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第拾伍話 ねずみ御前


 炎を燃やすには薪が要る。


 例えば――復讐の炎を盛らせるには、怨嗟と言う薪が要る。


 とある帝の内にも、多くの薪と膨大な炎が逆巻いていた。


 だが、その炎、一度は掻き消される事になる。


 偉大なる水の仙物によって、かの帝の炎を消し止められた。


 しかして、尽きず。


 帝はある【権能】故に、完全に消え果てる事は無かった。


 そして、冥府の底で見つけたのだ。


 己とは別物ではあるが、薪を抱え、炎を盛らせる姫君を。



   ◆



「プルハハハ……プルッハハハハハハァァァアアッッッ!!」


 豪咆大笑。

 その笑い声の衝撃だけで、蛇人機の周囲一帯のあらゆる物質が崩壊していく。


 あらゆるすべてを冥府へ引きずり込む破壊の化身。

 そう言われれば納得してしまう機械からくりの巨兵――いや、巨帝。


 これが、禍の国を侵略せんとしていた謎の勢力・悪機帝国の帝王。


 悪機大帝、覇死ハデス震沌プルトン!!


 満月を突かんばかりの高さにある深紅の八つ眼をぎょろりぎょろりと動かして、大帝は何かを探す。

 そしてすぐに、見つけた。


 無数に分岐した腕を何本か伸ばして、その蛇めいた胴の根本、金綺羅城の残骸を掬う。

 そして掬い上げた瓦礫の中から更に、あるものを摘み上げる。


 瓦礫の中から摘ままれて引きずり出されたのは、ひとりの男だった。

 貴人らしい優美絢爛な衣装に身を包んだ、小太りの中年。

 気を失ってはいるらしいが息はあるのだろう、死にかけのバッタのように手足をぴくぴくと痙攣させていた。


 中年の名は葛乃院くずのいん鉦盛カネモリ

 芯熟の領の領主である。


「さァてッ、かの姫がこうして約定を果たした以上ッ。帝も約定を果たさねばなるまいッ」


 大帝はそう言うと、八つの眼をギラリと輝かせた。

 途端、その眼が見据えていた鉦盛の右足が――発火ッ!

 ただの炎ではない! まるで憎悪と怨嗟に汚染されたような、漆黒に盛る炎だ!!


「……――ぎ、ぎぃやああああああああああッ!?」


 足を焼かれる激痛の中、呑気に気絶していられる者などいない。

 口に溜まった涎で濁った悲鳴を上げて、鉦盛が起きた。


「ひぎゅ、ぁつ、にゃに、がッ……ひぃッ……!?」


 覚醒直後、己が一体何に摘み上げられているのかを認識し、鉦盛は泡を吹いて硬直する。


「プルハハハッ。お目覚めのようだなッ」

「ぁ、だ、誰、いや、何者だ……!?」

「忘れたとはぁ、言わせませんわぁ」


 不意に響いたのは、艶っぽい女性の声。

 直後、大帝の額に亀裂が走り、そしてひとりの女性が生え出した。

 美しく着飾りながらもどこかはしたない着くずし、品の無い花魁と言った風体の麗人の上半身だ。


「だ、娜優ダユウ……!?」


 その顔に、鉦盛は確かに見覚えがあった。

 かつて知る清純貞淑な彼女からは想像もできない扇情的な笑みを浮かべているが、間違い無い。

 鉦盛の実妹、娜優。


「いぃええぇ、わたくしはぁ、堕游ダユウぅ」


 堕游の口角が、頬を裂いて上がる。

 まるで獣か魔性か化生のように、耳に届くまで口が裂けていく。

 裂けた口から露出するのは人のそれとはまったく違う牙の羅列と、蛇めいた細長い先割れ舌。


「あなた様を苦しめたくてぇ、苦しめたくてぇ……帰ってきてしまいましたぁぁ……!」


 堕游、裂けた頬を紅く染め、唾液を撒き散らすその表情――歪な恍惚。

 穢れた大願の成就を前にした、化生の貌。


「せっかくぅ、せっかくぅ、娜優わたしの最後の理性がぁ、優しさがぁ、最期の最後まで兄様の善性を信じて許しを与えようと足掻いた文もぉ……兄様は破り捨てたぁ。堕游わたくしの予想通りに、あなた様は破り捨てたぁ」

「化けて出てまで、ほ、報復をすると言うのか、娜優……ぅ、ま、待て! ぉ落ち着け! 我々は兄妹ではないか! 話し合えば……」

「ふふふ、あははははははは!」


 鉦盛の言葉を遮るように、堕游が笑う。


「面白い事を言うわねぇ。笑っちゃったぁ……妹の舌を裂いて言葉を奪い、ただの売女だとして地下のならず者たちの好きに処分させるぅ……そんな兄が、この世にいるとでもぉ?」

「……ッ……」

「まぁ、ならず者たちに弄ばれ嬲り殺しにされ果ててなお、冥府の底でも娜優わたしは兄様を恨みはしませんでしたがぁ……堕游わたくしは微塵も、納得がいきませんでしたわぁ。だってそうでしょぉぉお? すべての苦痛を引き受けたのは堕游わたくしだのにぃ……行為の最中は意識の奥底で眠っていただけの娜優わたしに、許す許さないを決める権利がありましてぇ?」


 堕游の瞳の奥で、黒い炎が燃えている。

 無尽の薪を糧に無限に燃え盛る、激情の炎だ。


 果たさねばならぬ使命を見据えて、その眼は怪しく光る。


「どうでしたぁ? 娜優わたしから奪った可愛い家族ねずみさんたちを使って得た豪奢な暮らしはぁ? どれだけ酷い目に遭わされても納得できるくらいぃ、堪能していただけましたぁ?」

「ぃ……そ、それは……」

「きゃはは……良い街になりましたわよねぇ……元々賑やかな街ではありましたがぁ、娜優わたしが知っている芯熟とは更に大違い。これだけ発展するために、どれだけ……どれだけ、娜優わたし堕游わたくし家族ねずみさんを使い潰したんですぅ……? ねぇ……ねぇぇ……」


 鉦盛を摘み上げる大帝の指が更に分岐し、赤子の手のように小さな触手へと変貌。

 細かな触手はずるりずるりと鉦盛の体中を這い回り、穴と言う穴からその体内へと侵入していく。


「みゃ、が、やめ、ひぎ、ゅ、ああああごあああああ……!?」

「冥府の底にたくさん、たくさん、毎日たくさん、流れ着いてきたんですよぉ……魂を使い果たすまで働いた、家族ねずみさんたちの残りカスがぁぁぁぁあああああ!! あんな惨めな死に方をさせるために、娜優わたしは、堕游わたくしはァァァあの子たちを愛した訳じゃあねぇぇぇんだよぉぉおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

「ば、あ、ゆ、るひ、て……」

「……は? ……きゃは、ははははは! ゆるひて? 許してって言ったのかぁおぉい!? この期に及んでよく言えたものぉ! 褒めてやるよこのクソ野郎! 娜優わたしから、堕游わたくしから家族あのこたちへの謝罪を言うための舌を、許しを乞うための舌を奪った分際で! よくもまぁァァアアアア!!」


 触手が更に増え、鉦盛の体を埋め尽くしていく。


「許すか? 許すかよクソがァァァ!! おまえは殺さねぇ! 死なせもしねぇ! 堕游わたくしの中で、燃やし続けてやる! 死にそうになったら治して、また燃やしてやる! 思い知れ、思い知れ思い知れ思い知れ思い知れぇぇぇ!! 娜優わたし堕游わたくしの苦しみを思い知れ!! 魂の髄まで朽ち果てた家族ねずみさんたちの姿を思い出す度に内から湧き上がる炎!! この到底消え得ぬ業火に永劫焼き尽くされる地獄を思い知れよぉぉぉおおおおおお!!」


 堕游の叫びに応えるように、大帝が大口をかっ開く。

 そして、触手の繭に包まれた鉦盛をバクンと丸呑みにしようとした、その時、


 薄桜色に煌めく無数の閃光が走った。

 夜空の闇もろとも、鉦盛を捕えていた触手のすべてを、斬り刻む。


「ッ!?」


 ――乱斬らんぶの剣技、激烈嵐猟げきれつらんりょう狂乱鴉おどりがらす】。


「……何だぁ、おまえぇぇ……!!」


 空中に投げ出された鉦盛を回収し、大帝の手甲に舞い降りた女武士。

 その姿を炎で濁った瞳で睨みつけ、堕游は顔中にびきびきと青筋を浮かべる。


「拙者は美川ちゅらかわ雫紅シズク。通り名を一刀無双と申します」

「一刀無双……聞いた事があるわぁ……で、天下の剣豪さまがぁぁ……何でそんなクズを助けるってのよぉぉぉおおおおおお!!」


 堕游の咆哮に応え、雫紅が立っていた大帝の手甲が分裂。

 無数の機械からくり触手となり、四方八方から雫紅を、雫紅が抱える鉦盛を襲う!


 対する雫紅は顔色ひとつ変えず。

 乱斬の剣技で全方位に斬撃の防御幕を張りながら後方へと跳躍。大帝の咆哮によって半壊した城郭に着地する。


「名だたる武士ならさァァァ!! そういうクズは殺さなきゃってわかんでしょうがよぉぉおおおおおおお!!」

「誤解があるようですね、ねずみ御前さま。拙者は、この男を助けた訳ではありまぬ」

「あぁぁ!?」

「拙者は確かに柔らかき万物の守護者。このでっぷり太った中年も、それだけならば庇護の対象に入れます。しかしながら、先のあなた様の糾弾を聞く限り――この男はただ柔いだけの下郎。であれば拙者は、その亡骸を愛でる事はあっても、この男の命を守る事はありまぬ」


 さすがの雫紅も、生きた下郎を愛するほど柔さに盲目ではない。

 もしもこの世で最も柔らかい者が究極の下郎だったならば、武士としてきちんと殺してからその死骸だけを愛でる程度の分別は付ける。

 どれだけ柔らかかろうと、殺さなければならないなら殺す。殺したあとで、血まみれの手で揉む。

 生きるために散々、割り切ってきた事だ。


「……あぁぁあ? だったら、言ってる事とやってる事、矛盾してんじゃあないのぉぉおおお!?」

「何ひとつ矛盾などありませぬ。拙者が守りたいのは、ねずみ御前さまの御手でございますので」

娜優わたしの御手ぇ……?」

「聞こえないのですか。あなた様の家族の声が」

「……? ……、ッ!」


 いつの間にか、堕游の、大帝の周囲には、大量のねずみ小姓たちが集っていた。

 今もなお、続々と、芯熟の街中からわらわらと集まってくる。


 ちゅうちゅうと、無数の声が聞こえる。


 娜優ちゃまだ!

 戻ってきてくれたんだ!

 ずっとずっと待っていまちた!

 おかえりなさい、娜優ちゃま!


 そんな、歓喜の声。

 しかし、その歓声はすぐに消え、


 娜優ちゃま、すごく苦しそうでちゅ。

 どうしてでちゅか?

 娜優ちゃまに笑っていただくために、ぼくらはいるんでちゅよ?

 娜優ちゃま、ぼくたちはどうちゅれば良いんでちゅか?


 不安と、心配。

 娜優を気遣い、その苦しみを取り除くために努めようとする声に変わる。


「――【ねずみ御前】。そう呼ばれるほどに、あなた様はその御手で、ねずみさんたちを愛してきたのでしょう?」

「…………………………」

「聞きましたよ。あなた様のその手はとても暖かく、そして柔らかであると。その素敵な御手が下郎の血で穢れる事を、拙者は良しとはできませぬ。下郎の血を吸うのは、拙者のような無骨な手の御役目です。――なのでこの男の処分が済んだらば、褒美としてその御手をぜひ揉みきゅぅ」


 喋っている途中で飛来した荒縄に首を絞められ、雫紅は間抜けな声を上げてしまう。


「ず、ぉ……ぷはぁ!? ちょッ、瑞那さん!? この真剣な雰囲気の中で首を絞めますか普通!?」

「返答。真剣な雰囲気だとわかっているのなら、余計な事を言わずに最後までかっこつけて」

「そーだぞ、おめー……せっかく見直しかけてたのに」

「拙者としてはとても重要な事なのですが!?」

「…………だま、れ……!」

「!」

「黙れ黙れ黙れッ!! ねずみ御前? それは娜優わたしの事だ! 堕游わたくしには、関係無ァァァい!!」


 吠えたて、堕游が血走った眼を剥く。

 雫紅に狙いを定め、大帝の機械触手を差し向ける!

 しかも今度は、黒い炎を纏うと言うおまけ付きだ!


「……あの量をすべて斬り払うとなると、拙者の技巧でもさすがに裂羅風刃さくらふぶきの刃が傷みますね」


 刃の手入れが余り好きではない雫紅はそれを忌避。

 鉦盛を抱えたまま城郭の上を全力疾走し、回避に努める。


 雫紅の足跡を喰らい潰すように、黒く燃える機械触手たちが次々に城郭を破壊していく!


堕游わたくしの手が穢れて何が悪い! どうせ元々、蛆のクソめいた下衆どもに散々穢された身だボケがァァ!! 今更下郎の血糊程度の穢れが目立つものかよぉぉおおおおお!!」

「そういう物理的な話ではありませぬ」


 城郭の上を駆けながら、雫紅はやれやれと溜息。


「復讐、仇討ち、大いに結構。拙者とて人情を知っています。故にそれらの行為を頭から否定はしませぬ。ですが、それらはその行為を是と納得し、覚悟を決めた者のみがやるべき事です。今のあなた様は、そうではない」

「あァ!?」

「今のあなた様のような自らの大義すら見失った精神状態で殺生に及べば、あなた様の御手を素敵たらしめる暖かな心根が穢れてしまうんですよ」

「暖か? ははははは! 堕游わたくしのどこがッ!! 復讐のためにあの世から化けてまで出たこの堕游わたくしのどこが、暖かだとぉぉぉおお!!」


 堕游の絶叫に応えて、機械触手が更に増え、燃え盛る。

 雫紅は城郭から隣の建物へと飛び移った。

 柔見の慧眼で屋内の人が皆避難完了しているのは把握済みだ。


 無人の建物を足場にして飛び跳ねて、雫紅は鉦盛を抱えたまま機械触手の猛追を躱し続ける。


「ねずみ御前。あなた様は、自分自身、気付いていないのですか?」

「あぁぁああ!?」

「あなた様は、自分がこの男にされた悍ましい行為を語る時は余裕綽々としていました。まるで他人事のように。『建前としてまずはこれを読み上げよう』とあらかじめ決めていた文言を読み上げただけのように。……ですが、ねずみさんたちの被害を語り始めてから、一気に狂乱した」

「ッ」

「冷静に考えてから、お答えください。あなた様は――本当に、復讐のために化けて出たのですか?」


 雫紅に真っ直ぐに見据えられ、堕游の、触手の動きが止まる。


「本当は、止めたかっただけなのではないですか? ねずみさんたちを酷使していたと言うこの男のやり方を止めたかった……どんな手を使ってでも、ねすみさんたちを救いたかった。守りたかった。ただそれだけ……違いますか?」


 忠吉は言っていた。

 疲れて働けなくなったねずみ小姓たちは領主の別荘で養生していると。

 ……きっと、あれは嘘を信じさせられていたのだろう。

 堕游の証言と擦り合わせて考えるならば、おそらく、働けなくなったねずみ小姓たちは……。


 そんな鉦盛の暴虐から、ねずみ小姓たちを救いたい一心で堕游は化生になったのではないか。


 それが、雫紅の見立てだった。


「何を証拠に……!」

「『すべてを明らかにして、陳謝した後に自害せよ』。あなた様は、この男にそんな脅迫文を送ったそうですね」

「だから何だと!」

「つまり『ねずみさんたちに謝って、死んで消えてくれるのならばそれで良い』。そう言う事ですよね」

「……それは……」

「あなた様の目的は、最初から復讐などではない」


 この男が消えてくれるのならば、これ以上、ねずみさんたちが害されずに済むならば。

 手段はどうでも良かった。


 それが、堕游と娜優の思惑だったのだろう。


「……でも、ただ一点。自分が穢れていく理由を、ねずみさんたちに押し付けたくなかった。だから『ねずみさんたちを守るため』ではなく『自らが受けた仕打ちへの復讐』と言う形を取る事にした」


 これが事の真相だろう。

 雫紅は確信を込めて、断言する。


「あなたは怨嗟を糧に復讐を為そうとしたのではない。愛故に、守護を為そうとした……そのために望まぬ殺生の決行を、覚悟もできぬままに決意し、今、苦悩に悶えながら実行しようとしている」

「ち、違う……堕游わたくしは、その男を恨んで、殺すために……」

「では何故、あんな歪な笑顔しか浮かべられないのですか!?」


 雫紅の一喝が、堕游の耳を貫く。


「拙者は知っています! 変態だから知っています! あなた様のあの笑顔は、大願を果たす悦びを噛みしめている笑顔ではありませぬ! あなた様の笑顔は、苦しみを誤魔化すため、自分を騙している者の歪な笑顔だ!!」


 雫紅はどちらの笑顔も知っている。

 変態だから、悦びに口元を歪ませる事などしょっちゅうだ。

 そして、父の期待に応えるため、育て親の恩義に報いるため、苦しくとも笑顔を取り繕って生きてきた。


「あなた様は確かに、この男から受けた仕打ちを恨んではいるでしょう! でも、わざわざ復讐をしようとは思わず、ともすればその復讐を楽しめるような御人柄でもなかった! あなた様の顔と言葉と行動に、そのすべてが現れているんですよ!!」

「……わ、たしは……わたくしは……そんな……優しい事を考えるような者では……」

「娜優ちゃまは優しい御方でちゅ!!」

「……!」


 堕游の遥か眼下。

 小さな小粒のような集団――ねずみ小姓たちが、次々にちゅうちゅうと声を上げていく。


 ありがとう、だのと。

 娜優ちゃまが苦しむ必要はないでちゅ、だのと。


「違う……わたしは、わたくしは、違う、違う違う違う違う! だって、冥府の底で大帝様に見初められたのだもの! 復讐者として、わたくしは……」

「……プルハッ……プルハハハハハハハッ!!」

「……え?」


 堕游の言葉を遮ったのは、いちいち地を揺らす破壊の笑い声。

 悪機大帝、震沌プルトンの声だった。


「もうよいッ。ここらがッ関の山であろうッ」

「大帝、様……?」

「愛だのと言う感情の性質のくだらなさはともかくッ、その情念の強さはッ生死の理を覆す『り』に足るッ。貴様に取り入ったのはそう見込んだだけの事ッ。貴様ごとき下等な小娘に、これ以上の期待などはしておらなんだッ!!」

「大帝様……一体、何を……!?」

「所詮、冥府より這い出るための運搬役としてッ貴様を選んだに過ぎぬのだッ」

「……は、ぃ……?」

「言を明にせねばッわからぬかッ? やはり下等にして愚劣ッ!」


 プルハハハ! と、独特な嘲笑が辺りを揺らす。


「貴様を復讐の化生として蘇らせッ、それに便乗して冥府より現世に戻るためにッ、そそのしたのだとッ、言っておるのだッ!!」

「なッ……!?」

「愛故の守護だのと言うトンチキな児戯に付き合ったのはッただの気まぐれッ! 帝の心は山の天気ッ! 即ちッ! もう飽きたッ!!」


 その宣言と共に、堕游の周辺で異変が起きた。

 大帝の額。堕游の周囲の表皮を裂いて、黒い棘のようなものが六本、飛び出したのだ。


「そろそろッ、消え失せよッ! 下等な魍魎風情ッ!!」


 バクン、と音を立てて六本の棘が閉じる。

 堕游を完全に取り込んで、太い一本の角となった。


「ちゅ!? 娜優ちゃま!?」

「ちゅー!? ど、どうなったんでちゅか!?」

「ちゅちゅい! この機械からくり! 娜優ちゃまを出せでちゅー!!」

「「「ちゅーッ!!」」」

「プルハハハハハッ!! 鬱陶しいぞッ、下等の代表格めいた小物中の小物どもがッ!! 大帝の大声を聞いてッ爆裂四散する事をッ許可しようッ!!」


 大帝……深呼吸ッ!!

 ただの笑い声ですら周囲を破壊する怪物が、意識して大声を張り上げようとしている!!


 その破壊規模は……想定、不能ッ!!


「さァァァッ、とくと散れぃッ! 大帝大絶叫・【覇偉破射撃《ハイパーシャウt》――」


 ――その時、大帝の紅い八つ眼を目掛けて、薄桜色の光が走った。


「ぬぅんッ!?」


 それは飛翔する遠距離斬撃砲!

 遠斬とおぎりの剣技、無間翼翔むけんはばたき風切鷲かざきりわし】!!


 咄嗟に大帝は反応。

 後方の飾り髪を束ねて機械触手とし、飛来した斬撃を防ぐ!


「…………ほぉうッ……貴様ッ……帝の喉自慢を邪魔するとはッ……帝が誰ぞか知ってのッ、狼藉かァッ!!」

震沌プルトン大帝。悪機帝国の首領。ですよね」


 だからどうした。

 そんな語気で、雫紅はぞんざいに答えた。


 最初に飛び掛かる前に、雫紅は翠戦から聞いていた。


 あれはかつて翠戦が全力で討伐したはずの震沌大帝に違いない、と。

 あの時よりはかなり弱っちくなっているようだが、それでも河童が全力を出してどうにかできる領域の敵だと。


 それを聞いてもなお、雫紅は飛び込んだ。

 そして今も、斬撃を飛ばした。


「ねずみさんたち。この男を頼みます」

「ちゅちゅ!?」

「あとで拙者が責任以てすべての罪を白状させた上でバラバラに斬り捨てますので、それまでは生かしておいてください」


 抱えていた鉦盛を投げ捨てて眼下のねずみ小姓たちに任せ、雫紅は対峙する。

 かなり高い建物の屋上に乗ってもなお、高く見上げなくてはならない巨大――悪機大帝の八つ眼と、睨み合う。


 ――許せるものか。


 柔き御手を持つ姫君を唆し、その御手を穢そうとしたばかりか、弄ぶようにぞんざいに……!

 こんな下郎を、生かしておいてたまるものかッッッ!!


「我が名は美川雫紅! 通り名は一刀無双! 悪機帝国首領……その首、この一刀にて貰い受ける!」




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