五章九話 『この世は悠久、穏やかなる日々を(後)』
「ラカンカ!!」
そう呼びかけられて、ラカンカはうたた寝から目覚める。木の上だ。
下には幹に寄りかかるように【月落し】のエミリアが立っていた。
声の主は彼女ではない。トウガだ。後ろに四人を引き連れてこっちにやってきた。
内一人は泣いている。
「…………ああ?」
面倒臭そう、と思いながらラカンカは上体を起こす。
「ラカンカ、お前メンバーは決まったのか?」
「まーだでーすよー。
俺はトラップ解除専門、そもそもチーム組む必要がないんで。
エミリア、お前も別のところいけよ」
「………私はお前の見張り役だ。別の班に行ってどうする」
「まぁ、とにかく決まってないんだな?そこで、ものは相談なんだが。
こいつをメンバーに加えてやっちゃくれないだろうか」
トウガが彼の背後に隠れていた、泣いている少年を指した。
12、3歳ぐらいだろうか。まだ戦場で生きるには早すぎる子供だ。
「や、やっぱりおいら嫌だよ!!」
トウガの話を無視してその子供が泣き出すものだから、ラカンカは渋い顔を隠さなかった。
「いい加減泣きやめよピコティ。女々しいぞ。
トウガ傭兵団組は5人なんだから、1人分かれるのはしょうがねぇだろうが」
「ユーは魔道士だし、トウガさんはリーダーだ。残るは俺とヤクモとお前だな。
年齢順、戦闘力順に言っても、お前が別の班に行くのが道理だろう」
「なんでだよ!!さみしいじゃんか!!ヨウマもヤクモも大っ嫌いだ!!」
「………おいトウガさんよ。俺は子守りを引き受ける気はないぞ」
冷たくラカンカが言い放つ。
トウガは困ったように頭を掻くと、その泣く少年、ピコティの前に屈んで目線を合わせた。
「ピコティ。何も俺は意地悪でラカンカのとこへ行けって言っているんじゃないんだ。
お前の傭兵団での役割はなんだった?」
「…………偵察」
「そうだな。ヨウマとヤクモは戦闘で、ピコティは裏方で頑張ってくれた。
お前はまだ若い。剣を振るうにも体は未熟だ。
対して、俺の班は戦闘寄りの色になるだろう」
「だから、おいらが要らないって?」
「然るべき場所でお前の技を伸ばせってことだ。
【月夜】のラカンカ、お前も知っているだろう。
銀の団が、戦闘部隊が今抱えている深刻な問題の1つが何か、お前分かるか?」
少年、ピコティは首を振る。
「トラップの専門家がラカンカ一人しかいないことだ。
先の迎撃戦で八人、命を落としただろう。
その一人がラカンカだったらどうなっていた?
俺にツワブキ、ライラック……これだけの猛者がいながら、トラップに二の足踏んでろくに進軍できなくなっていた」
「トウガ達がいても……?」
「ああ、そうだ。俺たちと同じくらいその役は必要なんだ。
お前にはあの激戦区で、偵察を務め上げた経験がある。
センスがあるんだ。それを磨けよ。お前にしかできないと俺は思っている。
あの大泥棒【月夜】のラカンカから技術を盗みまくれ。
トラップ解除をあいつの下で学んでくれ」
俺が死ぬ仮定の話を俺の前でするなよ、というラカンカの顔を無視して、ピコティはうん!と元気な声を出した。
「…………そういうわけだ。ラカンカ、頼まれちゃくれないか。
理屈や理由を伝えれば、言われたことは守る奴だ。
あんたの仕事の邪魔もさせない」
はあ、と面倒臭そうなため息を、わざと大きくついた。
しばらく間を取ってラカンカは観念したように言う。
「分かったよ。ピコティっつったな。
あんまり五月蠅くするようなら叩き出すからな」
一丁前に覚悟を決めたような、その子供の見上げる姿を、ラカンカは興味もなく見下ろしていた。
「あー、なんだ、まだ結構残っているんだなぁ」
【狐目】のタマモは呑気な声を上げた。
彼の背後には【狸腹】のモロコシと、律儀そうな若者が一人。
そして目の前には、三人の魔道士が立っていた。
「さぁさぁ選んでくださいな!
三人とも、修業を立派に終えた魔道士でしてよ!」
マリーゴールドが威勢よくポーズを決める。
「ああ、まぁ怪我を治してもらえるってのはありがてぇな。
うーん、だがなぁ。探検家っていうのはサバイバル……。
酷い時にゃ一週間風呂に入れねぇ時もある」
「………実験がノッてる時は、大抵そうなるけど」
隈の深いグロリオーサの返答に、タマモとモロコシは顔を見合わせた。
「いや……魔物の中にはグロいものもあってよ。見るだけで嫌になるんだ」
「それって蜘蛛の卵巣とか、鼠の内臓よりグロイわけ………?」
再び、タマモとモロコシは顔を見合わせる。
「……ダンジョンで迷って、食糧が尽きた時にゃその辺のもの食って凌がなきゃならねぇんだよ」
「…………蛙なら食べたことあるけど」
勢いよく彼女と距離を取り、タマモとモロコシは顔を寄せ合う。
「おい!どうなってんだモロコシ!!キリに続く逸材がもう現れたぞ!!」
「ぼ、僕にも分かんないや!今時の子の流行りか何かなのかな!?」
「…………あの?」
首をかしげるグロリオーサに、慌ててタマモとモロコシは向き直る。
「いやいや!なんでもねーぜお嬢さん!是非俺らのチームにきてくれ!」
「………こちらこそよろしく。ふふ、悪いわね。お先に失礼するわ………」
その陰気な視線をエーデルワイスとマリーゴールドに送り、グロリオーサも離れていく。
「………ふ、二人っきりになっちゃいましたね」
「…………胸を、胸を張りなさい。エーデルワイス。自信を持つのです」
何とか原形を留めるマリーゴールドの前に、またも男が現れた。
精悍な顔立ち、中年の騎士、先ほどアシタバ達に話しかけたタチバナだ。
「あー、魔道士さんというのはあなた達でよろしいのかな?
私はタチバナ、最後のメンバーを探しているんだが……」
彼の後ろには同じ顔の、村出身といった風貌の男女。
少女の方はハルピュイア迎撃戦、矢の射撃において、【鷹の目】のジンダイ、【月落し】のエミリアに続く三位の撃墜数を打ち出したことはあまり知られていない。
「よくぞいらっしゃいました!!
ここにいますは輪廻の魔道を極めた天才魔道士、わたくしマリーゴールド!!
そして銀の団一の治癒魔法を誇る、虚無の魔道士、エーデルワイス!!
どちらも一流の魔法使いですのよ!!」
「あー、うーん、我々は素人の集まりのチームなので、一流の魔道士さんに来て頂くのは申し訳ないが……。
そうだな、素人の集まりな分、治癒が潤沢だと嬉しい。
エーデルワイスさん、どうか私の班に加わって頂けないだろうか」
「わ、私ですか!?」
エーデルワイスが驚く。
「え、でも、わ、私なんかが……」
「お行きなさい、エーデルワイス」
おどおどとするエーデルワイスの肩を、マリーゴールドは凛と押す。
「うう、す、すいませんマリーゴールドさん!」
ぺこぺこ頭を下げながら、エーデルワイスもタチバナと共にいく。
魔道士達の中で、マリーゴールドだけが一人残った。
「おかしいですわね………あれ?うーん?」
魔王城北側、貴族区。
その一画、ローレンティアの館が何やら騒々しい。
「エリス!!エリス!!!」
叫ぶのはローレンティアだ。廊下をどたどたと走り抜ける。
「エリス!!!」
「どうしたのです、ローレンティア様。
あまり騒々しくしては気品というものが………」
「エリス!!できたの!!」
息を弾ませるローレンティアが満面の笑みで、手に持つ瓶を差し出す。
水の上にオレンジの油が浮いていた。
「瓶の中の宝玉よ!こんなに早くできるとは思わなかった!!」
どうなのだろう。
エリスはその修行の難易度を把握していないが、ここ数日、四六時中ローレンティアが瓶に向き合っていたのは知っている。
「宝玉ってこういうことなのね!取り出せたことが、宝物………」
年相応の少女らしく頬を赤らめる様子を、エリスは静かに観察していた。
「おめでとうございます、ローレンティア様。ひとまず報告に行かれては?
今日、戦闘部隊の方々は魔王城前に集まっていると聞いていますが………」
「本当?ありがとう!!ちょっと行ってくる!!」
どたばたと、瓶を持ったまま館を出ていくローレンティア。
「…………………………」
残されたエリスは痛感する。本当に、積極的になった。
良い作用ばかりであればよいのだが。
それはなんとも奇妙な遭遇だった。
アシタバ、キリ、オオバコの前に、ローレンティアが立っている。
走ってきたのか、はぁはぁと息を弾ませ顔も赤い。
「………ティア、なんで瓶持ってんだ?」
「いや、これはマリーゴールドに見せようと思って………」
「魔道士の修行らしいわ」
お茶会に参加していたキリが冷静に補足する。
「魔道士の?」
「その、私の呪いって魔法に通じるものがあるらしくって……。
ここのとこ、魔法のことを学んでいるの」
「へぇ…………」
顎に手を当てアシタバは黙った。考え事をしている。
「そっか………じゃあティア、俺の班に入らないか?」
その道理を外れた提案に、オオバコもキリも、ローレンティアでさえ呆気にとられた。
発言したアシタバも、遅れて自分の言葉を反芻し首を傾げる。
「…………いや、よく考えたら駄目だな」
自分の勧誘を即座に否定するアシタバに、他の三人は困惑した。
「もしも知らないなら補足しておくけど、彼女は団長でしょう?
王族っていう豆知識も加えとくけど」
キリが冷めた目でアシタバに皮肉を言い、呆れた顔のオオバコも続く。
「そもそも戦闘部隊でチーム分けしようって話だろうが。
なんでお前は勇者や団長を勧誘しているんだ?」
「必要と思ったから、だろう?アシタバ」
その声は背後から聞こえた。新たな登場人物……ツワブキだ。
「ツワブキ。広場の方はどうしたんだよ?」
「あらかた決まったからディルに任せてある。問題はオメーのチームなんだよ」
アシタバに答えながら近づいてきたツワブキは、ローレンティアに向き合った。
「どうなんだ、お姫さんよ。アシタバの提案は」
「え………?」
「ちょっと待ってくれ、ツワブキ」
ローレンティアの答えを待たず、アシタバが割って入る。
「さっきのは俺が悪かった。よく考えてなかったんだ。
ティアは団長、それでなくても橋の国の王族……。
樹人の時は特例だ。ダンジョン攻略に参加してもらうのは違った」
「違いやしねぇよ。よく考えていない時、なんでお前はお姫さんを誘ったんだ?
そうするべきと思ったんだろう。否定する理由は後から思いついた。
つまり、お前の直感がそう判断したんだ」
違わないツワブキの指摘に、アシタバは黙る。
「お姫さんよ、あんたは団長なんだぜ?
この団の中で多少のことは捻じ曲げられる。
円卓会議の承認が必要なら俺が根回ししといてやる。
団長の仕事が忙しいならこっちの仕事の都合はつけるぜ。
あんた、戦闘部隊の一員になる気はないか?」
「わ、私が…………?」
それは突飛な、奇妙な提案だった。
そ、そんなのありなんすか、とオオバコも戸惑った様子だ。
「ど、どうして私を………」
「アシタバと同じだ。俺も、そうするべきだと思うからだ」
揺るがない真剣な表情のツワブキ。
戸惑い、状況に追いつかない頭を動かしてローレンティアは考える。
咲き月、ウォーウルフの巣に落ちてから、彼女が関わってきた魔物とダンジョン。
スライム。樹人達の迷いの森。ハルピュイアと屋上の迎撃戦。
鳥王ジズに立ち向かい、命を落とした者達。
ジズに飛びかかった自分。その時の衝動。
屋台で、魔物を救えなかったと呟いたアシタバ。
スライムを使った水の浄化法を思いついた時。
迷いの森で、キリに手を差し伸べられたこと。
いい団長にする、と澄み月の宴で言ったツワブキ。
大工班シラヒゲを始めとする、自分を受け入れてくれた団員達。
戦線で散っていく者達と、何もできなかった自分。
ハルピュイアの大量の死骸と、生きてもいい意味を見つけたいと言ったアシタバ。
「私は――――」
そこにいたいと思った。
「御迷惑でなければ、参加させて欲しい、です」
ローレンティアの真っ直ぐな目をアシタバが受け止め。
「………分かった」
何か、1つ決心したように目を瞑る。
「キリ、オオバコ、いいだろうか」
「………団として許されるなら、私はその方が助かるわ。
一緒にいてくれた方が護衛がしやすい」
キリは淡々と肯定し。
「お、俺も勿論いいけど………。
団長さん……王女様?なんかすげぇな…………」
オオバコは少し面喰いつつも、否定しない。
ここに、戦闘部隊のチームの1つ。
リーダー、探検家【魔物喰い】のアシタバ。
元殺し屋、現護衛、斑の一族キリ。
勇者一行・大戦士の弟、探検家見習いオオバコ。
銀の団団長、呪われし王女ローレンティア。
以上四人による、アシタバ班が結成される。
五章九話 『この世は悠久、穏やかなる日々を(後)』




