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9 マックスはまたチョコレートを食べる

これで大きな区切りとなります。

 王都に帰り着いたのは、『エルテル城塞』を出てから一週間後だった。

 国王への謁見と報告が今しがた終わり、私と勇者さま、ラミはやっと本当の意味で一息つけた。


「お疲れ様でした、勇者さま」

「あー、ホント、疲れたわー。営業モードは辛いわー」


 ――こらこら勇者さま、今は誰も見ていないとはいえ、王宮内で素を出しちゃダメですよ。


「マクシミリアン様、営業というのは……?」

「国王陛下に会う時に使う、猫かぶりのようなものです。私も見たことはないのですが」

「は、はあ……?」


 国王に会うのは、勇者さま一人だけ。私とラミは、謁見の間の前で待っていた。

 営業モードというのを、勇者さまは誰にも見せたがらない。よほど疲れるのだろう。がっくりと肩を落としながら、フラフラと歩いている。

 そんな状態でも、ちらりとでも城の誰かに会うと、シャッキリと背を正し、敬礼には返礼する。切り替えが上手いものだ。


「マックスー、店行こうぜ店。給料も貰ったしさあ」

「はいはい。ラミも行きますか?」

「えっ? あ、アタシはお邪魔になりますから……」


 恐縮するラミを誘ってみる。まだわだかまりがとけたわけではないが、だからといって邪険にする必要はない。


「邪魔になんてなりませんよ。ねえ、勇者さま」

「あー……。まあ、いいや。来るなら来い」

「それでは、その、はい」


 勇者さま、ラミと別れて、私は王城で使っている部屋へ。勇者さまの仲間ということで、それなりに上等な部屋だ。

 勇者さまは、私やラミよりも豪華な部屋を貰っているらしい。もっとも、本人はあまり使いたがらず、私の部屋でお茶をすることが多いのだが。


 外に出るといっても、私には用意らしい用意がない。せいぜいで、財布の中身を確認するくらいか。

 勇者さまへのお小遣い金額を考えつつ、給料から少し財布へ。三人分のお茶代くらいは、余裕なものだ。

 待ち合わせ場所は、王城正門前。なんとも分かりやすく、それでいて目立つ。

 勇者さまは、自分の顔が王都民に浸透していると分かりながらも、目立たないような配慮はしない。平然と、堂々とカフェに行く。


 最初はカフェの店員にずいぶんと恐縮されたものだ。何度か行くと、あちらも慣れてくれた。勇者さまは、普段はざっくりとした性格なので、威厳も何も見せつけない。

 それが良いか悪いかは、個々人の判断だろう。勇者さまの態度を、民にも気さくな、と取るか、勇者らしからぬ、と取るかは好きにすればいい。


 正門前に着いたのは、私が最後だった。また新しく買ったワンピースを着た勇者さまと、ローブをまとったラミが待っていた。


「遅いぞ、マックス!」

「すみませんねー」

「だ、大丈夫です、マクシミリアン様。アタシはいま丁度来たばかりで……」

「嘘つけ、わたしよりも先に来てただろうが」

「ゆ、勇者様!?」


 それはともかく。

 三人で入ったのは、以前勇者さまと来た、あのカフェだ。


「イチゴのパンケーキ!」

「チョコレートの、今日はムースを」

「あ、アタシは……」

「ラミにはシフォンケーキをやってくれ」

「え? え?」

「お前、ふわふわしたの好きだろ。シフォンケーキはふわふわだぞ」

「ふわふわ……。なら、それで……」


 注文が終わると、私はお約束になっている沈黙の結界を展開する。


「ま、なんつーか、お疲れー」


 勇者さまが、いつも通りのざっくりとした締めを行う。


「お疲れ様でした、勇者さま、ラミ」

「は、はい。……お疲れ様でした」


 ラミの声が、小さくなる。

 それに対し、


「あー、もう今回はとびっきり疲れたわー。色々ありすぎた」


 勇者さまは、変わらぬ態度で語りだす。私も気にせず、


「大変でしたねえ」

「あー、ったく、疲れた以外の感想が浮かばねー」

「いつもそんなこと言ってません?」

「いつも疲れる。でも今回は特別疲れた」


 調子を合わせると、勇者さまはだらりと椅子にもたれかかる。


「人間だの魔族だの、なんかわたしの周りはいっつもうるさいよなあ」

「そうですねえ」

「王様に話したらさー、えっらい驚かれてさー。これはあれだね、また貴族とケンカするね」

「国王も大変なことで」

「心当たりあるみたいだったから、たぶんすぐにつるし上げられるんじゃね?」

「廃絶派も、しつこいですからねー」

「ま、しばらくは落ち着くまで時間かかるね。任務もなさそうだし」


 だらだらーっと話していると、ラミが混ざってきた。


「あの、勇者様。任務は国王陛下からいただくものしかやらないんですか?」

「ん? まあ、基本的には」

「勇者様なら、冒険者ギルドのクエストでも余裕なのでは……? 最近は魔獣の被害なども聞きます。お時間があるなら……」

「あー……」

「それに、クエストで名を上げれば、廃絶派も動きづらくなると思います」

「んー、それはあるかもなんだけどさー……」


 勇者さまが返答に詰まる。一応、そんな時期があったのだが、


「わたしじゃなくて、マックスの名前の方が売れるんだよな。っていうか、相対的にわたしの評価が下がる」

「え? あ、あー……」


 勇者さま、戦えませんから。戦うのはほぼ私の仕事で、皆さんの視線を集めるのも、私なんですよね。


「だから、むしろやるな、って言われてるんだよねー。王様から」

「そう、だったんですか……」

「確かに、普通だったらラミの言うことが正論なんだけどさー」


 今度はぐったりとテーブルに突っ伏す勇者さま。


「ま、わたしらはわたしらのやり方でいくしかないわけよ。おっ」


 注文の品がテーブルに並んだ。勇者さまは先ほどまでとは一変して、ナイフとフォークで戦闘態勢を整える。


「へへっ、いただきまーす」


 思うに、勇者さまはスウイーツを食べている時が一番輝いている。剣を振るよりも、ずっといい。


「アタシたちのやり方ですか……」


 ラミは、ケーキを見つめて何やら悩み始めた。

 私は自分のムースを突きつつ、ラミに言う。


「現状で私たちができるのは、勇者さまがそれなりに働いていると示すことくらいです。勇者さま自身の評判を上げる方法がないもので」

「そう、ですか……」

「なんだなんだ、せっかく美味いもんがあるんだから、食べてから悩め!」

「……いつも、こんな感じなのですか?」

「基本的には」


 ――例外的にしおらしくなる場合もありますが。あと、本当に勇ましくなる時も。


 ラミも悩むのを止めて、ケーキを食べだした。私はそれを見つつ、


 ――いつか、本当に気楽に過ごせる時が来ればいいのですが。


 と、儚い願いを抱いた。

とりあえずの一段落。

単行本一冊分とまではいきませんでしたが、第一部終わりといった感じです。

ここまでの評価、ご感想などありましたら、よろしくお願いいたします。

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