殿下の訪問
家の人たちに謝ってからというもの、私への待遇はうそのように良くなった。みんな今ではとても優しくしてくれている。これがねらいだったんだよ。
私は乙女ゲームのことはいったんおいといて、異世界生活を謳歌していた。今は学校がなく勉強というものをしなくていいからとても楽だ。宿題がないなんて。本当に異世界は甘いなあ。日本でこの歳だったら小学生なのに。
そしてその日も家の庭にある東屋で楽しくお菓子を食べながらお茶を飲んでいたのだが…
「セアリス様、大変です。エドワード殿下がいらっしゃいました。」
「エドワード、殿下?誰でしたっけ、その人。私、知らない人かも。」
異世界には来たばかりなのだ。そんな、人の名前をすぐに覚えられるわけがない。
「お嬢様、エドワード殿下はあなたの婚約者ですよ!大丈夫ですか?殿下の名前を忘れるなんて、やはり体調がおかしいのでは?」
「私の、婚約者?」
「ああああ―!忘れてた。てかなんでその人がうちに来るんですか?」
「それはあなたが変わったということを耳にしたので本当なのか見にこようと思いましてね。」
近くで知らない声がした。いや、知らないというのは間違っているだろう。乙女ゲームのときにさんざん聞いてきた声の幼少期版。恐る恐る振り返ると…
私の予想通り、そこには例の婚約者、エドワード殿下がいた。
殿下を見つけたときの私はどんな顔をしていただろう。きっと、とてもひきつった顔をしていたに違いない。
「こ、こんにちは。いったいここに何をしに来たのですか?」
「いや、あなたの性格が温厚になったとミレー公爵から聞いたので。そうならば見てみたいな、と思いまして。どうやらその噂は本当だったようですね。」
「噂になっているんですか…」
「はい。王宮では今1番の噂です。あの、ミレー公爵令嬢が怒らなくなったとか…」
「っああ、最悪だ。」
私はその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。王宮でそんなに噂になるなんて。ありえない。そんな、目立ちたくないのに!
「ほんとうに、どうしよう。終わった…」
「大丈夫ですよ。いい噂なのですから。なんなら私がセアリス様は本当に変わったということを噂に流し…」
私は悩むばかりで殿下の話などまったく聞いていなかった。
「まあまあ、落ち着いてください。これはいいことなのですから。」
ぽんぽん。あれ、今、頭を撫でられた?私はそれで我にかえった。
「え?」
上を見るとその手の主はやはりエドワード殿下だった。
うわああー。なんてこと。こんな、歳下によしよしと慰められるなんて。そんなことあっていいわけがない。なんという醜態なんだ。
そのことに気づいた私はすぐに立ち上がり、少し走って近くの木の影に隠れる。
一方、エドワードは…木に隠れたがちょっと顔を出してこちらをちらちらとのぞき見するセアリスがとても可愛いなあ、と思いながら見ていた。本人は気づいていないと思うが、若干こちらを睨んでいる気がする。小動物が威嚇しているみたいでとても可愛らしかった。
そう、王宮で彼女の噂を耳にして半信半疑でここに来たが、セアリスは本当に変わっていた。前は怒りっぽくエドワードに対しては媚びてきたが今ではそんな様子はみじんも感じられない。むしろ今の彼女はとても感じの良い人だった。前みたいに媚びることもない。明るい性格なのだろうか、表情がコロコロ変わっていて見ていてとても愉快だった。
この人と婚約しておいたのは正解だったかもしれませんね…どうか前の性格に戻らないで。このままでいてください。
エドワードはそう祈った。
エドワードがそんなことを思っているとはセアリスは夢にも思わず、婚約破棄する方法を必死に考えていた。
いずれされるのは分かっているんだけど…なるべく早い方がいいのよ。そして婚約破棄するならお互いのことをほとんど知らない今が1番いい時期!
ということでさっそくそのことを話題に出すことにした。
「エドワード殿下、1つ提案があるんですけど。」
私が今からする提案は両者にどちらにとってもとても魅力的なものだ。きっと殿下も承諾してくれるよね。
「なんでしょうか?」
「あの、婚約、破棄しませんか?」
「はい?なぜ急に?」
「エドワード殿下には私よりいいお相手がたくさんいると思うのです。私は性格は悪いし、うるさくて私と婚約していても何もいいことはありませんよ。それにエドワード殿下は私のことがお嫌いでしょう?」
「…たしかに、前のあなたは苦手でした。」
「なら、いいですよね?私のことを嫌いなんでしょう?」
「よくありません。というか苦手だったのは前の方で、今は別に苦手では…こう見えてよい婚約者を探すのはとても大変なのです。そう簡単に婚約は破棄できません。」
「でも、私は良い婚約者ではないのでは?」
「それは現時点では判断できませんが、悪い婚約者ではないと思っています。そういうことなので。婚約破棄の話はやめましょう?私はそんな話をするためにここにに来たのではないですから。」
「…」
うわあ、失敗した。結構自信はあったのに。まあいい。失敗は成功のもと。今度こそ婚約破棄してやるんだから。
そのあとは適当に他愛のない会話をして殿下は帰っていった。せっかく1人でのティータイムを楽しんでいたのに。殿下が来たせいで人目を憚ってあまりお菓子もたくさん食べれなかったよ。




