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第拾弐話 朱夜の街


 千鍛襲撃から一〇日が過ぎた夜。


 翠戦ら一行はこの一〇日、特筆する問題無く順調に進行。

 安良躱あらかわくにを抜け、賁経ぶんきょうの領を抜け。

 そして今、芯熟しんじゅくの領へと入ったところだった。


「あれから悪機帝国の連中は音沙汰無しか……不気味だぜ」


 瑞那に抱きかかえられながら、翠戦は不安気な溜息。


「同意。嵐の前の静けさと言う言葉もある」


 瑞那も翠戦の意見と同じく。

 なにせ、悪機帝国の連中は翠戦の居場所を四六時中把握できているはずなのだ。

 だのに、何故、小さな奇襲すらも無い?

 何かに備えているとしか思えない。


「……だのに、あいつは……」


 呆れ果てた翠戦の視線の先には……。


「わっはぁ……すごいですね! 夜だのにこんなに明るいだなんて!!」


 能天気とも言える元気さではしゃぎ回る雫紅の姿。


 ……まぁ、確かに。

 この芯熟と言う領地は、他の領地と比べるとさながら異国。


 通称【朱夜しゅやの街】。


 普通、夜は人も町も寝るものだ。

 しかし、この領地にあるすべての町や村は眠らない。

 陽が落ちれば、そこら中に設置された硝子製の提灯に火が灯る。

 さながら陽に照らされているような明るさを再現されるのだ。


 夜の黒空が無数の灯に焼かれて薄朱うすあけ色に染まる。故に朱夜の街。

 今宵は満月であると言うのに、街明かりが月明かりを完全に押し返してしまっている。


 何故そんな事になっているかと言えば。

 この領地は全体が【歓楽特区】に認定されているのである。

 人が暮らす領地……と言うよりも、人が遊ぶための場所。

 道を行き交う者たちは九割方が観光客……と言うか、そもそもこの領地に暮らしている者自体が少ない。

 見渡す限り、店、店、店。「四六時中営業!」だなんて登りがそこら中にはためいている。


 今まで極めて一般的な領地運営をされていた蛙断あだちくにで生まれ育った雫紅に取って、夜の昼とも言えるこの光景は不思議でたまらないものだ。


「……誤解を訂正。翠戦様は少し勘違いをしている」

「勘違い?」

「嬢様は、私たちよりも先日の一件に危機感を募らせている」


 先日の一件……千鍛の事だろう。

 苛烈な強さと猛烈な奇行を見せつけて去って行った強烈な悪機。


「あの日から毎夜、嬢様は私たちが寝静まったあとに、剣の稽古をしている」

「! あいつ……そんな事を……」

「嬢様は自分が強く、頼られる存在だと自負している。そして私たちを庇護すべき存在だと心に決めている。だから、私たちを不安にさせないように取り繕っているのだと思う」


 千鍛との戦い……雫紅は最後まで諦めこそしなかったが。

 正直、あのまま続けて勝てていたかは微妙……いや、ハッキリ言って絶望的な能力差だった。


 だが、千鍛は断言した。

 このまま成長を続ければ、雫紅は必ず千鍛を超えると。

 だから雫紅は、千鍛を超えるために全力で励んでいるのだ。

 次に相対した時には必ず、勝つために。


「……ったく、変態のくせに、変なところで真面目じゃあねぇか……」

「訂正。変なところで真面目だから変態」

「くぁくぁくぁ! ああ、そりゃあ違ぇねぇ!」

「あ、御二方で何を談笑しているんですか!? ずるいです、拙者も混ざてください!」

「やっぱりおめーは極まった変態だなって話だよ」

「肯定。治しようの無い致命的変態」

「いつまで経っても辛辣!」


 拙者も変態なりに頑張って生きているのにぃー……と雫紅はしょんぼり。

 この変態は正直に褒めると著しく調子に乗って非常に鬱陶しいので、少ししょんぼりしているくらいが丁度良い。


 と、そこへてこてこと近付いてくる小さな影が。


「ちゅいちゅい、そこな御一行ちゃま! 芯熟は初めてでちゅか?」


 元気に声をかけてきたのは、夜の街には不釣り合いな少年だった。

 それもただの少年ではない。


「あぁん……その小僧、化生者バケモノか?」


 翠戦がそう判断するのも当然。

 にこにこと人懐っこく笑う少年の頭頂には灰色のねずみ耳。尻元でちょろちょろしているのも、ねずみの尻尾。


「ちゅいちゅい。確かにそうでちゅが御安心を。ぼくは【ねずみ小姓こしょう】と言う化生の類なのでちゅ」

「ああ、聞いた事あんな。確か、人間に良くされたねずみが恩返しのために化けて出たもん、だったか?」


 動物霊が至る化生の類、割とよくある事だ。


 長生きした末に死んだ猫が化ける【猫又ねこまた】。

 この世を呪いながら死んだ犬が化ける【犬魅いぬがみ】。

 そして、人に恩義を感じながら死んだねずみが化ける【ねずみ小姓】。


 前二種は人に害を為す事が多いが、ねずみ小姓は別。

 基本的に人間に忠実。せっせこせっせこ生真面目にお手伝いをしてくれる都合の良い化生だ。


 ちなみに、非常に強い情念を持ったまま死んだ人間が化生として復活する事もあるのだとか。

 まぁ、こちらは前に挙げた三つに比べるとかなり希少な事だが。


「はいでちゅ! ぼくはねずみ小姓の忠吉チュウキチでちゅ! よろしくなのでちゅ!」

「質問、そのねずみ小姓が何の用?」

「拙者も質問。すごく柔らかそうな言い頬っぺをしていますね! 揉んでもよろしいで――ほびゃッ」


 瑞那の荒縄が一瞬にして雫紅を雁字搦めに緊縛。

 突然に身動きを封じられた雫紅はビターンッとずっこける。


「ちゅちゅい!? ちょっ、えぇ!? だ、大丈夫でちゅか!?」

「問題無い。で、質問に答えて欲しい」

「嘘でちょ!? 顔面から思いっきり地面に打ってまちゅたよ!?」

「そうですよ! 大丈夫じゃあないです! 毎回しっかり苦しいです!」

「ひょええええ普通に元気良く起き上がりまちゅたァァ!?」


 額から若干の血を流しながら平然と飛び起て荒縄を引き千切った雫紅に心底驚き、ねずみ小姓の少年は瑞那の影へ。


「忠告、嬢様、下がって。この子が怯えている」

「誰のせいだと!?」

「嬢様」

「そんな堂々とッ! 嘘ですよね!? ねぇ翠戦様はどう思います!?」

「良いからちょっと離れて止血してろ」


 相も変わらず味方がいない! と喚きつつも、雫紅は言われた通り少し離れて止血作業に入る。


「再質問。あなたは私たちに何の用?」

「ぁ、ひゃい。ぼくはこのくにの領主ちゃまに仕えている小姓の一匹なのでちゅ。御役目は、街に初めて来た御方を案内してあげる事なのでちゅ」

「案内役か、なるほどな。歓楽特区と言われる領地だけはあるってか」


 よくよく意識して探してみれば、そこら中で人々を誘導するねずみ小姓の姿がある。

 どうやら芯熟の領主、相当なねずみ好きらしい。たくさんのねずみに恩義を感じられているようだ。

 そして、そのねずみ小姓たちに歓楽街としての発展を手伝ってもらっている、と。


「はいでちゅ! でちゅので、早速あなたちゃまたちを御案内するのでちゅ! 何かお探しのお店はありまちゅか?」

「回答。そう、では、時間も時間なので美味しい夕食を食べられる場所を」

「美味いきゅうりと水がある場所な」

「はいでちゅ! その条件に合うお店ならたくさん知っているでちゅ! なのでもう少し絞り込みをさせて欲しいのでちゅ」

「絞り込み? 条件を足せって事か?」

「はいでちゅ。例えば、かわいい女の子たちとスケベな事をしながら食事できる系のお店が人気でちゅが、そう言うのはどうでちゅか?」

「なんと! それはつまり、お金さえ払えば女性の柔らかいところを触り放題と言う事でほぐぉッ」


 今度は猿轡込みで拘束され、雫紅はまたしてもビターンっとズッコケる。


「注文。乱痴気する店は省いて。可能であれば、周辺にそう言う店がまったくないところを希望」

「は、はひ。わ、わかりまちた……」(この人たち、恐いでちゅ……)


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