五章十話 『この世は夢想、掲げよ貫け』
魔王城正面玄関前、戦闘部隊の者達が集まっていた広場は既に閑散としていた。
ほとんどの者が四人組を作り終え、散っていったのだ。
そこをラカンカ、エミリア、ピコティの三人が歩く。
「なぁラカンカ!おいら達、最後の一人を探さなくてもいいわけ!?」
トウガ傭兵団の少年、ピコティが馴れ馴れしく話しかけるので、ラカンカは半ばうんざりしていた。
「だから俺はトラップ担当なんだよ。俺の班もそうなる。人手はそんなにいらねぇんだ。
確かに枠が1つ余っちゃいるが、埋める気はあんまりねぇ。
埋めるとしたら、誰とも組めなかったポンコツを拾ってやるぐらいの慈善事業用だな―――」
そこまで言いかけたラカンカが、広場の隅にいた彼女と目が合う。
一人、ぽつんと佇むマリーゴールド。
「あー、いや、まさか本当にいるとは…………」
「…………今の話、本当ですの……?」
「え?」
もはやプライドもぐしゃぐしゃのマリーゴールドが、泣きそうな顔でラカンカに食いつく。
「枠が一つ!余っているというのは本当ですの!?
わたくし、わたくしを入れなさい。入れて下さいお願いします!
荷物持ちでも何でも致しますわ!!」
取り残された不安からか、必死なマリーゴールド。
「お、おう…………」
面喰うラカンカ。ともかくここでも1つの班、ラカンカ班がまとまる。
その日の夜のこと。
「ま、無事チーム分けが済んだみたいで何よりだ」
魔王城三階の一室にて、ツワブキが安心したような声をあげる。
彼の傍らには相棒のディル。
そして輪を描くように思い思いに座るのは、四人組チームのリーダー達。
ツワブキとディルを除いて八人だ。
「お前ら班長には、こうして俺の呼びかけで集まってもらうぜ。
主に戦闘部隊の今後に関して、魔物の対策等を話し合う。
ライラック、お前んとこはダンジョン攻略には無関係だが情報は共有しときてぇ。参加だけ頼む」
座る男達の一人、【黒騎士】ライラックは頷いた。
「とりあえず各自、仕上がったチームの紹介をしてってくれ。
まずは俺、ツワブキ班だ。最前線を仕切る予定だな。
メンバーは俺、【凱旋】のツワブキ、【隻眼】のディル、魔道士【蒼剣】のグラジオラス、それから騎士レネゲード」
「騎士レネゲード?誰だそりゃあ。いや、どっかで聞いたような気も………」
集まった一人、タマモが小さく呟く。
「次、ライラック頼む」
「ああ、まぁ集会で言ったとおりだな。
便宜上、騎士隊とでも名乗らせてもらうが、魔王城の外から来る攻撃を対処する衛兵のチームを私が率いる。
メンバーは私を入れて十六人だ。
しばらくは各員の訓練に注力しつつ見張りを請け負う。
シフトはその内、ツワブキ、あんたに提出すればいいのか?」
金色の髪、渦巻く双眸、黒に塗りたくられた鎧。
二人目の班長、五英雄の一人【黒騎士】ライラックは慣れた振る舞いだ。
「まぁ頼む。俺も管理職らしいトコ見せないとな」
特に決まりもなかったが、次を請け負ったのはライラックの横に座っていた人物だ。
三人目の班長、同じく五英雄【刻剣】のトウガ。
バンダナを頭に巻き、その戦歴に対して穏やかな佇まいだ。
「トウガ班をまとめさせてもらうトウガだ。
俺の班はトウガ傭兵団に属していたメンバーになる。
傭兵ヨウマとヤクモ。そして魔道士ユーフォルビア。
手前味噌だが、全員魔王軍の猛攻を経験している面子だ。
ダンジョン攻略の経験はないが戦闘慣れしている。
戦いなら任せてもらおう」
彼と、隣の席は大きく間隔が開く。
横に座る男、ディフェンバキアの巨体のせいだ。
四人目の班長は、ツワブキを超える経験を持つ探検家。
「【迷い家】と呼ばれる、探検家ディフェンバキアじゃ。
わしの班は戦闘というよりは建築を主に担当しようと思っている。
階段、梯子、休憩所に架け橋…………。
これから出くわすダンジョンで、何か不便なところがあれば言ってくれ。
メンバーはわしの弟子である探検家ゴーツルーと、ガジュマルという青年。
魔道士ハイビスカスを迎えておる」
また間隔を開けて隣に腰掛けるのは、鎧から布と包帯がはみ出、衣類に埋もれたような男……。
五人目の班長、ストライガだ。
「【殲滅家】って探検家界で言われる。ストライガだ。
メンバーは探検家【竜殺し】レオノティス。シキミって女が一人と魔道士パッシフローラ。
俺の経歴が魔王城で活かせるのが少し微妙だから、チームの役割としては戦闘寄りを考えている」
「ストライガはダンジョン探索の経験少ねぇからなぁ」
その隣、ゆったりと椅子に腰かける六人目の班長、タマモがにやにやと笑う。
「【狐目】のタマモだ。経験だきゃー長い地味な探検家だな。
ぶっちゃけ戦闘も強くねぇ。あんま前線には出ず、後方気味でゆっくりやりてぇな。
メンバーは相棒の【狸腹】のモロコシ、若手のズミと魔道士グロリオーサ。よろしくな」
タマモに続くのは少し緊張気味の、精悍な中年騎士。
七人目の班長、タチバナ。
「タチバナ班の班長を務めさせてもらう、タチバナと申す。
私は遠い花の国出身で、誇れるような技能も経歴もないが………。
この地で役目を果たしながら魔物のことを学びたいと思う。
メンバーは私も含めて素人ばかりだ。
農村出身のスズナとスズシロという若者に、魔道士エーデルワイス。
今のところ何ができるというわけではない。雑務など何でも言ってくれ」
「熱心な男だなー。嫌いじゃないどころか大好きだぜ」
ツワブキが豪快に笑い飛ばした。
「それに比べてのラカンカよ」
「…………あんだよ」
八人目の班長ラカンカはナイフの手入れを止めてじと、とツワブキを見る。
「へいへい、【月夜】で有名なラカンカ様ですよー。
トラップ担当しか考えてねぇ。新しいダンジョンで、俺がクリアリングしていないところを勝手に歩き回らないでくれよ?
メンバーは【月落し】のエミリア、元トウガ傭兵団のピコティ、魔道士のマリーゴールドだ」
ラカンカは面倒臭そうな顔を隠さない。
その横で九人目の班長、アシタバは自己紹介の最後を請け負った。
「一応【魔物喰い】って呼ばれてる。探検家のアシタバだ。
俺の班は今のところ、戦闘以外の魔物処理を考えている。
メンバーは両手斧使いのオオバコと、ナイフ使いのキリ。
………それから、王女ローレンティア」
静寂。
「はぁああああ!!?」と、タマモとラカンカが驚嘆する。
「おいおい、それはありなのか?」と、ストライガも流石に目を丸くし。
「ばっきゃやろう、団長様がいいって言ったらいいんだよ!」
何故か開き直るツワブキ。
「いやぁ団長様を引っ張ってくるとは。アシタバ、やり手だなぁ」
と、トウガが感心したような声をあげ。
「ほっほっほ!」と、ディフェンバキアは愉快そうに笑う。
アシタバはしばらく全員からの、好奇の視線に耐えることとなった。
ともかく、九人の班長。
最前線担当、探検家、【凱旋】のツワブキ。
衛兵担当、騎士、【黒騎士】ライラック。
戦闘担当、傭兵、【刻剣】のトウガ。
建築担当、探検家、【迷い家】のディフェンバキア。
戦闘担当、探検家、【殲滅家】ストライガ。
後方支援担当、探検家、【狐目】のタマモ。
後方支援担当、騎士、新参者タチバナ。
罠解除担当、大泥棒、【月夜】のラカンカ。
魔物処理担当、探検家、【魔物喰い】アシタバ。
これらの面々が、今後の戦闘部隊を引っ張っていくこととなる。
「次の探索は割と早いぜ。今月末を考えている。
メンバーは俺の方でオーダーを出すが、全員準備はしておけよ!」
ツワブキの号令と共に、班長達は解散した。
率直にいえば、使用人エリスはローレンティアが嫌いだった。
自分の捧げてきた努力を無に帰した張本人だ。
いつまでも人との関わりを恐れてうじうじしている様は苛々したし、呪いを持っていたとはいえ、王族に生まれただけで部屋に引きこもって生きていけるという境遇を、彼女は何とも思っていない。
だからエリスは疎まれ、避けられ、呪いとともに孤独になったローレンティアに何もしなかった。
距離を置き見ているだけだった。ささやかな復讐とも呼べるのだろうか。
ローレンティアの呪いを疎んでいるわけではない。
この境遇に自分が巻き込まれたことも、何とか飲み込もう。
それでも、それでもまだエリスは、ローレンティアを許すことができなかった。
そして時が経ち、ローレンティアに魔王城行きが告げられる。
今まで辺境の古びた城で渋々付き合っていた使用人達も、流石に魔王城へは行けないと辞めていった。
残ったのはエリスただ一人だ。ここでも彼女は押しつけられた。
揺れる馬車、魔王城行きを女王に告げられ沈むローレンティアに目もくれず、エリスは能面のような顔で外を眺めていた。
既に、故郷の母親が死んだという便りが来ていた。
彼女が苦汁をなめて手に入れたお金を使う相手は、どんな辛い目にあっても彼女の為にと思えた相手はもはやいない。
注いできた努力を台無しにされ。
生まれだけに恵まれた者達がそれを嘲笑う。
責められない相手の不幸に巻き込まれ。
もはや仕える意味も失ったのに、彼女は魔王城へ行くこととなる。
諦観と倦怠感だけが彼女を支配していた。
私は、どうすれば。
「ローレンティア様………ローレンティア様!!」
再び、ローレンティアの館が騒がしい。
しかし今回、大声を出しているのは使用人のエリスだ。
彼女は台所の扉をあけると、水瓶の水を飲んでいたローレンティアを見つけた。
「ようやく見つけました!
今日は朝から御姿が見えなかったので、どこにいかれたのかと……」
「あぁごめんなさい、工房街の方へ出ていたの。
伝えておこうと思ったのだけれど、機会がなくて。
書置きしておけばよかったね」
健康的な汗と陽気な笑み。
本当に、つい四か月前、国を追われた時の面影はどこにもない。
「…………いえ、それはよいのです。ユズリハから聞きました。
戦闘部隊の一員として、ダンジョン攻略に参加することになったというのは本当なのですか!?」
「ええ。私からお願いしたの」
あっけらかんと答えるローレンティアに、エリスは少し呆けてしまう。
「…………な、何故そのような………」
「私がそうすべきと思ったからよ」
それは、根拠はなく。けれど否定し難い、自信に溢れた言動だ。
ローレンティアに仕えて八年。
親や兄弟とも接触の少なかったローレンティアを、事実上最も理解しているのがエリスだ。
今まで臆病に蹲る主が、彼女の予想の域を出たことなどなかった。
それが、ここにきてから尽く変わっていく。
最初は咲き月初日、トラップにかかり穴に落ちた直後のことだ。
あれだけ大勢の者たちの前で堂々と喋るローレンティアの姿を、エリスは想像すらできなかった。
戦闘部隊のスライム狩りを、見学したいといったことも。
円卓会議で、スライムシートの利用を勝ち取ってきたことも。
樹人の件の後、キリという少女を護衛に連れてきたことも。
そしてハルピュイア迎撃戦、自らが疎まれる原因となった呪いを、衆目に晒しながら最前線を務めたことも。
全て、エリスの予想を超える出来事だ。
彼女は変わった。現在も変わり続ける。
あの日、魔王城の地下に落ちたあの時から。
「……納得しかねます。何故王族の、団長の貴女がダンジョンへ行くのです。
明確な理由がなければ…………。
橋の国へ王族の品格を損ねる恐れあり、と報告させて頂きます」
それは。
ずっと皮を隔ててローレンティアと接していたエリスの、初めて発露した感情だ。
今まで底に抱えてきた苛立ちか、憎しみか。心配か。エリス自身にも分からない。
立ちはだかる彼女を、ローレンティアは澄んだ目で見つめてくる。
そんな目は、ここに来るまで一度もしたことはなかった。
「トウガさんに言われたの。傭兵達の、戦闘部隊の……。
私の下で働く人達の、その意味を考えてやって欲しいって」
「………………」
「先月のハルピュイア迎撃戦で八人、亡くなってしまった。
送魂式でエリスが言ったことは正しいわ。どうにもできなかった。
だからできなかったことを考えるのはやめたの。
ずっと考えていたのは、次、何ができるのか。
アシタバはね、死んだらそれまで、だから死を少しでも有効利用したいって言ってた。
でも私がするのはたぶん違う。その死に納得を与えてあげたいの」
「…………納得」
「死なせないように苦心するのは、きっとツワブキさんやアシタバがやってくれるわ。
だから私は意味を与えてあげたい。凄くおこがましいかもしれないけど……。
どうしようもなく死ぬ時に、死の際に、何か納得できる……。
明かりを灯せる意味を与えたいの」
彼女は考え続ける。変化し続ける。
今まで停滞し続けた分が、ここにきて解放されたかのようだ。
「でも私は何も知らない。探検家の考え方も、傭兵の死生観も、騎士の価値観も。
知らずに何かを与えることは、きっとできない。
理解をしたいの。できる限り、手を伸ばしたい。
魔道士達は、治癒魔法を掲げて人の輪に入って行ったわ。
私は自分の呪いを使って、銀の団に加わっていきたい。
この団の重心は円卓会議なんかじゃない。
この時代の世界の最前線、ダンジョン攻略に挑む人達よ。
そこから全てが始まり広がっていく。私はそこにいたいの。
彼らを見て、共に生きて、そして知って、理解したい。
そうすれば私はきっと………何かを与えられるようになると思うの」
想像より広くを見て。想像より多くを考えている。
エリスは、毅然と立つローレンティアに何も返せなかった。
ただ。
どうして今更、という言葉だけが、彼女の中でうねり続けていた。
五章十話 『この世は夢想、掲げよ貫け』




