穴あけと電装棚
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穴を開ける作業は、失敗した部材を戻せない作業だった。
施設五番に着いた時、セイはすでに機械の前にいた。
前日と同じ位置に素材台がある。四十本の棒材が並んでいた。セイはその横に治具を置き、寸法を確認していた。颯は荷物を降ろした。
「段取りは始まってるか」
「始めたところだ」
治具はアルミ板に穴位置の型紙が貼ってあった。穴は三箇所。直径が違う。颯は型紙を見た。
「位置精度はどのくらいまで要る」
「〇・〇五以内。それを外れると組み立てで当たりが出る」
「わかった」
アルテのモジュールを機械近くに置いた。
「おはようございます」とアルテが言った。セイは頷いた。
「施設一番の電装棚の確認、今から行けます」とアルテが続けた。「颯が同行すれば、三十分で終わります」
颯はセイを見た。
「段取りはまだかかる。先に行ってこい」
施設一番は隣の建屋にある。外気は冷たかった。フィーエルの朝は短い。日が出ても気温が上がるまでに時間がかかる。
扉を開けた。内部は薄暗かった。颯がランタンをつけた。
「電装棚はどこだ」
「奥の壁際です。前回確認した位置に変化はないはずです」
棚が三列ある。中央の棚の上段に端子台と古い部品ケースが並んでいた。段ボールが一箱あった。颯が開けた。緩衝材に包まれた電子部品が出てきた。
「コンデンサが七点。昨日確認済みです。施設三番の棚から颯が持ってきた三点は、このケースの右側です」
颯はその三点を取り出した。一点目。本体に刻印がある。
「C-R-四-〇-九-二。後ろにハイフンとB」
「確認します」
数秒待った。
「旧連邦規格、マキシム社製電解コンデンサです。耐圧百六十ボルト、静電容量四七マイクロファラッド。送信増幅部の要求仕様は百六十ボルト以上、四七マイクロファラッド以上です。一致します」
「二点目」
同じ刻印だった。三点目だけ少し違う。
「C-R-四-〇-九-四。ハイフンA」
「同シリーズの上位品です。耐圧二百ボルト、静電容量四七マイクロファラッド。仕様は満たします。耐圧が高い分、裕度が増します」
「三点とも使える」
「はい。ただし経年変化の確認が必要です。六十年以上倉庫にあった場合、容量抜けが起きていることがあります」
「LCRメーターで計る」
「施設五番に器具があります。配線の前に計測してから判断します」
颯は三点を袋にまとめた。ランタンを消した。建屋を出た。
施設五番に戻ると、機械が回っていた。
セイが最初の棒材をバイスに固定していた。ドリルが下りる。切り屑が出る。穴が一つ開く。セイが棒材を回した。次の穴位置に合わせた。
颯は機械から少し距離を取って見た。三箇所の穴が開いた。セイが棒材をバイスから外した。治具の型紙に当てた。
「〇・〇三以内だ」
颯は袋を作業台に置いた。
「施設一番から持ってきた。コンデンサ三点、全部使える品番だった」
セイが目を上げた。型紙から颯の袋に視線を移した。
「アルテが確認したのか」
「俺が読んでアルテが照合した。容量抜けの確認はまだだ。LCRで計る」
「メーターは棚の下段に入っている」とセイが言った。視線を機械に戻した。「二本目に入る」
颯は棚を探した。引き出しの一番下に黒いケースがあった。開けた。LCRメーターだった。表示窓が割れていない。端子が錆びていない。
「アルテ、このメーター使えるか」
「電源を入れてみてください」
ボタンを押した。表示窓が点灯した。数字が出た。
「動いています。ケーブルを端子に差してから一点目をつないでください」
底のビニール袋にケーブルが入っていた。颯は一点目を取り出した。端子に挟んだ。数字が安定するのを待った。
「四六・八マイクロファラッド。規定値の四七に対して〇・四パーセントの誤差です。許容範囲内です」
「次」
「四六・五マイクロファラッド。〇・九パーセント。問題なし」
三点目。
「四八・二マイクロファラッド。上位品なので規定値を超えています。問題なし」
「全部使える」
「はい。配線工程に移行できます」
颯はメーターの電源を切った。コンデンサを計測済みの印として一列に並べた。
穴あけは午前中に半分が終わった。
颯はセイの横に入った。棒材を渡す。バイスを締める。アルテが振れ量を読む。穴あけ。外す。確認。繰り返しだった。
前日と同じ動きだ。工程が変わっても、順序は同じだ。五本目から自然に決まった。どちらが棒材を取るか、どちらがバイスを回すか。声は出なかった。
二十本目が終わった時、颯は時計を見た。十二時を過ぎていた。
「今日のうちに終わるか」
「終わる」とセイが言った。「端面より一本当たりの時間が短い。穴が三箇所でも、端面より加工量が少ない」
昼食の間、セイがアルテに聞いた。
「配線の工程、どのくらいかかる」
「増幅部単体で端子が二十二点です。今回交換するのは十点。セイが主導し颯が補助する形で、四時間以内を想定しています」
「明日の午後に入れる。午前は治具の洗浄と仕上げを終える。午後に施設三番で配線を始める」
「施設三番に通信設備が元から拠え付けてある、ということか」とセイが颯の顔を見て言った。
「移動させていない。あの場所で作業する」
「わかった」
窓の外でフィーエルの昼の光が傾いていた。南中から少し過ぎたところだ。しばらく三人とも黙って保存食を食べた。
午後の穴あけは速かった。
最初の数本は段取りの確認で手間がかかる場面があった。それが過ぎると、あとは単純な繰り返しだった。三十本目、三十五本目、四十本目。
四十本目に穴が三箇所開いた。セイが棒材をバイスから外した。型紙に当てた。
「〇・〇二以内だ」
颯はすべての棒材を見渡した。四十本。外径加工、端面加工、穴あけ。三工程が終わった。
「抜き取りで確認するか」とアルテが言った。
「する」
颯は二十番目の棒材を取った。治具の型紙に穴を重ねた。三箇所とも入る。ガタはない。五番目と三十八番目も選んだ。どちらも型紙に合った。
「寸法内です」
「問題ない」
セイが一本を手に取った。穴の縁を指先で確認した。
「バリが出ていない」
「面取りが要らない」
「そうだ。早い分だけ次が早まる」
片付けの間、颯はアルテに通信設備の配線図を出させた。モジュールの表示窓に図が出た。端子の位置が密集している。間隔が狭い。
「前に同系統の増幅部を直したことがある」とセイが言った。端末を見ながらだった。アルテが配線図を送っていた。「構造は同じだ。難しくはない。一点ずつ確実に進めれば終わる」
颯は図から目を離した。
「配線が終わって、電源を入れて、それで通信できるのか」
「送信出力の確認が必要です。出力が基準値に達していれば、搬送波を送れます」とアルテが言った。「受信側がいなければ意味はありませんが、送ることはできます」
颯は何も言わなかった。セイも何も言わなかった。
帰路、颯は錆鉄丸のコックピットに入った。計器を確認した。正常値が並んでいた。
「今日の記録を送れ。明日のスケジュールも入れておいてくれ」
「送ります。午前が治具洗浄・仕上げ、午後が施設三番での通信設備配線工程、とします」
「セイにも入れたか」
「同時に送りました」
スロットルを入れた。機体が浮いた。フィーエルの夕空は短い。
「アルテ」
「はい」
「通信が戻ったとして、返信が来る可能性はどのくらいある」
アルテは少し間を置いた。颯がこの問いを出したのは初めてだった。
「データが不足しています。応答できる基地や船が銀河の近傍にどれだけ残っているか、把握できていません」
「だから聞いた」
「把握できていないということは、ゼロではないとも言えます」
颯はスロットルを絞った。基地の灯りが前方に浮かんだ。橙の点が二つある。昨日より一つ多い。
「電気が増えた」
「施設二番の電源が復旧したと、セイから夕方に連絡がありました」
その光を見た。M-0144が完成すれば、施設二番の医療設備が動く。施設三番の通信設備が動けば、この灯りが銀河のどこかに届くかもしれない。
届くかどうかは、やってみるまでわからない。
錆鉄丸が降下した。まだ返事のない宇宙へ、四百ワットだけが先に出ていた。
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