2 シャーマン・ラミは感じ取る
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噂に聞いていた村には、何事もなく到着した。
行動の早いリリアとマクシミリアンは、ラミの話を聞いたその翌日には馬車を手配し、用意の済んだ荷物を運びこんだ。
リリアが急いたらしい。リリア曰く、マクシミリアンの顔が気になった、だそうだ。
ラミには、マクシミリアンの表情というのが分からなかった。話をしていた時も、ただ首を傾げているようにしか見えなかった。
――でも、勇者様には分かったんだ。マクシミリアン様の、変化が。
そこに、複雑な感情を得る。今までなら妬いただけと思うものだが、ルシアナの一件以来、ラミはリリアとマクシミリアンの関係性の方に注意をしている。
かけがえのない友達。それが、ラミの知る家族のようなものと、どう違うのかはまだ分からない。
二人の絆は、とても固いように思える。友達、という言葉ではすませられないような、確固たるものだ。
ラミには分からなかった、マクシミリアンの小さな変化。それに気づいたリリアの本心は、どこまでマクシミリアンの傍らにあるのだろうか。
――友達、か。
ラミには友達という関係がよく分からない。部族では、皆が家族だった。兄弟姉妹というものならば分かるが。
村への道中でも、二人は他愛ない話をするばかりだった。果物がどうした、王都の店がどうなった、など。今回の件については五分と話していなかった。
――今は、任務のことだけを考えよう。
「おー、やっと着いたかー」
「勇者さま、転ばないでくださいよ?」
「わたしは子供じゃないぞ、マックス!」
「まだまだ子供ですよ、っと。ほら、早速」
「む、むー」
ラミは、今の感情を一旦、隣に置く。この話については、また改めて考える日が来るだろう。
さて、と気合を入れなおす。
到着したのは、王都からかなり離れた『ファウ村』。森に近く、その向こうには山が見える。
山にも緑はあるが、ところどころに岩がむき出しになるような、はげた部分がある。
――あれが、屍龍族のせいなのかな?
考えていると、突然の客に驚いた村人が出てきた。
「あの剣、あの鎧、もしかして……」
「勇者様? でも、なんでこんな村に?」
隠すこともない声で、村人たちは疑問を上げる。
それに対し、リリアも大きな声で、
「おーい、村長か誰か、偉い奴いないかー? 聞きたいことがあるんだー」
リリアが呼びかけると、初老の男が出てきた。
「は、はい、私が村長です。あの、勇者様、ですか?」
「おう、一応な!」
「はあ、では、勇者様は、なぜこの村に?」
「物騒な噂があったから、確認しに来た! この村の近くに屍龍族が出たって本当か?」
あまりにも遠慮のない事実確認に、村人たちはどよめいた。
「ああ、あの話ですか……」
村長はすぐに理解したようで、ラミたちを家へと招いた。
村人たちの騒ぎは消えない。視線に追われるようにして、リリアたちは村長の家へと入る。
簡素な家だったが、特別に古い場所や壊れている箇所もない。普通の家だ。
屍龍族に脅かされている、という噂があるにしては、綺麗なものだ。
「ようこそいらっしゃいました。粗末な家で、申し訳ありません」
「こっちこそ、いきなり悪いな! 話が本当なら大変だと思って、急いで来た」
「えぇ、その話についてなのですが……」
村長が椅子を勧めてくる。ラミたちは座り、テーブルをはさんで村長と向かい合う。
「実は、話としては本当なのですが、村には一切何もなく、私たちもどうしたらいいのか分からないのです」
村長は、困ったように、しかし気落ちも感じさせない声で言う。
「最初は突然の化け物に驚きました。ですが、化け物は遠くの山に降り立っただけでなのです」
「うん? 襲われたりとかなかったのか?」
「はい。私たちも最初は国に報告するか、冒険者ギルドにクエストを依頼するかで迷っておりました」
ですが、と村長は首をひねるかのように言う。
「ある日、声が聞こえました。“この村には何も危害を加えない。だから安心しろ”という声が」
声、と聞いて反応したのは、マクシミリアンだった。
「声、ですか?」
「ええ。村の全員が聞いております。実際、あれから一か月と経ちますが、村には何も起こってはおりません。言ってしまうと、平穏無事そのものなのです」
噂で聞いたのとは、かなり話が違う。村人が聞いたという声が気になる。
「龍族も人語を理解していますが、わざわざ人に呼び掛けてくるというのはあまり考えられないことですね。特に、何もする気がないならば……」
首を傾げるマクシミリアンに、村長も同意した。
「龍族の声を聞くというのは初めてでしたが、どうにも嘘には聞こえませんでした。実際にも、お話した通りですし……」
本当に、村には何もないらしい。
「あの、マクシミリアン様、龍族はアンデットになっても人の言葉を話せるのですか?」
「アンデット化しても、力のある龍族ならば話くらいはできるでしょう。龍族にとっては、話すというよりも思念で直接通話するようなものですが」
「では、嘘ではない、のでしょうか? この村には、何も起きないという……?」
「たぶん、何もないでしょうね。龍族が人間をだます理由なんてありません。何かやるなら、とっくにやられています」
マクシミリアンは言い切った。
「そういえば、噂では屍龍族は二体という話でしたが?」
マクシミリアンが問うと、村長はただうなずくだけだ。
噂自体は、そう間違っているわけでもないらしい。しかし、それにしては何事もなさすぎて、逆に不安感がある。
不安に感じるのは、ラミだけだろうか。マクシミリアンは悩み顔ながら暗くはなく、リリアに至っては持ってきた乾燥果実をかじっている。
「話を聞きに行ってみますか」
そうマクシミリアンが行ったのは、皆が話題に詰まってからだった。
「えっ、勇者様が屍龍族とお話を!?」
「え、わたしがするのか? マックス」
「いえ、話自体は私がやりますよ。勇者さまとラミには一応付いてきてもらいますが」
「ですが、魔法使い様、いくらなんでもアンデットと話など……。それに、何かあったら……」
何かあれば、村が危険にさらされる。とは、村長は言わなかった。寸前で飲み込んだらしい。しかし、マクシミリアンは察して、
「安心してください。村には何も迷惑はかけませんよ」
「それは、大丈夫なのでしょうか……?」
「えぇ。話ができるなら、どうとでもなります」
マクシミリアンが断言すると、村長も表情を明るくした。勇者とそのパーティの言葉ならば信じられると判断したようだ。
ラミたちは、空き家を一件借りることとなった。一応の拠点である。
「さて、いつ話をしに行くかですが」
「今からかー?」
「話を聞く限りではそれほど急ぐものでもないようです。明日にしましょう」
「うーい」
持ってきた荷物を運びこんでから、ラミたちは一息ついていた。
村長の話し方からすれば、確かに急ぐ必要がなさそうだ。村に被害はなく、話も通じる相手ならばマクシミリアンも対応できるという。
問題といえば、せいぜいでも山までどう行くか、という程度。森の中を通るとはいっても、出ても普通の獣くらいだろう。
ただ、気になることもある。
「マクシミリアン様、屍龍族とは、どのような話をなさるのですか?」
茶を飲みながら、ラミは聞いてみた。
「難しい話はしませんよ。単に、何をしに来たのか聞くだけです」
マクシミリアンは一つ吐息して、
「龍族がこんな人里近くに来て、しかもわざわざ話しかけてくるなんて普通はありえませんからね。害はないにしても、理由くらいは聞いておきたいものです。アンデットになったワケも。この村の一生が保証されているわけでもありませんし」
確かに、とラミはうなずく。
「では、屍龍族から理由を聞ければ……」
「まあ、素直に帰りましょう」
あっさりとしたものである。
ただ、ラミとてこの青年を少しは知っている。これは、ただの楽観ではない。マクシミリアンも、屍龍族相手に気を抜いたりはしない。
「ただの世間話で終わるといいんですけどね」
言いながら、マクシミリアンの声のトーンが少し下がった。
何か予感があるのだろうか。ラミはそれを訪ねようとしたが、
「……」
口をつぐんだ。深く聞いても、はっきりとは答えてくれない気がした。
「マックスー、ブドウ無くなった!」
「またですか。食べるの早いですよ、勇者さま」
リリアの他愛ない一言で、青年の調子は戻っていた。立ち直りが早いと思って、
――あ、もしかして……。
リリアの口調、態度はマクシミリアンの何かを感じ取ってのものではないだろうか。
リリアの、場の空気にそぐわぬ一言を受けて、マクシミリアンは調子を取り戻しているのではないか。
「帰りの分が無くなるので、今日はそれでおしまいです」
「んあっ! みみっちいぞ、マックス!」
「虫歯になりますよ」
「今までなったことがないから大丈夫だ!」
こんなやり取りをしながら、二人は過ごしてきたのかもしれない。互いに互いを気遣って。
――羨ましい……。
素直に、そう思う。
お互いが、大切にしあっている。一方的ではない信頼の在り方に、ラミは少し憧れた。
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