やり過ぎました
魔素と不思議で創られし世界、アルカディア。そこには三つの国が存在し、それぞれ独自の文化を育んでいた。
東には力と自由を愛する国、バーガンディ。
西には魔導と伝統を重んじる国、プルシア。
南には神への信仰を説く国、ライムライト。
そして北には、凶悪な魔物が闊歩する“魔域”、グラフェルス。
“魔域”とは、人体に有害な魔素溜まりが多数存在する危険区域である。その範囲は地図にしてみてアルカディアの三分の一を占めるほど広大だが、人の立ち入りを拒む未踏の地である為、内部について未だ詳しい事は分かっていない。唯一判明している事と言えば、人類の天敵とされる魔物が、かの区域から現れるという事実だけであった。
魔物は人類にとって脅威である。それらは悪の眷属と呼ぶべき禍々しい姿形をしており、人を襲う。人々は長年、防戦一方の体制を余儀なくされていた。
三国の仲は決して友好的ではない。しかし互いに不可侵を結び、安寧に暮らして来れたのは、皮肉にも共通の敵たる魔物の存在が大きかったのである。ーーーだが。
そんな危ういバランスで、三千年間成り立って来た協力関係が今、脆くも崩れ去ろうとしていた。
「そなたのせいでな。騎士団長ステラよ」
「…えっ?」
上から重い溜息が降ってくる。私は思わず垂れていた頭を上げ、不敬にも頭上を見上げてしまった。
繊細な技巧の施された銀製のフレームに、国宝である赤水晶をふんだんにあしらった、それだけで大金貨数千枚の芸術価値がある玉座。そこに座せるのは、我が国創史以来の賢王であらせられる、ラルフ・バーガンディ王その人だ。
「さっぱり分からぬという顔じゃの」
「申し訳ございません」
「では聞こう。本日の戦果は?」
「はい。北の門付近に出没した昆虫の大型種を一体、魔の山脈の麓に巣を作っていた鳥類の大型種を一体、それぞれ討伐する事に成功しました。そして、それぞれの眷属である小型種を、合わせて十体余り…その……」
だんだん尻すぼみになってく自分の声。あ、あのう。目がすわっております、陛下。
「余の話を聞いておったか?」
「もっ勿論ですわ!」
「では、大型種一体に対し必要な戦力を述べよ」
「我が国の騎士団の戦力を鑑みるに、大隊を出す必要はございませんでしょう。中隊が二つもあれば、事足りますわ」
「得られる戦果は?」
「討伐は叶わずとも、魔域へ追い返す事は容易いと考えます」
「して、そなたは災厄級である大型種二体とその眷属をどうしたと?」
「と、…討伐しました」
「……」
「……」
「…それは、どれくらいの戦力で挑んだのだ?」
ごくり。静まり返った玉座の間で、誰ともなく息を呑んだのが分かった。
「私一人、ですわ」
「……」
えへ、と小首を傾げてみる。何故かとっても疲れたような顔をしていた陛下が、いよいよ頭を抱えてしまった瞬間だった。
どうやら私、やり過ぎてしまったようです。
(一体どこで間違ったの?)