぱり大切だと思います」
ラミが素直に同意する。
――ふうむ、数ですか……。
元々少人数だったとはいえ、今は私たちは三人だけ。少数精鋭といえば聞こえはいいが、単純に人材不足という話でもある。
――かといって、ただ募集すればいいわけではないのが痛いところです。勇者さまと私の秘密を、いちいち説明するわけにもいきませんし。
私と勇者さまの契約について知っているのは、今のところラミだけ。これも特別な事情があってのことだ。できうることならば、知られたくはない。
秘密を漏らさず、それでいて純粋に協力してくれる者は、そうそういないだろう。こればかりは、例え国王に頼んだところでどうしようもない。
――どんな人材ならいいんでしょうね。悩ましいところです。
悩みながら、私たちは戻ることにする。
今回は大規模な作戦だということで、簡単な陣をしいてあった。そこに戻り、私たち三人は、あてがわれた天幕の中に入った。
「なんだ、悩み事か?」
「ええ、ちょっと」
「ふうん……。あんまり悩みすぎるなよ」
「そうですねえ」
勇者さまは私の心を読むのが上手い。元々が賢い子なのに合わせて、付き合いも長い。戦場では大雑把に見えても、多感で繊細な少女なのだ。
私が首を傾げながら考えていると、外がにわかに騒がしくなってきた。
天幕から顔を出すと、人がかなり増えていた。冒険者たちだ。小鬼族の掃討が終わったらしい。
その中には、私がさきほど見かけた少女の姿もあった。返り血もそのままに、一人で剣を磨いていた。
黒髪い短髪で、体躯は小柄。小剣を磨く様は手慣れており、少女だからという危なさはない。そして、
――ふむ?
どうも、パーティを組んでいるようには見えない。他の冒険者たちは賑やかなのに、少女の周りだけ結界でもあるかのように、人がいなかった。
どういうことか。
私は、すぐそばにいた初老の冒険者を捕まえ、聞いてみた。
「ん? ああ、あの子ですか?」
「ええ。ちょっと浮いているように見えまして。あんなに若いのですから、ソロというわけでもないと思うのですが……」
私が述べると、初老の冒険者は眉と声を潜めて、
「それが、あの子はソロなんですよ。最近、『都市エステカ』のギルドに来たばかりの新参者なんですが、誰かと一緒にいたところを見たことがありやせん」
「ソロ、ですか。理由などあるのでしょうか?」
「すみません、俺たちもよく知らねえんです。何人か声をかけてみた、って奴もいるんですが、どうも断られたか無視されたからしくて」
「なるほど。ありがとうございます」
「いえいえ。魔法使いさんもお疲れ様でした」
初老の冒険者は、会釈して去っていく。そちらはちゃんとパーティメンバーがいるようで、何人かで話し合っていた。
――気にはなりますが、詮索するのも野暮ってものでしょうか。
ソロを好むのならば、余計な干渉も迷惑だろう。私が気にするのもお門違いか。
天幕に戻る、と、
「マックスー、果物くれー」
「はいはい。頑張ったご褒美ですよー」
「……マクシミリアン様も、厳しいようで甘いところ、ありますよね」
寝そべって果物をねだる勇者さまに干したリンゴを食べさせつつ、私は少女のことを頭の片隅に置いた。
今回からキャラクターの心情を分かりやすく、表現を変えてみました。
いかがでしょうか?
反応いただけると幸いです。




