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間章:不良の妹と百合の花

 ということで倉田ヴェルムート星呑です。

 第三章はとりあえず置いておいて、間章になります。

 第三章のために必要な話なので、とりあえず掲載しておきます。

「行ってきまーす、お兄ちゃん!」

 車の窓を開けて手を振る。半笑いの微妙な表情で、お兄ちゃんは右手を上げる。綺麗な手だ。

「じゃあ行きましょうね」

「はーい!」

 先生には元気に返事。ここからが私の1日の始まりだ。




 わたしの名前は求聞シオリ。世界一かっこいいムジナお兄ちゃんの妹だ。好きなものはお兄ちゃん、尊敬する人もお兄ちゃん、好きな言葉はお兄ちゃんがたまに言う「……なんてな」と「やれやれだな」で、嫌いなものは……多分、無い。

 小学6年生もあと数ヶ月、ということで色々と楽しみなことがあるけれど、とりあえずは合唱祭でクラスのみんなと優勝することを目標にする。

「みんな、おはよー!」

 教室に入って挨拶をする。礼儀正しいクラスメイトたちに負けないくらい元気に。

 すると口々に「シオリちゃんおはよう!」などと返ってくる。足の不自由なわたしを平等に扱ってくれる、大切なクラスメイトたちだ。

 小、中、高、大一貫の女子校で、わたしの体をちゃんと考慮してくれる良い学校。車椅子でも移動しやすいように、廊下の各所にエレベーターがある。その他バリアフリーが凄い学校だ。お兄ちゃんが探してきてくれた学校らしい。

 自分の席に移動すると、ひざ上からランドセルを降ろす。一年生の頃に何度か背負っただけの、邪魔なカバン。

「シオリンは今日も可愛いねぇ」

「おー、サッチンおはよー」

 サッチンこと真田サツキ。わたしの前の席に座るクラスメイトにして、付き合いが特別長い幼馴染。とにかく明るく良い子だ。

「サッチンもまた遊びに来てよー」

「そうだねぇ……じゃあ明日行かせてもらおうかね!」

「おー、来て来てー!」

 明日はお休み。お兄ちゃんも家にいるはずだし、幸せな1日になりそうだ!

「ムジナさんに会える……フフフ」

「……お兄ちゃんは渡さないよ」

 お兄ちゃんがモテモテすぎて、盗られてしまわないか心配。いや、絶対にそれはないけどね。

 と、楽しく談笑してる間に担任の先生が教室にやってくる。ホームルームは静かに聞く、というのも大事。授業は真面目に、遊びにも真剣に。小学生を満喫するのだ。




「それでは宿題にしていた作文を発表してください!」

 そんな授業。題材は概ね自由で、生徒の個性や性格を把握するのが目的だと思う。自分の席で立って、大きな声で読み上げる。みんなそれぞれ夢や趣味について、恥ずかしがりながらも自信たっぷり発表していく。

「それでは次はシオリさん、発表してください!」

「んー、わたし立てないし前で発表していいですか?」

 先生の許可を得て教卓に移動する。台で高くなっているけど、スロープのおかげで車椅子で上がることができる。

 教卓で車椅子のタイヤにストッパーを掛け、クラスメイトたちを見下ろす状態になる。原稿用紙二枚を広げて、いつでも読めるように姿勢を正す。

「読んでもいいですか?」

「はい、どうぞ!」

「ではでは」

 クラスメイトたちの顔を確認し、聞く準備ができていることを確認する。作文の内容に生徒たちで一言の感想を書く授業なので、書き終わりを待つのも重要。

「求聞シオリの作文、『わたしの大好きな人』を発表しまーす!」

 拍手で迎えられる。気持ちが高ぶって、読むのに力が入りそうだ。

「わたしには、お兄ちゃんがいます。お兄ちゃんはかっこいい高校生で、ヒーローのような人です。わたしの大好きな人は、そのお兄ちゃんです。お兄ちゃんはスポーツが得意で、料理が上手で、とても優しいです。わたしがわがままを言っても『やれやれ』と願いを叶えてくれます。

 お兄ちゃんはわたしのことが好きなので、わたしにさからえないのです。でもお兄ちゃんはかっこよすぎるので、いつも女の子にモテモテです。高校でも何度も告白されていて、振りまくっています。百人切りです。そんなお兄ちゃんが家族で、本当に良かったと思っています。なにより、足の不自由なわたしを助けてくれますから。お兄ちゃんとの二人暮らしが幸せすぎて、足のことなんて気にならなくなります。

 今の目標はお兄ちゃんと一緒にお風呂に入って、お兄ちゃんと一緒に寝ることです。お兄ちゃんはわたしのことが大好きなので、わたしが本気で頼み込んだら叶えてくれると思います。今から楽しみです。わたしのお兄ちゃんを好きっていう気持ちは、お兄ちゃんのことを好きな他の誰よりも上だと思います。この気持ちがお兄ちゃんに伝わることを願っています。

 ……以上で発表を終わります!」

 一瞬の沈黙の後、教室中に拍手が溢れる。先生が微妙な表情をしていること以外、最高の発表をできたと思う。うんうん、最高だねー!

 自分の席まで戻り、サッチンに肩を小突かれる。

「みんな顔真っ赤になっちゃってるじゃん……」

「えー、でもわたしは本音を発表しただけだよ?」

 何が悪いのかわからない。お兄ちゃんと一緒にお風呂に入るくらい良いと思うんだけどなー?

「先生なんてとびきり苦いゴーヤ食べたみたいな苦笑いしてるよ」

「んー、何が悪いのかな?」

 しばらく教室がざわざわしてしまって授業が再開されなかった。結局、残りの発表は次回ということになったけど。




 お昼休み、給食の配膳に紛れてわたし(のお兄ちゃん)のことが話題になる。

「シオリちゃんのお兄さん、どんな人なのかなー!?」

「きっと王子様みたいな人だよ!」

「前に学校に来てなかったっけ?」

「え、嘘、どんな人だった!?」

「遠かったからよくわからなかったけど、本当に王子様みたいだったよ!」

 そんな会話が聞こえてくる。ふふふ、お兄ちゃんは王子様だもの、羨ましいでしょー!

「ムジナさん凄くかっこいいもんねぇ」

「当たり前だよお兄ちゃんだもん!」

 お兄ちゃんが褒められているのが嬉しすぎて、車椅子の上で飛び跳ねたくなる。できないけど。

「昨日もお風呂で抱きついちゃった」

「……まことかシオリン」

「だよだよー!」

 叱られたけどねー。こんどはお兄ちゃんがシャワーしてるときに乱入しちゃおう!

 すると親切なクラスメイトがわたしの分の給食を運んで来てくれる。ありがたい!

「ありがとー!」

「ううん、良いの良いの!」

 親切はありがたく受け取らせてもらう。これもまた大切。マイルール。

「サッチンも早く取りに行かないと良いの無くなるよ?」

「はいはい、そうさせてもらいますかねぇ」

 サッチンは心底めんどくさそうに髪をかき上げ、配膳台の方に歩いていく。食事というもの自体が基本的に嫌いなのである。

 何を隠そう、サッチンもわたしと同じく事故に遭った1人だ。一番歩道側を歩いていたから比較的被害も少なかったけど、胃が破裂して駄目になり、右目の周りに酷い火傷を負った。火傷はもう痕が残っているだけだけど、右目の視力が悪くなったので片方だけが伊達の眼鏡を掛けている状態だ。

「……なにさ人の顔をジロジロ見て」

「いやー、サッチンも可愛くなったなーって」

 顔を赤くして俯くサッチン。やっぱり可愛いなー。

「そういえばシオリンっていつからそんな喋り方になったんだっけ?」

「んー、これはお兄ちゃんの友達の影響だね」

 赤い髪の美人を思い出す。本屋さんでお世話になる緩いお姉さん。

「その人と遊んでたら、良いなーって思ってさ」

 実は喋り方だけを真似してるから、その人の緩さもあって今では完全な別物だけどね。

「へぇ、どんな人?」

「優しくて美人さんなんだよ!」

 それ以上の感想は無い。とにかく優しくて良い人だ。あの人になら……なんて思ってしまいそうなほどに。

「……女の人、なの?」

「うん、大正解!」

 サッチンには花丸をあげよー。なんてね。

「その人はムジナさんのこと……」

「好きなんじゃないかな?」

 いや、ほんとは確信してるけどね。積極的じゃないから進展させるのは難しそうだけど。

 と、喋りながらパンをちぎって食べ進める。今日のはバゲット、通称フランスパンだ。サッチンも嫌そうに小さくちぎっている。

「なんでこんなに固いのかねぇ」

「ねー、フランス人さん凄いよねー」

 そして「こんなの毎日食べてたら、あごがムキムキになっちゃうよー」と笑う。話を聞いていた周りの子たちも笑い出す。平和すぎるランチタイムだ。




 昼休みは教室でお喋り。大人しい子が多いから、動き回れないわたしとしてもありがたい。

 別のクラスにはグラウンドで遊ぶ子もいるらしいけど、このクラスにはいない。凄くインドア派だよね。

「サッチンはお兄ちゃんのどこを気に入ってるの?」

「え、あ、アタシ!? えっと、ムジナさんは……」

 固まるサッチン。可愛いなー……なんて。

 ストレートに行かないと鈍感なお兄ちゃんは気付きもしないんだから、わたしにくらい言えても良いと思う。

「なんというか……く、クールだし?」

 どこが、なんて言わない。

「優しい、し?」

 本当は無関心なだけ、とか言えない。

「強そうだし?」

 女の子に負けてたよ、って言うのは反則かな。

「とにかくかっこいいじゃんっ!」

「そうなんだ?」

 力説されて少し困る。かっこいいけどさ。

「それにムジナさんは、アタシの顔も気にしてないし……」

「あー」

 たしかに、事故で顔に火傷を負ったサッチンを気にしていない。サッチンとわたしがまだ入院してた頃も「へー、なかなか可愛らしい顔してんのな」とか言ってた気がする。

「ムジナさんはこんな顔のアタシを救ってくれたからさ」

 塞ぎ込んでいたサッチンを明るくしたのもお兄ちゃんだった。

 わたしは「そっか」と納得したように呟いた。

 お兄ちゃんはヒーローだと、思うよ。サッチンには。


 ……でもね、本当はヒーローなんかじゃないんだよ、"わたしの"お兄ちゃんは。




 お昼休み明け、算数の授業が開始される。

 わたしは教科書やドリル、ノートなどを机に所狭しと並べ、黒のボールペンを手に取る。

 普通なら授業を聞く時間だということは重々承知しながらも、授業に関係のない白紙のノートを広げて集中力を極限まで高める。

(普通じゃないんだよね、わたしは)

 自分の中で何かが切り替わるような感覚とともに、利き手である右手から左手へボールペンを移す。

 ふと窓を見ると、普段の明るい雰囲気など欠片もない"私"の姿が映っていた。

(一ヶ月ぶりか……)

 全く別の生き物に変わるように、スイッチを切り替える簡単な作業。

 そう、私は二重人格だ。




 求聞シオリ、というのは本来の"わたし"で、"私"はシオリの裏側にいる者だ。

 名前はまあ、求聞"しおり"、とでもしておこうか。シオリのストレスから生まれ、状況によって人格を切り替える関係性。

 お互いを認識し、記憶を共有し、同じ人を愛している。それだけで"私"と"わたし"は同一人物と言えるだろう。

(さて、今回は美術的な分野でのお呼び出しなのだが……)

 白紙のノートに視線を落とす。窓側の最後尾という自分の席を考えると、明らかに絵を描いていても教師にバレることはないだろう。

(また面倒な状況で呼び出して……はぁ)

 サツキがこっちを向いたらどう言い訳をしたものだろうか。喋り方から表情、利き手に至るまでが全てシオリとは違う私を見て違和感を持たないような鈍感は兄だけで良い。

(まあ、その時はその時か)

 気にしても仕方がない。そうなったら授業中に私を呼び出したシオリが悪いってことだな。

 筆箱からヘアピンを取り出し、前髪を左右に分ける。これで完全に"私"の時間だ。

(さあて、かっこいい王子様を描かせてもらうか)

 私はボールペンをクルリと回し、ノートに最愛の人を描き始める。記憶そのものを叩きつけるように。




「ふう、危ない危ない」

 授業終了のチャイムとともに、"わたし"はノートを閉じる。いやはや、自分で始めたことだけど、緊張感があるね、ほんと。

 月に一度お兄ちゃんの絵を描いてノートを埋める。四年生の頃から続けている愛の証明だ。

 "しおり"はわたしにできないことを担当し、それでわたしのストレスを消してくれる。自分の人格ではあるけれど、"わたし"と"私"はお互いが大好きだ。

「シオリンそのヘアピン何?」

「あ、あー、これは集中するためだよー!」

 危ない言い訳だけど、前髪を上げるのは集中力アップに効果があると思う! うん!

 パチパチとヘアピンを外しながら、さりげなくノートを机に仕舞う。見られたなら見られたで別にいいんだけどね。

「って、そろそろ帰りの会だよ?」

 私たちの学校ではショートホームルームをそう呼んでいる。わたしはクラブ活動も無いからあとは帰るだけだしね。

 先生の話は九割以上聞き流し、軽く欠伸をして膝にランドセルを載せる。

「それでは気を付けて帰ってください。良い週末を――」

「「先生さようなら!」」

 軽ーくお辞儀をして車椅子を走らせる。帰りは車じゃないから少し大変だけどね。

 最短で昇降口に向かって、靴を履きかえる後輩たちを横目にスロープを下る。

「よし、最速記録!」

 と、そこでノートがまだ机の中にあることを思い出したので教室に逆戻り。最速記録出たのに……残念。

 そしてエレベーターの所に行くと、なにやら物音が聞こえた。珍しい。

(……誰かいる?)

 普段人気のないエレベーターの前に誰かがいると、何も悪いことはしてないのに隠れてしまう不思議。

「……ぃだろ?」

「……ん」

 2人の女の子だった。良く見ると同じクラスの子だ。遠目だけど見覚えがある。

(なにしてるんだろ?)

 壁にもたれかかった大人しそうな茶髪の子――たしか佐伯さん――と、それを両手で押さえつける強気そうな金髪の子――たしか石倉さん――だ。2人とも可愛いので、話したことはないけど覚えている。

(アレって……もしかしていじめ?)

 だとしたら止めた方が良いのかな? でもわたしじゃ……無理かな。

(お願い"しおり"……連続でごめん!)

 再度集中力を最大限まで高める。そうして"しおり"に代わろうとしたその時だった。

「……へ?」


 2人が熱いキスをした。


 ガタンッ!

「え、え? ……え?」

 完全に集中が途切れ、隠れていたことも忘れて車椅子から落ちてしまった。

「ぐ、求聞さん!?」

「見られてたのか!?」

 わたし以上に慌てた2人が抱き合うようにして膝から崩れ落ちる。わー羨ましい。

「ご、ごめん2人とも! とりあえず逃げようとする前に起こしてくれると助かるかな!」

 何より先にSOSを出す。車椅子生活は大変だ。




 わたしは顔を真っ赤にした2人に起こされ、車椅子に乗せて貰った。鏡が無くてわからないけど、多分わたしも顔が赤い。

「そ、それで……2人は付き合ってるの?」

「う、うん」

 佐伯さんが恥ずかしそうに、でも嬉しそうに答えた。いいなー。

「……変だと思うよな普通」

 石倉さんがツラそうに言う。えっとこんな時は……うん。

「何もおかしくないよ!」

「……え?」

「おかしくないよ! 2人とも可愛いし!」

 思った通りの本音を叫べばいいってお兄ちゃんも言ってたよね。

「最初は驚いたけど、別に変じゃないよ!」

「あ、ありがとう求聞さん……」

「えへへ、お礼言われるのはちょっと違うけどね……」

 ……うん。見れば見るほどお似合いな気がしてきた。

「……このことは誰にも言うなよ?」

「もちろん! わたしは誰にも言わないよ!」

 誰にだって秘密はある。わたしにだってある。

「というか恥ずかしくて言えないよ……」

「え、意外……」

 佐伯さんに心底意外そうに見つめられる。酷い。

「さっきお兄さんのことあれだけ言ってたのに……」

「アレは別に恥ずかしくないの!」

「基準がわかんねぇ……」

 わたしにもわからない。

「とりあえず、誰にも言わないからこれからも仲良くしてくれると嬉しいかな!」

 これで解決。うん、解決。もう一回キスするところ見せて欲しいとか言ったら怒るかな。

「ところでだけど、いつもは教室でしてるんじゃないの?」

「な、なんで知ってんだ?」

「だっていっつも最後まで教室に残ってるの2人でしょ?」

 指摘されて「バレてたか……」と恥ずかしそうに俯く石倉さん。可愛い。

「今日は教室でしないの?」

「真田さんがずっといたから……」

 え、サッチンが? なにしてるんだろ。

「なにかのノートを見てブルブルしてたよ?」

「ノート……?」

 嫌な予感がして汗がにじむ。急いで教室に戻らないと!




「サッチン……!」

 わたしは佐伯さんと石倉さんを連れて教室に戻ってきていた。なんで連れてきたかっていうと、自分だけ秘密を知っていることへの負い目かな。

「シオリン……これ……」

 下を向いていてどういう表情なのかわからないサッチン。

 サッチンはやはり、わたしのノートを見ていた。う……どうすれば……?

「これアタシに譲って!」

「……え?」

「うわぁ、凄く上手……」

 譲って? 他に言うこととか……無いの?

 後ろで見ている佐伯さんが感嘆の声を上げる。褒められるのは嬉しいけど恥ずかしいよ……!

「これさっきの授業で描いてたやつでしょ?」

「そうだけど……あげないよ?」

 良かった、"しおり"のことはバレてないっぽい。ヒヤヒヤするよ……もう!

「えぇ……欲しい」

 残念そうに絵に魅入るサッチン。だけど親友といえども譲れない。

「これボールペン……か?」

 石倉さんがノートを指差す。確かにボールペン画を初めて見たら驚いて当然。

「影が斜線じゃなかったら白黒写真って言われても違和感ねぇなコレ」

「ほ、褒めすぎだよクラッシー……!」

「クラッシーだと……!」

 あれ? クラッシーは不評かな。石倉だからクラッシー。もう変えないけど。

「じゃあさ……」

 黙っていたサッチンが口を開いた。なんだろう緊張する。

「アタシのノートにもムジナさんの絵描いて!」

「……えー」

 普通に面倒なんだけど。だってもう3時半だよ? 本当ならそろそろ家に着いてる時間だよ?

「また今度で良いから!」

「それならまあ良いけど」

 心読んでるんじゃないのサッチン。たまにそう思う。

「そういえばサエッチとクラッシーは明日とか予定ある?」

「さ、サエッチ……あ、えと、あったっけミサキちゃん!」

「無い……な。うん、無い」

 ミサキちゃんとはクラッシーのこと。ちなみにサエッチはカリンちゃんというらしい。

 そして予定は無いっぽい。ならば!

「わたしの家に遊びにおいでよ!」

 ふふ、明日は楽しくなりそうだ!




 ノートをなんとか回収して、ようやく帰宅できる。でもまあ、新しくクラッシーとサエッチが友達になったし、絵の依頼はあったけどプラスの方が大きいかな。

「っと、メールだ」

 お兄ちゃんからだ。色々と通話アプリがある時代にずっとメールだけなのは知り合い含めてもお兄ちゃんだけ。ある意味特別っぽくて好きだけど。

「内容は……」

 車椅子にブレーキを掛けて、メールを確認する。


『少し帰るの遅くなるから先に何か食っとけ』


「そんな……」

 久しぶりにお兄ちゃんの手料理以外になってしまった。わたしじゃ冷凍食品くらいしか作れないの知ってるくせに……酷い。

「お兄ちゃんのバカ……」

 メールを破棄してブレーキを外す。落差が激しくてイヤな日だ。しばらくは"しおり"に任せておこうかな。

「はぁ……」

 お兄ちゃんが帰ってきたら説教してやるんだから!




「おいしくない……」

 冷凍のピザが口の中でパサパサする。チーズ少ないし……トマトもベチャベチャだし……おまけにお腹も膨れない。

「もう1枚……食べようかな……」

 気分がどんどん沈む。テレビも面白くないし、気分転換にもならない。

「クラシックでも流して落ち着こう……」

 2枚目のピザをオーブントースターに入れて、ダイヤルを適当に回してから部屋に向かう。とりあえずCDを何枚か持ってこよう。


 お兄ちゃん曰わく凄く高いらしいオーディオ機器を操作する。リビングにこんな物を置くなんて、非常識すぎる。

「とりあえず適当に流そう」

 CDをセットして、三角印のボタンを押す。音量は……そのままでいいや。

 すると数秒の間を置いて、威勢良く音楽が流れ出す。

「……んん?」

 落ち着こうと思ったのだけど、流れ出したのはどういうわけかワーグナーの「ワルキューレの騎行」だった。

「……まあいいや」

 好きだし流しとけばいいか。

 そんなささくれ立った心が、自然と"私"を呼び覚ました。




 しばらくしてクラシックを止め、玄関で待つことにした。トッカータとフーガ二短調、モンタギュー家とキャピュレット家など、おおよそ落ち着くこととは無縁の曲を聴きまくった。

 私の怒りは臨界点に達しているぞ。時刻は7時を過ぎた。早く帰ってこないと……知らないぞ。

「遅い……キレるわ……」

 一応の区別としてヘアピンを付ける。玄関に置いてある鏡を見ると、自分の眼付きの悪さに笑う。

「なんて顔だよ、全く……」

 それで怒りも冷めてしまったので、後は"シオリ"の方に任せておこう。

(なあ、これでいいんだよな"わたし")

「うん、いいんだよ"私"」

 ストレス発散が役目の"しおり"は休ませて、お兄ちゃんには形だけ説教をすればいいと思う。お兄ちゃんもバカじゃないんだし。

「早く帰ってこないかなー」

 わたしは玄関でお兄ちゃんを待ち続ける。


 結局お兄ちゃんが帰ってきたのは7時半だったので、それなりに叱っておいた。

 今度からは誰と何をするためにどのくらい遅くなるのか、目的を連絡するようにしてもらおう。

 間章はどうでしたでしょうか。私としては失速気味でラスト数行が気に入りません。

 ただ、こうやって終わらせないと第二章ラストと噛み合わなくなるので、仕方ないかと思います。

 文章力不足ですね、もっと勉強しておきます。

 シオリちゃんとムジナお兄ちゃんのビジュアルについては"次回の間章"で言及できればと思います。あくまでも"次回の間章"なので第四章では言及しませんが。

 次回の間章はキリミちゃんの話になると思いますので、そのつもりで書いていきます。

 それでは今回もありがとうございました! またお会いしましょう!

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