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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
希望の灯火、M-0144と繋がる星々

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信号の確認

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

明け方、計器パネルの青い点滅で目が覚めた。


 アルテの声は静かだった。


「四時二十二分です。通信データの解析が完了しました」


 颯は毛布を脇に押しやって体を起こした。外はまだ暗い。フィーエルの夜明けは遅い。骨が軋む感覚がある。砂地を三時間歩いた後遺症が昨日より長引いている。


「ノイズじゃないのか」


「ノイズではありません。こちらの送信周波数に正確に対応した返信です。自然現象では説明できないパターンです」


 通信モジュールのランプが橙色に点いている。昨夜から変わっていない。ただし点滅の間隔が短くなっていた。


「どこからだ」


「エリダニ座方向です。距離は二十一・八天文単位前後。正確な座標はもう少し受信を続けないと絞り込めませんが、方向は確定しています」


「内容は」


「解読中です。旧連邦規格の変調方式を使っています。複数の暗号化レイヤーが掛かっています。完全な解読には時間が必要です」


 颯は窓の外を見た。星が出ている。二十一・八天文単位の先に何があるかは分からない。しかし信号は来ている。


 誰かがいる。


「記録を続けてくれ。朝、セイに話す」


「了解しました」


 毛布を引き戻した。眠れなかった。青い光が計器の縁で揺れた。外で砂が低い音を立てている。フィーエルの夜は、眠らない者に何も返さない。



 カレンが錆鉄丸のハッチをノックしたのは、日が出て一時間後だった。


「準備できています」


「ああ」


 工具バッグを持った。信号のことはC-1から戻ってから話す。


 三人で出発した。朝の冷気が顔に当たった。砂地は前日より乾いている。昨夜、風が強かった証拠だ。地面の色が少し変わっていた。


 カレンは少し前を歩いている。地表の凹凸を足先で読みながら進む歩き方だ。農業区画で長い間、外作業をしてきた体の動かし方だと颯は思った。


「C-1には、これまで本格的な回収はしていなかったか」


「設備調査には入っていました。持ち帰れる判断ができなかっただけです」


「何が足りなかった」


「何を作るかが分からなかった。素材の目録はあっても、使い道がなければ意味がない」


 颯はそれ以上聞かなかった。砂が靴底でこすれる音がする。風が低く鳴っている。


「アルテ」


「はい」


「受信は続いているか」


「午前中に二回、明確なパターンを確認しました。方向の絞り込みが進んでいます」


 カレンが聞こえたはずだが、何も言わなかった。颯も言わなかった。三人は砂の上を歩き続けた。



 C-1は一時間半先にある。


 建屋が二つ並んで見えてきた。A-7より大きい。フレームは残っているが、壁面の錆が深い。風雨にさらされ続けた金属は、表面から少しずつ削れていく。シャッターは閉まっていた。


 カレンが側面に回った。非常口の扉がある。工具を当てた。蝶番に油を差した。力を入れると、金属の軋む音がして扉が開いた。


 内部に入った。天井が高い。ヘッドライトを上に向けると、梁が闇の中に浮かんだ。床に機材が並んでいる。大型のものは動かせない。端の棚区画だけが、埃をかぶったまま整然と残っていた。


「製造支援エリアはこの奥です」


 ヘッドライトを棚に向けた。旧連邦の刻印がある。埃が厚く積もっている。足跡がない。誰も来ていなかった。


「アルテ、FM-330系を確認する。右の棚から順に見ていく」


「外装は灰色、上面に四つのポートがあります。型番はFM-330から332のいずれかです」


 右の棚から始めた。型番が合わない機器が続く。F番号のものがある。刻印を読むと、FM-290だった。


「FM-290は使えるか」


「前世代の機器です。M-0144への直接適用はできませんが、後工程で代用できる可能性があります。持ち帰る価値はあります」


「カレン、左の棚を頼む」


 カレンが左側に移った。颯は奥へ進んだ。棚の最後列だ。薄い埃が足元に舞う。ヘッドライトの光の中で、灰色の外装の機器が見えた。上面のポートが四つ。刻印を読んだ。


「FM-331」


「それです」


 アルテの返答がわずかに速かった。


「外装と各ポートを確認してください」


 両手で機器を触れた。外装は固い。ひびがない。ポートを一つずつ指でなぞった。表面に錆はある。爪で引っかくと剥がれる程度の浅い錆だ。内部まで達している感触ではなかった。


 抱え上げた。重い。二十五キログラム前後だ。しかし持てる。


「カレン」


「持てます」


 振り向くと、カレンはすでにFM-290を胸に抱えていた。



 帰り道、FM-331は重かった。


 抱えた腕が少しずつ疲れる。背中に工具バッグがある。それでも足を止めなかった。


 二十分ほど歩いたころ、カレンが口を開いた。


「颯さん、聞いてもいいですか」


「何だ」


「どうしてフィーエルに来ようと思ったんですか。前の持ち主の意志、ということだけじゃない気がして」


 颯は前を向いたまま歩いた。FM-331の重さが腕に食い込む。


「行き先が必要だった。アルテのデータが使える場所を探していた。修理できる設備がある場所、物資がある場所、人がいる場所」


「それがフィーエルだった」


「候補の中で条件に合った」


「アルテが選んだんですか」


「俺が決めた。アルテが候補を出した」


 カレンは少し間を置いた。砂地を踏む音が続く。


「来てよかったです。私たちにとっても、ハナさんたちにとっても」


「それはまだ分からない」


「ハナさんが立ちました。M-0144が動いた」


「一人が立てた。百十人いる」


 カレンは何も言わなかった。颯も言わなかった。FM-331を持ち直した。重さが腕から肩に移った。


 砂の地表を、二人で黙って歩いた。アルテは何も言わなかった。



 セイは工作区画にいた。工程表を手に持っていた。颯たちが入ると立ち上がった。FM-331を見た。


「それは」


「FM-331だ。C-1の奥にあった」


 受け取った。外装を一通り確認した。ポートを指で叩いた。


「使える」


 一言だった。


「量産工程の七割が自動化できる。残りの三割は手作業だが、問題じゃない」


 奥からアリスが来た。FM-331を見て足を止めた。目を細めた。


「本物だ」


 受け取った。機器を上に傾け、ポートを一つずつ確認した。内部にライトを当てた。指先で端子を触れた。


「腐食がない。乾燥した環境で保管されていたおかげだと思います。起動できます」


「FM-290も持ってきた。後工程で使えるとアルテが言っていた」


 カレンがFM-290を置いた。セイが確認した。


「使える。組み込む」


 セイはすぐに工具を出した。設置の準備を始めた。アリスが隣で設計書を開いた。二人の動きが速い。もう次のことを考えている。


 颯は工作区画を出ようとして、足を止めた。


「セイ、夕方に時間を取れるか。話がある」


 セイが顔を上げた。


「ある。何だ」


「アルテが昨夜から受信している信号が確定した。フィーエル以外に、生存者がいる可能性がある」


 工作区画が静かになった。アリスが手を止めた。カレンが振り向いた。


 セイはしばらく颯を見ていた。工具を持ったまま、動かなかった。


「夕方に詳しく聞く」


「ああ」


 颯は工作区画を出た。



 錆鉄丸に戻って操縦席に座った。


 通信モジュールのランプが橙色のまま点いている。点滅の間隔は変わらない。受信が続いている。


「今の状況は」


「四回目の明確なパターンを受信しました。内容の解読が進んでいます。旧連邦期の医療施設で使用されていた通信プロトコルに、構造が近い」


「医療施設の通信」


「確定ではありません。ただしパターンの構造からそう判断しています」


 颯は計器を見た。


 前の持ち主は六年前、M-0144の設計図を排熱ダクトの中に隠した。追っ手を避けるために。フィーエルを目指しながら届けられなかった。その設計図が今、フィーエルに届いている。颯の手で。


 FM-331がある。量産が始まる。百十人の患者がいる。信号が来ている。二十一・八光年の先に、医療施設の通信プロトコルを使っている誰かがいる。


 前の持ち主が届けようとしていた設計図の先に、もう一つの目的地がある。


「アルテ」


「はい」


「二十一・八天文単位は錆鉄丸で行けるか」


「燃料の確保ができれば可能です」


 窓の外でフィーエルの空が夕方の色になっていた。稜線の向こうに光が残っている。砂が風に流れている。


「復号が終わったらすぐに知らせてくれ」


「了解しました」


 出力計の数値が変わらない。今夜も信号を送り続けている。エリダニ座の方向から、誰かが返してくる。


 颯は計器から目を離さなかった。

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