乱入
少々読み辛いと思ったところを何とか直そうと試みました。
「にーにーさま」
微かに開いた扉の隙間から、薄暗くなり始めた廊下に立つ、白いワンピース姿の幼女がうっすらと見えた。
彼女は普通の六歳児なら健康的とも言える少々ぽっちゃりとした体型をしていたが、その色あせたような紫の瞳と病弱そうな色白の肌は、彼女の抱える苦しみを物語っていた。
「……プリム」
プリムラ・ポークナイト。エンリーの腹違いの妹であり、年齢は六歳。
最初は、エンリーの他の家族と同じく『普通のNPC』だと思っていた。だが、しばらく前から彼女の異質さに気付き始めている。
そもそも、原作ゲームをプレイしていた頃の俺は、エンリー氏の家庭事情などこれっぽっちも知らなかったし、知る術もなかった――というか、知ろうとすらしなかった。
無理もない。エンリーなんて、ただのエロゲの悪役。倒されるためだけに存在する、前座の中ボスだったのだから。
とにかくプリムは、自分をこの世界の人間だと信じ切っている『ただ』のNPCのはずだ。しかし、さっきのビアンカの発言を思い返すと、どうしても腑に落ちない点がある。
――ただのNPCであるはずなのに、彼女は設定されたイベント外でも交流が可能だ。それどころか、完全に身体の自由を保っており、固定の台詞すら存在しない。
……存在しないはず、なのだが。
彼女と対面している時だけ、エンリー氏の『記憶』らしきものが脳内に濁流となって流れ込み、思考が激しく攪乱される。
切ないような、酷く懐かしいような、得体の知れない感情に胸を締め付けられ――気付けば、まるでエンリー氏になり切ったかのような言葉が、俺の口から勝手に溢れ出しているのだ。RPGだけに、滑稽な話だがな。
(――そういえば、俺の知っているゲームの脚本が始まるのは、あと二年後だったか? ……だとすれば、あの頃のエンリー氏に、妹なんて――いなかったはずじゃあ――)
「……エンリー様?」
「にーにーさま、このおかたはにーにーさまの、だいにのおくさまなの?」
(しまった! この状況は流石に教育に悪すぎる! ……六歳児にこの体勢をどう説明しろってんだ?!)
咄嗟にビアンカから離れようとしたが、俺にしがみつく彼女の腕の力は案外強い。―――いや、よく考えたら、今無理に離れたら余計に子供に見せちゃいけないモノをプリムの視界に晒すことになる。俺は動くのをやめた。
「彼女は……そう、新しく雇ったメイドだ。名前はビアンカという」
「では、にーにーさまのおくさまは、あいりさまだけですか?」
「……う、うん。(いや、アイリも違うんだが……)とにかく、ビアンカはただのメイドだ」
『――今のエンリ―様とアイリ様は、やはりそんな関係でしたか……』
耳元から、ビアンカの低く悲しげな呟きが聞こえた。
『いや、違うからな! 今は説明する余裕がないから話を合わせてくれ……あとでちゃんと話すから!』
重いドアをなんとか抉じ開けて入ってきたプリムは、可愛く首をこてんと傾けたあと、ビアンカに向かって頭を下げた。
「――そうなの?これは、ごめんなさいです、ビアンカさん。ポークナイト家へようこそ、わたしはプリムラともうします。にーにーさまのこと、よろしくなのです。……え?……でも、ビアンカさんのメイドふくは?……それに、にーにーさまとビアンカさんは、いまなにをなさってるのですか?」
「ングっ……! ……えーっと、これは……採寸だ。そう、ビアンカのメイド服を新調するための採寸だ。何もやましいことをしてない!(本当にしてないんだ!―――まあ、本来なら『する』つもりでビアンカを連れ込んだんだがな、原作のエンリ―は……)」
『採寸、とおっしゃいましたか?』
『お前、いま何を企んでるんだ……?』
「これは、さいすん。……あれ?さいすんはふくしょくてんのひとがするのでは?」
「こ、これくらい、にーにーにだってできる。こんな時間に、わざわざ服飾店の人を煩わせるわけにはいかないからな」
「さすがにーにーさま!」
「だろ?(……うっ!心が痛む……!)」
「エンリ―様、宜しいでしょうか?―――」
悪戯っぽく微笑んだビアンカが、信じられない言葉を紡ぐ。
「―――これでは計りづらいでしょうから、お手をこちらに……。お胸の発育にはいささか自信がありませんけれど……こちらなら、エンリ―様のお手を悦ばせることができるかと」
(……っ、や、柔らけえ!――って、違う、違う! 離れろ、俺の手ぇぇぇ!)
ビアンカは大胆に俺の手を取り、自身のしなやかな腰の曲線へと押し当てた。
彼女が元々エロゲのヒロインキャラだからなのか、それとも俺を弄ぶつもりでやっているのかは分からない。だが、その一連の動作はあまりにも自然で、手のひらに伝わる彼女の肌の熱と感触は……おっとっと――って、なにをやってるんだ俺は、正気に戻れ?!
「……アイリおねえさまは? にーにーさまと、いっしょにいるときいたのに……あれ?いないの?」
「アイリは……ビアンカの服を取りに行ってもらっているんだ」
「そうだったのですか?―――いつもいっしょで、にーにーさまとアイリおねえさまは、らぶらぶですね」
「……あはは」
「え?……でも、にーにーさまがいまさいすんするのに、アイリおねえさまがもうでていったのなら―――アイリおねえさまは、どうやってビアンカさんのサイズがわかるの?」
(―――馬鹿か、俺は!?子供でも即座に見抜けるような嘘を吐いてどうするっ!?……)
「ハハハ! アイリとこのにーにーのコンビにかかれば、造作の無いことよ!(……誰かぁ、殺してくれぇぇ!)」
「そうだったのですね! さすがにーにーさまと、アイリおねえさまなのです!」
『―――流石エンリ―さまとアイリさまですね。以心伝心ですこと』
『頼むから、追い打ちをやめてくれ……!』
「……こっほん!」
「アイリおねえさま〜!」
「は~い。プリムラお嬢様もお元気そうで何よりですわ―――あら? 少し、お熱がありますね……」
こんなタイミングで入ってくるなんて、謀ったな、こいつ……!?―――いや、違う。NPC枠であるアイリに、それは不可能なはずだ……。
アイリの弁によれば、NPCにとってこの世界はシステムが作り出すイベントの連続に過ぎない。そして「部屋に入らず、ドアの前で聞き耳を立てている」というイベントでも仕込まれていない限り、NPCがピンポイントで乱入してくるなんて大技、百パーできっこないのだ。
じゃあ、今アイリが現れたのは何らかのイベントが発生したからか?
――ってことは、プリムラの乱入もそうだが、ビアンカのイベントがようやく終わったのか?……終わったんだよな?
「アイリおねえさまは、ビアンカさんのふくを、もってきたのですか?」
「そうですわ。ちゃんと持ってまいりましたよ―――」
アイリの合図に気付き、俺は慌てて『メニュー』モードを展開した。ストレージを開き、『ビアンカのメイド衣装』というアイテムをアイリのインベントリ欄にドロップすると―――。
イベントシーンへと意識を戻すと、アイリの手に、突如として白いフリルがあしらわれたサテン調の黒い布地が出現した。アイリは少々ビクッとしたが、NPCであるビアンカやプリムはその超常現象に一切の疑問を抱かない。
(……待て。ちょっと布の面積が少なすぎやしないか? ……クソ、またやってしまった! 今日の俺は底抜けに運値が悪い!――まあ、中ボスキャラなんだから、幸運ステータスとは無縁なはずだが――)
思い出した頃、ときは既に遅し――原作におけるビアンカのメイド服って、確かアレだったな……白いフリルが付いた、黒いビキニと、小さなエプロン……!
「違う、それじゃない――っ!」
「ほらね、プリムラお嬢様? コレは貴女のにーにーさまのご趣味ですわ」
「まあ……!フリルがいっぱい!」
「アラ、ステキ(棒読み)」
(エ・トゥ、ビアンカ?!……お前ら、どれだけ俺を嫌ってんだよぉぉ!?)
今回はちょっと短くなってしまいましたが、ここ以外に区切りの良いところが見つかりませんでした。
大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。




