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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第四章 流れ月、ハルピュイア戦役編
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四章一話 『戦争準備』

ハルピュイアの大群が攻めてくる。


その報せは銀の団中を駆け巡り、団員達に衝撃を与えていく。

泣き月終わりから流れ月にかけて、銀の団は異様な空気に包まれることとなる。




オオバコは魔王城の南部を歩いていた。

だだっ広い平地の南側は主に農耕部隊の土地として利用され、地面が耕された場所が幾つかあった。

まだ樹人トレントを用いた農法が提案される前、亜土ヂードゥの土地で農業を試みていた時のものだ。

遠くには牛舎や養鶏場、家畜用の建物が並んでいる。


南からハルピュイアがやってくる以上、ここが一番に危険に晒されるだろう。

農耕部隊の者達には早急に撤退命令が出され、騒動が落ち着いた今は道具の撤収に勤しむ何名かが出入りするのみで、閑散としている。

その中で一人、亜土ヂードゥに鍬を打ち込む老人がいた。


「ムクロジさん。ここで何やっているんだよ」


オオバコが叫ぶぐらいの大声で話しかけると、その老人は手をとめオオバコの方を見た。


「おーオオバコ君かぁ!何って畑だよ、畑」


亜土ヂードゥの土地では農業はできないって話になったろう、とか。

農耕部隊は主戦場を地下一階に移しているだろう、とか。

襲撃に備える今の状況で何で畑を、とか色々思うところはあったが。


「ムクロジさん、聞いているだろう。ここからはみんな撤退しているんだ。

 ムクロジさんも早く避難してくれ。同村出身者に死なれると目覚めが悪りいよ」


「んー?しかし、まだ残っとるものはおるが……」


ムクロジが近くに生える枯れ木を指す。

その幹に寄りかかるように一人の男が寝そべっていた。手には林檎。

目に掛かるほどのぼさぼさの黒髪と無精髭は、ともすれば浮浪者の恰好に近い。


「あー?おーい、アンタも早く避難してくれよ!!」


オオバコの声かけに、男は手をひらひらさせて答えた。

構わないでくれ、というぶっきらぼうな対応だ。

オオバコは諦めたようにため息をつく。


「とにかくムクロジさん、俺も手伝うから魔王城に行こう。

 持っていくもんまとめてくれ」


しばらくの後、オオバコはムクロジと、彼の私物を持って魔王城へ行く。

今や魔王城は、ハルピュイア襲撃に備えた砦として改築されていた。







銀の団が対ハルピュイア迎撃体制に移行し、最も忙しさに追われたのは銀の団秘書ユズリハだ。


体制の移行に伴う物資の消費、貯蔵先の移動、人の割り振り、各国への報告書作成………。

通常時の八倍以上の書類が彼女の下に押し寄せ、激務でげっそりとした死人の顔つきになっていた。

たまらずローレンティアはエリスを、ユズリハのサポートとして遣わせる。



その次は大工班だろう。

工房建造が終わり、しばらく満喫できるはずだった彼らのオフはハルピュイアの襲撃によって吹き飛んだ。

銀の団は流れ月の間、ハルピュイアの襲撃を受けやすく防衛に向かない宿舎の封鎖を決定した。

その上で、大工班達に急務が言い渡される。


彼らはグリーンピース達が探索し、後続の戦闘部隊達が安全を確保した魔王城二階、三階の個室を改築していき、人間用の部屋へと変えていく。

元々はゴブリン達が使っていた古く汚い部屋だ。

大工班の仕事前には主婦会が主導する掃除班が徹底的に掃除を行う。

子供や工匠部隊、農耕部隊の男達も混ざっていた。


そうして内装も含め作り変えられた二階、三階の部屋は、団員達の個室として宛がわれた。

ハルピュイア迎撃体制の間、彼らはそこで寝泊りをすることになる。

魔王城内部での生活に不満を漏らす者もいたが、目の前のハルピュイアの襲撃を考えると黙るしかない。

食堂は一階の広間へ移設され、主婦会の面々は食糧の在庫に神経を尖らせ、日々の家事に勤しんでいた。




四階及び屋上は、戦闘部隊のフロアと化していた。

四階には武器が散乱し、四方の吹き抜けには強固な防護柵が組み上がっている。

銀の団は魔王城屋上をハルピュイアとの決戦場と見据えていた。

昼夜絶えず15人が見張りとして常駐し、空に目を凝らす。

中央には工匠部隊の作成した大きな鐘が備え付けられていた。


「なあに、これ………」


キリは鐘の隣にあるその、巨大な何かを見上げた。

横のアシタバは砲塔に似ている、と思う。

琥珀色のワイヤーのような骨組みが茨の如く絡まり、籠状になっている。

そこから円筒状の、砲塔のようなものが斜め上へと伸びていた。


魔道砲門マナ・バリスタ、という」


声をかけられ、二人が振り返ると一人の女性が立っていた。

金色の髪はばっさりと短く切り揃えられ、女性的な鎧と腰の剣は騎士の出で立ちだ。

隣には、診療所でアシタバと会ったユーフォルビアがいた。


「どうも、あのー………」


「グラジオラスという。君達と同じ戦闘部隊、魔道に携わる者だ。

 来る迎撃戦でも共に戦うだろう。よろしく頼む」


恰好だけでなく振る舞いも騎士らしい女性だ。

ど、どうも、とアシタバとキリが応える。


「悪いが魔法はよく知らなくてな………これはどういうものなんだ?」


「君はバリスタを見たことがあるだろうか。攻城戦に用いられる巨大な弓だ。

 この魔道砲門マナ・バリスタは矢を魔力に変えたものになる。

 三人の魔道士の魔力を圧縮して放つ。矢の装填は不要、魔力の限り何発も打てる。

 我らが月の国(マーテルワイト)の最新技術の結晶だな」


グラジオラスは胸を張る。


「これでハルピュイアを撃つわけか」


「その通り。ブーゲンビレア卿のご尽力で、銀の団に二機配備されることとなった」


「それは助かるな、遠距離攻撃手段があるのは心強い」


「…………アシタバ団員は、今回の戦をどう見ている?

 魔物の専門家の意見は聞いておきたいのだが」


グラジオラスが真剣な顔つきになった。


「………分が悪い、としか言えない。

 こっちには【凱旋】のツワブキ、【刻剣】のトウガ、【黒騎士】ライラックがいるんだ、全滅はないだろうがそもそも数で負けている」


「ふむ。円卓会議の決定を疑うわけではないが………。

 私としては、夏の間銀の団を魔王城から避難させる等の回避策を取った方がいいように思うのだが………」


「いや」


グラジオラスの提案を、アシタバは即座に否定する。


「それはできない。魔物の根絶をするという銀の団の使命を抜きにしても、だ」








魔王城の東では、戦闘部隊に属する男達が一列に並び弓を構えている。

対面には簡易的な板が立てかけられており。


「放て!!」


号令と共に男たちは矢を放つ。

勢いよく板に刺さるもの、板の遥か頭上を飛んでいくもの、力なく地面に落ちるもの………。


「んー、実用レベルが二割ってとこかぁ?」


離れて様子を見てたラカンカが呟く。

横ではカシューとエミリアが弓の手入れをしていた。


「エミリアぁ!指導、交代してくれ!

 やっぱお前がやった方が連中やる気だすわ!」


狐目の探検家、タマモが頭を掻きながらやってくる。

隣には【狸腹】のモロコシも一緒だ。


「分かった。切りがつき次第向かおう」


「…………間に合うんですかね。

 正直襲撃までに戦闘部隊の全員が弓を扱えるようになるとは思えません」


カシューが不安げに呟いた。


「だーれも全員が使えるようになるなんて思っちゃいねぇよ。

 大体使ったことない奴が多すぎなんだ。

 戦闘経験のない奴はともかく、傭兵出身の奴まで使えねぇときてる。

 探検家も扱えるのは俺だけだ」


どうしようもねぇ、とタマモがため息をついた。


「だが、何も的を射ぬけるようにならなくていいんだ。

 群れに向かって適当に打って、適当にあたりゃあいい。

 必要なのは精度じゃなくて距離だ、距離。

 下手な弓矢も的が多けりゃ何とか当たる、ってな」


「ハルピュイアって、一匹に対して騎士が三人は必要って聞くからねぇ。

 矢で一匹撃ち落とせるだけで三人分の働きさ。

 だから一人でも矢の撃ち手を増やすのは無駄じゃないと思うよ」


モロコシがのんびりと補足を加える。


「ツワブキ殿は流石に対処法を心得ているようだな。襲撃も何とか凌げそうか」


弓の指導を指示したツワブキを褒め、少し気楽に構えるエミリアにタマモは同意しなかった。


「どうだかなぁ。ツワブキは確かに熟練の探検家だがよお…………」


「な、何か不安があるんですか?」と、カシュー。


「今まで奴は、ディルとコンビで魔物と戦ってきた。

 リスクも失敗も負傷も、自分達で受け入れてきた。危なくなったら撤退すればいい。

 でも今度は違う。集団戦だ。戦闘に不慣れな奴もいる。

 今回は探検家ツワブキにとっても、初めての戦場なんだよ」


ツワブキと旧知の仲、タマモは流石に理解が深い。


「魔物の専門家だからって、英雄だからって。

 どんな状況でも奴を過信しすぎるのは、俺は危ねぇと思うがなぁ………」









魔王城三階の一室で、戦闘部隊のキーマンを集めた会議が開かれた。


【凱旋】のツワブキ。

【隻眼】のディル。

【刻剣】のトウガ。

【黒騎士】ライラック。

【迷い家】ディフェンバキア。


流石に歴戦を潜り抜けてきた五人、集まるだけで重厚な雰囲気が漂う。


「貴族さん方はどうしたんじゃ」


ディフェンバキアがまず、口火を切った。


「退避できる者は国へ帰った。

 残ったのはアサツキ公とシャルルアルバネル公、グリーンピース公だな。

 まだ貴族区にいるが、警鐘がなったら魔王城に避難してもらうことになっている。 

 北側だしその必要もないかもしれねぇな」と、ツワブキ。


「ハルピュイアは200弱来るんだろう?戦闘部隊は何人いるんだ」


「55人だ。それ以外は今回の戦力としちゃ数えらんねぇ」


ライラックにディルが答える。55人。

ハルピュイア一匹に騎士三人が必要という通説に沿えば、絶望的な数字と言える。


「いっそのこと全員退避して各国から兵隊を集めた後、討伐を開始した方がいいんじゃないか?

 人数不足の素人混じりの集団で挑むよりまだいいように思えるが」


傭兵、トウガの意見だ。


「そうするわけにはいかねぇ。奴らに時間を与えちゃいけねぇんだ。

 与えれば休んで体力を回復してくる。卵でも産めば気性は更に荒くなる。

 渡りの長旅で疲れきっている魔王城到着の瞬間………そこに迎撃戦を構えるべきだ」


「わしも賛成じゃ」


ツワブキに、ディフェンバキアが同意する。


「一度ここから離れれば、魔王城に入り込むことさえ苦労するじゃろう。

 迎撃の絶好の機会を捨てて、諸国の兵士達に手強くなったハルピュイアを押し付けるか?

 多分その方が死人が増えるとわしは思う。

 そもそも魔王軍との戦いで多くの兵士が散っていった今、王国軍とてプロ集団というわけではないしの」


「秘書ユズリハには各国へ増援要請を送ってもらったが……。

 各国とも余裕のない上、期間が短すぎる。

 ハルピュイアがいつ来るか不透明な以上、可能性はないわけじゃないが、期待しない方がいい」


ディルが補足。


「そもそもハルピュイアとは戦わない、というのは?」


「あり得ねぇ」


再度のトウガの提案を、ツワブキが断じる。


「奴ら、夏季の巣は魔王城のを使うみたいだが、それ以外の季節は年毎に場所を変える。

 その度に周辺へ危害を加えるんだ。

 傭兵のいない村の近くに巣ができた日にゃ、村一つ滅ぼされちまう。

 ハルピュイアの襲撃は不幸だが、ある程度の戦力を有する俺達があいつらを待ち伏せの形で迎撃できるのは好機とさえいっていい。

 根絶するべきだ。今後奴らが巣を作るどこかの、近くに住む奴らのためにも。」


ツワブキが神妙にため息をつく。


「悪いが迎撃戦の是非はこの辺にしてくれ。

 万全じゃねえ、安全じゃねえ、完璧じゃねえのは分かっている。

 だがこれが存在する選択肢の中で最善だ。他を選べばより多くの犠牲が出ちまう」


一同は黙り、真剣な顔つきになる。

そう、これはそういう類(・・・・・)の戦いなのだ。


「そんじゃあ作戦会議に入るぜ。と言っても大したものは組めねぇ。

 見張りがハルピュイアの群れを見つけ次第、鐘を鳴らす。

 そしたら戦闘部隊は屋上へ集合。

 やれるだけ矢をバカスカ撃ちまくって、あとは乱戦になる」


「まぁ、そうなるのう」


「魔道士達の準備していたバリスタは北側に配置するのか?」


「ああ。基本はそこを中心に扇型だな。俺達五人はばらける。

 南に俺、東側にライラック、西側にトウガだ」


「ああ」


「あいよ」


「その合間、南東にディル。南西にはディフェンバキアのおっさん。

 サポートとしてストライガもつける。専門家じゃねぇがやる方だろ。

 南東はアシタバについてもらおうと思っているが……」


「ああ、アシタバは別行動をしたいらしい」


「ああ?」


ツワブキがディルに怪訝な顔を向ける。


「数日前に相談を受けてな。キリとラカンカを貸して欲しい、だそうだ。

 無駄なことをする奴じゃないし、人選もあいつなりに絞った結果だろう。

 俺はいいと思うが」


「いや、俺何も聞いていないんだが……」


「信頼の差じゃな」


ディフェンバキアの指摘、しばらくツワブキは当てのない怒りに耐える。


「……分かった。意図は後で聞いておく。南東にはタマモ達でもつかせとくわ。

 とにかくここの面子には、一匹でも多くハルピュイアを倒してほしい。

 乱戦に入ったらもう何が起こるか分からねぇ。一匹倒しゃあ三人助かると思ってくれ」


歴戦の英雄たちは、すぐそこまで来ている戦争を静かに見据えていた。




四章一話 『戦争準備』

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