8 シャーマン・ラミは知る
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約束、と言って見せられたのは、リリアの背中に書き込まれた文様だった。
肩甲骨の間を中心に、見たこともない赤い文字で円陣が書かれている。
「魔法陣……?」
普通の魔法陣ならば、ラミでも読み解ける。かといって、精霊召喚に使うものとも違う。
よく見れば、魔法陣は淡い光を放っていた。今も稼働している。
「約束……、ああ、もういいや。お前らから見たら、呪いっていうんだろ。好きなように言えばいい」
「呪い? では、マクシミリアン様は、魔族……?」
「違う。あんな魔族がいるもんか」
リリアはため息を吐きながら、
「確かにマックスは普通の人間じゃない。でも、絶対に魔族でもない。これは、わたしが望んだものだ」
言葉には、まだ含みがある。何かを隠している。
しかし、嘘は言っていない。背中を向けて、投げやりながらも放たれる声に、偽りは感じられない。
「これがあるから、強くなれないと……?」
「そうだ」
「消すことは……?」
「できない。マックスが死なない限りはな」
この文様がある限り、リリアは強くなれないと言う。さらにマクシミリアンが死なないと消えないとも。
分からない。ラミには、真の意味までは読み取れなかった。淡々と告げられた事実を咀嚼するので精いっぱいだ。
「これは、マックスとの約束の証。わたしは、わたし自身の可能性を捧げることで、マックスと一緒にいられる。勇者っていう、この世で二つとないものを条件としてな」
「ルシアナは、これを知って、二人を殺そうと……?」
「ふん。これを知ってるのは、わたしとマックスだけだ。見せたのは、お前が初めてだよ」
もういいだろ、とリリアは服を着た。
「これについて、お前が誰かに言おうとすれば、そこの奴がお前を殺すぞ」
「えっ……?」
そこ、とアゴで指された先には、
「勇者さま、そこまでする必要はなかったのでは?」
「説明するより、見せた方が早い」
黒衣の魔法使いが、扉を背にして、立っていた。
いつもは穏やかな顔が、険しかった。怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。
「マクシミリアン、様、あなたは、一体……」
「答えないぞ、マックスは。しつこく聞くと、そいつは簡単にキレるしな」
「一応、自重はしていますよ」
マクシミリアンの、いつになく鋭い視線が、ラミを貫く。
「アタシは、どうしたら……」
「好きにしろ。わたしを殺そうとしてもいいし、マックスを殺そうとしてもいい。誰かにこれを告げ口してもいいかもな。まあ、何にせよ、マックスがキレるだろうけど」
「だから自重していますって」
まあそれでも、とマクシミリアンは続け、
「勇者さまに危害を加えるなら、ラミが相手でも容赦はしません。悲しいですけどね」
黒い青年の目は、本気だった。
「……アタシにとって、ルシアナは特別な人でした。家族みたいに」
「知っていますよ」
「マクシミリアン様にとって、勇者様はどんな人なんですか」
マクシミリアンはすぐには答えなかった。考え込み、うなずいてから、
「かけがえのない友達です」
「友達……?」
「私は家族というものがいませんからね。家族みたいに、という感覚は分かりません。ただ、これ以上ないくらいに大切な人です」
マクシミリアンの言葉は重かった。友達、それはきっと、ラミがルシアナに思っていたものと同じくらいの意味があるのだと分かる。
「……アタシには、まだお二人のことが全部は分かりません」
でも、と置いて、
「お互いに、大切にしあっているのは、なんとなく分かります」
だから、
「これからのお二人を、見ていきたいと思います。私が、お二人のことを、もっと知るために」
「知って、どうするんです?」
マクシミリアンが、真顔で聞いてくる。
「それは、まだ分かりません。その答えを探すために、一緒に行きます」
背後で、リリアがため息を吐いた。
「好きにしてくれ。好きに見て、勝手に判断してくれ。わたしはもう知らん」
「……はい」
まだ、ラミの心の中には、わだかまりがくすぶっている。二人の関係はまだはっきりとは分からず、マクシミリアンの正体にも見当がつかない。
だが、憎しみとも思えた感情は落ち着いた。
「ありがとう、ございました」
腰を折ると、リリアは鼻を鳴らした。それは、怒っているというよりも、照れ隠しのようであった。
「明日には『エルテル城塞』から出るぞ。準備をしておけ。マックスもな」
「了解ですよ」
表情を変えぬマクシミリアンと共に、部屋を出る。
隣り合い、部屋に戻ろうとするマクシミリアンの服のすそをつまんで、
「これからも、よろしくお願いします」
自分でも聞き取りづらいほど小さな声で、言った。
それを受けて、
「ええ、よろしくお願いします、ラミ。貴女の答えが出るまで、いえ、答えが出ても共に来てくれるなら、私は嬉しいですよ」
背を向けたまま、黒衣の青年は答える。
「出立は明日の朝になるでしょう。それまでに、準備を」
「分かり、ました」
いつもとは違う、冷静な声。これもまた、ラミの知らなかった一面なのだろう。
好きだの、憧れだのを勝手に感じていた自分が、情けなくなった。
青年を、勇者を、これからよく知りたいと思った。二人を見ていられたなら、ラミもまた、自分の感情が決着するだろうと信じて。
「私はカーライル卿に報告してきます」
ラミが指を離すと、マクシミリアンは歩き、去った。
それを見送りながら、ラミは固まっていた拳を、ほどいた。
そろそろ大きな区切りがつきます。
明日の更新で、一段落するところです。




