三章十話 『泣き月・円卓会議』
「おーアシタバ!!ちょうどいいところに来た!!」
いつもどこでも陽気なオオバコの声だ。隣にはカシューがいる。
アシタバがラカンカと分かれ宿舎に戻る時のこと、宿舎横の飲食スペースで屯していた二人が、声を掛けて来る。
「もう飲んでるのか、お前ら」
「なぁーに固いこと言ってんだよ。
円卓会議で今日は戦闘部隊の仕事はねぇんだ。早く飲むに限るぜ!」
「アシタバの退院祝いとか、四階探索の打ち上げとかできたらいいねって話してたんだ」
「まだ退院はしていないけどな。伸びた」
アシタバが左手をひらひらさせると二人は苦笑する。
「でも酒には付き合おうかな。どうも俺は戦闘部隊の人をあまり知らなくてな」
「ツワブキさんと知り合いだからか同業者だからか、何か任されて別行動っていうのが多いよな、アシタバは」
「ここ一カ月は怪我で離脱していたしね。同年代の子も結構いるんだよ。
まぁアシタバより場馴れしている子はいないけど」
「同年代っていやぁ魔道士の娘たち、いいよなぁ。
戦闘部隊の花だぜありゃあ。エミリアさんもお綺麗だったなぁ」
などという、他愛のない話を三人はしばし楽しんだ。
転生前はベッドの上、転生後は大人に交じってダンジョン三昧だったアシタバにとって、同年代と酒を飲んで話すというのは実は初めての経験だ。
以前なら避けただろう。あるいは手頃なところで切り上げた。
関わるということを、彼は意識的に行うようにし始めていた。
その結果、彼はひどく酔った。いや、三人ともだ。
「団長……団長もいいなぁ。あの清楚で健気な感じ。
たまに怯えたハムスターみたいになるのも……。
でも俺はナツメさんだな。俺はやっぱり年上好きなんだ。
あのクールな感じがたまらなく…………」
一番酔ったのはオオバコだ。
誰に言うでもなく、ひたすら女性の好みを呟いている。
その両隣で、カシューとアシタバはやれやれと目線を交わした。
「そうだカシュー、言おうと思っていたんだ。あれ、いいと思ったぞ俺は」
「あれ?」
「マップ作り」
あー、と言いつつもカシューは、アシタバの言いたいことが掴めない。
「今までダンジョンの地図を作る探検家なんていなかった。
地図に起こしにくい地形も多いし、魔王軍が健在だと暇もない。
でも魔王がいなくなって事情が変わった。
ダンジョンに対して人類が取るべきスタンスも変わってきている」
「スタンス?」
「挑むんじゃなくて把握するんだ。全容を。
以前はダンジョンっていうのはあくまで魔物側のもので、俺達は資源を取りに潜ったり、お邪魔するっていうのがメインだった。
だけど今、魔王がいなくなった時代はそうじゃない。
土地を人間側のものへと戻す作業が重視されるようになる、はずだと思う」
「そこで地図が必要になってくるって?」
今度は意図を掴めたのか、カシューも体を乗り出した。
「スライムの水浄化とかもその流れの一環だな。
奪われた森や湖をそのままにしておくわけにはいかないが、習性魔物は残っている。
だからダンジョンの全容を把握して、脅威を取り除き、長い時間をかけて元の姿へ戻していく。
そういう仕事が増えていくんじゃないかって、俺は思う。
だから、地図を作れる探検家って面白いんじゃないかな」
アシタバの言葉に、カシューは照れたような困ったような顔を見せる。
「なんか、アシタバにそう言われると自信湧くなぁ。
でもまさに、奪われた土地を元に戻すっていうの、俺の理想だ。
俺の故郷も含めた、色んな土地を元に戻したくて俺は探検家になろうと思ったんだ。
………銀の団に志願したんだ」
「俺はなぁ!!!」
机に突っ伏していたオオバコが突然、勢いよく状態を起こす。
顔は真っ赤で、目が据わっている。
「俺はビッグになりにきたんだ」
「ビッグ?」
「器さ。器のでかい男になりてぇ」
「馬鹿そう」
「うるせぇ!俺ぁなあ!」
立ち上がり足を机に載せ、右手を高く掲げる。完全にテンションの上がった酔っ払いだ。
「俺ぁこの地で強くなるぜ!!誰をも守って手前を殺さねぇ探検家になる!
いずれは勇者だって越えてやる!!」
どこまで本気なのか。戯言ではなさそうだが。
アシタバやカシューは呆れて少し笑ったが、決して馬鹿にはしなかった。
魔王軍との戦いで、暗黒時代で、多くの者が魔物と戦い死んでいった。
この時代でこの場所で、夢を謳うということはとても大切なのだ。
「ちょ………ちょっと待て、別にそんなことは不思議じゃないだろう!?」
円卓会議にて、日の国ゼブラグラスは焦った声を出す。
「ここは魔王城だ。魔物どもの本拠地だ。
むしろ怪鳥の巣などない方がおかしい!空飛ぶ魔物の代名詞ではないか。
魔王城上階に、今は亡きゴブリン共のトラップが残されていたことと変わらん!」
「そ、そうだ!何をそんな深刻そうに魔王軍の遺物を取り上げている!!」
鉄の国グリーンピースも追従する。
しかし、月の国ブーゲンビレアは少し違った様子だ。
「ウォーターコイン公………確か君の、波の国は南の海洋国家じゃったな」
「あ、ああ、そうだが………。」
「ハルピュイアをよく見かけるのか?」
「海洋国家としての地理なのか、我が国は他国より多いと聞いている」
「…………一年中?」
そのブーゲンビレアの問いかけに、息をのむ者が数名。
「一年中?そうだ………いや。
そう言われると、夏は被害報告が少ないような………」
「待て待て待て!!」
日の国ゼブラグラスが声を荒げる。
「そんな……そんなことがあってたまるか!!
勇者一行や………先遣隊の者たちは!!」
「勇者一行が魔王城に切り込んだのは冬の出来事よ」
砂の国シャルルアルバネルがゼブラグラスを制する。しかし、彼女の顔色も青い。
「先遣隊は銀の団が入居する春に合わせ、冬の間活動していた。
つまり私たちが人類で初めて、魔王城で夏を迎える」
ゼブラグラスを始め、一同は言葉を失う。ツワブキが重い口を開いた。
「…………ハルピュイアは空の魔物の代名詞。
戦場においてゴブリン達に騎馬のように扱われることが多く、軍用の姿で広く知られてきた。
その一方で、奴らの生物としての習性はあまり知られていない」
「しゅ、習性……?」
分かりかねるワトソニアに、ツワブキは説明を続けた。
「渡り鳥なんだよ。ハルピュイアは。
奴らは群れて生きる。一年の大半を波の国で過ごし、夏、暑くなると北に集団移動し避暑を行う。波の国の北、つまり………ここだ」
円卓会議の全員が、自分達が、銀の団が今置かれている状況を理解する。
「ウォ、ウォーターコインさん!!
魔王がいなくなった後……ハルピュイアは、まだ生きて………?」
ローレンティアも必死だ。
「去年の秋ごろ、山間の村1つが壊滅に追い込まれたと報告が………。
奴らはまだ、生きている」
ウォーターコインは茫然自失になりかけている。
「あの巣は遺物なんかじゃねぇ。去年使われて、今年も使われる。
84の巣。1つの巣に1つの番いと考えりゃ、単純計算で168匹。
まぁ200弱ってところだろう」
ツワブキがようやくその事態を告げた。
「かなり高い確率で、来月中だ。
この魔王城に、怪鳥の大群がやってくる」
波の国。
広い海と多くの島々を国土として持つ、南の海洋国家。
その島々のうちの1つで、事態は動き始めていた。
人が倒れている。
何人も、何人も、何人も、何人も。目は光を失い、口は開いたまま。
腹が抉られ、黒々とした中身が周辺へぶちまけられている。
辺り一帯に真っ赤な血の海が広がっていた。
怪鳥がいた。抱きつけば人三人ほどを抱え込みそうな、大きな翼。
頭部は鳥類というよりは蛇のような爬虫類に近く、嘴ではなく鋭い牙が光っていた。
アシタバが見れば、それは鳥というより恐竜に近いと思うだろう。
一匹が死体の一つに覆い被さり、頭を上下させている。
食べて。食べて。食べて。食べて。その口元は臓物の朱色に染められていた。
その背後で何十、何百という怪鳥達が同じように食事に勤しむ。
村が一つ壊滅させられたのだ。
家という家は彼らの鉤爪で破壊され尽くしており、生き延びた者はいるわけがない。
食事を終えた一匹が空へ甲高い雄叫びを上げると、周りも同調し叫び始める。
ガアガアと合唱のようになったそれは、血みどろの村人達の死体の上で発せられるそれは、それだけで魔物という存在を物語っていた。
「―――それでは全員賛成により、銀の団の現状況を異常事態4、“魔王城外部からの魔物侵攻による、銀の団壊滅危機”と認定。
これより円卓会議は“対ハルピュイア迎撃作戦”を発令、銀の団は全ての団員を総動員させ、来月の襲撃に備える………対ハルピュイア迎撃体制へと移行します」
ユズリハが泣き月の円卓会議の終わりを告げる。
いつになく全員が真剣な顔つきで……そして来月の出来事に頭を抱えていた。
来る、流れ月。
銀の団は初めて、戦争というものに直面することとなる。
三章十話 『泣き月・円卓会議』
第三章 了




