時田崇史のある土曜日プラス月曜日
少し短いですが、香織が移動してくるほぼ1年前の崇史さんです。
ストーカーで腹黒な崇史さん。
お楽しみいただけるといいんですが…。
土曜日。朝9時。
いつもの起床時間より大分遅い。まず起きてすぐにコーヒーメーカーをセットする。コーヒーができるまでの間に顔を洗って歯を磨き、着替えを済ませた。リビングに戻るとできあがったコーヒーを片手に新聞を取ってきてソファーで寛ぎながら読む。
10時。時間を確かめると、崇史はイソイソと出掛ける準備を始めた。玄関の鍵と車のキーがついたキーホルダーを掴むと急いで自宅を後にした。
地下駐車場で車に乗り込むと、会社方向へ自宅から駅4つ離れた住宅街へと車を走らせる。
駅近くのマンションをベランダ側から玄関へと回っていく。その途中、一度車を停めるとベランダを見上げた。5階の一室を確認する。そこには布団が1組干されていた。それで住人の在宅を確認すると玄関へと回っていく。しかし玄関前には行かず、その手前の玄関が見える道路脇に車を停めた。そして車からは降りず、ステアリングに両腕を乗せると玄関を見つめた。
しばらくして、崇史は身を起こしエンジンを掛ける。崇史の視線の先には、マンションから出てきた一人の女性。その女性はバッグを手にしている。どうやら今から出掛けるようだ。崇史はその女性を追い抜いて駅へと車を走らせ、駅駐車場に駐車すると急いで駅前に出る。そこへ先ほどの女性が向こうから歩いてくるところだった。崇史は少し距離を空けてその様子を眺める。そこへ女性の隣から声を掛ける男が現れた。崇史はその男を睨み付けるように見た。だがしがし、男は女性に一言二言話しかけるとすぐに離れていった。どうやら何かの勧誘だったようだ。崇史はホッと息を吐いた。
そのまま女性を追いかけて後を付いて電車に乗り込む。降りた駅はショッピングモールが密集している駅だった。駅に到着すると、女性はケータイを弄り始める。メールを打っているのだろう。ケータイをバッグに仕舞うと改札を出て、待ち合わせによく使われるモニュメントの前で誰かを待っている。
「誰を待ってるんだ…。」
崇史は少しイライラしながら、その待ち人が現れるのを女性と共に待つ。ふいに目の先にいる女性が振り返った。崇史はあわてて目を伏せた。待ち人が来たようだ。そっと見ると…。
「香織〜。お待たせ〜。」
「うん。大丈夫だよ〜。ね、ご飯食べに行こうよ!智美、何食べたい?」
崇史は小さく「良かった」と呟いた。あれは同じ会社の秘書課勤務、高田智美だ。高田は彼女と同期で仲が良い。今日のデートの相手は高田だったようだ。崇史はやっと安心して、2人を見やった。
その時、高田がこちらをチラッと見た。一瞬目が合い、崇史はドキッとする。高田はすぐに目線を香織に戻したが。
(バレた…。)崇史は確信した。(週明けにでも口止めしておかないとな。)
そこまで見届けると崇史は引き返していった。
月曜日。
午前中に秘書課高田へ内線をかけると、さっそく口止め料を要求された。会社から少し離れたレストランのランチ。ここのランチは人気があるため、予約をしないと食べられない。崇史はこれくらいだと安いものだと思い、原田と3人分の予約を入れた。
昼休み。少し早めにロビーに降りる。受付を見ると昨日の彼女が座っている。その姿を眺めて和んでいると、彼女に声をかける男が現れた。その男は営業部のエース梶本だった。梶本は営業らしく、人なつっこく笑顔が爽やかな誰でも話しやすいと評判の男だ。崇史は梶本をじっと見ていた。
「おう、時田!待たせたか?」
「いや。大丈夫だ。」
原田が高田と一緒にロビーに降りて来て、崇史に声を掛けた。
「時田?アレ、どうするんだ?」
ニヤニヤしながら原田が聞く。すると崇史はニヤリと笑うと、いまだ彼女に話しかけている梶本を再び見た。
「もちろん、それなりの対応をさせてもらうよ?今日中にね。」
そう言うと、2人に先立ってロビーを出た。
その日の午後。
「N社のプロジェクト担当者と話をしたいんだが。」
崇史は営業部に内線で告げた。
「はい。お電話代わりました。担当の梶本です。」
「Web事業部制作課の時田です。今からお時間いただけますか?」
「はい、大丈夫です。」
「では、今から第2会議室までお願いします。」
「第2ですね。わかりました。」
電話を置くと会議室へと向かった。
会議室へ入るとすでに梶本がいた。
「急にお呼び立てしてすいません。」
「いえ、大丈夫です。N社の件ですよね?」
「いえ。その件ではありません。」
「え?でも…。」
崇史は会議室の鍵を静かにかけるとイスへ座った。
「梶本さん。あなた、度々受付の水原さんに声を掛けているようですね。」
「え、それがなにか…?」
崇史は大きなため息を吐く。真面目な顔で話し出す。
「実は総務から話がありまして。」
「総務から?あの、どういう…。」
「水原さんの仕事に支障が出るのは困る、と。」
「それをどうして時田課長が…。」
「梶本さんに配慮して、ですよ。貴方は営業のエースですからね。総務から呼び出されたら噂好きの人たちから何を言われるかわからないでしょう。だから、営業を呼び出してもおかしく思われないウチに話がきて、たまたま私が受けたという事です。」
「はぁ。」
「梶本さん。はっきり言います。総務は貴方が水原さんに話しかけるのが頻繁過ぎるので、迷惑だという事です。」
「え、そんなに頻繁だとは…。」
「総務がそう判断しました。改善されない場合は、総務として対処しなければならないと。」
「対処って…。ちょっと大げさじゃないですか?」
「そうでしょうか?パワハラに当たる可能性があるんですよ。」
「どういう事ですか?」
「つまり、水原さんの側からすれば先輩であり営業のエースである貴方の方が立場は上だ。その貴方から話かけられれば、答えない訳にはいかない。彼女が迷惑だと思っても言えずにいる可能性があるんです。」
「そんな!」
「貴方がどういうつもりかは関係ないんです。彼女がどう思うかが全てですよ。」
「そんな……。」
梶本は小さく漏らすと俯いた。それを見た崇史は口の端を上げてさらに追い込む。
「梶本さん。水原さんが貴方の事を迷惑だと思ったら直接、貴方に言えると思いますか?」
「…思いません。」
「そうでしょう?今の段階では水原さんが、ではなく総務がそう言っているんです。今のうちに接触するのは止めたほうが良いと思いませんか?もしかしたら、貴方の将来にも関わってくるかもしれない事ですよ。」
「……わかりました。」
「おわかりいただけたようで良かったです。総務には私から、梶本さんは今後水原さんに接触をしないと約束した旨を報告します。では、この書類にサインをいただけますか?」
崇史は用意していた書類を梶本の前に提示した。その内容は、今後一切水原香織に接触しない、というプライベートにまで及んでだ誓約書であった。
その内容を確認した梶本は少々青ざめた顔で、崇史が差し出したペンを借りサインをするしかなかった。
梶本がサインをした事を確認した崇史は満足気に微笑むと。
「確かに。総務に渡しておきます。それから、この事は梶本さんにとってもあまり知られたくない話でしょうから、今後この件はなかった事にしておきましょう。」
「はい。…ありがとうございます。」
そういうと梶本はフラフラと席を立って鍵を開けて会議室から出ていった。
その様子を眺めドアが閉まった瞬間、崇史はクスクス笑い出した。
「ククッ。こんなに上手くいくとはね。」
梶本にサインをさせて誓約書を見ながら呟く。もちろん、総務が、などという話は全くの嘘だ。この誓約書も崇史がもしもの時の為の保険に書かせたもの。
崇史の思惑通り、彼女に好意を持つ男を1人確実に排除できたのだった。
勢いで書いてしまいました。
校正がきちんとできてないので、誤字がありましたら連絡いただけるとうれしいでっす!




