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第拾肆話 大帝、冥府より出ずる


 てんぷら専門店【不殺しなさず庵】。

 高熱の油で揚げ尽くされてもなお、しぶとく生きているかのような活力ある野菜てんぷらが売り。

 だとしてもその店名はどーなんだ? と翠戦はぶつくさ言っていたが、立派なきゅうり揚げを食してからは「美味ぇ」しか言わなくなった。


「いやぁ、良いお店を紹介していただきました。ありがとうございます、忠吉さん」


 腹いっぱいに平らげて、雫紅は満足気に一息。

 妙に柔らかい食べ物さえ出てこなければ、正気のまま食事を終える事もできるのだ。


「同感。今まで食べた事の無い絶品のてんぷらだった」

「いやぁ、まさか水分九割のきゅうりを油で揚げるなんて暴挙に出てる奴がいるなんざ、だから人間はたまらねぇ」

「喜んでもらえたのなら何よりでちゅ! それに、ぼくまで御馳走になってしまって申し訳無いほどに有り難いのでちゅ!」


 にっこりと笑ってぺこりとお辞儀をするねずみ耳少年。

 ねずみ小姓の忠吉は、両手でひとつの海老天おむすびを持ち、ちまちまと食べ進めていた。

 雫紅たちと一緒に食べ始めたのだが、まぁ元はねずみ。一口一口がちんまいのだ。


「嬢様は御前試合の褒賞金で荒稼ぎしているから問題無い。と言うか、こう言う風に銭を使わせないとろくな事に使わない」

「心外ですよう、拙者だってお金を使う時はしっかり考えて使います。なので瑞那さん、少々お小遣いを……」

「却下。夜遊びの店に行く魂胆が指の動きから滲み出ている」

「はぅあッ……抑えきれていなかったぁ……!」


 雫紅は卓に突っ伏しながら、わきわきと虚空を揉む己の指を恨めしそうに睨みつけた。


「宣告。遊女や陰間かげまを買うなんて下卑た真似、嬢様には絶対にさせない。剣豪としての自覚を持つべき」

「うにゅうぅぅ……」

「ちゅい? 御武士さま、剣豪なんでちゅか?」

「あ、はい。一刀無双の名で通っているかと」


 その名を耳にした途端、忠吉の耳がぴんと張った。


「ちゅちゅ! 聞いた事があるでちゅ! 蛙断あだちに住まう負け知らずの大剣豪! なんでも、かの隕石豪雨をことごとく斬って捨てた伝説の大大大剣豪【絶刀天墜ぜっとうてんつい】の跡継ぎちゃまだとか!」

「あはは、やはり父の名前の影に隠れちゃいますよねー」


 絶刀天墜――雫紅の父の通り名。

 万人に訊けば万人、今の雫紅でも足元にすら及ばぬと断言するだろう超剣豪。


「父様が偉大過ぎるだけでちゅ! ちゅぁぁ……本物の剣豪ちゃまなんて初めて見まちゅた……!」

「瑞那さん、翠戦様。見てください、彼のキラキラした眼差し。これが世間一般的な拙者の扱いですよ!? これを機に待遇の改善を主張したい!」

「そういや、宿はどーするよ」

「回答。都合の良い事に案内役がいる。彼に訊くべき」

「相も変わらず無視ッ!!」


 どれだけ強かろうが有名だろうが変態は変態である。


「ちゅいちゅい。お宿ももちろん任せて欲しいのでちゅ! ……ただ、その前に一刀無双ちゃまに御伺いちたい事があるのでちゅ」

「? 拙者にですか?」

「はいでちゅ。ぼくの今の御主人ちゃま……芯熟の領主ちゃまに会って欲しいのでちゅ」

「それはまた、どうして?」

「……実は……」


 忠吉は表情を引き締め、


「領主ちゃまは、何者かに命を狙われているのでちゅ」



   ◆



 夜闇に負けぬ煌々とした明かりの群れ。

 もう夕食時を過ぎ、本来ならば皆が寝静まる頃だと言うのにこの有り様。

 朱夜の街、通称に恥じぬ面目躍如。


 そんな街並みの中で、ちょろちょろとせわしなく小さな影が動き回る。

 芯熟を支える小さな大黒柱の群れ。ねずみ小姓たちだ。


「本当にたくさんいらっしゃるんですね……そして皆、幼さ相応に柔らかッにゃす」


 手がわきわきし始めていた雫紅。

 その雫紅を瞬時に荒縄が縛り上げる。


「後半の感想はともかく、前半の感想は嬢様に同意」

「まったくだな。もう軽く二〇〇匹は見てるぜ。どんだけねずみに恩を売り歩いたんだ、ここの領主は」


 ねずみ小姓は誰かに恩返しをしたい一心で化けて出る化生者。

 つまり、ねずみに愛着を持ち懇意にした者のために働く。

 これだけ大量のねずみ小姓を侍らせる領主……相当なねずみ大好き人間か。


「ちゅちゅ、少し違うでちゅ。ぼくたちの今の御主人ちゃまは領主ちゃまでちゅが、ぼくたちがねずみ小姓になったの娜優ダユウちゃまのためでちゅ」

「だゆう?」

「領主ちゃまの妹君ちゃまでちゅ。【ねずみ御前】だなんて呼ばれていまちた。娜優ちゃまの手はとっても暖かくて柔らかくて、ひと撫でされただけで天に昇れる気持ちになりまちゅた」

「天に昇れるほどの柔らかい手……」

「嬢様、生唾を呑まない」

「ぎゅえッ、ちょ、首は、首はまず……くぇぁ……」

「本当に、娜優ちゃまはとっても優しくて、暖かな人でちた……」

「過去形っつぅ事は……」

「……娜優ちゃまは、ある日、忽然といなくなってしまったのでちゅ」


 耳も尻尾もしょんぼりさせて、忠吉は俯いた。

 それでも、雫紅たちを領主宅へと案内する足は止めない仕事ぶりである。


「娜優ちゃまはいなくなる前に手紙を残していたでちゅ。『兄ちゃまのために働いてあげて』と。だからぼくたちはみんな、領主ちゃまのために日夜せっせと働くのでちゅ!」

「健気で、そしてとても殊勝な事です。娜優様と言う方は、それくらいに尽くしたくなるほど素晴らしい御仁だったのですね」

「その通りなのでちゅ!!」


 娜優の素晴らしさをかの剣豪・一刀無双が認めてくれた(体中に縛り跡が残っているけれどもう気にしない)。

 それがとても誇らしかったのだろう。

 忠吉の耳と尻尾が元気を取り戻した。


 足取りはぴょんぴょこと跳ね回り、いかにも上機嫌。鼻唄まで混じる。


「しかし、いくら健気でも働き過ぎは駄目ですよ?」

「大丈夫でちゅよ! 疲れて働くのが難しくなったねずみ小姓は領主ちゃまが無期限の特別休暇をくださるでちゅ! 何でも恵土随一の安息地【華涙爽かるいざわの領】にある領主様の別荘に住ませてもらえるとか! とっても住み心地が良いらしくて、休暇に入った仲間は全然帰って来ないんでちゅよ! まぁ、娜優ちゃまが戻ってきたらさすがに帰ってくるでちょうが」


 そんな調子できゃっきゃと語りながらしばらく歩き、一行は派手な建物の多い芯熟の中でもひと際に豪壮な城前に辿り着いた。

 金綺羅塗りで見目に応えるが、成金趣味が過ぎて少々うんざりする城だ。


「ちゃあちゃあ、いよいよ到着なのでちゅ!」

「随分と御立派なお住まいですね……」


 蛙断の領主邸も確かに広かったが……ここまで財をひけらかすような悪趣味は無かった。


「くぁー、こりゃあ、あんま良い印象ねぇな。妹君はともかく、あんま性格良くねぇんじゃあねぇの、領主サマ」

「同意。こんなところに住む輩は性格の歪んだ資本主義者だと相場が決まっている」

「ぼ、ボロクソ言うでちゅね……いやまぁ、実際……いえ、あんなんでも娜優ちゃまの兄ちゃまでちゅ! ぼくたちだけは決して悪口を言わないのでちゅ!」

「至極自然にあんなんつったな」

「推測。命を狙われている、と言うのもそのあたりに理由があるのでは?」


 話によれば、先日の事。

 芯熟の領主に宛てて、奇怪な手紙が届いたと言う。

 内容は完全な脅迫状。「すべてを明らかにして、陳謝した後に自害せよ。さもなくば死する事すら叶わぬと思え」。


 領主として不埒な輩に屈してたまるか、と言う事で、芯熟の領主はねずみ小姓に「もしも腕利きの者が領に入ったらば、我が元へ連れてこい」と命じていたのだそうだ。

 要するに、護衛を求めているのだろう。


「『すべてを明らかに』……何か、やらかしている匂いがしますよねぇ……」

「場合によっては、嬢様が斬った方が良い案件かも知れない」


 一部の武家には【斬捨御免きりすてごめん】と言う特権が認められている。

 それは上流の貴族・華族によって構成される政府機関【超廷ちょうてい】より与えられた「良き国を作るための権限」。


 超廷より認可を受けた武家の者は、民草・為政者だろうとも差別無く禍の国に在る者の善悪を見定め、明らかな悪と判断できた場合は斬って捨てて良い――と言うものだ。

 無論、斬り捨てたあとで諸々の報告義務はある。

 しかし、斬捨御免を行使して武家の者が責を問われる事はまず無い。

 それだけの信頼を勝ち得た武家にしか、この権限は与えられない。

 実際、横暴な沙汰が横行していないのだから、超廷が認可をくだす基準が確かである証左だろう。


「ちゅッ!? いや、いくらあの領主ちゃまでも、娜優ちゃまの兄ちゃまでちゅし……多分おそらくきっとそんな事は……」

「後半めっちゃぶれたな」

「結論。現地民の眼から見ても、黒い実態が有り得かねない人物と言う事」

「やれやれ……人斬りは後味悪いし、何より手続き面倒なので、余り斬り捨てたくないんですけどねー……」


 それでもまぁ、これも武士の務めだ。仕方無し。

 せめて、件の領主が斬り心地の柔いでっぷり肥えた体形である事を祈ろう……などと雫紅が考えた、その時だった。


「……おや?」

「? どうしたおめー。いきなり地面なんか見つめて」

「嬢様?」

「ちゅちゅ? 足元に何かいたのでちゅか?」

「いえ、何か今……すごく嫌な気配が、ずるりと足元を抜けていったような――」


 雫紅の言葉を遮ったのは、激しい破壊音。

 音に合わせて、目の前の豪奢な金綺羅城が内から爆ぜ飛んだ!


「ッ、な――」


 金綺羅に輝く無数の瓦礫が、降り注ぐ。


「危ない、嬢様」

「あ、はい、わかってます自分で避けれまへげッ」


 瑞那はいつもの如く雫紅を蹴っ飛ばして危機から救い(?)、翠戦と忠吉を抱えて自らも回避行動を取る。


「んぎゅう……み、瑞那さん……毎度毎度、異議があるのですが……!」

「…………………………」

「無視ですか……!?」


 こんな時まで酷いですよう! と顔を上げて、雫紅は気付いた。

 瑞那は、無視したくて無視をしたのでは無いのだと。


 瓦礫を躱し切って、瑞那は――呆然と、目を剥いて立ち尽くしていた。

 抱えられている翠戦と忠吉も同様。

 まるで、この世のものとは思えない何かを目の当たりにしているかのような、驚愕の表情で固まっている。


「え……一体、何が……」


 三名の視線の先、先ほど爆ぜた城の方を見て、雫紅は理解した。


「………………は?」


 それはまるで、地の底から噴き出し、金綺羅城になり替わるように生えていた。


「なん、ですか……あれ……!?」


 あの満月に届いてしまいそうだ。

 そんなバカげた事を思ってしまうような、巨塔。

 塔の形状は、人と蛇が混じったような異形。

 蛇の長い胴、上部に、人の上半身がくっついているような――鋼の塊。


 蛇人型の巨大な鋼の塊は両腕を広げた。

 その腕が、無数に分裂していく。まるで千手の仙物のような。

 しかし神々しさなど感じない。その様はただただ悍ましい。


「プルッハァ……!」


 鋼の口を大きく裂いて、巨大な鋼の蛇人は笑った。

 無数の腕を蠢かせて、その八つの瞳を紅く輝かせる。


「戻ってきたぞッ……みかどがッ、ここにッ、戻ってッきたッぞぉぉぉぉおおおおおお!!」


 咆哮――いや、もはや音波による広域攻撃!


 かろうじて残っていた城の残骸もがらがらと崩れ落ち、城内の者たちと共に城郭を超えて吹き飛ばされた!

 雫紅たちの足元にまで、地割れが走る!


「ッ……あの蛇竜と人間が混じったみてーなナリの機械からくり巨体……このバカでけぇ声……帝っつぅ一人称……間違い、ねぇ……!」

「……質問、翠戦様。まさか、顔見知り?」

「……ああ、認めたくは、ねぇが……あいつは――」



「恐れッ、おののけッ、この世にわき蔓延るッ下等な者どもッ! みかどこそがッ冥府の支配者にしてッ悪機大帝ッ!! 覇死ハデス震沌プルトンであァァァるッッッ!! プルハハァ……プルハハハハハハハハハハァァァァッッッ!!!!」


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