第拾参話 夜の下に蠢くもの
一見すれば煌びやかで華やかな芯熟の領。
だが、光多くあれば影もまた多くできるもの。
その地下には、別の顔がある。
下卑た嗤いと物騒な雄叫びが狂騒する暗黒街。
まさしく天道様の元では生きていけぬ者たちの巣窟。
芯熟・穴蔵街と呼ばれる場所である。
何故、華やかな街の地下にこんな世界が広がっているのか。
それは「上が華やかであるが故に」、だ。
食欲のみならず酒欲と性欲を満たす側面を持つ歓楽街。
そこには必ず、多くの揉め事が在る。
そう言った揉め事を処理・予防する用心棒役として雇ってもらおうと、無骨な浪人どもが寄せ集まり集団化したのが始まり。
やがて浪人どもの集いは組織化し、武力以外の力を持った。
大きな毒ではあるが、薬の側面も持つ暗部治安維持団体として完成されてしまった。
故に領主もうかつに取り捌けず、地下はならず者たちの思うがままに発展し、今日に至る。
ならず者の中には荒事で失った肉体を機械で雑に代替している者も多い。
穴蔵街はろくでなしの集まり。過去に人を誘拐しては実験に使っていたが故にお尋ね者になり、ここに流れ着いた……なんて経歴を持つ異端技術者もいるのだ。
おかげで、穴蔵街を闊歩するとあるふたつの影が目立つ事は無かった。
全身が鋼鉄の装甲で包まれた、巨大な二人組――いや、正確には二機組、とでも言うべきか。
片や海のような深い青色の装甲。
二足で立ってはいるが、全体的な形状は狐に酷似している。
鋼鉄の尻尾は五本も生えており、うねうねと蠢いている。
片や燃え盛る炎のような紅蓮の装甲。
こちらは四足だが、手を着いて歩いている訳ではなく、手二本とは別で足が四本あるのだ。
手の方の先端は大きな厚い鋏になっており、まるで蟹だ。
狐風の機体の名は棲纏失。
蟹の方が痕繰。
二機は、いわゆる悪機帝国・羅刹四将と呼ばれる存在である。
「夜だと言うのに、ずいぶんと喧しい場所ですねぇ」
深青の狐機械、棲纏失が呆れたように言う。
「まったくであるな……」
紅蓮の蟹機械、痕繰もやれやれと同意。
「ですが、納得の光景ではありますねぇ。石を隠すならば瓦礫の中。この場所ならば、敗走した同胞が潜伏する事も可能ですねぇ」
棲纏失と痕繰は目的無くここにいる訳ではない。
彼らは同胞からの救難信号を感知して、この場所にやってきた。
「ならず者ばかりで異形も珍しくない、とても神々に倣った人間の治世とは思えぬ光景である」
痕繰がそう言うのも無理は無い。
この穴蔵街に満ちている空気は退廃、暴力、異質異様。
彼らが侵略しようと考えていた豊かで穏やかな人の営みには程遠い。
「人の世がこんな荒んだ光景ばかりだったならば、きっと大帝があそこまで拗らせる事もなかったんですねぇ」
「棲纏失、口が過ぎるであるぞ」
「申し訳ありませんですねぇ。……さて、この辺りなのですねぇ」
二機が辿り着いたのは、穴蔵街にそびえ立った――城。
よくもまぁ、地下にこんな御立派なものを……と呆れ返る。
城とは権威を示す象徴。
おそらく、この穴蔵街を取り仕切る者の邸宅なのだろう。
見た所、門扉や外壁のそこかしこ、実にそれらしい見るからに荒くれ者どもによって警備が固められている。
「……いくら悪機と言えど、どうにか生き残った敗残兵が穏便に忍び込める場所では無さそうであるな。棲纏失、どう見るであるか?」
「敗走し傷ついた同胞が、下卑た人間に回収されてしまった、とかですねぇ」
「概ね同じ見解である。であれば」
「はい。救出活動と参りますですねぇ!」
◆
悪機としての性能をいかんなく発揮し、棲纏失と痕繰は地下城を圧し進む。
怒声と共に群がる荒くれどもを雑に薙ぎ払いながら、救難信号の発信源へと悠々と向かう。
「ふん、所詮は人間製の低性能機械を積んだだけの雑魚。吾輩たちに歯が立つはずもないのである」
「ですねぇ! 実にそうですねぇ!!」
鬼能を使うまでも無い。
棲纏失は五本の尾の先端に搭載された機銃を雑に連射して破壊の限りを尽くす。
痕繰は巨大な鋏を雑に振り回し、手当たり次第に圧壊させていく。
実に大雑把な蹂躙劇。
しかし、悪機故の巨体でそれを行えば充分な強撃。
荒くれどもは為す術無く、二機の暴力に磨り潰されていく。
やがて、二機は辿り着いた。
城の最上階、妙に絢爛豪華な襖の前に。
この奥から、件の救難信号が出ている。
ここまで圧倒的蹂躙行為を繰り返してきた二機が、丁寧に襖を開けるはずも無い。
痕繰が自慢の鋏で、金魚すくいの薄紙を破るかのように襖を引き裂き、散らし捨てる。
「到着ですねぇ」
「うむ、さて、同胞を返してもらおうであるか」
「……ずいぶんと、物騒な御客様だことぉ」
襖の奥に広がっていたのは襖同様に絢爛豪華な内装の大広間。
佇む影はひとつ。人間の女。
佇まいや髪飾り、着物の質は実に上質高貴な雰囲気。
だがしかし、大きく開いた襟元から大胆に露出した乳房や、みっともなくこぼれた生足のはしたなさからして、貴族や華族ではない。
遊女の大玉、俗に花魁と呼ばれる部類の者だろう。
厚く艶やかな唇で煙管を遊ばせながら、花魁は微笑を浮かべていた。
二機の悪機に怯えている素振りは欠片も無い。
「胆力は大物のようであるな」
「ですねぇ。おそらくは、この街の親分なのですねぇ」
「うふふぅ、ええぇ。そうですわぁ。わたくしぃ、堕游と申しますぅ。お恥ずかしながらぁ、今はまだぁ、このちっぽけな穴蔵街の支配のみに甘んじる小物でございますぅ」
「今はまだ……ふん、大望が滲んだ言い回しであるな。一人間風情が、一丁前に支配欲を謳うのであるか」
「うふふふふぅ……人とは強欲でありますよぉ? 悪機様方が想像しているよりぃ、ずぅっとぉ」
「……! 僕たちの事を、知っているんですねぇ?」
堕游と名乗った花魁は今、確かに「悪機」と口にした。
「ええぇ、当然ですわぁ。だってぇ……」
ガチンッ、と、何か巨大な機械が作動するような音が響いた。
「…………ッ、な……!?」
作動した何かの姿を見て、棲纏失と痕繰は凍り付いた。
唖然・絶句・困惑・驚愕――そして、畏怖。
「そんな……何故……貴方様が……!?」
「ふぅ……腹、三分目と言ったところですかぁ?」
静かなになった大広間で、花魁・堕游は静かに自らの腹を撫で下ろした。
その腹は、奇怪なほどに歪に膨らんでいるが……ガギン、ボギンッ、と、何か凄まじく堅いものが噛み砕かれるような音と共に、小さく、整っていく。
「あなたの言った通りでしたわねぇ……羅刹四将、こうなってしまった時のために控えさせていたぁ、極上の非常食ぅ」
ごりごりと縮んでいく腹を撫で摩りながら、堕游は笑みを濃くした。
「楽しみですわねぇ。ほんと。全部全部、この地の底からひっくり返してしまえる日がぁ」
優美で妖艶な微笑だったそれが変貌していく。
耳元まで大きく口角を裂け上げた悪魔の笑みへと、塗り潰されていく。
「さぁてぇ……そろそろ、復活してくれちゃいますぅ? 震沌大帝さまぁ」




