7 マックスは見守る
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「ただいま戻りました」
私が扉を開けると、勇者さまが床に座り込んで考えごとをしていた。
「勇者さま?」
「ん? あ、おかえりー」
何かあったのだろうが、あちらはいつもの調子だった。ならば、私から聞くことはない。
それよりも、と私が気になるのは、先日の龍族たち。あれから数日経つが、今のところ、不穏な気配はない。
屍龍族の方は、腐り落ちる寸前だった。何か起きるならば、そろそろかと覚悟を決めている。
青い龍族一体で抑えられるならばいいのだが。しかし、あの屍龍族はかなり高位の龍族だったろう。一対一では青い龍族の方が苦戦しそうだ。
私は、村を回りながら、常に山に注意を払っていた。いつでも向かえるように。
――穏便に事がすむなら、いいんですけど。
そうならないとは分かっているからの呟きを、胸の内にしまう。
「マックス、飯つくるぞー」
「あ、はいはい」
私は勇者さまの後に続いて、台所へ。
豪勢なものは作れないものの、村の人たちから野菜などを貰っている。簡単な食事ならばいくらでも作れる。
しかも、意外かもしれないが勇者さまの作る食事というのはかなり美味い。昔は家事が得意だったというだけある。
――同じ刃物でも、聖剣よりも包丁の方が似合いますね。
食材を裁く手は早く、野菜が適度な大きさに切られていく。それと調味料を鍋に入れて煮込めば、勇者さま特製シチューお手軽版の完成だ。
普段は食事をしない私も、こればかりは興味を惹かれて食べてしまう。
「マックスー、すぐに作っちゃうから、ラミ呼んできてくれ」
「はいはい」
ラミは部屋だろうか。扉をノックして、声をかける。
「ラミ、食事にしましょう」
気楽に声をかけたつもりだったが、返事は小さく、聞きとるのが難しかった。
――勇者さまと、また何かありましたかね?
先日の口論をつい思いだしてしまう。あの時よりも、ラミの返事は落ち着いていたが。
返事をしてくれたので、詳しくは聞かずに私は勇者さまの手伝いに行く。既に、台所にはよい香りが漂っていた。
勇者さまも、気分が良いのか鼻歌など歌っている。
――あえて私が首を突っ込む必要はなさそうですね。
私は疑問を捨て、棚から皿を探し、テーブルに並べていた。
その時だった。おぞましい気配と、
「っ!?」
爆音が聞こえた。
大地が震え、家が軋む。窓から外を見てみれば、山から黒煙が上がっていた。
村人たちも、何事かと顔を出している。
「勇者様! 魔法使い様! 精霊使い様!」
村長が一番に駆け込んできた。私は入れ替わるように、外に出る。
「あ、あの、これがこの前仰っていた……!?」
「そのようです。村人たちは、念のため、家の中に。あなたも早く家に戻ってください」
「だ、大丈夫なのでしょうか? 村には、なにも?」
「そのために、私たちがいるんですよ」
音に驚いた勇者さま、ラミも飛びだしてきた。
「マックス、始まったのか!?」
「えぇ。私は様子を見に行きます。勇者さまとラミは、ここで待っていてください」
「むー。無茶はするなよ?」
「安心してください。すぐに帰ってきますよ」
私は飛翔の吐息ですぐに飛んだ。そこへ、
「マクシミリアン様! アタシも行きます!」
ラミが、並んで飛んできた。
私の飛翔に合わせられるくらいの速度。かなり風の精霊に無理をさせている。
「ラミ、あなたは家に……」
「行かせてください! アタシは、あの龍族たちを見届けたいんです!」
私は否定の言葉を作ろうとして、ラミの決死の表情を見て口をつぐんだ。
どう言っても帰りそうにない顔だった。そればかりか、私を追い抜いてでも進もうという意志を感じる。
「……危ない真似はしないように!」
「はいっ!」
私は、ラミの速度に合わせて飛んだ。先日は半日近くかかった距離も、身軽な今なら大して時間がかからない。
だが、
――かなり派手にやっていますね。
遠目に見ても分かる。山を焦がす炎と、それに合わせて霧のような影も見える。
屍龍族の腐敗の吐息だろう。
「ラミ、決して結界を解かないでください。まともに息をすれば、肺が腐りますよ!」
「っ、は、はいっ!」
風の結界を厳重に使うよう、ラミに言っておく。人間がまともに吸い込めば、いや、触れただけで体が腐る。
そういう私も、結界を強めた。反対に、飛ぶ速度を落とす。
ラミの速度が落ちている。風の精霊の加護にも限界がある。飛翔と結界の両方に全力は使えない。
それでも、次第に山並みがはっきりと見えてきた。二つの大きな影が、戦っている。
屍龍族と、青い龍族。一方は見境なしに暴れており、もう片方はそれを抑え込まんと必死だ。
私とラミは、二体から距離を取りつつ、空から二体の戦いを見守る。
――とはいえ、やはり青い方が不利ですか……。
ただ暴れまわる屍龍族に対して、青い龍族は周囲の、山や森への被害を考えてか攻撃は控えめだった。
龍族らしい律儀さが、今はもどかしい。手加減できる相手ではないのだから、配慮など忘れて戦いに専念して欲しい。
しかし、それを伝えられたとしても、青い龍族は約束を守るのだろう。人間に迷惑はかけない、と。
私はもどかしさを感じながら、隣にいるラミは息が詰まっているような表情で様子をうかがう。
二体の戦いに、対話はない。屍龍族の方は、完全に理性を失っているようだ。咆哮はすれども、もう意志が感じられない。
青い龍族は炎の吐息を吐きながら、吠えた。それは威嚇とも鼓舞とも言えず、
「悲しい、のね」
ラミが、呟く。
辛そうだった。苦しそうだった。そして、悲しそうだった。
炎は確かに屍龍族を焼いている。しかし、炎は、その実、涙なのかもしれない。
もう戻らぬ関係に、消し去るしかない同胞に、ただ泣いている。
人間の安全を考えるならば、すぐさま加勢するべきなのかもしれない。だが、青い龍族の咆哮が、私とラミの動きを封じていた。
それこそ、決死の覚悟で戦っているのだろう。大切な者が、もうこれ以上苦しむことがないように。真っ当に弔ってやるために。
熱風が、炎が、私たちの結界に阻まれ、ほどけて散る。それらが気にならぬほど、私たちは二体の戦いに見入っていた。
手は出せぬ、声もかけられぬ、ただ見守り、祈る。
勝利をではない。この悲しい戦いに、せめて望まれる決着を、と。
何かございましたら、一言でも頂けると幸いです。




