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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第三章 泣き月、ウィルオ・ウィスプ編
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三章九話 『変われぬ者達』

【月夜】のラカンカという存在が、巷で囁かれ始めた。


民に重税を課す身勝手な貴族の倉庫に忍び入っては、貧困街の食料に困る者たちにそれをばら撒き、去っていく。

自らの私腹を肥やすわけでもないその義勇的な振る舞いに、貴族への溜まった不満のガス抜きに、彼という存在は面白がられ讃えられた。


だが、彼がばら撒いた食料も一週間もすれば底をつく。

貴族の圧政が何か根本的に改善されたわけでもなく、貧窮する者たちへの施しは一瞬だ。

ラカンカを讃える者たちは、あまりその点について深く考えなかった。

そしてラカンカ自身も、本当に貧困街の者たちを想って行動していたわけではない。


それは義勇ではなく復讐だった。

安全圏で悠々と過ごす奴らに泥を塗る彼なりの手段。

貧困街への施しは、ついでの副産物でしかない。

彼らを真に救うにはどうするべきかなど、ラカンカは全く考えなかった。


憎しみと、やるせなさと、非力な自分への自己否定が彼を包み続けた。

何度か貴族を手に掛けようかという思いが身を裂くこともあったが、その度に弟の顔が過ってはこそ泥稼業に終始する。


世に讃えられる英雄の類とは程遠い。憎しみと自暴自棄のなれの果て。

それこそが【月夜】のラカンカという、まだ少年の実態だった。







現在、ラカンカは魔王城の屋上にいた。

あの巨大な人魂ウィルオ・ウィスプと戦った四階の更に上だ。

端の簡易的な柵以外は何もない、吹きさらしと言っていい場所だった。


「ラカンカ、ここにいたのか」


屋上の隅に腰かけ一人、遠くを眺めるラカンカを呼んだのはアシタバだ。

四階の階段から屋上へ上がってくる。


「こんなところで何しているんだ?」


「何も。好きなんだよ、高いトコ」


「馬鹿か煙?」


「うっせぇ。五月蠅い狩人とかうざい貴族がいないところとかだ、好きなのは。

 面倒臭い探検家さんはいたみたいだがな」


ラカンカの皮肉に構わず、アシタバはラカンカの横に座った。


「そろそろ今月の円卓会議が始まったか?

 あの馬鹿どもは人魂ウィルオ・ウィスプ退治でも誇ってるんだろうな」


嘲る。どこか自棄的だ。


「………やっぱり、駄目なのか? 

 俺は、あいつらはあいつらなりに変わろうとしているんじゃないか、と思ったんだ。

 まだプライドやらが捨てられないんだろうが………」


「はっ」


ラカンカが笑う。


「今まで他人を虐げて怠惰に生きてきた奴らが、ちょっと変わろうとしたら頑張りました、偉いね、か?

 俺からすりゃあ、奴らは国から切り捨てられたから変わらざるを得なくなっただけだ。

 俺は物心ついた時からやってたぜ。当たり前のことなんだ。

 あいつらの傲慢を赦す理由にはならねぇ」


「でもな………」


「お前、気付いているのか?」


「え?」


ラカンカの目が、鋭くアシタバの目を射抜く。


「俺はお前の方がどうかと思うぜ。

 頑張ってるから、変わろうとしてるから……お前、あいつらを見下してるだろ」


ラカンカの意外な指摘に何も返せない。


「子供でも相手にしているつもりかよ。

 俺はそうは思っていねぇからそれなりの要求をする。

 なんつーかこの際だから言うけどよ、お前、傍観者気質があるよな」



泥棒稼業、ラカンカの人を見る目は団の中でも優れている。

彼の意見は的を得ていた。そう、アシタバも自覚する。

自分は意味も理由も見つけていないのに、ローレンティアには生きろと言った。

探検家【魔物喰い】のアシタバが人を避けてきたのは、人付き合いの中で上手く自分を表現できなかったからだ。

彼の底には、本を通して世界を見るあの視点が根付いている。


どこかで、世界と自分を切り離して考える。

どこかで、周囲と自分を切り離して考える。



「………そうだな、それはそうかもしれない。でも今はお前の話だ」


ラカンカが面倒臭そうにため息をつく。


「そーかい。でも何を言われたって俺は変わらねぇよ。

 団長さんは、ありゃあ変わるって決意をしたのか?

 いいことだと思う。過去を振りきって未来へ真っ直ぐだ。

 でも、そうはできない奴らもいる」


ラカンカの目が、手が強張る。


「俺の弟は貴族に殺された。今でも弱っていくあいつを鮮明に思い出せる。

 先の大戦でお前らは魔物と戦い続けたのかもしれねぇが、俺は魔物なんかどうでもよかった。

 俺の敵軍は、貴族の連中だった。

 捨てられねぇんだ。この傷も、怒りも。捨てたら俺じゃなくなる」


彼の中でまだ戦争は続いているのだろう。敵は魔王軍ではなく貴族だ。


「俺は、変わらない。この傷と共に生きていく」


それを、アシタバはどうしても否定できなかった。

 










「では、これより泣き月の円卓会議を始めさせていただきます」


円卓につく12人の代表者。

三回目となる円卓会議の開始を、ユズリハが宣言する。

アシタバ達の探索から五日後のことだった。


「まずはスライムの水の件について、直に報告を聞きたいのう」


資料を見ながら月の国(マーテルワイト)ブーゲンビレアが切り出した。

担当者である農耕部隊隊長クレソンが答える。


「概ね資料の通りです。馬屋の馬に飲ませていますが、異常は見られず。

 また、スライムの水を使っている三日月の湯の主人フジ、及び大浴場の利用頻度の高い大工班の方々に今月初め健康診断を受けて頂いたが、特に問題なし、と」


「私からも補足致しますと、先月ツワブキ様が言及されていた“スライムを水筒代わりに用いていた探検家”であるアシタバさんが丁度入院中でしたので、体の方を調べさせて頂きました」


平然と言うユズリハに、いつの間にとローレンティアが驚く。


「医師ナツメさん、魔道士エーデルワイスさんにご協力頂き、医学的、魔法学的見地から検証を行いましたが、健康に特に問題はないとのことです。

 アシタバさんは三年以上前からスライムを水源として使っていたそうなので……」


「それはいいサンプルだ。健康への悪影響は可能性として低そうだな」


橋の国(ベルサール)アサツキが面白がり。


「あいつの魔物喰いが役に立つ日が来るとはなぁ」


ツワブキは変に感心した声を上げる。


「ともかく、来月から食堂でスライムの水の利用を開始する。

 主婦会には利用したもの、していないもの、2つの食事を準備してもらい、抵抗がある者は普通の水を使った食事を受け取れるようにする予定だ」


「そうかそうか、何とかなりそうで安心したの。これで夏は凌げそうじゃな」


ブーゲンビレアが胸を撫で下ろす。


樹人トレントの方は特に成果は出せていない。現状は資料の通りだ」


「ま、一か月じゃ何も実らんやろ。それよか儂は上階の探索の方を聞きたいなぁ。

 グリーンピースはん達、行ってきたんやって?」


クレソンの次に話題を広げたのはエゴノキだ。

話を振られた鉄の国(カノン)グリーンピースは未だ火傷の傷を残しており、包帯が目立つ出で立ちだった。


「………ああ。俺達で四階までを探索、確認できた魔物はミミックと人魂ウィルオ・ウィスプだけだ。

 奴らの駆除にはそうそう手間はかからないのだろう?

 これで、魔王城の上階は安全が確保されたと言っていいだろう」


波の国(セージュ)ウォーターコインと河の国(マンチェスター)ワトソニアが満足そうに頷いた。


「それはそれは、お手柄でしたな。まったく若者の勇敢さというのは羨ましい……」


日の国(ラグド)ゼブラグラスがくく、と笑う。

それはツワブキの用意した餌に飛びついた三人への嘲笑だったのだが、当のグリーンピース達は気付かない。


「………今回、御三方が探索を行った四階の利用法について、提案があるのですが」


少し、言いづらそうに話を切り出したのはローレンティアだ。


「利用法?せいぜい見張り台ぐらいじゃないのか?」


「いえ。四階というのは少々不便ですが、風通しもよく誰に見られることもない。

 ………主婦会の方々から洗濯物を干すところが欲しい、と意見を頂いていまして」


「洗濯物ぉ?」


エゴノキは少し呆れた口調だ。


「あ~なんかトレニア言うとったなぁ。そうか、あー、そうか~」


「な、なんだ?」


「どうせ下着の話でしょ」


シャルルアルバネルの投げやりな指摘に、一同はああ、となる。


「…………まぁ、いいんじゃないか、そのぐらい」と、クレソン。


「どうせ何かに使うわけでもあるまい」と、日の国(ラグド)ゼブラグラス。


「そ~よ~、年頃の女の子も多いんだし、そういうとこ大事にしなきゃ~」

珍しく森の国(スレイアード)ベルガモットは関心があるようだった。


「しかし四階というのは大変そうだな」


「それにつきましては、【迷い家】ディフェンバキア様に打診したところ、リフトと専用階段の設置を了承頂いたので幾分楽になりますかと」


ウォーターコインの問いに、ユズリハが答える。


「では――――」


「悪いがその案は駄目だ。少なくとも、夏が終わるまで待ってくれ」


目立つ反対意見もなく、可決へ向けローレンティアがまとめようとしたところに、ツワブキが割って入った。


「ど、どうしてです…………?」


今回の円卓会議のツワブキは変だった。

口を開かず、意見も言わない。笑わず茶化さず、何の感情も見せない。

何かをずっと考えているようだった。

戸惑うローレンティアにツワブキは答えない。

その代わり顔を上げ、今まで考えていたことをようやく話し始める。


「まずは戦闘部隊隊長として、魔王城上階探索に参加し尽力してくれた御三方に礼を言わさせてもらう。

 ありがとう。お手柄だ…………本当に、本当によくやってくれた」


「ツワブキ殿?」


橋の国(ベルサール)アサツキがその違和感に気付く。

月の国(マーテルワイト)ブーゲンビレア、砂の国(ランサイズ)シャルルアルバネル、日の国(ラグド)ゼブラグラス、そしてエゴノキとクレソンも、彼に注目する。


「四階、巨大な人魂ウィルオ・ウィスプとの戦いでは前線に立ち。

 そのおかげでアシタバは観察に徹し、これを見つけることができた」


ツワブキは懐から、黒い何かをテーブルに置く。


「………なんだ?炭?」


人魂ウィルオ・ウィスプ達が燃やしていたものだ。

 アシタバから報告書が上がっている。これ、魔王城周辺の枯れ木の枝だな。

 ……………本当に、よくこれを見つけてくれた。

 これを見逃したまま来月を迎えていたらと思うと、ぞっとする」


どこまでも真剣なツワブキの様子が、全貌が見えない事態の深刻さを物語っていた。

全員が彼の話を黙って待つ。


「探索終了後、アシタバとラカンカは魔王城の外壁調査に向かった。

 二階と三階の外壁は歪な凹凸があっただろう。あの辺をロープを使ってな。

 その凹凸の狭間にはこの枝が大量に集められていた。

 全体として直径5メートルほどの皿状になっていた」


「それ……見たことあるな」


波の国(セージュ)出身、ウォーターコインが戸惑いながらも発言する。


「つまり、巨大な鳥の巣なのだろう。

 我々の国ではたまに発見報告が来る。それは怪鳥ハルピュイアの巣だ」


「そう、その通りだ。怪鳥ハルピュイアの巣。

 それが、確認した限りで84個、存在した」




三章九話 『変われぬ者達』

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