三十一時間の静寂
お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!
三時間が過ぎた頃、エンジンの振動が変わった。
颯は操縦席から立ち上がり、機関室へ向かった。パネルを開けて排熱管の接続部に触った。わずかに熱い。問題のある温度ではないが、注視は必要だ。締め直しをして戻った。
「排熱の数値は」
「許容範囲内です。ただし素材を積んだことで全体の重量が増えています。長時間の加速でこの値が出るのは想定内です」
颯はシートに座った。計器の列を一通り確認してから、手元の端末を取った。工作室で見た旋盤の削りかすの映像が残っている。六年前に稼働した跡だ。
「施設のデータはどこまで取れた」
「管理端末にアクセスできた範囲は全て取得しています。施設の整備記録、在庫管理台帳、電力ログ、ドッキング記録の四種です。整理が終わっていない部分もありますが、問題のある箇所は先に確認できます」
「ドッキング記録を見たい」
手元の端末に一覧が表示された。日付は旧連邦暦で記録されている。颯が換算すると、最後のドッキング記録は六年前の一〇月だった。それ以前は数件、途切れ途切れに記録がある。施設は使用頻度が低かった。
「六年前の記録に登録されている船は」
「識別符号の記録があります。旧連邦の小型貨物船の規格です。名称はありません」
「その前の記録は」
「一件あります。八年前です。同一の識別符号です」
同じ船が二度来ていた。颯は画面を閉じた。八年前と六年前に同じ船が訪れ、二度目の後に施設は放置された。在庫の素材は使いかけのまま残り、宇宙服は壁に掛かったままだ。
窓の外は何もない。
七時間が過ぎた頃に食事を取った。配給パックを温めて食べた。
アルテが端末に数字を出した。フィーエルまでの残り時間が更新されている。二十四時間。
「整備記録の解析が終わりました」
「何が分かった」
「施設の建造時期は旧連邦暦の三十年代です。当初の用途は採掘支援拠点でした。近傍に小惑星帯があります」
「採掘」
「はい。ただし採掘活動の記録は旧連邦暦五十年代を最後に途絶えています。その後は保管倉庫として散発的に使用されていた記録だけが残っています」
採掘支援から保管倉庫へ。用途が変わって、人が減って、最終的に誰も管理しなくなった。工作室の旋盤と素材はその残り物だ。颯はパックの残りを食べた。
「採掘支援の時期に、フィーエルとの接点はあるか」
アルテが少し間を置いた。
「調べる必要があります。手元のデータだけでは確認できません」
「続けてくれ」
十二時間が過ぎた。颯は三時間眠った。起きると計器を確認した。数値に変化はない。
「フィーエルまで」
「十九時間です」
颯は水を飲んだ。機関室の状態を確かめに行き、戻った。アルテが待っていた。
「在庫管理台帳を照合していました。施設に保管されていた素材のうち、M-0144の第三成分に転用できる型式のものが五種類記録されています。ただし現在残っているのはそのうち三種です」
「残り二種はどこへ行った」
「搬出記録が六年前の一〇月にあります。搬出先の記載はありません」
六年前の搬出。前の持ち主が持ち出した。
「搬出量は」
「記録された全量です。在庫目録比では完全な搬出です」
颯は手元でメモを書いた。施設の素材を全部持ち出した。それだけの量を積んで、どこへ向かった。フィーエルへ行こうとしていたのか。それとも別の場所があったのか。
「フィーエルの入港記録にその識別符号は本当にないか」
「セイさんから取得したデータの範囲では見当たりません。ただし基地のデータが全て揃っているかどうかは不明です」
颯は窓を見た。星が動かない。速度があっても、宇宙の広さはその動きを吸収する。
十六時間が過ぎた頃に、アルテが言った。
「施設の電力ログから追加の情報が取れました」
「どんな情報だ」
「六年前の滞在時間です。入港から出港まで、七十二時間です」
颯は計算した。三日間。施設で三日間過ごした。
「在庫の確認と搬出だけなら、そこまでかからない」
「旋盤とフライス盤の稼働記録があります。六年前の滞在中のものです」
颯はテーブルの残りの水を見た。
「施設で作業をした。M-0144の一部を製造した」
「稼働時間から推定すると、小規模な試作製造と思われます。旋盤が十四時間、フライス盤が六時間」
颯は椅子から立ち上がった。機関室の方へ歩いて、戻った。座らなかった。
「三日かけて施設で素材を加工して、持ち出した。それでフィーエルへ向かった」
「その可能性が高い」
「届いていない」
「届いていません」
フィーエルまで何があった。颯は窓の外を見た。十九時間の宇宙に何があるか、数えることはできない。
二十時間が過ぎた頃に、アルテが再び口を開いた。
「施設の建造記録に、関連施設の一覧が含まれていました」
颯は端末を持った。
「フィーエル補給基地が、この施設の上位管理拠点として登録されています」
颯は画面の文字を確認した。旧連邦語で記されている。管理元:フィーエル補給基地、設立担当部門:採掘資源局、設立年:旧連邦暦三四年。間違いなく読める。
「フィーエルが管理していた施設だった」
「はい。建造当初から、フィーエルの管轄下にあったと思われます」
セイはそれを知っていたか。颯には分からない。セイがこの施設について語ったことはなかった。在庫の素材をM-0144に使えると知っていたか、あるいは知らなかったか。
「フィーエルが採掘資源局を持っていたということは、基地の規模が今より大きかった時期がある」
「建造時の記録では、関連施設が七か所登録されています。現在、電力が残っているのはこの施設だけです」
七か所。フィーエルはかつて、この宙域に七か所の関連施設を持っていた。颯はその数字をしばらく見た。
「他の六か所はどこにある」
「座標データがあります。ただし現在の状態は不明です」
颯は座標をメモした。
フィーエルがレーダーに映り始めたのは、到着予定の二時間ほど前だった。
小さな光点が端に現れた。颯はエンジンを絞り始めた。アルテが通信状態を確認した。
「フィーエル補給基地との通信が可能な距離に入りました」
「交信を試みてくれ」
少しして、セイの声が入った。
「錆鉄丸、帰還確認。状態は」
「問題なし。素材の積み込みも完了している」
「了解した。ドッキングの準備を始める」
颯は速度を一定に保った。フィーエルが少しずつ大きくなっていく。灰色と褐色が混ざった表面が、距離が縮まるにつれて細かくなる。
「アルテ。フィーエルの旧連邦時代の情報を、着後にセイへ伝えるべきか」
「価値はあると思います。ただし基地の内部状況によっては、情報の受け取り方が変わる可能性があります」
「どういう意味だ」
「七か所の関連施設のうち、フィーエルが認識しているのが何か所かによって、今回の情報の扱い方が変わります。既知の施設であれば単純な確認になりますが、未知であれば新たな資源になります」
颯は操縦桿を微調整した。アプローチ角が表示されている。
「どちらにせよ、持っているデータは全部渡す」
「はい」
フィーエルの大気圏外で速度を落とした。
基地の管制から誘導信号が来た。颯はそれに合わせて降下角を取った。大気との摩擦が微かに機体を揺らした。旧連邦の厚い外板が熱を吸った。貨物区画のコンテナを固定するベルトに緩みがないか、音で確認した。振動に乗った低い金属音が返ってきた。問題ない。
「着陸後の最初の確認事項をまとめておいてくれ」
「はい。積み込んだ素材の搬出先確認、M-0144の製造工程に関するセイさんとの打ち合わせ、施設で取得したデータの共有、この順が適当と思われます」
颯は頷いた。
雲の層を抜けると、基地の建物が見えた。滑走路の誘導灯が点滅している。颯は着陸脚を出した。油圧の音がして、脚が固定された。
地面が近づいた。速度を落とした。誘導灯が一つずつ後方へ流れた。着地の衝撃が短く来て、そのまま機体が安定した。エンジンを絞った。排気の音が低くなり、静かになっていった。
颯は計器の数値を一通り確認した。全て正常だ。シートベルトを外した。
セイが格納庫の入口に立っていた。
颯がタラップを降りると、セイは貨物区画のハッチを見た。
「積んだものを確認していいか」
「どうぞ」
セイはハッチを開けた。コンテナを見た。蓋の識別ラベルを指でなぞった。旧連邦規格の素材コードが印刷されている。
「これがあれば製造できる」
「アルテが確認した。初回製造には足りる量がある」
セイは顔を上げた。颯を見た。何かを言いかけて、止めた。それからコンテナの蓋を閉めた。
「施設の状態は」
「電力は生きていた。工作室に旋盤とフライス盤がある。どちらも動く可能性が高い」
「機械が残っているなら、ここで試作もできる」
「フィーエルに工作機械はないのか」
「一台あるが、精度が足りない。旧型の旋盤は現行の機械より精度が高い場合がある」
颯は格納庫の内側を見た。セイが整理した工具の列が壁に並んでいる。二年間この基地で働いてきた人間の目が、コンテナに向いている。
「施設について、話したいことがある」
セイが颯を見た。
「施設はフィーエルの管轄下にあった。旧連邦時代、フィーエルは採掘資源局を持っていて、関連施設を七か所管理していた」
セイが動かなかった。
「七か所」
「アルテが建造記録から取得した。座標データもある」
セイはコンテナの側面に手をついた。立ったまま、何かを考えている。
「知らなかった」
颯は待った。
「基地に残っている旧連邦のデータはほとんど欠損している。何があったかも、どこまで調べが終わっているかも、私が来た時には分からない状態だった」
「七か所の他に、アルテが取得したデータがある。施設の整備記録と在庫管理の全部だ」
「ここで確認できるか」
「できる」
セイは格納庫の壁を一度見て、颯の方へ向き直った。
「素材の保管をしてから、詳しく聞かせてくれ」
颯は頷いた。
フィーエルの空は夕暮れに入っていた。格納庫の外から光が差し込んでいる。素材を積んだコンテナが床に固定されたまま、その光の中にあった。
お読みいただきありがとうございます! 励みになるので★★★★★評価・ブックマークお願いします!!感想やレビューもお待ちしてます!!




