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哀れな主人公

エンリー視点に戻ります

ビアンカの乱心らんしんを前に、しばらくフリーズしていた俺はやがて我に返った。さっそくメニューを開き、彼女のステータスを確認したが……何の異常も表示されていない。


(……どういうことだ? エロゲの補正か? 条件が未達成でも、NPCさえ揃えばイベントが強制発動するのかよ。……ぐぬぬ! せめてアイリと相談できれば。なんでこのメニュー、チャット機能が付いてねーんだよ!? ……いや、ゲームの仕様通りか。)


とりあえずアイリと目配せをし、試しにストレージにあった『毛布ブランケット』を彼女のアイテム欄へドラッグした。するとアイリの手元に忽然こつぜんとブランケットが現れる。彼女は当然といった様子で、それをビアンカの肩に掛けた。

周囲のNPC共は、ゲームで見覚えのある会話を『再生』し始めていて、俺も慌ててそこに混ざった。


アイリに視線で『彼女をここから連れ出せ』と合図を送る。彼女は不満げにコクンと頷き、そっとビアンカの肩を押して食堂を後にした。


だが、ここで更なる問題が発覚した。……エンリーとしての台詞セリフが、全く出てこない。

本来なら、キャラのパートが回ってくれば台詞は自然と浮かぶし、身体も勝手に動くはずなんだ。だが、今の俺にはその感覚が一切ない。


(……メニューを使ったせいか?)


とにかく、アドリブで乗り切るしかない。


「―――アーカイド卿……」


俺がゲームのうろ覚えで何とかそれっぽいセリフを絞り出す。するとNPCたちは勝手に解釈し、イベントを進行させていった。気づけばシナリオ通り、ビアンカは『メイド』としてポークナイト家に引き渡される体裁ていさいで、俺の所有物となった。

そこから先は、正直あまり覚えていない。

考え事をしたら、いつの間にかNPCたちが食堂ダイニングルームから居なくなり、窓の外の空が茜色に染まり始めていた。


(このあと、あのイベントが控えているのか……どうしよう、俺はロリコンじゃないぞ―――まあ、ビアンカは設定上十八歳で、ロリじゃないが―――とにかく、俺、ロリコンじゃないから!……)


(……待って、待って。なにを慌ててんだ、俺は……そうだ、理性!俺には理性があるんだ、うん!今はあのアイリにすら手を出しちゃいねーし、ヘーきだろ。ははは!……)


念のためもう少し時間をつぶそう。そのあと『今夜はもう晩い』と言って、お引き取り願おう。


―――見てみろや、エロゲのクソ神様!


……


「……もう無理!何なんだ、ここは!!?」


結論から言うと、時間をつぶすのはムリだった。

体感では三十分ほど歩き回ったはずなのに窓の外が一向に暗くならないし、屋敷も静かすぎて、まるで時間が止まっているみたいで、怖い。

あと、しんどい。エンリ―のガタイがこんなところで仇となるとは―――物理法則も、生物学的仕様もクソもない世界だと言うのに、なぜ『デブがすぐばてる』と言うルールだけをしっかりと再現してんだ?差別か?差別なのか?こんちくしょう!


とにかく、歩き回るだけなのは無駄。考えを改めよう。

ゲーム的だと時間を進めるためにイベントをこなすほか無い。


(……そうだ、イベント!俺は今まで歩き回っていただけで、イベントを全然発動していなかった。……なにか、なにか……あ!あそこにメイドさんが!―――)


「何か御用ですか、ご主人様?」

「与えられた衣装をちゃんと着ているかどうかの検査をしている―――(なぬ!?)」

「……そうですか?御覧の通り、ちゃんと着ていますよ」

「今の間が怪しい。隅々まで見せろ―――(おいこら!)」


メイドさんは目の前でピルエットを決め、ちゃんとしたデザインのメイド服を魅せつけてきた。はい、可愛い。

こいつら名もなきNPCなのに、各々のグラフィックが異なり、同じデザインのメイド服を着ていても、きっちりと個性が出てる。

そうだった。モブ娘たちにもちゃんとしたグラフィックを付けていたことがこのゲームの長点だった。


「うむ。だが、与えられたのは見えるものだけじゃなかっただろ?脱げ、そして下着も見せろ―――(なに勝手なこと言ってんの、俺は!!?)」

「え?……こ、ここで、ですか?」

(お前もなに照れてんの!?そこは『こんなクソ職場に一秒も長く居れるか!!?』と言うだろうが!……)

「当たり前だろ。いつまで主人あるじを待たせるつもりだ?さっさと脱げ!―――(おまわりさん、こいつだ!てか、俺なんだが……もういやだ、この身体……)」

「……か、畏まりました―――」


……うん。メイドさんはちゃんと下着を着ていたよ。

中世風の世界観をぶち壊すような、フリルとレースがふんだんにあしらわれた逸品いっぴんだったぞ。はい。


そして、この尊い―――メイドさんの―――犠牲のおかけで得た時間は……イマイチ分からん……。

いや、なんて言うか、空は全然暗くなってないや。


(よし、他のメイドにも声を掛けよう―――どうか、セクハラがないように……)


「おい、そこに埃を残してる。ちゃんと仕事しろ」

「どこですか、ご主人様?」

「ほら、ここ」


見るだけで分かる、メイドさんの身長を上回る高さにある飾り物棚―――そもそも、こんな高さだとエンリ―にも見えにくいはずなんだが。


(お~お!メイドさん、仕事熱心だな~―――いや、いや。なに背伸びしてるメイドさんの胸部をジロジロ見てんの俺は!?……や、止めろぉぉ!)


目を反らせないならメニューに切り替えて、やり過ごせばいいと思った。しかし、暗闇の中、光る画面に表示されたイベントスチルは、さらに最悪だった。―――シーン画像の中、膝を曲げ、身体を低くにしたエンリ―が、醜い表情で、爪先つまさき立ったメイドさんの胸部をイヤらしい視線で、至近距離から舐めるように見上げていた。


仕方なく、エンリ―視点に戻り、イベントシーンの終わりを待つ。


(まあ、今回のはそこまで酷くなかった―――って!違うだろ!アウトだろ!まったく!このゲーム世界のせいで俺の常識は段々汚染されてる)


それから色んなNPCに声を掛け続けたんだが、再度結論から言うと、セクハライベントはまだ序の口だった。

セクハラじゃないイベントだと、どいつもこいつも『アイリはご主人様のお部屋で待っています』としか言わない。おかげで『いつまでサブイベント回収してんだ?さっさとメインイベントを発動しろや、こら!』という無言の圧力を感じる。

窓の外を眺めると、空は今も前と同じ茜色で、テクスチャが張り付いたみたいに暗くなる気配が一切ない。


肩を落とし、エンリーの自室へと向かうことにした。


屋敷内の全室を回った。……ただ一つ、あえて『スキップ』したあの部屋を除いて。

結局、どこにも俺を救ってくれるイベント(逃げ場)なんて転がっていなかった。―――なぜあの部屋に入らなかった?あそこだけはなんか違う気がしたので……まだ説明したくない。


いつのまにか、俺(エンリ―)の部屋の扉の前に立っていた。一つ重いため息を吐き出すと、ドアノブに手をかけた。冷たい金属の感触が、これが現実であることを容赦なく突きつけてくる。


ゆっくりと扉を開くと、部屋のなかからエンリ―のむさ苦しい香水の匂いと女の子特有の甘い香りが漂ってきた。前世でプレイした時はテキストでしか知り得なかった情報が、今は肺の奥まで侵入してくる。


(……『前世』って。俺もアイリ――いや、綾子さんに毒されてるな)


部屋の奥、アイリは窓の前に突っ立って、茜色の空を眺めていた。

最初、ビアンカの姿は見当たらなかった。だが、床に散らばる無惨に引き裂かれたドレスと、二つの『白い布切れ』が目に飛び込んできた。

よく見れば、それは大人びた花柄の刺繍が施された、小さなパンティーとブラジャーだった。不自然な厚みを持つパッド入りのカップが、主人の背伸びを無言で物語っている。


ベッドの方に目を向けると、エンリーの広すぎる寝台のど真ん中、ビアンカの姿が見えた。

彼女はまだ背中に掛けたままのブランケットを胸の前で握りしめ、女の子座りでポツンと座り込んでいた。


ビアンカのクリソベリルのような瞳から逃げるように、俺は窓際に立つアイリへと声を掛けた。


「お疲れ。遅くなってすまん……」

「おかえり~。ずいぶん遅かったっすね……。どこかでスッポン料理でも食べて、精をつけてたっすか?」

「そんなことするか、アホ!」

「ひぃっ! ビアンカちゃんだけで飽き足らず、このアイリまでいっしょにイタダクつもりっすか!? ――キャー! ケダモノ!」

「そのうっさんくさい演技を止めろ。……そもそも、あの子。ブランケットの下、もしかして……」


俺の目は、磁石に吸い寄せられるように、また床に脱ぎ捨てられたビアンカの下着へと向いた。

元々ビーカップ程度の膨らみしかないはずなのに、ブラのカップ部分はそれなりに目を引く丸みを持っている。……いや、チラリと見える内側に縫い付けられたパッドの厚みから推測するに、これ、無理やりシーか……下手をすればディーカップ用のブラを着けていたのか?

パンツの細くなる部分やブラのホックと肩のストラップの一つが引きちぎられているところを見ると、下着を脱いだんじゃなくて、引っ張って脱ぎ捨てたのか……。


「気になるっすね~。……着ているところを見なくて惜しいっすね、ゴシュジン?」

「……っそ、そんなこと、一ミリも思ってなっ―――!」

「あ~あ、メニューでリロードが出来なくて残念―――ゴシュジン、ビアンカちゃんの可愛い下着姿(健気な努力)を拝めるチャンス、もう一生来ないっすよ?」

「お前な……っ!」


貴女あなた、さっきから黙って聞いていれば……いささか、御戯おんたわむれが過ぎませんこと!」


俺とアイリはじゃれ合うのを止め、二人同時に、ベッドの上にいるビアンカへと首を向ける―――普通のNPCなら、プレイヤーがイベントを発動させない限り、自ら話しかけてくることなど絶対にあり得ない。


「「しゃ、喋った!!?」」

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