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駄メイド

拙いものですが、どうぞ、楽しんでください。

「ゴシュジン?お~い?……ラグすか?――」

目の前で手を振りながら、丁寧語のつもりで、このように呼びかけ続ける駄メイド。

「見ての通り考え事があるんだ、ちょっと静かにしろ!……あと、呼び方をなんとかしろと言っただろ!」

「『ご主人様』の方がお好みでしょうか?」

「っぐ!――キモチワルイからやめろ!」

「自分から『呼び方を変えるように』とおっしゃったくせに~」

「エンリーで良いだろ。分かってるくせに生意気な!――」


『エンリー・プークナイト』、それは今の俺だ。成り金男爵家の跡取りで、エロゲ『勇者ナントカと愉快な仲間たち』、じゃなくて――まあ、タイトルなんてどうでもいいや、忘れたし。とにかく、俺は今そのインディーゲームの悪逆非道な中ボスキャラになってる。

そしてこの『アイリ』と言う駄メイドはゲームのヒロインの一人、設定上できる戦闘メイドだが……見ての通り、ただのボケキャラのナントカ綾子という日本人のJDの自称・転生者。


どうして俺はエンリー氏、アイリ氏やゲームのことを知ってるのか?それは、三十過ぎの独身サラリーマンにイロイロあるんだよ……。色々って具体的になにかだと?うるさい、ほっとけ!


「あの~、コシュジンの顔はすでに不細工なので、百面相はマジでご勘弁っす――」

「お前なー……!」

「長くなりそうでしたらアタシ楽にしていいっすか?」

「好きにしたら?……なんなら庭に出ても――」

「畏まりました。――な~んて、イヤでございます」

「……こいつ!」


エンリーとして物心がついた頃からアイリの存在だけが救いなのは事実だが……こうして五月蝿く感じることも多々ある。

家族や屋敷で働く者たち、街人……NPCの皆は決まったセリフしか言ってくれないし、声かける時は何故か俺ですらゲーム的なセリフしか言えない――。


一人で勝手に哲学的な物思いに耽っている俺をよそに、アイリはごろりと俺のベッドに寝転がり、枕と殴り合いしてやがる……。

胸元が非常識に開いたメイド服から真っ白なマシュマロが零れそうな上に、前だけが短いロングスカートの中から覗く艶めかしい太ももから目を逸らすのは一苦労。


他のメイドたちは皆清楚な、首までボタンで留めたシャツに、普通なロングスカートを着てるのに、なぜアイリだけがこんな扇情的な衣装なのか?誰が彼女にこんな服装を着させているのか?……答えは、恥ずかしながら、紛れもなく俺だ……。


いや……グッとくるのだが……断じて俺の趣味じゃない、よ……。ゲームの設定だから、だよ……。


Iアイカップのアイリ……つまんないダジャレだが、エロゲならありふれたお決まりだ……。設定通り、すごい破壊力だな……ゴクン……!


「おまっ!――何してやがる……?!」


寝転んだまま自分の胸に手をやり、何気なく服の中の柔らかい肉を元の位置に押し戻すアイリ。そんな彼女を見て俺が瞬時に目を背けたが――。


「しょうがないっすよ、この体勢だといつもずれていて、ムズムズするんだもん――つーか、なにジロジロ見てんすか?」

「す、す、すまん……目が勝手に行っちゃうので……」

「す、す、スケベ~!」

「ごめんって――!」

「あはは……冗談っす。今更なに照れてんすか、ゴシュジン?あたしにもっとすごいことをした後じゃん?」

「その節は本当に申し訳ありませんでした。あの時の俺はどうにかしてたっていうか……」


そうだ……ゲームのシナリオとは言え、俺はアイリに許されないことをした。あの頃の俺は、まるで夢の中にいるような感覚で……ただ、ゲームのシナリオ通りに動かされていただけだ。


とは言え、もっと早く気づくべきだった。彼女だけは、他のNPCとは決定的に違うということに。


『アイリ・ミネレット』は貧乏騎士爵家の次女であり、エンリー・ポークナイトの最初の犠牲者だ。武芸を嗜む家庭で育った彼女は、華奢な見た目に反して、非常に高い戦闘能力を秘めている。攻略の際、ヒットポイント管理を徹底しないと、中ボスのエンリー共々彼女まで倒してしまう結果となる。主人公のハーレムに招き入れるには、極めて難易度の高いキャラクターである。


アイリの父親は誇り高い騎士だが、商売のセンスは皆無。エンリ―は元からそこに付け込んでいた悪徳商人と結託し、彼に多額の負債を負わせ、借金を肩代わりするお代としてアイリをメイドとして招き入れた。


しかし、それは表向きの話に過ぎなかった。アイリは実質エンリ―の奴隷になり、最初の日の夜に手籠めにされて、それ以降は破廉恥なメイド服を着せられ、エンリーにこき使われるハメになった……。


「ジー……!」

「……なんだよ」

「あれはシナリオ通りの出来事だったし、あたしは犬に噛まれたくらいにしか思ってない、から……。ちょっと、気持ちよかったし……。じゃなくて! ゴシュジンが蒸し返してこない限り、一生のトラウマにはならなくて済むので、へーきっす」

「気持ちよかった……?」

「違う!あれはシナリオの強制力! あたしはこんなブサメンとしたこと、キモチワルイ以外なんとも思ってないから! えぇ!……ゴシュジンはブサメンだし、デブだし、レディーの扱いも雑……。あの夜のことを思い出すだけで、虫唾が走るっす……!」

「俺の見た目は仕様がないだろ……!」


この世界(?)はマジでゲームっぽくて、訳が分からない。エンリ―はデブでブサメンの設定だから何をしてもその見た目は変わらない。


この身体は食事や水分を必要としないし、何も食べなくても餓死はしない。考えてみれば、生物的な機能なんて一つも備わっていないんだ。それでいて、食べ物や飲み物があれば摂取は可能だし、その気になればトイレにだって行ける。


……ただ、トイレや風呂では時々『乱入イベント』が発生するから、煩わしくて行けたもんじゃない。そもそも、行く必要すらないんだ。


何が言いたいかって? ダイエットも運動も、全て無駄だった。何週間続けても、体型が少しでも変わらなかった。顔や髪に関しちゃ、いじる手段すら見当もつかない。美容院どころか床屋にすら入れないし、髭剃りやハサミを手に取ることすらできないんだ。


転生小説の主人公みたいに、努力をかさんて見た目を改善できると思っていた時期も、俺にはあった。だが、現実はそんな甘いもんじゃなかった。


「ごめん……ゴシュジンの見た目はこうなったのはあたしのせいっす……」

「あんたんかぁい……!?」


アイリ、もとい綾子さんはJDだった頃、友達と作ったサークルでこのゲームを制作したのだという。しかも、シナリオのほとんどが彼女の手によるものだ。……なのにキャラデザまで彼女が担当しただと? どれだけ多才だったんだよ!?


「なー、綾子さん……」

「アイリ」

「あや――」「()()()!」

「……アイリ」

「何でしょう、ご主人サマ~?」

「シナリオもほとんどあんたが書いたんだよな?」

「まあ、そうっすが……」

「なら……見た目を変える方法は本当に無いのか?」

「おしえな~い」

「なぜだ!? このままだとあんたも困るだろ。ほら、俺みたいなのが側にいたら目の毒だろうし……」

「なに急に黄昏たそがれてんすか、ゴシュジン?あんたも前世でこのゲーム、プレイしたことあるんでしょ?」

「……一応、な」

「じゃー、ゲームの隠し要素を制作者にバラされてどうすんの? そこはゲーマーとして、工夫して、自分でなんとかしなさいよ。大丈夫、ゴシュジンならできるって」

「なにを根拠に?」

()()()


(……くそー! アイリは設定上、凛々しい見た目の戦闘メイド。こんな表情、主人公にだけ見せるはずだったよな?なのに、中ボスの俺にその小悪魔的な顔を見せるとか……反則だろ!でも、可愛いな~!)


おっとっと、ちょっと待て――!


「アイリさんや……」

「うーん?」

「なんで今、あんたはここにいるんだ?」

「ああ……そうだった。ゴシュジンを呼びに来たんすよ。ビアンカてやが現れたので」

「『現れた』って。――待て!もうあのイベントが始まるのか?」

「うん!」

「ビアンカ・アーカイドの……」

「うん。ワクワクするっすね、ゴシュジン?」

「ハラハラの間違いだろ……?!」


どうしよう、完全に失念してた。エンリー・ポークナイトはブサメンのインチキ野郎な上に、自分のハーレムを築こうとした希代きだいの女好きだったんだ……。


『ビアンカ・アーカイド』、彼女は財力も権力もある伯爵令嬢で、アイリと違って、エンリ―程度の下級貴族の婚約者にすら成れないはずの高嶺たかねの花。


しかし、ずっと前から動き出したエンリ―の陰謀により、この後のイベントで彼女は伯爵令嬢の地位を失い、アイリ同様、エンリ―の奴隷に成り下がる運命にある。


見た目は確か、すらりと伸びた体つきの中学三年生……いや、エロゲのヒロインだから、設定上は十八歳以上ってことになっていたはずだが。階級社会の上位にいる彼女が、その年齢で未だに婚約者がいないなんて、普通に考えればおかしい話だ。


でだ、重要なのは俺がこれからどうすべきか、だ。このままシナリオ通りに事が進めば、蝶よ花よと育てられたいたいけな少女に、一生消えない傷を負わせることになる。……それは嫌だ。


ゲームならそれでもゾクゾクしたかもしれないが、俺は今、この箱庭のような世界を現実として受け止めている。だからアイリにだってあれ以来指一本触れていないし、この先も一方的に性欲をぶつけるつもりなんてない。


ビアンカちゃんに手を出すなんて論外だ。


彼女たちが醸し出す色香に惑わされないと言うと嘘になるんだが、その欲求に任せてうごくまで人間を辞めたつもりはない。


まず、この先のイベントだが、ビアンカは家族連れでポークナイト家の食事会に参加する。そこで、エンリ―の暗躍により発生した今までのハプニングの頂点として、ヤバい薬を盛られたせいで醜態をさらし、父親に勘当される。


そして、善人面をしたエンリ―・ポークナイトに擁護してもらい、メイドとしてポークナイト家で働くことになる。


なら、やるべき事が決まってる。ビアンカの食事に薬を入れさせないようにすれば、彼女が醜態をさらすことなくイベントが終わるはず。


そのあと、今までのハプニングが忘れられ、いつか彼女に良い縁が来るだろうし、運が良ければ幸せな家庭だって築けるはず。


たしか、ビアンカの食事に一服盛ったのは……。


「アイリ、ポケットの中身を見せろ!」

「え!?……脱げだと?こんな真昼間からっすか?」

「アホか?!媚薬くすりを出せといってる!」

「……なぜバレてるし?!」

「おまえ、頭大丈夫……?」


これはアイリにも話した俺の能力――『メニュー』と名付けた――お陰で得た情報……。


言い忘れたが、この世界は俺の目にはゲームのような二次元グラフィックに見える。アイリ曰く、彼女も同じらしい。動けばアニメのように絵が動いて見えるが、実体感のない、ゲームのデフォルメされた絵にしか見えないんだ。


さらに念じれば、世界から一歩引くような感覚と共に、暗い部屋で光る画面を見つめているような状態に移行できる。


この状態では、世界は完全に『ゲーム画面』に戻り、登場人物はただの立ち絵に成り下がる。しかし、そこで『メニュー』を開けば、ステータスや所持アイテムの確認、スキルの発動ができるようになるんだ。


ゲームだと、プレヤーが使う機能だけど、プレヤーキャラは勇者くんのはずだった……。


「ねえ、綾子さん……」「アイリ!」

「今はそれはいいので、真面目な話をしたいから、少しだけしっかりしてくれ」

「……分かったっす」

「綾子さんは本当に『メニュー』が使えないの?」

「どうやって?」

「こう、『んんん!』と集中したら、『ブワッ』と世界から意識が離れるイメージで、暗い部屋の中に画面を見下ろすような状態になるんだが……」

「なにその説明し方?ゴシュジンって、いつ『中ボス』から『天才魔法少女』キャラに転職したんすか?」

「いや、説明しづらいんだが、そうとしか言い表せないんだ。……本当にできないのか?」

「できるか、そんなもん!? ――真面目な話、ゴシュジンの言う通りなら、自然と使えるようなはずなんだけど、あたしにはそんな感覚はまったくないっす。たぶん、アイリがNPCだからかな」


アイリはNPC……一応筋が通ってるが、なにか引っかかる。それだとエンリ―もNPCのはずなんだけど、『メニュー』が使えるってどういうこと……?


「綾子さん、もしかして――」

「失礼ですが、あたし、これからアイリとして用事があるので、下がってもいいっすか?」

「まあ、用事があるなら仕方ない……。って! 待て待て! 媚薬くすりを置いていけ!」

「……っち!」

「アイリって、ビアンカちゃんに何か恨みでもあるのか?」

「『ビアンカちゃん』、ねぇ。あの娘はただのNPCっすよ? なにキモオタみたいにちゃん付けで呼んでんすか、キモチワルイ……」

「いや、それは……つい……って、そうじゃなくて。ごねてないで媚薬くすりをよこせ!」

「ういっす……。ほら、これで満足っすか?」

「ああ……」


アイリは不機嫌そうに、どこからともなくピンク色の液体が入った小瓶を取り出して机に置くと、ズカズカと足音を立てて部屋を後にした。


俺はしばらくその瓶を見つめたあと、意を決して彼女の後を追い、屋敷の玄関へと向かった。

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