31,学園準備
「姉様、今日は学園用品を買いに行きます!」
朝、セアリスが紅茶を飲んでいると、リシェルが勢いよく部屋へ入ってきた。
「……朝から元気ね。」
「学園準備ですよ!?」
リシェルはきらきらした顔で言う。
「制服!文房具!可愛い小物!」
「最後のは必要?」
「必要です!」
即答だった。
◇
王都の大通りは今日も賑わっていた。休日ということもあり、人通りが多い。セアリスとリシェルは護衛を伴いながら店を回っていた。
「まずは文具店です!」
リシェルがずんずん進んでいく。
店へ入った瞬間、セアリスの目が少し輝いた。
「……インクの種類、増えてる。」
「あれ?」
リシェルが振り返る。
セアリスは棚をじっと見ていた。
「この深緑、綺麗ね。」
「姉様?」
「このペン先も使いやすそう。」
「姉様?」
返事がない。
完全に文具へ意識を持っていかれていた。
リシェルはぱちぱち瞬きをする。
(えっ、姉様って文具でこんな顔するんだ……。)
王都では“完璧で冷静な公爵令嬢”扱いされている人が、インク瓶を真剣に見比べている。
普通に面白かった。
「姉様、好きなんですか?」
「ええ。書きやすいペンは大事でしょう?」
セアリスは真顔で頷いた。
「勉強のやる気も変わるもの。」
「優等生の発言だ……。」
◇
「じゃあ次は流行のお店です!」
「流行?」
嫌な予感がした。
◇
連れて来られたのは、若い令嬢たちで賑わう雑貨店だった。
「見てください姉様!」
リシェルが小さなリボンを持ち上げる。
「今これ流行ってるんですよ!」
「そうなの。」
「可愛くないですか!?」
セアリスはじっと見る。何というか…
「……紐では?」
「違います!」
リシェルが悲鳴を上げた。
◇
「こちらの髪飾りも人気なんです!」
「重そうね。」
「可愛いんです!」
「実用性は?」
「姉様、なんで全部実用品基準なんですか!?」
◇
その後…
「この色、今すごく人気で!」
「汚れが目立ちそう。」
「この刺繍可愛くないですか!?」
「洗濯が大変そう。」
「姉様!!」
完全に価値観が違った。
◇
店員ですら途中から笑いを堪えていた。
「お連れ様、かなりしっかりされた方ですね……。」
「しっかりしすぎてるんです。」
リシェルが遠い目をする。
◇
すると突然、リシェルが何かを思いついた顔をした。
「姉様。」
「何?」
「これ付けてみてください。」
差し出されたのは、小さな青いリボンだった。
「……私に?」
「絶対似合いますから!」
セアリスは少し困惑したが、断るほどでもない。店員に勧められるまま髪へ付ける。
そして。
「……どう?」
振り返った瞬間、店内が静止した。
「えっ。」
店にいた全員が固まる。護衛まで一瞬目を逸らした。
「……?」
セアリスは首を傾げた。ただ小さなリボンを付けただけなのに、顔が良すぎて破壊力がすごかった。
リシェルは数秒後、勢いよく叫ぶ。
「姉様それ買いましょう!!!」
「なぜ急に。」
◇
結局、 セアリスは青いリボンを購入することになった。
「別に無くても良かった気がするのだけど……。」
「必要です!」
リシェルは満足げだった。
「学園では流行も大事なんです!」
「難しい世界ね……。」
セアリスは静かにため息を吐く。
だが、楽しくないわけではなかった。
◇
帰り道…
「でも姉様、思ったより普通で安心しました。」
「何が?」
「もっと“勉強しか興味ありません”みたいな人かと。」
「失礼ね。」
セアリスは少し笑う。
「可愛いものくらい、普通に好きよ。」
「えっ。」
「ただ、使いにくそうだと思っただけ。」
「そこなんですよねぇ……。」
リシェルは苦笑した。どうやら学園入学までに、まだまだ教えることは多そうだった。
「姉様、落ち着いてください。」
「無理よ。」
学園見学当日。馬車の中で、セアリスは真顔のまま答えた。
「まだ何も始まってませんから!」
「もう始まっているわ。」
「何がです?」
「人間関係が。」
リシェルはとうとう吹き出した。
◇
王立学園。
国内でも最高峰と呼ばれるその学び舎は、遠目から見ても立派だった。
広い敷地。白い石造りの校舎。整えられた庭園。休日にも関わらず、今日は見学会のため多くの貴族子女が集まっている。
「うわぁ……。」
リシェルが目を輝かせた。
「やっぱりすごいですね!」
「……人が多いわね。」
対してセアリスは少し遠い目をしていた。
既に視線を感じる。かなり。
「ねえ、あれ……。」
「王太子殿下の婚約者様では?」
「綺麗……。」
「でも少し怖そう……。」
聞こえている。ものすごく聞こえている。
セアリスは静かに目を閉じた。
(帰りたいわね……。)
◇
「姉様、笑顔です。」
リシェルが小声で言った。
「最近そればかり言われるわ。」
「だって今の顔、“処刑前の女王”みたいです。」
「そんな顔してないでしょう。」
◇
校舎へ入ると、案内役の教師が説明を始めた。
「こちらが講義棟です。」
「一年生は主にこの区域を使用します。」
「図書館は夜間利用禁止――」
周囲の令嬢たちは真面目に聞いている。
だがセアリスは別のことが気になっていた。
(席……固定だったりするのかしら。)
教室を見ながら真剣に考える。
もし最初に座る場所を間違えたら。ぼっち一直線では。
「姉様?」
「何?」
「今、“昼食どこで食べるか”考えてました?」
「どうしてわかったの。」
「顔に出てます。」
◇
その後、自由見学時間となった。
令嬢たちは知り合い同士で集まり始める。当然のように輪ができる。
セアリスはそれを見て、静かに危機感を覚えた。
(やはり学園とは恐ろしい場所ね……。)
「姉様、怖がりすぎですって。」
リシェルが苦笑する。
「だって皆自然に話しているわ。」
「普通のことですよ。」
「何を話しているのかしら。」
「雑談です。」
「雑談……。」
セアリスは少し黙った。
その時。
「ご、ご機嫌よう。」
後ろから声がした。
振り返ると、見知らぬ令嬢が二人立っていた。かなり緊張している。
「……ご機嫌よう。」
セアリスが答える。
すると二人がびくっとした。
地味に傷つく。
「え、ええと……。」
「学園でご一緒になりますよね……?」
「そうね。」
空気が固い。非常に固い。
リシェルが横でそっと目を逸らした。
(姉様、圧が……。)
すると一人の令嬢が勇気を振り絞るように言った。
「あ、あの、髪飾り……素敵ですね。」
「え?」
セアリスは少し目を瞬く。
今日つけているのは、先日リシェルに半ば押し切られて買った青いリボンだった。
「ああ、これ。」
「最近流行ってますよね……!」
「そうなの?」
「えっ。」
令嬢たちが固まる。
リシェルが頭を抱えた。
「姉様!!」
「何よ。」
「この前説明したじゃないですか!」
「聞いたけれど覚えてはいないわ。」
真顔だった。
だが。
その瞬間。
令嬢たちが少しだけ吹き出した。
「ふふっ……。」
「な、なんだか意外です。」
「意外?」
「もっと完璧な方かと思っていました。」
セアリスは少し困ったように視線を逸らす。
「最近よく言われるわ。」
「でも安心しました。」
「安心?」
「はい。少し話しかけづらそうだと思っていたので……。」
かなり正直だった。
セアリスは静かに傷ついた。
だがリシェルは笑っている。
「姉様、よかったですね。」
「何が?」
「ちゃんと話せてるじゃないですか。」
言われて、セアリスは少しだけ周囲を見る。
確かに。さっきより空気は柔らかい。
令嬢たちも普通に笑っている。
ほんの少しだけ。学園への不安が薄れた気がした。
◇
その帰り道。
「どうでした?」
リシェルが聞く。
セアリスは少し考え――
「……思ったより怖くはなかったわ。」
「進歩ですね!」
「でも。」
「でも?」
「やっぱり昼食は不安ね。」
「まだ言ってるんですか!?」




